時空の流離人(さすらいびと) (風と雲の郷本館)

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November 10, 2007
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カテゴリ: 国内旅行


下蒲刈 を出ると、昼食のため、 大崎上島 に上陸する。食事をしたのは、「 きのえ温泉ホテル清風館 」というところである。名前の通り、温泉があるのだが、ツアー料金には入っておらず、時間もあまりなかったため、今回はパスした。

「ホテル清風館と昼食」
きのえ温泉ホテル清風館大崎上島での昼食


 昼食を終えると、また高速艇に乗り、今度は、隣の 大崎下島 を目指す。上陸したのは、東端に位置し、かって瀬戸内海海運の要所として栄えていた、御手洗地区である。ボランティアガイドさんの案内で、地区内の見所を散策する。

 写真は、天満宮にある「菅公の井戸」である。かって、菅原道真が大宰府に流される途中、この地で手を洗ったという伝説がある。それが、「御手洗」の地名の起こりになったと言われている。


天満宮菅公の井戸


 御手洗には、藩公認の茶屋が4軒もあったそうだ。茶屋とは、喫茶店ではない。ましてやお茶の葉を売っているところでもない。早い話が遊女屋である。写真はかって最も栄えた若胡子屋跡である。最盛期には100人以上の遊女がいたとのことで、遊女を巡る悲しく怖い話も伝わっている。豪壮なつくりであり、屋久杉の天井板や桜島の溶岩を練りこんだ土塀などは、薩摩藩との繋がりの深さも窺わせる。

「若胡子屋跡」
若蛭子屋


 御手洗の街を歩いていると、立派な石垣のお寺に出くわす。「満舟寺」という平清盛縁のお寺である。この石垣は、築城の名手・加藤清正が建築したものと伝えられている。乱れ築きの石組みで作られた見事な石垣である。

「満舟寺の石垣」
満舟寺


 最後は、「乙女座」である。昭和12年に、御手洗に劇場がなかったことから当時の町長が建てたというモダンな建物で、昭和30年代までは映画館として使用されていた。江戸時代栄えた御手洗の文化に関する展示を行っている「江戸みなとまち展示館」と連結している。

「乙女座」
乙女座

                                      (完)


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Last updated  November 10, 2007 08:44:22 AM
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Re:瀬戸内海の船旅2(御手洗の町並)(11/10)  
tora1947  さん
こんにちは~!

茶屋って、そういう所だったんですか・・。
(November 10, 2007 09:49:30 AM)

Re[1]:瀬戸内海の船旅2(御手洗の町並)(11/10)  
風竜胆  さん
★当時は、色々悲惨な話もあったようで、ここには、怪談めいた、悲しい話も伝わっています。

tora1947さん
>こんにちは~!

>茶屋って、そういう所だったんですか・・。
-----
(November 10, 2007 09:59:44 AM)

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