時空の流離人(さすらいびと) (風と雲の郷本館)

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November 20, 2010
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 日本で初めての理学を学べる私立学校として、1881年(明治14)に「東京物理学講習所」が設立された。この学校は、やがて、「東京物理学校」へと発展する。今の「東京理科大学」だ。 「物理学校 近代史のなかの理科学生」




 「東京物理学講習所」は、<理学の普及こそ国運の発展の基礎である。>という高い理想に燃えて、東京大学仏語物理学科に学んだ3期21名の同士によって始められた。ここで、学科名にわざわざ「仏語」というのが付くのは、当時は物理学はまだ外国語でしか学べなかったからだ。この学科は、大学の学制が整備される過程で、これまでフランス語で学んできた学生のために3年間の期限付きで設けられたものであり、それゆえに同士たちの結束は強かったようだ。

 この学校の大きな特徴は、教師を同士たちが自ら務め、学校の運営も自らの力で行っていったことである。当初の同士の内中退の2名を除いては全員が理学士である。今のように石を投げれば学士様に当たるような時代ではない。この時代の学士というのは、超エリートであり、やがては社会の中枢を担うことが約束されているのだ。彼らは昼間はそれぞれ、本業の仕事を持っており、夜間に物理学校の教壇に立っていた。生徒たちからは、僅かな授業料をとっていたが、それは教室の借用料などに消えてしまう。教師たちは、ボランティアどころが、かなりの持ち出しをしながら、学校を運営していたのだ。もちろん、超エリートたちである。20代で東大教授になっている者もおり、彼らの大部分は、教育界での要職についていく。しかし、どのような要職に就こうとも、彼らの情熱は変わらなかった。財政の基盤を固めるため「維持同名」をつくり、「東京物理学校」になった際に、諸般の事情から同士は16名となったものの、途中で消息不明となった1名を除き、彼らは生涯物理学校を支え続けたのである。

 物理学校は、誰でもはいれるが、卒業するのが非常に難しいので有名だった。本書中に明治18年から44年までの入学者数と卒業者数を示す表が掲載されているが、驚くことに、卒業率が10%を超えたのはそのうちの2年だけだ。卒業率僅か数%という年も珍しくない。それゆえ社会的な評価は高かった。物理学校はやがて財団法人化して、専門学校となるのだが、それまでは各種学校にすぎなかった。それにもかかわらず、卒業者には、東北帝大に入る際の特典など異例の厚遇が与えられている。ここを巣立った多くの人材たちは、我が国の理学教育の基礎を作ったと言っても過言ではないだろう。余談ではあるが、夏目漱石の「坊っちゃん」も物理学校卒業という設定である。

 我が国は、科学技術立国を目指していながらその実態を見ると悲惨な状況にあると言えよう。最近になって、スーパーサイエンススクールというようなものを作り始めたが、理科離れは進んでおり、書店には理工学関係の専門書がだんだんと陳列されなくなっていく。実はこの原因は、明治時代にさかのぼれそうである。物理学校を作った同士の一人中村恭平が物理学校の中心人物であった寺尾寿にこう言っている。

 「君のごとき人物は、法学を志し政治家になって天下国家の経営をしたら、一層、国家社会に貢献して名誉も博せられただろうに、君は惜しいことをした。」

 官界では、当初から、法学を学んだものが優遇され、理工学を学んだ者は冷遇されてきた。そして、それは、一般の会社にも影響を及ぼしている。そのような先人の背中を見ていれば、理科離れも当然のことである。「理系白書」などでも指摘されている通り、これは、現在に至るまで我が国に悪影響を与えているのではないだろうか。

 それにもかかわらず、理想に燃えて、「東京物理学講習所」を設立した21人の志。もし、これがなかったら、日本の科学技術の現在はいまのように発展していたのだろうか。


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Last updated  November 20, 2010 08:14:11 AM コメント(6) | コメントを書く
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