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妊娠も 後期 に入ると、お産する為の診察を、お産をする病院に行かなくてはいけなかった。
かかりつけの先生は、CASCAISの病院に勤務しているのだが、遠いのと、自分の居住区以外で産むのは、文句言われそうだったので、リスボン市内の 居住区の病院 に決めた。
私立のお産クリニックなどは、幾らかかかるのか不明だし、一般庶民の私には、病院で産む事しか考えなかった。
病院は、結局何回か行ったけれど、毎回待たされること3~4時間は当たり前!!待合室には人が溢れ、全員座る所もない。これには閉口した。ついでに、先生たちも、なんか怖かった。
いつも夫に連れて行ってもらっていたが、仕事もある夫はいつも気が気ではなかったようだ。
毎月の婦人科の診療といい、エコーなどの検査といい、病院といい、自分一人で行けないもどかしさよ・・・。夫と夫の同僚に感謝です。
妊娠中期は、 新居探し という大仕事もしなくてはならなかった。
なかなか納得のいく家がなくて、やっと、夫の友達の勧めで現在の家を見つけることができた。
それからは、 家の登録 やら、 銀行の融資 やら、 家具・電化製品選び ・・・と身重な私には、楽しいながらも重労働な日々。
そして、最終月には、「 お引越し! 」身重にもかかわらず、重い荷物を運び、家を磨き、新しい家族を迎える準備をした。私の母もその頃には、ポルトガルに来てくれていた。
夫も休みを取って、母も日本から来て、新居の整い、準備万端なのに、40週を迎えても、いっこうに出てくる気配のない娘。よっぽど居心地がいいのか・・・。ひたすら私のお腹を蹴るのみ。
結局、病院の先生と話し合って、41週目にあたる11月3日に、入院して出産する予定ことになった。
当日、夫、両方の母と共に、病院に出向く。前日の夜からは何も食べていない。(陣痛促進剤を打つため。)
診察室に一人入り、問診を受ける。先生は、妊娠週を数え始めた。
「 あら。まだ40週じゃない。一週間たりないわ。ねぇ。ちょっとあなた、見てみて。 」
と、側にいた他の先生に確認する。
「 あら、ホント、足りないわ・・・。これじゃあ、入院出産できないわよ。 」
ええぇーーーーーーーっ!
そんな馬鹿な!絶対に妊娠週間違えてるなんて事はない!!!そんなの本人が一番よく知っている!青くなる私。一生懸命説明するが、何度数えても、彼女達には40週らしい。慌てて夫を呼んでもらう。
そこで、みんなで、もう一度数える。「 1週~2週~・・・・。41週!あら、あってるわ。 」
当たり前じゃー!!!!
何はともあれ、めでたく(?)出産準備に取りかかる私。
割烹着みたいな物に着替えさせられて、一連の処置をして、陣痛促進剤を打つ場所へ・・・。
隣のベッドには、私よりも少し若い人が、既に点滴を受けていた。
点滴が始まり、別に痛くも痒くもなくしばらく過ごす。そのうち夫も現れる。
何時間か経った頃か、だんだんとお腹が痛くなってきた。
「お。これが陣痛かな??」
・・・はっきり言って 陣痛をなめていた 。
看護婦さんが、 脊髄麻酔 をするのか、しないのかを確認しに来た。
ここでは、当然のように、みんなするらしい。
陣痛をなめていた 私は、「 麻酔怖いから、しません 」と答える。
看護婦さんは、怪訝な顔。「 しないの????本当に??? 」
私: 「 日本は、殆どしませんよ。 」
看護婦: 「 なんですって~!こんないいモノしないなんて!!背中にブスっとするだけよ。あとは、痛くないんだから、楽なのに・・・!!! 」
背中に針刺すなんて、考えただけでも恐ろしい。絶対嫌だ! 1時間はそう思っていた 。
先生は、時々回診にやって来る。何回目かの回診のとき、 パチン! と音がして、 ジャー っと液体が流れ出た。
先生!何すんですかーーー!!??
破水 させたらしい・・・ひょえー!!する前に言ってくれ!!
なんだか、もうわけがわからない。痛みはそのあたりからどんどん加速していく。
隣の女性は、背中に針さして、麻酔しているので、だんだんと苦痛が和らいでいく様子。
女性: 「 した方がラクよ。全然痛くないもの。 」・・・と、とっても穏やかな表情
陣痛をなめきっていた 私は、あまりの痛さに夫に看護婦さんを呼んでもらった。
「 す・・・すみません・・・注射・・・してください・・・!!お願いします・・・・ 」
「 ほらね。最初からしておけばいいのに・・・! 」
麻酔は、背中を丸めて、動かないように看護婦さんに押さえられて、背中に針を刺す。
「 電気が走る感じよ。でも動かないでね。 」と言われたが、陣痛の痛さで、それどころではない。
もうヤケクソだ。普通の状態だったら、背中に針なんて、考えただけでも怖い。
でも、陣痛は、それを受け入れてしまう痛さがあった。
針が刺さったままなので、そのまま仰向けになって、動かないように言われた。
今考えると、いつ、針を抜いたのかも覚えていない・・・。
「ああ。これで、このわけのわからない痛みから解放される・・・!」
そう思っていた私。
でも、人生、そう甘くないのだ!麻酔する時間が手遅れだったのか、陣痛っていうものは、こんなに痛いものなのか、陣痛の痛みは、和らぐどころかますます加速していく・・・。
何度も看護婦さんを呼びつけて、「 麻酔効いてないんですけど・・・痛いんですけど・・・ 」
と訴えても、「 そんなことはない 」の一点張り・・・。
あれで、麻酔が効いていたとしたら、麻酔してなかったらどうなってたんだろう???と恐怖にひたる。もっとも、麻酔打つのを渋っていたから、こうなったのだ。自業自得。
麻酔を打って、1時間も経ったか経たないか・・・先生が、分娩台に移る様指示をする。
もう、どうやって、移されたのか、覚えていない。頭は痛みで真っ白だ。
分娩台は2つ並んでいた。夫は立ち会う予定だった。
でも、ほんのちょっとの差で、隣の分娩台も使われることになり、夫はあえなく外で待機。
先生の指示に従って、一生懸命力をこめる。
その時には、不思議と痛みはなかった気がする。でも、空腹で(前日から約24時間何も食べていない・・・)力が入らない。
隣の分娩台では、「 ジェジューシュ!アイ!!ジェジューシュ!!!(注:キリスト様!と叫んでいる) 」と叫んでいる。怖い。
3回くらい力んだろうか・・・分娩台に乗って15分程。
あれ???こんなもん??アッサリと娘はこの世に現れた。
時計を見たら夜の10時50分だった。
→「産後」へ続く