GOAL通信

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2006.03.31
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カテゴリ: 教室の運営



 この教室に通う生徒たちは皆いいヤツだ。明るいヤツ、無口なヤツ、元気に騒ぎまくるヤツ、真剣なヤツも疲れた表情のヤツも、みんな自分だけのかっこいい力と光を持っている。原石の光だ。この輝きこそ素晴らしいものなのだということを教え聞かせながら、私は指導を続けてきた。教育者になりきったバカな塾長だが、彼らの持つ資質を認めそこに方向を描いてやるやり方にこそ、本物の成長が築かれると今でも思っている。

 どんな子供も他者と比較したり、集団の環境にねじ込もうとしてはいけない。これはこの仕事で多くの子供と接して学んだことだ。問題を起こす子供も個で見てあげればいい。そして大人が今すべき正しいやり方を教えてあげればいい。簡単ではないが、学習とは個の質を磨くために行う行為である。他者との比較やシステムの活用や集団の中でどう学ぶかは、手段であり目的ではない。目的は何かを常に描かせ、必要なアイテムを揃えてあげる。環境などというものは、個人の捉え方でどうにでも変わる。教室のルールなども塾側の幻想にすぎない。生徒一人一人がどう感じているかなど、数時間の希薄な関係の中で判るわけがないのだ。ならば個を育てるために環境を操作する。

 私も小学、中学と塾に通っていたが、今振り返ると味気ない思い出ばかりだ。当時はまだ学校に権威があり、教師とのやりとりから学んだことも多かった。教師に殴られ、誉められ、励まされ、仲間とともに見つめ合い学んだ時代。塾はその補習としての存在、いわば邪道だった。私の前で塾の先生はいつもマシンのように語っていた。相談も、冗談も、悩みもない、割り切った空気が今でも記憶に残っている。

 現在の学校では教師から学ぶことが少ないという。教育者との関係が希薄になり、私淑という言葉も死語となった今。塾の役割も過去とは違い、子供たちの心を支える仕組みが見直されてきている。国の支援のない私塾で、ソフトもなく我流でケアを手がけるのだから大変である。過剰なサービスをケアの本質と履き違えている大手塾もあるようだが、本来のケアとは善悪を明言し、道を拓いてあげる徳育でなくてはならない。個の内部を育てつつ、自らの力で対処していく過程をサポートする。本物の学力とは、その試行錯誤のうえに築かれた土台の上に自力で重ねていくものである。

 何だかテーマがズレて壮大になりつつあるのでここまでにするが、とにかく私は生徒たちの秘めた力を大切にしたいと思う。教室も4年目を迎え、色々考えることもあるが、生徒と向き合う姿勢だけはこだわっていきたい。今の世の中。子供たちに「お前ってこんなに素晴らしいんだよ」と教えてあげる人が少なすぎる。せめて私だけは、彼らに自信を与えてあげたいのだ。バカ言って、怒鳴って、一緒に笑いながら。





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最終更新日  2006.04.01 01:55:27
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