パワースポット@神の島「Okinawa」

パワースポット@神の島「Okinawa」

PR

プロフィール

kasurichan1010

kasurichan1010

カレンダー

カテゴリ

コメント新着

gomagoma0610 @ 恩納ナビーの墓について 佐野哲寛さんへ コメントを下さり誠に有…
佐野哲寛@ Re:恩納ナビーの琉歌の里@恩納村「恩納ナビーの歌碑/恩納集落」(10/05) 恩納ナビーのこの写真のお墓はどの辺りに…
地域の人@ Re:七神を祀る霊域と美女伝説の湧き水@那覇市「松川殿之毛/松川樋川」(06/17) 初めまして、松川樋川は「松川ミーハガー…
まるぴ@ Re:集落発祥の秘話と四方神の恵み@沖縄市「登川/ニィブンジャー集落」(01/25) 母方の名前が登川です。 今人生の折り返し…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2021.01.19
XML
カテゴリ: うるま市



沖縄本島うるま市の南部にある「兼箇段(かねかだん)集落」に「兼箇段グスク」があります。国道329号線から県道36号線を東に進むと小高い腰当森が目を引きます。「兼箇段グスク」は琉球グスク時代の古城で標高約85mの丘に立地し、丘頂上と中段に2つの広場があります。出土品はグスク頂上と斜面に散らばっていて、それらの中にはグスク土器、中国製の青磁、獣や魚の骨、貝殻などが発掘されています。


(ヒヌカン)

(ヒヌカン内部)

「兼箇段グスク」の入り口は「アシビナー(遊び庭)」の広場があります。広場の西側に「ヒヌカン(火の神)」が東に向かって建てられており、グスクの拝所として"お通し"の役割があります。琉球瓦屋根の建物内部には「天地海」を示す3つの霊石が祀られていて、中央の霊石はウコール(香炉)として利用されておりヒラウコー(琉球線香)が供えられていました。「ヒヌカン」の建物は非常に古く、木造の屋根はグスクの長い歴史を知る上で重要な文化財となっています。


(ビジュル)

「ヒヌカン」がある「アシビナー」の広場からグスクの森の入り口に進むと「ビジュル」があり石の神が祀られていました。「ビジュル」とは沖縄本島でみられる霊石信仰の事で豊作、豊漁、子授けなど様々な祈願がなされています。「ビジュル」には琉球石灰岩の洞穴に石状珊瑚や石灰岩が祀られているのが確認できました。グスク入り口にある「ビジュル」は「兼箇段グスク」の守護神として外部からの悪霊を追い払う役割があります。


(兼箇段グスクの階段)

「ビジュル」を左手に進むとグスクを登る階段が現れました。「兼箇段グスク」の築城には諸説あります。安慶名グスクを築城した安慶名大川按司が当初は兼箇段集落の小高い丘にグスクを築こうとしましたが、後に安慶名グスクがある丘陵の立地がグスクに適するとして築城が変更されたのです。「兼箇段グスク」の麓には近くに井泉がなく、水源を確保するのに手間がかかった事も移転の要因だと考えられます。




グスク中腹には神々が祀られているウガンジュ(拝所)があります。神が宿ると言われるガジュマルの古木が琉球石灰岩に絡まり神秘的な雰囲気に包まれています。石灰岩の洞穴は石垣で塞がれ、神々に祈る拝所として数個の石が祀られていました。グスクの山を更に登ると両脇に「北の高見台」と「南の高見台」があり、その先には「ナカヒラチ」と呼ばれる広場がありました。


(グスクの中庭)

(グスクの森)

「兼箇段グスク」に関する言い伝えによると、西原町にある「棚原グスク」の棚原按司の妻は絶世の美人だったそうです。棚原按司の妻を我が物にしようと企む「幸地グスク」の幸地按司は棚原按司を殺してしまいます。棚原按司の妻は西原から命からがら逃げ出して兼箇段に身を隠しました。しかし、執拗に追いかける幸地按司に捕まってしまい西原に連れ戻されそうになりました。棚原按司の妻はこのまま手籠めにされてなるものかと舌をかみ切って自害したそうです。それを気の毒に感じた兼箇段大主は棚原按司の妻を丁寧に葬ったと伝わります。


(頂上の岩門)

(グスク頂上からの景色)

「兼箇段グスク」の頂上入り口には天然の岩門が佇んでいました。グスク頂上は広場になっておりガジュマルの木を中心にして360度ほぼ見渡せる絶景が広がっていました。こちらの方面からは、うるま市の市街地から金武湾、平安座島から宮城島まで眺望できます。東側には中城湾から勝連半島も見渡せます。西側には沖縄市の市街地も綺麗に見渡す事が出来るのです。


(リュウグウの神)

頂上から城を降り入り口に戻る途中に「リュウグウの神」と呼ばれるウガンジュがありました。兼箇段グスクは海から比較的離れているのですが、竜宮の神が祀られているという謎があります。伝説によると隣接する「兼箇段グスク」「スクブ御嶽」「知花グスク」の3箇所を一直線に結ぶ上空に竜が飛んでいたと伝わります。兼箇段グスクの「リュウグウの神」はこの伝説を裏付けていると考えられます。


(ふつこうばし/復興橋)

(ジョーミーチャー墓の標識)




(ジョーミーチャー墓)

手入れがされていないために「ジョーミーチャー墓」は亜熱帯植物で覆われていますが、よく見ると3つの門があります。この墓がある「兼箇段ウテー」には様々な民話があり「兼箇段クミルン小」「兼箇段ウテーのマジムン(妖怪)」「ジョーミーチャー墓の幽霊」などが有名です。3つの門の奥には大小3つの墓があり、真ん中の1番大きな墓にはウコール(香炉)が設置されていました。


(墓中央の門)

「兼箇段ジョーミーチャー墓」の構造は山の中腹から下にかけて削り落として横穴式にくり抜いたもので、架橋の下に大小3つの小さな前門があります。いつ頃築造されたか明らかではありませんが、この墓には「兼箇段大主」「テビーシ」「根人」「ヰガン」「根神」「祝女」「アジガユー」「門ミーチャーカシラユー」「ナカヌユー」などの遺骨が崇められているとのことです。兼箇段集落ではこれらの霊を慰めるため、1963(昭和38)年の旧暦5月に墓の蓋石を新調して、ここに祀る個人の名を刻記し、後世に伝 えるとともに外観を整備して現状の維持につとめています。


(兼箇段橋)



「兼箇段グスク」の南側に「兼箇段橋」が掛かっており、橋下を流れる川崎川沿いに「メーヌカー」と呼ばれる井泉があります。かつては「兼箇段集落」の住民の飲料水や生活用水に利用され、旧正月には若水を汲んで一年の無病息災を祈っていました。現在も豊かに水が湧き出る「メーヌカー」は横幅が約3m、縦に約1mの長方形の石造りとなっています。井戸を囲むように3段構造の石段が積み上げられています。


(兼箇段の神屋)

「兼箇段グスク」の南側に広がる「兼箇段集落」の中心部に「神屋」があります。「兼箇段集落」のノロが祭祀行事を司っていた集落の聖域で、建物の内部には3つのビジュル霊石とヒヌカン(火の神)が祀られています。旧暦8月15日には「兼箇段集落」の獅子舞が「神屋」で披露され、その後に獅子は神道を通り「兼箇段グスク」のアシビナーにある「ヒヌカン」に奉納されます。


(川崎川の森)

「兼箇段グスク」の城下古墓群沿いにある「兼箇段ウテー」や川崎川周辺は至る所に古い墓が多数点在する心霊スポットとして有名です。"恐怖の場"として知られていた所でもあり「浦添ようどれ」「勝連城跡北側の南風原から西原を結ぶ坂道のウガンタナカ」と相並ぶほどに人々から恐れられています。そのような状況下「兼箇段グスク」とその周辺を昔の様な綺麗な里山にしたいという活動が起きています。集った有志は兼箇段グスク周辺が地域のクサティー(腰当)として存在するウガンが皆の力でより健全な形で保全と管理される意識が醸成され、裾野が広がる事を強く祈念しているのです。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2023.10.28 19:10:45
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: