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サイド自由欄
授業についていくついていけない
とよく言うが
授業についていくとはどういうことか
それは例えるなら
先生と同じペースで一緒にランニングを続けるということ
だから
ついていけないというのは
本来
先生のペースが速すぎてそのペースでは一緒に走れない
というようなことである
もうひとつ大事なことは
一緒に走るということである
先生が走っているのをただ見ているだけでは力がつかない
勉強の授業に戻すならば
授業についていくとは
先生の説明に合わせて一緒に考えていく
ということなのだ
たいていの生徒の場合
まず一緒に考えていない
ただ聞いているだけ
それは
先ほど述べた
先生が1人走っているのを見ているだけの状態である
すなわち最初からついていってないのである
よほど無能な先生か高校の先生以外は
生徒のペースを考えた説明をするので
自分が考えるよりも先に先生が次の説明をしてしまうということは
ほぼないはずだ
ついていけないという言葉は
ついていく意思はあるけど能力的に不可能という意味になってしまうが
たいていの生徒は
ついていこうとしていない
まして
それでも見ているならまだしも
見ていない
力をつけるために大事なことは
くらいついてでもついていこうとすること
先生が生徒に合わせてくれないとよく言うが
そもそもは自分で合わせていく意思がなければならない
ちょうど今日
教材会社の人からもらった資料に
ロザン宇治原氏のインタビューが載っていたので
それを紹介するが
あるとき、
「授業中に目が合うのは宇治原だけだ」と言われ
「えっ、そうなんだ」とびっくりした記憶があります。
というのも、テストで問われることは、
先生の話の中に100%出てくるからです。
「先生は今答を言っているのに、皆、何で聞いてないんだ?」
って、僕には不思議でたまりませんでした。
そうなんです、授業こそがテストに出るところ
昨日の投稿でも書いたストライクゾーン
授業についてこないということは
そのストライクゾーンを狭めているということなのだ
それから
授業についてこない理由
それは
授業についていかない習慣が癖づいているのです
おそらく
早ければ小学校1年生くらいで
遅くとも3,4年生くらいのころから
授業をきかないという習慣が身についてしまっているので
もう中学生くらいになると無意識のうちに
授業についてこない姿勢になってしまっているのです
ほんとうにもって2,3秒しか顔を上げていられない
顔を上げていてもただ聞いているだけ
やっぱり一緒に考えないと自分で解いたことにはなりません
一緒に走る
もし先生がペースアップしたらくらいついていく
その姿勢がなければ力はつきません
宇治原だからできるのだとか
賢いからついていくのが楽だからついていけるのだ
というのはただの出来ない子の言い訳にすぎません
賢くなるには賢い子がやっていることをまねて同じようなことを
しなければいけないのです
イチローは練習しなくてもイチローですか
イチローが一番練習しているからイチローでいられるのです
結局は出来る奴はやっている
やっていないやつはいつまでも出来ないのです
20年前にイチローが日産のCMで
「変わらなきゃ!」
って言ってました(確かに日産はゴーンが来て変わりました)
そう自分で変えないと!