ぎょう乃介雑記

ぎょう乃介雑記

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2006年04月08日
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カテゴリ: 古典日記


強風のため部屋の中が黄色い砂でざらつくのが嫌なのと、花粉のせいです。
ただ、今年は事前の予想通り、花粉の「悲惨量」が少なかったようで、目の痒みや鼻詰まりなど諸症状が例年に比べると、ほとんど無いようなもので、
もしかしたら「花粉症」が自然治癒したのかもしれません・・・なんて思うほど楽です。

一日ごとに暖かくなってくるこの季節に、空気の入れ替えができず部屋の中はなんとなく、どよんとした雰囲気がありますがしかたがありません。

史蹟発掘地などで復元された古墳時代の竪穴式住居を見ると、それには窓がありません。
出土した家型埴輪に基づいて作成されたのか、単に復元するのにそこまでこだわらなかったものなのかわかりませんが、実際には住居の形も大きさもそれぞれ違いますので、全ての家に窓がなかったということもないでしょう。


    貧窮問答歌一首并短歌

892「風交じり 雨降る夜の 雨交じり 雪降る夜は 術もなく

しはぶかひ 鼻びしびしに しかとあらぬ ひげ掻き撫でて 
我れをおきて 人はあらじと 誇ろへど 寒くしあれば 麻衾
引き被がふり 布肩衣 ありのことごと 着そへども 
寒き夜すらを 我れよりも 貧しき人の 父母は 飢ゑ寒からむ
妻子どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ この時は いかにしつつか 
汝が世は渡る
天地は 広しといへど 我がためは 狭くやなりぬる 日月は 
明しといへど 我がためは 照りや給はぬ 人皆か 
我のみやしかる わくらばに 人とはあるを 人並に 
我れもなれるを 綿もなき 布肩衣の 海松のごと 
わわけさがれる かかふのみ 肩にうち掛け 伏せ廬の 

妻子どもは 足の方に 囲み居て 憂へさまよひ かまどには
火気吹き立てず 甑には 蜘蛛の巣かきて 飯炊く ことも忘れて
ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて 短き物を 端切ると 
いへるがごとく しもと取る 里長が声は 寝屋処まで
来立ち呼ばひぬ かくばかり すべなきものか 世間の道」


                             山上憶良

この長歌と短歌は憶良73歳(天平4年)の作か、と言われ、「貧者(憶良)」と「窮者(地方庶民)」の問答といわれますが、どうでしょう。
憶良は従五位下ではあるものの、筑前の国守も務めた貴族ですので、貧者にはならないでしょうから、この歌は「貧窮」に関する問答歌であると考えたほうがいいでしょう。歌を詠んだ直前まで筑前の国守であったようですから、この庶民は筑前など地方の人々の様子を歌っているかもしれません。
竪穴式住居に2世帯同居の姿が見て取れます。

そこで思うのは、「相聞歌」の中にあるような男性が女性のもとに訪れる妻問婚の背景は、女性はそれなりの家屋に住んでいることが前提になっていることです。
ですから結婚といっても、その習俗は貴族と庶民や家屋の様子によって違いがあり、古代の妻問婚とは貴族ものであって、その恋愛を謳歌する事は貴族の特権だったのであり、庶民には縁のない婚姻形態のようです。
庶民には特別の祭りの日として、「歌垣」などの「晴」の行事が用意されていたのでしょう。






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最終更新日  2006年04月08日 16時24分29秒 コメント(6) | コメントを書く
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