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ただいまぁ~、と、今日から独居なので返事があるわけ無いけど・・・・ん、フロアーのオートで点灯する電気つかないなぁ。そっか、プレヒート消費電力を少なくするために、全部コンセント抜いたんだったか。さて、独居の基本は、自己コントロールがストレスを感じない範囲でやることが必要になる。で、前回、仕事の関係で独居した経験があるので、早速、コントロール表を作成してみよう。ポイントは1枚の表で、全ての実施状況が目で確認できるようにする。出来れば、数字で、あるいは記号ですぐにわかること。金銭、時間、家事を一目でわかるように全てを網羅する。これらをエクセル1枚で済ませる。項目は、先ず金銭出納帳、毎日残高を次の給料日で割って明日から1日あたりいくらの余裕があるかを毎日示せるようにする。勘定科目は「生活する」これは電気、水道などの光熱費や、家賃など。「食べる」飲む食べるを合算、食材と、外食に分ける。「着る」これはフォーマルと、カジュアルに分ける。「遊ぶ」これは本、音楽、外出にかかるもの。「通信する」携帯、固定電話、インターネットなど。レシート類は、A4ノートに1日1ページで貼り付けてしまう。細目は「コメントの挿入」に書き込む。月間の推移をこの5つの項目で比較できるように、月間表を作成しておく。必要であれば後から勘定科目の細目を増やしてここからスタートしよう。時間と家事の項目については、明日加える。何しろ、昨日寝てないもので、今日は早寝が必要だ。今夜のメニューは「若鶏とブロッコリーのあっさり煮」。調理所要時間20分、明日は「燃えるごみの日」なので、ゴミだし。トラ、ドラ戦を見て寝よう。こら、岡田、井川出すな、ほらー、打たれたやんか。あほが、ほんまに。あ~ぁ、とうとう負けたか、まぁ、今日はヒーやんのホームラン見れたしええか。あんまり興奮せんとこう、寝られへんし。では、おやすみなさい、Kさん、世界中のみなさん、zzzzz・・・
2005年08月31日

え~っと、二つの事件の詳細からかな・・・昨日、シルク温泉で、気持ちよくなってビーチベッドで(風呂でビーチも無いけど浜辺で見るやつだな。)、うとうとして、快い惰眠から覚醒しないままに風呂を出てきました。彼女にタオルを預けようとして、「○代、タオル。」って預けてしまった。え、○×☆?、(娘の名前が出てしまった・・)ととと、どうしようもないなぁ。「私、○代ちゃんじゃないし・・・」と上目遣いで見つめられてしまった。フロイト先生は、言い間違いには無意識の願望が表れている、という。そうなんでしょうか、それが全てですかね。ま、その場は問題なかったものの、傷ついた彼女の心、女心は相手が娘であろうと、ジェラスの神はいたずらするんでしょうな。侘びはしたものの、他の方はこういう場合どうするんでしょう。ふ~ん。で、もう一つの事件、彼女とウチの理事長は顔見知りなので、会社にお土産を持って挨拶に行きました。なにやら、デスクの上には書類が山盛り。あ~、いいところに来た、といわれた途端、次の展開が読めましたね。気前良く、明日出勤しましょうかと、口にしてしまった私。で、今日は5日間頂いた休みを、1日短縮して、彼女を京都に送ってきました。4日間有難う。お尻の笑窪のコリを治してや。(・・・・)久しぶりに彼女のお母さん(私と2歳違い、ヤバすぎ。)や、彼女の甥や姪にも会えました。私の娘とも合流して河原町六角の60’Sカフェでお茶もしました。その後、息子と合流して、久しぶりに家族のひと時。楽しかったけど、少し悔いの残る夏休みでもありました。午後10時、明日のモーニングコールを娘に頼んで、帰路に着く。9号線をマッハで飛ばして、所要時間時間2時間5分。兵庫県警には内緒にして置いてください。
2005年08月30日
昼から、職場の理事長の勧めで、但東町の「シルク温泉」に行ってきた。自宅から車で所要時間20分、我が家は便利なところに位置してるのだ。城崎20分、神鍋山15分、出石15分、但馬空港15分、豊岡市内15分、まさに、居乍らにしてリゾート。で、「シルク温泉」山間の道を少し小道に入ったところ。料金は500円。かかり湯を手桶で肩越しにかけて、おやっ、お湯が“にゅるにゅる”です。先に信州で白骨温泉でミルクのように白濁した湯に入ったこともあるし、有馬の金泉、銀泉に使ったこともあるが、、それとは違う、何とも言えぬ心地よさ。連れ合いが、「お湯だけで、化粧落しに何も使わなくてもさっぱり。」なんて言ってました。サウナ、露天の前は、高い山と、のどかな田園風景、遠くを小型トラックがのんびり走っていく。近場の極楽を味わせていただきました。風呂上りに、そばコロッケ定食をいただいてきました。たっぷり野菜と美味しいご飯も印象に残りました。でも、この後二つも事件が起こるんだなぁ。ま、それは頭を整理してから明日にでも・・・・。
2005年08月29日
娘が京都に帰るので、私の女友達と最寄の駅に送っていく。私は、この地に残って始めての日本海の冬を、過ごすことになる。電車がホームを滑り出すと、女友達のほうが、なんだか少し沈んだ表情で、手を振り送っていた。送り出して、その後神鍋山に向かう。少し風の匂いに秋を感じながら散策。苦手な秋がやってくるナァ、と感じている私に気づいたか、かわいく甘えられて、彼女の提案で鳥取に再び行くことにした。不良親父にも、いや不良親父なればこそ、熱情から倦怠への季節の移り変わりが苦手なのだ。似合わんなぁ。砂丘道路では、長い浜辺のアチコチで、行く夏を惜しむように海水浴客が波と戯れていました。定番のサンセットを見るために展望台で時間潰し、前回来たときよりも更に綺麗な日没を楽しんできました。最近、連日のようにG軍の時期監督候補として星野氏のニュースが流れている。ふ~ん、ペナントレースが終わるまで静かにしてやってくださいな。
2005年08月28日
ここ2,3日、娘が京都に帰るので荷物の整理や、普段行き届いてない部分の掃除をしながら、ついでに、親父の女友達Kが遊びにやってくる準備をしてくれている。昼過ぎに近くの駅に降り立ったKと合流して3人で周辺をドライブ・散策。周りにあるのは、山と河ばかりなので退屈するかと思ったが、出石のお城周辺で、「へ~、居乍らにして観光できんねんな。」と満更でもない様子。「うどん党」のKもご機嫌よく、お蕎麦を平らげていました。帰りは豊岡市内回り、但馬空港経由で帰ってきました。3連敗後の虎はようやく勝利。広島に2連敗を食らったばかりなので、赤ヘルファンの彼女もTG戦に付き合ってくれました。ふ~っ。夕食後、音楽やお笑いの世界で、年齢のあまり離れていないKと、娘の二人はウマが合う。ありがとう、楽しい時間でした。
2005年08月27日

ふ~ん、今岡の頑張りも徒労に終わったなぁ。下柳1000奪三振、金本1000得点の記録も敗戦で影が薄い。ところで、「赤ヘル狂」の女友達が明日、我が家に遊びにやってくる。先日の日記では勘違いしてたけど、明日から対巨戦、「赤ヘル」も勝ったことだし、上機嫌でやってくるんだろうなぁ。巨人といえば、星野さん、あなたの沈黙は巨人に行くって決めたからかな。トラファンは怒ると思うけど、1球団の改革だけでなく、日本野球界を変えたいのなら、私は応援します。トラファンは辞めませんが・・・球界の坂本竜馬になってください。写真は、私はオ○ナミンを絶対飲まないけど、怪しい類似商品があったのでちょっと1枚撮ってきました。
2005年08月26日
負けたナァ、これでDとのゲーム差は3。やられた相手はC、私のGFの応援チームだ。う~ん、彼女の父君が広島出身なもんで、熱烈な赤ヘルファン。特にTのシーツ、金本には裏切り者呼ばわり、彼らがミスすれば罵詈雑言、とてもアノ顔から発せられたとは思えないほどに凄まじい。その彼女が、明後日久しぶりにJRを乗り継いで我が家にやってくる。明後日といえば、Cとの3戦目、城崎温泉に連れ出すか、それとも出石に蕎麦でも食べに連れて行き、野球には触れないでおくかな。なにしろ、金本移籍後、18年ぶりのTのリーグ優勝から1年ほど、彼女からの連絡はフッツリ途絶えたという事件もあったからねぇ。あぁ、今日は、あの方の日記も読みたくないナァ。きっと今夜の彼は「がははな気分」だろうね。
2005年08月24日
そもそも、この日記を始めたのは、上海在の怪しいコーリアンのコブラさんと、交換日記をやろうと決めたことがきっかけである。今では、どういうきっかけか、見知らぬ方にもたくさん読んでいただいて、コメントをいただき、勝手に一人歩きしだした。で、彼は、過去にこの日記にも紹介したが、元留学生。京都立○館大学で学ぶ傍ら、私の職場にアルバイトに来ていた。さけ、かけ、すけ(とは言わないか、今は。)と、3つの“け”の好きな、頭のいいハンサムな野郎である。ちょっとレスラーの“ザ・ロック”似。日本語習得については、まるでネイティブ、在日韓国人かなと思うほどにうまかった。パチンコは何処で攻略法を学ぶのか、バイトの合間に良く稼ぐ。“3け”は道楽、どれも刺激のある男の迷う道、まぁ、かけ(賭け)については身を滅ぼすほどの軍資金は学生の身で持たなかったかもしれない。すけ(女)については、持ち前の、少し退行した髪をのぞいては申し分の無いマスクと、流暢な標準語でユーモアのある会話を駆使して、次々とねぐらを変える始末。これもまぁ、モテるのは、開かれすぎた現代の日本の性意識に問題があれこそ、彼には罪がない。酒は、ちょっと彼には自制の聞かないところがあるらしく、たまには夜明けて、詫びて歩く姿も珍しくは無かった。で、3つの“け”が一度にかかわったかどうか、彼は大きく人生を決定付ける問題をかかえる。その日はパチンコで稼いで、留学仲間の中国女性を食事に誘って出かけた。もちろん酒が加わったであろう。酒、賭け、スケの親父的道楽は、その夜、熱烈桃色混濁世界に彼を導く。いや、そんな経過かどうか、留学途中で彼は結婚した。卒業後上海に移り、美人の奥さんと娘さんと、奥さんの家族に囲まれ暮らす。異国で毎日、中国は好きになれねぇ、とつぶやきながら地下鉄に乗り、日本資本の広告会社、上海○通に通う。そんな彼に、せっかく身についた日本語を忘れないようにと、日常生活の中から、日中韓の様子を書いていただいている。日本を離れて9年目?かな。まだまだ、「和」のわかる不良仲間のコーリアン、コブラさんのコメントも一緒に読んでやってください。
2005年08月23日

コウノトリ但馬空港で航空ショーが予定されていたが、混雑を避けて今日は神鍋の八反滝に出かけた。依然来たことがあるが谷に下りてゆっくり過ごす。その後、ふと鳥取に行こうと思い立ち、9号線を西へ。気まぐれ、我儘な私は体力さえあれば1日の予定は女心に勝るとも劣らず、秋の空にも負けないくらい予測不能だ。途中、同乗の娘が友人とメールでのやり取り。「へぇ、鳥取砂丘か。日本三大がっかりの地ですから、しっかり遊んできてください。」とメールが入ったと言う。へへへ、そうなんだ、残り2つはどこなんだよー。「村岡」、「春木」と通り過ぎて、娘が「どうせやったら、村岡ではなくて村上やったら、村上春樹やのになぁ」と運転する親父に気遣う。ジジイは春樹好きでもあるのだ。鳥取駅で服部コーヒーで自家焙煎コーヒーをいただいて街ブラ。日が落ちるのを見計らって、頃合かなと砂丘へ向かう。こういうのは計画通り。娘よ、雨上がりの日没は雲が美しいのだ。雲と真っ赤な夕陽が、砂山だけの日本海を演出してくれました。(写真はあまり色が鮮明に出て無くて残念だけど・・・)帰りに「なめねこキャンディー」を舌で転がしながらドライブ。以下は、包み紙に書かれた「なつか死語」。「アウト・オブ眼中」(問題外の意味)「ABC」(エッチの段階)「ハウスマヌカン」(衣料の店員)ちょっと、懐かしいナァ、と思いながらドライブ。でも、若い人たちにはちょっと、わけわかめ、いみとろろかな。走行距離総計、170キロ、楽しい小旅行でした。
2005年08月21日
ロンドンの級友から、久しぶりに便りが来た。というと、私の交際の広さを自慢しているようである。が、ネットで出身校を登録してみたら、そのサイトで懐かしい名前を見つけた。その後、時々、近況報告を交わすようになっただけである。私がロンドンではない。普通の親父だな。男根の世代、じゃ無くて団塊の世代で社会に出て長い。長い年月に友は英国でグローバルな生き方を選んだ。私はと言うと、京阪神とは明らかにイントネーションの違う関西に住んで、スローライフと気取りながら、緑と河の自然しかないところで、大して社会に寄与せずに、老醜をさらして生きている。人は自分の意思で人生を開拓し、選択して生きる者もあれば、不都合は承知の上で、与えられた人生を余儀なくされ生きているものもいる。ははは。数年前に同窓会があった。白髪の目立つ友、すでに孫のいる友。同窓会を、うまく言い表した川柳を探し出した。クラス会肩書き着てる野暮なヤツ呼び捨ての名前飛び交うクラス会不景気に出欠迷うクラス会メールに、“こんにちわ今日はいつになく暖かく、25度。晴天です。こんな日は皆、公園やビーチに日光浴に行くのです。私もブライトンへいって泳ぎたいよ。“とある。朝夕は少し衰えかけた夏のエネルギーを感じながら、彼我の友を思う。
2005年08月18日

一週間前の火曜日、東西に雲と空が二分割に分かれる不思議な雲を目撃した。もう一つの日記に9日に記したときは、悪い冗談だと自嘲していた。今日、宮城沖で大きな地震が発生した。この地方では、太平洋プレートだろうか、100年ごとにM8以上の地震がこの地方を襲うと言われている。今日の地震で、ストレスが抜けたとすればいいのだが・・・・
2005年08月16日
阪神については、これで語るまい。星野氏が巨人と話し合いを進めていると言う。私はギッチョで左投げ、左捕り、バッティングは右か左かわからない。少年時代から、グラブを左につけて投げることは出来ないので、いつも仲間に入らなかった。自然、球技から興味を失って離れ、青年時代は武道に血道を上げていた。野球を観戦するようになったのは、星野さんが阪神に来たからだ。トップが変われば組織は変わる。トップも組織と共に成長する。自分が世に出て、部下を持つようになってから、常に言い聞かせてきたことだ。ダメ虎を闘将の異名を持つ星野がどう裁くのか。私の野球への興味はここから始まった。「日本人っていうのは「改革」「改革」っていうことは好きなようだけれど、どうもその「改革」の実現っていうことになると逃げ腰になるというか、苦手のような気がする。これは日本人全体の好きにつけ、悪しきにつけ、ひとつの傾向というか特徴でもあるわけだけれど、組織や集団の和を乱す「改革」というものはなかなかしたがらないんだよね。」8月8日、星野仙一オフィシャルサイトから、星野仙一自身の言葉である。今、日本国の改革も、星野さんの言葉を反映している。対竜戦、金本兄貴、記念イニングに自らの祝砲、おめでとう。5回表、5-3攻撃止まず。☆追加☆星野さんのHP、Q&Aコーナーで星野さんからG入りをキッパリ否定するご本人の回答がありました。ふ~っ。
2005年08月11日
上海の怪しいコーリアン「コブラ」さんにgooのプロ野球試合速報を教えてあげた。彼はコーリアンでありながら、日本に留学していた時代に中国女性と結婚して上海に行ってしまった。現在は広告会社上海●通に勤務される。彼が京都●命大学に行っていた頃は、パチンコと酒と女と阪神、サッカーに明け暮れる毎日で、外国人としては典型的で見本のような不良生活を堪能していたという。いやぁ、私も少し関わりがあって(と、ちょっと距離を置いておこう)彼と暴れまわったものです。酒が入ると、国民性なのかどうか、熱く語るうちに自説に酔い、攻撃的になる。気がつけば周りの男は打撲を負っているか、女性は組み敷かれている、という事件が多々ありましたなぁ。いろいろあったけど、こうして怪しい交換日記を続けることになりました。で、昨日の阪神中日戦、せっかく上海で応援している外国人虎キチがいるにもかかわらず、井川あえなくダウン。散髪せい、井川。ふ~ん残念。
2005年08月10日
MLBで今年から新しくワシントンナショナルズが活躍している。カナダのエキスポズが前身であるこのチームは、これまでホームグラウンドには、3000人程度のファンしか詰め掛けなかったという。現在はその10倍のファンが詰め掛け、なかなか健闘中である。監督も、選手もほぼエキスポズ時代から変わらない中で、監督は現在の好調の要因を、熱いファンの応援体制が大きな要因だと答えています。どうですか。少女は綺麗だね。かわいいねと言われて、いい女に成長するのです。世界一熱いファンに、支えられているチームが日本にある。負け戦を恥とも思わず、ひたすら与えられた年俸に甘えていた集団は、知将野村によって再整備、再教育され、闘将星野によってリーグ優勝を果たした。あの9月15日、私も偶然、かけつけた甲子園外野席で涙した。今年、2位龍軍に1,5ゲーム差で今日から名古屋で3連戦。岡田さん、キリッとした華のある表情で選手を叱咤激励してくださいよ。ふぁあ、俺龍の間抜け面に一発ブチかまして、あいつの嫁はんがテレビに出て来ないようにしてよ。ほんま、ファンは熱い応援してまんねんで。
2005年08月09日
え~、昨日のタンパク質の件でいろいろご意見をいただきました。トラックバックまでいただいたりしたが、どうしたらいいのか研究出来ていません。とりあえず、ご意見・ご訪問ありがとうございました。学生の頃、もう37,8年前のことになるナァ(月日は百代の過客にして・・・)武道にいそしんだことがある。強くなりたい、周りにいる女生徒の視線にも気づかず、ひたすら心と体を鍛えることが、すべてに優先する、星雲の志は頑健な肉体に宿ると信じ、汗臭い毎日を送った。学生運動の盛んな時代に、握り拳のついた襟章をつけ、コテコテに光った学ランに身を包んだ姿は、右寄り思想の持ち主と間違えられたり、岡崎公園前の電停で立命館の空手道部員に包囲されて睨み合ったこともある。ひたすら鍛えることにしか、頭は働いていなかったが、今、思い返すと道場の天井にはアスベストが、びっしり貼られていた。アスベストのみならず、健康にいいよ、と広報されて食べ続けた有害物質の入った食品類、塩素処理済みの飲料水、ようやく近頃警告の入ったタバコの箱、夏になると恒例だった「黒んぼ大会」、異常気象、怖いものづくし。恩田陸の「上と外」と言う小説だったと思うが、冒頭、「科学の進歩は、必ずしも人の幸福を導くものではない。」と言うような内容で、始まっていたと思う。人は「火」を発明した日から、自滅への道を歩みだした。悲観論で終わらせないためには、正しい分析と、判断が必要になる。正しい広報が必要になる。ふ~ん、今日は思い出に浸っているうちに、似合わぬ思考の展開になってしまった。これ以上、考えると我輩のCPUは破壊してしまうな。みんな考えてね。
2005年08月04日
某ハンバーガーメーカーのHPが、「食育」のページを増やした。ハンバーガーを食べさせておいて、何が食育か、と叫びたい。日本にハンバーガーが入ってきて30年近くになると言う。30年前に食べさせてもらえなかった我輩としては特に大声で叫びたい。昔といっても、昨日のことのように思えるのは、ジジイになったからだが、というのは置いといて、昔、親にダダをこねて困らせて,ハンバーガーを食べ、気軽なおねだりの習慣を身につけた子供が、今、自分の子供に手作り料理を食べさせる代わりにハンバーガーと、コテコテ油で揚げたフライド・ポテトを与えている。肥満児、血中脂肪の多い子供、腎臓の弱い子供、みんなハンバーガーと一緒に入ってきた安易な加工食品群で育っているからではないか。ざまぁみろ、と玉子焼き弁当の羨ましかった我輩は、そう思うのだ。外で運動しない子供は、さらにこの不健康時代に輪をかけている。遊びまわるのに、金が要らなかった時代に少年時代をすごした我輩は(部屋で遊べるゲーム機は無かったのだ。)自慢じゃないけどハンバーガーも食べず、ゲーム機で目を悪くしなければ、運動不足にもならず、元気でジジイになった。食育と言う言葉を定義するには、ページ数が不足しているので省略しよう。いや、決して知らないわけではないが、こら、某バーガー、お前が健康のことをとやかく言うな、とだけ言っておこう。
2005年08月02日
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