バックマンの思考と試行

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2005年12月09日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
前のプログがなぜ小説みたいになったのかというと名前について考えてたらストーリーが走り出したので書きました。

過去の自分から変化するためには、一度自分の名前を捨ててみることが必要なんじゃないかということを思いました。

名前には色んなイメージが付随する気がします。

例えば、OOO君は優しいわねとか、ほんとにいい子ね、色んな人から言われると、その子は無意識的にそういう風になってしまい、自分とはそういうものなんだと自己イメージを形成します。
OOO君=優しい、いい子=自分という形で自分を固定、縛ります。

自分が思っている自分のイメージも本当の自分とはかけ離れている場合が多くあります。
それは自分に対する認識の低さでそうなっており、自分とはもっと不可解、
分からないもののような気がします。

つまり、周りがその人を観て思ったその人の分かりやすい表層的部分が、名前に付随し、自分が認識できるそれでも自我からみたら表層的部分も名前に付随します。



あなたはOOOOではなく、OOOOと呼ばれる存在である。
OOOO=あなたでは無い。

何故この認識が必要かというと、分かりやすい形でいうと名前にはときに親の希望やら、世間の期待がある場合そうしなければならない役割が存在します。

普通に生きていても表層的部分だけ見た世間のイメージがあなたの名前に役割として付随します。

無意識が名前自体に意味を持たせるようになることが問題なのです。

無くては困るが名前になんて意味は無い、意味を持つのは自分と言う存在自体、僕の呼ぶ名なんてどうでもいい。

こういう心境になれた時、初めて世間から、今までの自分から自由になれるそんな気がします。

前のプログ小説をちょっと書き直します。












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最終更新日  2005年12月09日 12時54分20秒
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