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2006年03月01日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
僕は人の前で人の悪口、愚痴を言わないようにしているというより、なんか凄くかっこ悪いものと思ってるし、影で言われるのって一番自分が傷つくからだと思う。

そういうのを言ってしまう場合、誰かに言わないと自分の中では収集付かない場合(本当に嫌な上司の愚痴)は言ってしまうけど、それが気持ちいいことも知っているけど「ああオレってカッコ悪いなぁ」と思ってしまう。

あと、被害者意識が強いというか、自意識過剰というか、人が話していると自分の事を言っているんじゃないか、それも悪くと思ってしまう。

相談することもないし、あまりされることもない、されることは好きで、なんか結構イイコトを言うらしい。

まあ、毎日グジグジなにやら悩んでいるからね。

人前で愚痴ることもないそれもカッコ悪いと思ってしまっている。

まあ一人でぶちぶち愚痴っているけどね。

人に何かを相談したり、愚痴ったり、辛い事、傷つくことがあった時「ねぇ~これどう思うぅ~」などやっている時、その人が解ってくれると思うから言ってるんであって解ってくれると嬉しいよね。

でもどんなに解ると言われても、ああ、きっとホントは解ってないんだろうなと思ってしまう。



「人のことを自分のことみたいに受け止められない」から「相手の立場に立って考えなさい」という道徳があるんだろうし

他人が持っている、同質、同量の同感情を感じ取ることなんて普通はできないよね(なんかこうエスパー的要素というか、そう、できるかどうか知らんがてぃんとんさんの彼女みたいな(笑))

完全には解ってくれてないにしても、辛かったり、傷ついているときは、その相談している相手が真剣に聞いていてくれたり、同じように悩んでくれたり、悲しんでくれたり、泣いてくれたりすることが欲しいんだよね。

ああ、自分って必要とされているんだな、愛されてるんだな、と感じれるからね

それで傷は癒えるにしても傷跡は残るよね、まあ大きく言うとトラウマという奴、言い方変えていうと、ストップサイン、心のブレーキ、恐怖のパターン、それらが残る、それは他人では治せない、アドバイス、フォロー、カウンセリングはできても、自分でかさぶたにして、自分ではがさないといけない。

多分本当の意味で人に対して人ができる事は「誤魔化しなく自分の人生を完結させること」のみだと思う(矢沢永吉みたいな)
その影響で人は変わっていくんじゃないかと思う。

人の温もりを感じていたいと思って色々仮面をつけようと思ってきたけど、それが一番の優先事項になったらどうしようもないなと思うようになってきた。(まあうまい具合にはつけられないんですけどね)

「人から愛される人間になりなさい」それが一番の優先事項であるのは問題中毒だと思う。
それは結果でしょということであって強迫観念みたいにあってもしょうがないじゃん

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最終更新日  2006年03月01日 15時33分26秒
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