バックマンの思考と試行

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2006年03月07日
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最近、すべてではないにしろココに書いていることが誰かが持っている人生観を自分の頭の中でこねくりまわして書いているだけのような気がする。

今まではPQ的視点というのが実はよく分からなかったが、多分それは脳ではなく自分が全身で感じたことを自分の言葉で語る(それはPQレベルに応じて変わるだろう)という事だというのが心で理解できた。

僕には多分世間でいう「理解力」というのが乏しいのかもしれない。
相手の言っていることは分かるが、自分の心に納得しないとなかなか落とし込めない、落とし込めたと思っても本当の意味で分かっていない。

どれだけ正しい真理を表明しても相手の認識力がそのレベルに達していない限り、完全に伝わる事はない。(宗教は脳にこうなっているから、この道が正しいからと完璧に落とし込ませて、身体が感じていることとの矛盾を、いやそれは私がまだ至らないためだと、苦行に走らせる)

自分と目の前のいる世界との間には壁があるような気がする。
リアルではない、バーチャルな感じが常にしていたような
それは、自分の心を守るため、心の傷を減らすため、どこかゲームしている感覚で生きているのかもしれない。

意識的に自分の身体意識の中に、眼に見える周りのものを通すとリアルになる。



全身で感じて、脳で吐き出す、身体が入力、脳が出力、

ただ脳には小賢しいとらわれがある

もっともっと身体で感じよう、感じている事に身を委ね、小賢しいとらわれを取り除こう。

変化を妨げるのは脳の中にある、問題中毒も脳の中にある。

僕は多分疑り深いほうだと思う。
自分勝手に思い込んで、真実はそれとは違っていた時のショックを無くすため、傷を無くすため、真実を知ろうとすること、それが「疑う」ということ

今のこの社会の中で、普通に生きていて100%幸せですという顔をされると腹が立つ、それは多分僕がそれが嘘だと感じるからであろう

子供頃はそういう人間が羨ましく思っていた、僕もそうなりたいと、でもそれは自分の感覚、感情を麻痺させることではないかと思う。

女性はいいんだ、うそ臭くなければ、それは多分僕の中の母性愛の欠如、母の顔がいつもしかめっ面だったということから来ているのだと思う。

今日の一言、二言

身体との対話のなかでよく腹が脈打つのを感じる大腰筋の目覚めか?



昨日数時間だけ、水底の流れに身を任せること、運命に身を委ねることが
母の胸に抱かれているようで凄く安心感があり、安らぎを感じるようになる

平常時でも脚を一歩踏み出し進む時は腰から脱力するだけで進める筋出力がいらない、股関節の緊張がとれ、足首が地面の中に落ちてゆく感じ、
地面の反発を受け進んでいる感じも時のある

胸骨がバリバリ鳴るようになる、頚椎が左に歪んでいるためだろうが、左肋骨が開きにくい左肩包体の自由度が低い左肘が相変わらず鳴るのは、そのバランスをとるためのような気がする。





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最終更新日  2006年03月07日 11時34分05秒
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