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2007年02月19日
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僕は夜とか深夜人のいない時間帯に歩くのが好きで、それでカラダの会話しているという感じなんですが

最近、地球の中心(地芯)をカラダと一緒に別々の存在として意識してやるといい感じだなぁと思ってて、それだけではダラケタ感じになるので頭の位置というか(天芯)も重要何だけど

なんかこう、とっかかりはそれでいいんだけど、なんかもっとそれではもっと奥にはいけない感じがしていて

カラダが自分と全く別の存在なら、カラダを意識して動かすのじゃなく、同調してみようと思って、全く別人として扱い、心臓の鼓動、血管の拡張感に同調する感じにしたんですよね

自分の意識が届かなくて完全にカラダの部分ってそこだけだと思ったんで(風呂上りとか判りやすいと思うんですけど)

そのうち、こう、自分の奥の方にあった柔らかな部分が顕在化してきて、なんかちょっと心が現れたような気がして、優しい気持ちになってちょっと感動してたんですね

これが自分だというような感じで凄く感傷的な気分で

この弱い部分をさらけ出したかったんだな、別に誰かじゃなくてまず自分自身に気づいてほしかったんだな、というより、自分で気づければそれでいいというか、誰かに表現しわかってもらう必要の無い「聖域」という感じで

カラダ的にいえば、常に変化流動している生命活動を意識にあげることができた感じかな



それは部位でいえば体幹部の生命活動を司っている毛細血管みたいなそんなあいまいな部分でしか今は表現できないんですけど、

腕を動かすときに腕そのものを動かす人が普通の人で、体幹部から動かすのが身体意識の高い人、それよりもっと奥の生命活動を司る部分それは自分の意識が届かない世界、「カラダが勝手に」の世界

ちょっとこれが僕の今の限界みたいなので

言いたいことを簡単に言うと

カラダの奥に眠っているのは柔らかくて、弱いから外の環境によって、すぐに変化する優しい部分

それを社会活動と直結させるのが僕ら意識側の役目なんじゃないかと思いました。









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最終更新日  2007年02月19日 14時55分26秒
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