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今日が予定日なんですが、今までのところ何の兆しもありません。いままでの2回が予定日前日におしるしだったので今回もそうじゃないかと踏んでいたのですが、ちょっと予想が外れました。今日は定期健診のため母と病院へ。先生いわく、大きさは先週、先々週とあまり変わらず。赤ちゃんはまだ出てくる気はないみたいですねーとの事。陣痛が10分間隔になったら来院することを確認して帰りました。いつかなー・・・?
2007.03.26
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まだ、生まれていません。^^昨日、病院へ行ってきました。赤ちゃんの大きさは先週と変わらず、私の体重だけが増えていました。TT結構歩いたことだし、赤ちゃんがそろそろ下がってきているのではと期待して、先生に聞いてみたのですが、まだあまりとのお答え。いっつもなかなか下がらないんですよね、私。仕事は、先週金曜日までで無事まっとうできました。たった2週間しか教えてないのに、何人かの学生にこのまま私の授業が受けたい、ほかの先生に代わってほしくないというようなことを言われて、たとえお世辞でも嬉しかったデス。*^^*最近の体調も変わらず良好です。ただ、1週間くらい前から、むくみが出てきました。足は、やっぱり仕事の後が大変。手のむくみは、朝がただけですが気になります。こむら返りは、その後ちゃまさんからいただいたファイテンテープなるチタンのテープでずいぶん頻度が減り助かっています。あれってすごいんですね!前は1週間に3回つっていたのに、そのテープを張ってからは1週間に1回くらいしかつりません。ちゃまさん、本当にありがとうございました~!!!最近の、というかもうだいぶ前からですが、困ったことのひとつに、お腹のかゆみがあります。最高潮に大きくなったお腹が、かゆい!!!毎日、1日に何度もクリームは塗っているのですが、痒くてたまらなくてつい掻いてしまうのです。そうすると、中の赤ちゃんが驚いて、動き出したり張ったり。ご、ごめんね~、と思いつつクリームをまた塗るという繰り返しです。なぜこんなに痒いのでしょうね。皮膚が伸びて乾燥してるのかな?おなかといえば、仕事が始まってから気がついたのですが、デスクワークが、つらかった・・・。デスクワークって、どうしても腰を直角に近い状態にして座ってしまうでしょう?そうするとお腹が足の付け根で圧迫されるのです。パソコンのキーボード操作もしかりです。(だからいまはだらしなく背もたれにもたれて打ってます。)ソファでテレビ見るときでも腰にクッション2枚当てくらいにしないとつらいのだから、当然といえば当然ですが。(あ、そういえばご飯食べるときもつらい。)でも、こういうことって経験した人でないと分からないものですよね。経験したって時間がたつと忘れちゃうし。だから、忘れないようにいろいろなことを書き留めておこうかなと思って今書いています。(忘れたからってどうこうなるわけではないのですけどね。)前回は、便秘になって困った記憶があるのですが、今回はそれはなくほっとしています。前回と今回の違いといえば、前回中期ごろから飲んでいた鉄錠を、今回は10ヶ月まで飲まなかったこと。効果、あったみたいです。私の住んでいるところでは、妊娠20週以降の妊婦は妊娠期間中に合計3か月分の鉄分剤をただでもらうことができるのですが、今回は、縁がなくてなかなかもらえなかったのです。(最初もらいに行ったら20週前だと断られ、2度目もらいに行ったときは年末で品切れ、そのまま日本に行ってしまったので9ヶ月末になってやっと1か月分だけもらえたというわけです。)韓国のお医者様からは、もう5,6ヶ月のころから血液検査もしないで鉄分剤を飲み始めるようにと指示を受けていたのですが、便秘が怖くて飲んでる振りしてごまかしてました。^^納豆やアサリを取るようにして気をつけていたせいか、微妙な線を行きつ戻りつしたもののそれほどひどい貧血にもならず、何とかここまで来ることができたので何よりです。昨日は診察の後で、分娩室や入院室を見学させてもらってきました。分娩室にはあの見るのも恐ろしい大きな分娩台が部屋の真ん中に鎮座していてびびりました。でも私は立会い出産希望なので、たぶん家族分娩室というところで、LDR分娩台(ベッドが分娩台に変わるやつね)のお世話になると思います。だけど、前回畳に敷いた布団の上で出産した私にとってはどちらも恐ろしさは変わりません。いまさらだけど、逃げ出したい気分になりました。入院は自然分娩の場合2泊3日だそうです。日本と比べるとずいぶん短いです。産んだら、次の日休んでもうその次の日には退院?これまた不安です。大丈夫かしら。今日の日記はまとまりのないメモ書きのようになってしまいました。でも、座っているのもつらいので、ここまで。
2007.03.20
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昨日は日記を書いたあと産婦人科へ行ってきた。タクシーにしようか迷ったけれど、時間もあることだし、歩くのは安産にもいいから久々にバスで行くことにした。去年あたらしく改定されたバス路線図を持って家から近いバス停へ。でもうちは大田の中でも僻地なので、バスの便が非常に悪い。当然病院まで直で行くのは無理だろうと覚悟して、市庁までバスで行き、そこからちょっとあるけど歩くことにした。と、すぐに、市庁までいけるはずの135-1が!飛び乗って運転手さんに「市庁行きますよね?」と確認すると、「市庁?ちょっと歩かないといけないよ」とのお答え。?おかしい。市庁って言う停留所が冊子にはちゃんと載っているのに。バスも動き出してるし、どうせ歩くつもりだったからまあいいかと千ウォンを入れて、おつりが出るのを待っていたら、運転手さんに「千ウォンだよ」といわれ、はじめてまたしても料金が値上げされたことを知った。さて、今度は停留所の確認。バス内に貼ってある路線図が見える席に座って、もって来た冊子と見比べていった。すると、市庁のあたりだけどうやら路線が変わっているらしい。ぐるっとまわりこむようにそこだけ避けて行く。なんてこったい!じゃあ次の課題はどこで降りるか。ほとんど分からない停留所ばかりだけれど、路線図の冊子についてる小さな地図とにらめっこしてなんとなくのコースを予想。近そうな候補は3箇所くらいあげてみたものの、どこがいいのか見当がつかない。窓の外と地図を交互に見て、ほほう、ここまでは以前の路線と同じでここから違ってくるんだな、などと考えつつ、普段車では行かない斜めに曲がった道だったので、方向感覚を失わないように緊張しつつ、どこで降りたらいいか必死で考えた。3つの候補のうち、一つ目は遠そうだったからパス。2つ目は微妙だった。すぐ目の前に大きな交差点があり、そこでどちらに行くかが皆目見当がつかない。右に行ってくれれば、3つ目のほうが近いのだけれど・・・。と思っているうちに2つ目の停留所は通り過ぎてしまった。と、バスは、中央線よりへ。やばい。これは左折する。案の定、左折した。すぐ降りたいのに、バスはのろのろとした速さで脇に寄せつつもどんどん行く。バス停遠いよー。やっと降りた。場所は分かるが、病院まではかなりある。でもここまでがんばって来た(?)からにはタクシーに乗る気はしない。で、歩きましたとも!時間を計ったら病院まで25分。いい運動になった。病院では、先週に続いてまたしても担当の先生に診てもらえなかった。何でもラジオ番組出演のためだそうで。そんなに有名な先生だったのかな。知らなかった。血圧、体重、尿検査とも問題なく、超音波でも問題なし!そしてお腹の子の大きさは推定3.4キロ!!!まだ38週初日なのに、でかすぎ~!!!あと2週間たったらどうなっちゃうんだ??!先生に言ったら「いっぱい歩いて早めに産んじゃいましょう」だって。んな簡単に~。まだ授業も残ってるし、助っ人の母も来てないんだってばー。いやそれ以前に歩いたって産まれるかどうかもわかんないし~~。お昼は久しぶりに会うお友達と近くのデパートで食べた。彼女は赤ちゃん連れだったのだけれど、途中から赤ちゃんも寝てくれたおかげでゆっくり話をして、楽しい気分で帰途へ。帰りはさっき歩いたときに確認しておいたバス停から135番のバスに乗った。冊子の路線図でも、停留所に貼ってある路線図でも、うちの前まで行くことは確認した。バスの表示には終点が市庁となっていたが、きっとそこでちょっと長く停車してまた動き出すのだろうくらいに思っていた。ところが、市庁についたら乗客が皆降りて、運転手さんに「アガッシ、終点ですよ」といわれた。(アガッシ(娘さん)なんていわれたのはン年ぶりでちょっと顔がほころんでしまった。ま、バックミラー越しで、私も帽子をかぶっていたからよく見えなかっただけだろうけどさ。だってこんな大きなお腹のアガッシいたら問題よねぇ。)でも喜んでいる場合ではない!運転手さんに持っていた路線図を見せて何でここまで行かないのかと訴えてみたが、この路線も改定されたということだった。(がっかり)仕方なく降りて、切符を売っている売店のおばさんに新しい路線図はないか聞いてみたが、そのとき改定されたのはほんの数路線だけだったので、新しい路線図は作られておらず、私の持っているのがいちばん新しいという。その数路線に今日乗った2本がちょうど入ってるなんてなんて不運・・・。運転手さんに教えてもらった別の停留所まで歩いて、185番のバスに乗ってやっと最寄の停留所までつくことができた。久々によく歩いた一日だった。歩いたといえば、今日も思いがけずよく歩く羽目になった。私が運転をやめてからは車でのオリニチプの送り迎えをダンナにしてもらっているのだが、夕方ダンナから電話が入って、会議で帰りが遅くなりそうだから私に迎えに行ってくれという。で、運動がてら歩いていってみた。行き30分。オリニチプで15分、帰りも35分くらい。子どもたちは途中走っては歩き、走っては歩き、おしっこもしたくなったといって道端の草むらで用も足し、(ウンチは我慢するといい、)最後のほうは疲れたといって休み休みだったけれど、それでも最後まで歩いてくれたので助かった。もしものときはバスかタクシーに乗ろうと思っていたんだけれど、その必要もなく帰ることができた。この調子で歩いていたら早く生まれちゃうかなー?まだまだ胎動も激しいから、大丈夫だとは思うんだけど。楽しみなような怖いような。
2007.03.13
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日曜日はイーマートへ行ってきました。目的は、子どもたちのオリニチプの準備物購入のため。去年に引き続き今年もすごい量で、しかもここのオリニチプは個人用品がすくなくほとんど年度末に返してもらえない(クレパスくらい普通個人用品にするでしょう??)ので、私は文句たらたら。聞かされるダンナはかわいそうです。(だって去年も幼児用はさみ持っていったのに、今年も一人2個もってこいってどういうことよ??去年のはどこ行ったの?今年のも1人二個って、両手使いするわけ??納得イカーン!!)それはともかくとして、依然としてお腹よく張ります。臨月なんだから当然だけど。で、先週火曜日に雪がちょっぴり積もってからは、お医者さんに渋い顔されたこともあってタクシー通勤にしました。タクシーでも荒い運転だと張りまくりだけど、たいていは自分で運転するよりずっと楽!学校までは結構遠いのでお金はかかるけど、ま、ミミちゃんのためだ、しょうがないよねーっと自分に言い聞かせて乗ってます。で、この張り張りのお腹で、買い物に行ったわけですが、恐ろしや、韓国のマート!相手が妊婦でもお構い無しでわが道を行くんですよ、ここの人たちは!ちょうどお腹の高さにくる大きな買い物カートはひしめいてるし、皆さん自分の周囲をあまり見ないで下がったり横に行ったり。私は常に手でお腹をガードしてないと気が気じゃなかった!意外と多いのが、後ろから、はいちょっとごめんよってな感じで人を掻き分けていくおばさん。当然掛き分けるとき腰の辺りを押してゆくんだけど、触られると張るんだってば、お腹がー!!!お腹を触られれば張るのは当然だろうけど、お腹じゃなくてもわき腹だろうが腰だろうが、そのあたり一体を突然触られると張るんですよ!だんなに訴えたら私に触らないでって張り紙張っとく?なんてふざけたこと言ってたけど、ほんとそうしたい気分でした。よく文化によって相手との距離のとり方が違うというけれど、明らかに韓国のそれは日本のそれより近いと実感しましたわ。日本だったらちょっと肩が触れただけでも謝るのに、こっちはドンとぶつかっても何も言いませんしね。TTそれでも無事帰れてよかったよかった。今日は検診日。病院いってきまーす!
2007.03.12
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今日はちょっと親ばか日記です。実は昨日、夫婦喧嘩をしました。うちの夫婦喧嘩はたいていダンナが発端をつくり、私がそれに(しばしば過剰に反応して)怒り、ダンナが逆切れするというパターンなのですが、昨日もやはりそのパターンで、私は暗い部屋でベッドに座ってひとり泣いていました。だんなが和解しに入ってこないかなとはかない期待もしつつ・・・。でも部屋の外からは、ダンナに遊んでもらっているらしき下の子の笑い声が。淋しいなあと思っていると、上のユウが入ってきてその小さい体で無言で抱きしめてくれるではありませんか!!!その大人びた行動に驚くやら嬉しいやらで・・・、とにかくすっごく癒されました。今までティッシュを持って来てくれたことは何度かあった(今回も持って来てくれました)のですが、こんなことは初めてです。彼が泣いているときに私がそうしてあげたのを覚えていてなのかもしれませんが、思いやりのあるやさしい子に育ってくれているんだなあと感動しました。(ユウ、ありがとうね!!!)ユウをしばらく抱きしめて、少し話をして落ち着いてきたころ、ユウが「晩ご飯作ろう。ユウが手伝ってあげるから。」(晩ご飯の支度の途中で喧嘩が勃発した)というので、そうだねといって、いっしょに晩ご飯を作りました。昨夜のメニューはさわらのソテーきのこあんかけとマッシュポテトサラダと前の日の残りの和風チャプチェ。途中からは下のアイも手伝ってくれて、料理下手のわたしにしてはおいしくできました。夜、ダンナとも和解できました。それはいいのですけど、今朝は寝坊はするは、まぶたがはれてひどい顔だはで、とほほでしたー。
2007.03.08
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ユウはもう年長さんになるというのに、文字が読めない。ほったらかしておいても何とかなるんじゃないかという楽観的な見方をしていた私たち夫婦もさすがに去年あたりからはあせり始め、韓国に住んでいるんだからまずはハングルをパパに教えてもらい、その後ひらがなカタカナを、と思っていた。ハングル表を買ってきて部屋に張り、毎晩読み方を教えるお父さん。しかしユウは一向に覚えない。表は順番に言うだけで文字自体を覚える気がない。アッパのやり方だけではダメだと気づいた私は、車のナンバープレートの文字を読む練習をさせたり、看板を読んでやったり。それでもダメ。看板は意味で覚えてしまって読んでくれない。結局ほんの限られた文字が読めて、かろうじて自分の名前が書けるだけ。そんな状態で日本に行った。日本の年中さんのクラスの子達は、すらすらユウのバッチを読んでいる!これはいけない!ハングルのあとでなんて悠長なことは言っていられない!と思った私は、日本にいる間はひらがなを教えることにした。本屋で早速公文のひらがなカードを買ってきて、フラッシュで読んであげた。最初ユウだけが聞いていたところへ、アイがやってきて大きな声で復唱をはじめた。私は嬉しかったが、ユウはそれが気に食わない様子で、すぐにカードを見るのをやめてしまった。それでもアイが楽しそうについてくるので、全部読んでやった。そんな状態なので、当然アイのほうが覚えが早くなってしまった。日本から韓国に戻る時点で、ユウが13個くらいしか覚えていなかったのに対し、アイは23個くらい覚えていた。カルタのようにしてもアイのほうがよくできてしまってお兄ちゃんとしての自尊心を傷つけられてか、ユウはますます覚えようとしてくれない。来年は学校。いまどきの子は皆入学前に文字くらい読めるようにしてくるって言うし、こんなことならもっと幼いうちからやっておけばよかったといまさら後悔。実はほんのお試しのつもりで今回の帰省でこどもちゃれんじを取ってみた。その3月号の付録が文字のおさらいのできるばっちりパソコン。うちの子はおさらいどころじゃないんだけどと思いつつ、ちょっと期待していた。そしたらそれについてるメール機能を気に入ってくれて、私にメールをくれる。でも内容が・・・。最初はひたすら何行もハートだけだった・・・。それを何度も。私が文字も書いてと要求すると、今度は自分の名前とハートいっぱい。次にお父さんの協力を得て自分の名前と「おかあさんすきです」も打てるようになり、それとハートいっぱい。嬉しかった。私も返事を毎回書いてあげた。お父さんに教えてもらって読んでいたようだ。しかしこの同じ文面で、ひっきりなしに30回くらいメールをくれたのにはちょっと参ったけどね。アッパはハングルがちっとも進まないのでもしかしてちょっといらついてる?でも気にしないもーん。子どもがハングル教えてといえば(あまり言わないけど)私も教えてあげてるしね。この前の日曜日のこと。教会(お父さんは熱心なクリスチャン)に向かう車の中で、ユウが「プルコンニョム~!!」とか叫んでいた。そしたら、アッパ、すぐさま「おお!すごい!」と言い出した。私には何のことやら?????今度はアッパが「パラムプン~!」「プルファ~!」とか叫びだして、やっと気がついた。これ、漢字のことだ!最初のは「ほのお炎」次のは「かぜ風」次のは「ひ火」といった具合。どうやら最近オリニチプの友だちとそんな遊びがはやっているらしい。火は水に弱いとか、そんな性質を利用してじゃんけんみたいに戦えるんだそうな。これは漢字学習のちゃ~んす!!と、昨晩、ユウにそれらの漢字を付箋に書いてやった。そしたら興味津々。もっと教えてとせがまれてしまい、ネットで韓国の検定に出てくる漢字を紹介しているのを探して、見せてやったらあれもこれも書けという。興味の力ってすごいね。ハングルもひらがなもちっとも覚えないのに、火とか水とかはすぐ分かるようになったよ。そういえば、こないだはひらがなやろうとしたらアルファベットのほうが覚えたいともほざいてた。優越感に浸れることがいいのだろうか???それはそうと、なにもマスターしないうちからこんなに手を広げていいのだろうか?お義母様からお叱りを受けそうだわ。。。まずはひらがなとハングル!読めて書けるようになるのはいつのことやら~。
2007.03.07
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今日は久しぶりに大学へ行きました。昨日までのぽかぽか陽気とはうって変わって雪のちらつく寒い日。大きめのコートを着て行きましたが、大学というところはなんとも妊婦とは似合わないところですね。なんとなく視線が気になって気になって・・・。コートで隠してみたけど、やっぱり隠し切れないサイズでした。今日は会議(中止でしたが)と新入生のオリエンテーションの先生紹介に出るために行っただけなので、楽なもんでした。用も済んで自分の部屋で仕事してたら、ノックもなくいきなりドアが開いて女の人がにこやかに入ってきてびっくり!しかも黒髪なんだけど英語!!よく話を聞いたら今学期から相部屋になるカナダ人の先生でした。話したら感じのよさそうな人だったので、ちょっと安心。でも普通ノックくらいしないのかなあ??大学を出たその足で産婦人科に検診に行きました。いま37週。韓国でも10ヶ月に入ってからは週一回のペースで通院しなければならないのです。今日は担当医が分娩が入ったため、初めて違う先生のところへ。いつも結構待たされるのに、今日はすぐ呼ばれて中へ。すべては順調。赤ちゃんのサイズは頭が9.1cmくらい、重さは2.9kgくらいとのこと。一時は頭が大きすぎるといわれていて不安だったけれど、いまは普通のサイズですって。よかった。生まれるときには3.5kgくらいになってるでしょうとも。ああ、やっぱり大きめちゃんねー。もういつ生まれてもいいんですって。うふふー。
2007.03.05
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臨月のお腹って、上から見下ろしても、鏡に映しても、我ながらすばらしく大きいと思う。あんまり大きいんで、もしや三人目だから皮がたるんで大きくなってるのか?!と思って、 子宮底長と腹囲を上の子の母子手帳と比べてみていたら(韓国では計ってもらえないので、日本で最後に計ったのと)、ダンナが計ってあげると言い出したので計ってもらった。結果、アイの時よりはやや大きめだがユウのときとは同じくらいだった。それにしても大きい。ここの所ずっと足の爪が伸びてきたのが気になっていて、3日くらい前、自分できろうと新聞を敷いてつめきりを持って来て、いざ切ろうとしてはたと気づいた。と、届かない・・・。そうだった。忘れてたけど、腹が支えて届かなくなるんだった。それでも前回と前々回は苦しいのを我慢して一生懸命自分で切ったものだった。今回は手近なところにだんながいるので、昨日の朝ダンナに頼んで切ってもらった。人に爪を切ってもらうなんて、初めてのことなのでなんだか不安で変な気分だった。一人目を妊娠したとき、「お腹が張る」という状態がどういうことなのかなかなかわからなかった。いまは、なぜ分からなかったのか不思議なほど、明らかによく張るのが分かる。ちょっとした刺激-乗っている車が揺れたり、お腹や背中に人や物が触ったり、緊張したりしただけで、みるみる張ってくる。あ、来るな、と予感するや否や、お腹全体に高速で氷が張っていくように表面がカチカチになっていく。張っている最中は、痛みがあるときとないときがあるが、どちらにしてもあまり動けない。じっと張りが解けるのを待つしかない。今日はダンナ運転の車で市内まで行ったのだが、その行き帰りに振動で何度も張って困った。道路工事の後や、橋の継ぎ目継ぎ目はきつい。コンクリートでできた表面の粗い道も嫌だった。やっとアパートについても、アパート内はハンプだらけできついったらない。そういえば高速の滑り止めも嫌だったなー。あさってからは大学まで片道30分の道のりを自分で運転していかねばならないから、覚悟が必要だわ。(先日のんきゅさんちに運転していったときは、片手でハンドル持って、片手で下腹部を支えていった私。^^;)一人め二人目のときは産院へ行く以外運転なんてしなかったのだけれど、今回は仕方ない。実は日本で過ごした8、9ヶ月のときは自転車にも乗っていた悪い妊婦な私。これももちろん1人目2人目のときはしなかったこと。でも暖冬でとてもぽかぽか気持ちよかったのと、産院までの道が狭くて複雑で車より自転車が便利だったから、ついつい・・・。1度信号で止まったときに足をついたらお腹が張ってしまってあせったけど、人が見て不安に思うほどには本人は大変じゃなかったんだけどね。高校からの10年間、ほぼ毎日自転車通学&通勤で慣らした腕は落ちてなかったわね、なんて。大きなお腹のせいではなくて妊娠によるマグネシウム、カルシウムの不足が原因らしいけど、今回の妊娠でもまたこむら返りを経験してしまった。この一週間で2回も!寝ているとき足を伸ばした拍子かなんかに突然ふくらはぎがつって激痛が走るやつ。一度目のとき、私が痛がってたら横で寝てたダンナ、どこ?といいながら腕をもみもみ。足だってばって言ったら反対の足の桃を、2回もみもみしてそのままzzzz…。チッ ヤクニタタナイヤツと思いながら痛みをこらえた。その後2,3日痛かった。2度目は昨日。前回と同じく右足ふくらはぎ。今度はダンナ、さっと起きたものの、触られると痛いので成す術無し。もうちょっと栄養バランスに気を配った食生活をしなくては・・・。イタインダモノ TTそうだ、話は変わるけど、いま名前を考え中。最近大田では女の子出産ラッシュのようで、候補に挙がっていた名前が次々ほかの赤ちゃんにつけられていて、がびーん。姓名判断にこだわらなければもうちょっと範囲は広がるんだけれど、うちの場合、上二人も両家の性でまあまあの運勢の画数で、しかも日韓で読み方が同じ名前にこだわったので、今度もそうしようとしてるんだけれど、選択肢の狭いことったらない。でも、日韓カップルにはありきたりだけど、私の近辺では空いている名前でよさそうなのをひとつ見つけたのでそれにしようかなと。昨日、その名前を子どもにだんなが発表したら大ブーイング。というのも、実はこの10ヶ月というもの、ずっとユウのつけた胎名「ミミちゃん」で呼んでいたんだよね。だからミミちゃん以外は嫌なんだって。気持ちは分かるけど、そう言われても、困るのよーーーーー。生まれて、本名が決まったら、だんだん新しい名前になれていってねー。
2007.03.03
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今回、ほんの2ヶ月弱の間だったけれど、私の妊娠を理由に日本の保育園に子どもたちを通わせることができた。短い間だったけれど、子どもたちはいろいろなことを吸収して、いろいろな経験ができたと思う。日本の保育園と韓国のオリニチプとの違いはいろいろある。園生活を直接見たわけではないので具体的なことは分からないけれど、分かる範囲で書いてみようと思う。まず見てすぐ分かること。日本はスモックと帽子と名札をつけて登園するが、韓国では何もない。日本では毎日ポケットにポケットティッシュとハンカチ、かばんにもハンカチを入れて登園するが、韓国ではそれがない。ティッシュはクラスにひとつ箱ティッシュ(学期初めに持っていく)、クラスにひとつのタオル(同上)を、皆で一緒に使う。(日本の感覚からするととても不衛生!)日本では上靴に履き替えるが、韓国では靴下のまま。(冬、オンドルだからかな?)日本は園庭が広いが韓国はさまざま。ないところもある。日本は公立だが、韓国は私立が多い。日本は送迎バスがない場合が多いが、韓国はあることが多い。日本は生後6ヶ月くらいから預けられるところも多いが、韓国ではそういうところは稀。日本は保育料さえ払えばほかにたいした出費はないが、韓国はガベ(知育玩具)、バイオリン、英語、体育、化学、美術、国楽など課外活動が多彩で追加料金がかなり掛かる。日本は外遊びが多いが、韓国は外遊びが少ない。(冬は寒いから?)日本の教室にはテレビがないが、韓国では1日に何度もビデオを見る時間がある。日本は季節の行事が豊富、韓国はあまりない。日本では毎月身体測定があるが韓国では一年に一度しかない。日本では毎月避難訓練があるが韓国ではない。日本では毎月交通安全指導があるが韓国ではない。日本では二人目の子は保育費補助があるが韓国ではない。日本ではその日の給食とおやつを親も見えるようにいつも踊り場においてあった。日本では月初めに1ヶ月の予定表をもらってくるが、韓国では予定は3日前くらいにならないと教えてもらえない。日本の献立表はカロリーや食材まで丁寧に書いてあるが、韓国のは大雑把。日本では毎日手帳に出席のはんこをもらえるが、韓国ではそんな手帳はないか、あっても出欠はつけていない。思いつくままあげてみた。私から見ると、外遊びが多いのは特によかった。日本の保育園は登園するとまず30分くらい外遊びをする。もちろんその後も園庭に出て遊ぶこともよくあるうえ、迎えに行くと、またしばらく遊んでからしか帰らない。滑り台やのぼり棒、砂場など備え付けの遊具はもちろんいろいろあるし、それ以外にも縄跳びやこま回し、羽子板、ぱかぽこ、フラフープなど、いろいろ懐かしいおもちゃも自由に使える。皆がそろうとフォークダンスをしたり泥棒と警察をしたり。園庭に生えている木に登ったりもする。あまり外で遊んだことのないうちの子たちは(本人たちには内緒だが)明らかに日本の子どもたちより運動神経が劣っていた。でも、入園当初できなかったことも2ヵ月後にはできるようになっていたりして本人たちもうれしそうだった。名札をつけているからか、ひらがなの読める子達はすぐに名前を覚えてくれた。歳が小さいからか、性格のせいか、したのアイのほうが早く友達の輪に入れたようだった。ひとつ上の年少組に入れてもらったので、可愛がられたのかもしれない。帰るときなど、かなり早くからよく「あ、アイ君だー」「アイ君バイバーイ!」と同じクラスの女の子たちから声をかけられていた。なぜか声をかけてくれるのは女の子が多かったが、一人の男の子と特に親しくなったようで、最後のほうはその子とよく遊んでいた。でも同じ組の子は基本的に皆友だちになれたらしく、同じ組の子を見かけると、いちいち私に「あ、あの子アイのチング(友だち)!」と教えてくれた。(一人悪い子がいるとも言っていたが。^^;)入ってわずか2,3日で友達になれた子が、1週間でいなくなってしまうと言う不運に出会い、なかなかなじめなかったユウも、さすがに1ヶ月もすると友達ができたようだった。最後のほうにはとても仲のいい男友達が二人もできて、帰りにいつも1時間くらい楽しそうにいっしょに遊んでいた。保育園に行かせて、図らずも私はとても幸せな思いができたことがある。これまで、子どもの日本語教育はほぼ私が担ってきた。ほかのインプットはおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、テレビからそれぞれほんのちょっぴり。これがすべてだった。だから、子どもたちの口から出る言葉は、すべて私の教えた、私の話したことのある言葉だけで成り立っていたと言っても過言ではなかった。妹の子を見ていると差がよく分かる。予想外なこと意外なことを言って驚かせてくれたり笑わせてくれたりするからだ。ところが今回の保育園体験で、子どもたちの日本語世界はぐんと広がった!私が教えたことのない歌や、知らない歌をおぼえてきて家で歌って聞かせてくれるし、聴いたことのない手遊び歌を小さな手で教えてくれる。自分のことを「俺」といい、私のことを「おかあちゃん」と呼んだり「ママ」と呼んだりする。私の知らないこまの回し方の名前を教えてくれる。ポケモンのキャラクター名まで覚えてきて教えてくれる!こんなささいなことだけれど、これが私にとっては至福の体験だった。オリニチプで覚えてきた歌をうたってくれたことは前にもあったけれど、所詮舌足らずな子どもの韓国語。聞いても歌詞がよく分からなかった。それに引き換え、日本語はよく分かる!日本語で聞くのがこんなにたまらなく可愛いとは思いもよらなかった。先生方もとてもよい方たちで、子どもたちはすぐになついた。帰る日の朝、ユウは自分で折り紙を出して先生にプレゼントするんだとチューリップの花を折った。それほど好きだったんだろうな。帰る日が近づくと、もうあと何日しかないと、数えて淋しがるようになった。お父さんに会えるじゃないと元気付けようとすれば、お父さんが日本に来ていっしょに暮らせばいいのにとユウが私の心を代弁するようなことを言ってくれた。韓国と日本と行ったり来たりできるといいのにとも言っていた。韓国に帰ってくるのは、本当に心が痛んだ。帰ってからもよく保育園の話題が出る。「もうキリン組の皆と会えないの?」とか、「泥棒と警察はもうできないの?」とか「4月からウサギ組は皆キリン組になるんだって」とか「先生に会いたいな」とか。明日から韓国は新学期。オリニチプの新しいクラスが始まる。また、いい先生、いい友だちにめぐり合えるといいな・・・。
2007.03.01
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妊娠35週の大きなお腹を抱えて、3歳と5歳のやんちゃ坊主を連れて、おまけに66.2キロの大荷物を持って、韓国に帰ってきました。いやー我ながらすごい快挙だ!と言いたいところだけど、実際はいろいろな人の助けを借りることができたので、とても楽ちんだったのだ。まず空港まではおじいちゃんとおばあちゃんが付き添ってくれて、荷物も全部持ってくれた。チェックインしてからは、航空会社のファミリーサービスに申し込んでおいたので、お姉さんが付き添ってくれて、私の手荷物を持ってくれ、搭乗口まで案内してくれた。飛行機の中では下の子が寝てしまったので注意しなくてもわりと静かに過ごせた。インチョン空港についてからはこれまたファミリーサービスの恩恵で、男の人が付き添って手荷物を持てくれ、ターンテーブルではうちの荷物が一番先に回っていて、もう一人の男の人がおろしてくれていて、手荷物を持ってくれた人が持ってきたカートにぽんぽん積み上げてくれた。彼はゲートを出るまでカートを引いて付き合ってくれ、とても助かった。そこからは迎えに来たお父さんと合流、家まで無事帰ることができたのだった。あっぱれファミリーサービス!!!皆さんも子連れで飛行機に乗るときはぜひこういうサービスが利用できないか調べることをおすすめします!!!(航空券の種類によって、利用できないこともあるそうです。)そんな行程でいちばん大変だったのは、空港から家までの3時間の道のり。高速道路を走る車に揺られているだけなんだけれど、かなりお腹に響いたわ。お腹が頻繁に張るせいで気持ち悪くなるし頭痛はするし、お腹も痛くなってくるしで、死にそうでした。家に帰ってから1時間ほどベッドから起き上がれなかったわ・・・。ハプニングもありました。日本の空港までは最寄り駅まで車で行って、そこから電車を乗り継いでいったのだけれど、電車の乗り継ぎで、あまりの荷物の重さに荷物を載せていたカートのタイヤが破損。哀れ線路へと落ちていってしまいました。もうひとつはインチョン空港へついてから。ゲートを出てお父さんと電話していたら、付き添いの男の人にユウが鼻をティッシュで押さえられている。聞くと、くしゃみした拍子に鼻血が出たらしい。ユウは鼻が弱いのか、すぐ鼻血を出す。この前日も保育園で大鼻血を出したと先生に言われたばかりだったので、その傷口が開いちゃったのかな?と思いながら、鼻の付け根を押さえて止まるのを待っていたのだけれど、それがちーっとも止まらない。どんどん赤く血に染まったティッシュだけがうずたかく積み上げられていく。隣のベンチに座っていた韓国人のおじさんも見かねて「薬持ってないの?救護室でもないか聞いてきてあげるよ」と行ってしまうほど。(こういうおせっかいなほどの親切!う~ん、韓国に戻ってきたんだなあ~、と、じんとしたりして。)正確には分からないけれど、15分か20分ぐらいして、ようやく止まった。そんなこんなで帰ってきた韓国。だけど、今回はマタニティブルーも入ってか、日本が恋しくて恋しくてたまらない。2ヶ月の日本滞在で、自分は日本人なんだなあ、日本っていいなあ、としみじみ実感してしまったのだ。温かく親切な人たち、丁寧な物作り、不意に旧友に会える喜び、家族や親戚、旧友との交流、暖かい気候、美しく清潔な町、思いやりと礼儀、色とりどりの花木、さまざまな子育て支援と行政サービス。韓国に足を下ろす前から始まってしまったこの郷愁の思いはあまりにも強くて、そんな私に夫はいらつくやらあきれるやらといったところ。夫が遠い人に思えた。それでも帰ってきてしまった。もう10ヶ月に入った。医師の診断書がないと飛行機にも乗れない。来週からは仕事もある。(韓国の産前後休暇は90日しかないのでぎりぎりまで仕事をしなければならない。)仕事のことなんてあまり考えられないんだけどな・・・。こんなブルーな気持ちを抱えていた私を助けてくれたのはやっぱり友達だった。帰ってきた翌日、COSTCOで偶然のんきゅさんに会ったのを皮切りに、月曜日も水曜日ものんきゅさんのおうちにお邪魔して、くるみさんや大田在住のお友だちといろいろお話できてとても楽しい時間を過ごすことができた。誘ってくれて本当にありがとう!!韓国に来たばかりのころは孤独だったのに、いまはとても恵まれている。友達もできて、かわいい子どもたちもいて・・・。
2007.03.01
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