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3期12年目の議員活動の任期も、残すところ半年となりました。 様々な、体験・勉強・研修を重ねてきたが、議員の成すべき責務は、任期を重ねるごとに、重要であるとヒシヒシと感じる。 一つは、「民の膏、民の脂」国民や住民の血税をいただくことだ。これにを認識し、民のための政治を提案できない議員は、報酬の無駄遣いとなる。 4期目の立候補を決意した。民のために、子ども達のために、さらに汗を流したい。
2015年04月11日
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マスクをし、黒いジャニバーを着こんだ。目出し帽とはいかないが、帽子を深くかぶり身を隠した。手袋をし 今朝方の5時に遂に決行した。 夜明けの隣町の県道筋。数台の行き交う車は俺を誰だか分からない。約一時間の 完全犯罪?は計画通り、終了した。 隣町の県道は毎日何度も行き交う。ある路線に、大量の家庭ゴミや空き缶などが捨てられる。隣町の町民は、不法投棄は鮫川村の住民・・・と囁く。 鮫川村は村長が自ら公用車を止めても、空き缶やゴミを拾う。そして村民も拾う。また緊急雇用で二人の専門職員が毎日、村内や隣町分までゴミを拾う。 鮫川の人間が捨てたと噂されるのは、しゃくにさわる。「町民が拾わないのであれば、村民が隣町のゴミを拾ってやるべ」と今朝方、決行したまでだ。 収穫は空き缶、家庭ゴミ他・・・しめて袋4つほど。
2015年03月17日
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農林事務所の専門技術者を招いて柿の木オーナー畑の 剪定講習会を開催した。既に、植え付け後8年になるが、昨年、一昨年と柿の実が成らない。 殺菌剤や害虫消毒の散布回数が少なく、また風通しの問題、長雨の自然落果があるらしい。原因は炭疽病の発生らしい。オーナーさんから管理費をいたた゜ いている以上今年こそは・・・・・。
2015年03月15日
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肌もちぢ込む 冷たい雨の中、鮫川高校の卒業式に出席。卒業生は13人だが厳粛な卒業式。 国家、校歌とも 寒冷な体育館に響く。ひときわ気合いの入った、国家、校歌の斉唱は、13人を送り出す担任の先生だ。各生徒の呼名にも、魂がはいる。さぞ、生徒達を愛し慈しんだ、先生であるのだろう。 卒業生が退場のおり、恩師、来賓、保護者に深々と一例する姿に、「くじけるな」と心のエールを送った。
2015年03月01日
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隣町である塙町の分校に、地域おこし協力隊として、変な若者が関西から、移り住んでいる。 一度、会議で隣り合わせで、変な若者と見込んでいていつか会いたいと思っていた。 友人達と分校を訪ねた。分校の各教室を思う存分に、自由に活用し、更に驚いたのは、30戸ほどの集落の高齢者や、婦人会や住民と「なんの気兼ねもない」心の交流を楽しんでいる。 田舎暮らしの移住者は、とかく住民との人間関係に苦労する方が多い。 自由気ままにも、地域との連携と協働が基本。そしてなによりも「楽しくなければならない」・・・。 天空の秘密基地にまたいってみるべ。一升たがいて。
2015年02月25日
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子供達が、還暦祝いとして、一泊家族旅行を企画してくれた。既に孫が誕生した子供達が、幼少の頃、よくキャンプに連れて行ったが、家族での旅行は30年ぶりか。 赤いチャンチャンコを用意されて、記念写真にはさすがに照れた。また、長年の写真を画像に編集してくれて、懐かしい写真にはね涙が、チョチョきれた。 伊吹立ち 壮大な地に はなが咲き 還暦を迎え おおそら仰ぐ 孫ちゃんの名前を4ついれて、読んだ句だす。
2015年02月16日
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既に10ヶ月以上、書き込まない不精者の俺。先週末は、我々の還暦の祝い。60歳の赤いチャンチャンコを着る歳となった。 5回目の年男というわけだ。 100人以上の同級生も、さすがに「白髪」「薄い髪の毛」「シワ」のオンパレード。中には中学生のまま変わらない同級生もいるが、それなに老けた。 全クラスの恩師も皆健在だ。 10年後の再会を誓い、送迎バスから手を振った。
2015年02月10日
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友人三人で、只見、金山、昭和村へと初めての一泊の旅にでた。 只見町での大学教授の講演を口実に、お会いしたい大勢いたもので・・・・。 只見の親父、姉様、金山の爺、婆様。姉様、兄様、宿の若旦那と姉様、婆様。そして商工会長。昭和の兄様・・・・。どの方とっても、心地よい優しさと萌える新緑に似た、生きる力を感じる。その出会いと再会の「魂に響く無条件の喜び」には二人の友人たちも、人生始まって以来の、筋書きのない感動ドラマと感嘆しきり。 玉梨の湯に一泊し、二日酔いさめやらぬ、早朝、混浴の共同浴場に朝風呂としけこんだ。脱衣篭に二人の衣類があった。浴場は湯けむりと鼻をツンとつく、源泉の独特の香り。引き戸を開けると既にお二人の先客が。他人同士ではないらしいが、距離をおかれて湯船につかっおられた。 地元の方で昭和8年生まれの母親と息子さんとのこと。長年千葉県にいっていた息子さんが、老いた母親の面倒を見るために、一年前から金山に戻ってこられたらしい。50代の息子さんの、親孝行のこのお手本に深く反省させられた。 この日は「お母さんの日」だったのだ。心温まるこの光景に、ほんのり 二日酔いも覚めやられた。
2014年05月13日
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昨日で、あれから3年目。今朝の寒さも、あの日を思い起こさせ身震いする。 大熊町から避難している、尊敬するご夫婦から、届いた一通の手紙には、一字一句、大熊に戻れない無念さが綴られている。 2年前に、長野小諸市に避難されていた頃、ご夫婦を訪ねた。北向きの二階の窓からは、浅間山が白煙をはいて望めた。親父は「あの山の向こうに大熊があるんだ」と大きなため息をついて、目頭を押さえた。 生まれて、この方 作詞は初めてだ。ついでに曲もつけてみた。 「あの山の向こうに・・」1. あの山の むこうには ふるさとがある 野山は萌え 小川きらめく ふるさとがある 梨の花白き 田畑豊かな ふるさとよ 帰りたい 帰りたい 我がふるさと 大熊2. あの山の むこうには 微笑みが ある 我が子や孫 兄弟や従兄弟 微笑みが ある 近くの 爺さん 婆さん 祖先が眠る ふるさとよ 帰りたい 帰りたい 我がふるさと 大熊
2014年03月12日
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村にとって初めての「ごども議会」が開催された。議会改革特別委員会の企画で議会が主催。 町や教育委員会は主催する例はあるが、議会が主催するの珍しいといわれている。 議場は、議員、議会だけの場ではない。ひろく村民に開かれて、「村民が村を良くする」ための学習する場でなければなにない。 8人の子ども達は、村長、教育長に、鋭い質問をし、答弁を求めた。目がキラキラ輝いている。我々議員には気づくことがない角度からの質問には、深く感銘。 子ども達の柔軟な考え、意見は精査し将来の村づくりの施策に生かすべきである。 将来を見据えるこども達は村の「宝」だ。
2014年02月23日
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毎日、波のように届く、ダイレクトメールや郵送での通知。そしてFAXやメールの数々。 ゴミ箱に破棄する、不要の情報ばかりだ。 行政からの広報誌やお知らせ版、また議会だよりなどの広報誌は、多くの村民が当たり前のように目を通すこができる。この「当たり前」のことが、視覚に障がいをお持ちの方は、「当たり前」にはいかない。 家族と同居していても、毎回読んでいただけるとは限らない。つまり、「住民としての当たり前の情報を得る権利」を諦めているのが実態だ。 村には、1.2級の視覚障がい者が9名もいる。ラジオやテレビで一般的な情報は得ることができても、行政からの情報は得る手段がない。 「文章を音に変えるシステム」そして機器があることを1年前に知り、村のボランティアの仲間、行政の力と連携し、村内の全盲の青年にそのシステムを通して、情報を音に変えて、音声コードと切り替え装置を送ることが、やっと実現できた。 村では第一号。全県、全国でも、なかなか進んでいない視覚障がい者への「当たり前」の支援事業。本来は、行政が率先して取り組むべき住民サービスだ。 今後は他町村にも広めたい・・・。「1人はみんなのために。みんなは1人のために」暗い闇に、一筋の光を差し上げたい。
2014年02月05日
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車のラジオからさりげなく流れた どなたからの言葉。「生きているだけで100点満点」聞き流しては いたが・・・。なんとも意味深い 言葉だ。ふがいな自分を責め、ついでに家族や社員や他人にも、多くを求めて責め続ける。物や銭にも満足せず、欲深く、地位、優位を求め続ける「欲のかたまり」の俺。「知足の心」これがなかなかできないのだ。
2014年01月18日
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新年も5日が過ぎた。仕事始めとして、各仕事場、職場にての年頭の挨拶と打ち合わせが今、終えた。 昨年末に村の中心部の、有名なパン屋さんが60年の営業を終えた。福島県内はもとより県外からも、お客様が絶えない繁盛店。特に食パンは絶品とパン食通は舌をうならせる。 長男、孫は東京で既にパン店を開業し成功している。店主は老いないうちに、元気のあるうちに店を閉めた。多くのファンに惜しまれての閉店。職人気質の店主。愛想は悪いが、すこぶる気持ちと面倒見がいい。 俺の商工会青年部時代。商工会幹部と摩擦が生じた時代。店主曰く「おまえ達は正しい。応援するから、たまげねぇでやれ」と励ましてくれた。 若い俺はその言葉が嬉しかった。 今日の商工会の活動ができるのは、この「べーさん」のお陰だ。 閉店を惜しむことより、60年の社会貢献に深く感謝したい・・・。
2014年01月06日
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村民の店「すまいる」が開店してから二週間が経過した。村内の16商店・事業所からの商品を預かり、委託販売するシステムは、鮮度や価格、商品の選択においても、商店主の意識改革に、また直接的な売り上げアップにも繋がることで開店に踏み切った。 店舗商品には、消費期限が1日の惣菜や3日のパン類の他、冷凍食品、調味料。そして消費期限のない文具類等々。 すぐ売れる品、販売に時間がかかる品、どちらおいても、商店主の仕入れ原価がかかっているのは事実。 消費期限、賞味期限が迫った食料品においては棚からさげなくてはならないリスクが商店主には課せられる。 お客様は「品ぞろいを豊富に」と要望するが購買力に乏しい人口の店舗への「商品の選択」は商店主の頭の痛いところだ。自営スーパーの商店主の苦悩が身にしみて分かる。後は、移動販売で購買力を高めるのみだ。
2013年11月26日
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高齢者の買い物の支援、地域の絆づくり現商店の売り上げ倍増、雇用の場の確保・・。 胃袋に穴があきそうだが、難産の末に村民の店「すまいる」が開店できた。高原のうまいもの祭りも雨。10日の開店日も強風に小雨の悪天候。「雨降りは誰の行いのせい・・・」とひやかされ、「勿論すべて俺の行動のせいだべ」と開き直る。6人の店員も、商工会の職員もひたすら、汗を流してくれている。頭が下がる。 悪天候にもめげずに、開店セレモニーも無事終了。商工会長の挨拶も伝えたい事は伝えたつもりだ。セレモニー後の一般村民への販売や抽選会や豚汁の提供にも、一時パニック状態。主催者発表は500人もいだべか。この店の特徴は、既存商店16軒の商品を委託販売すること。そうでなければ、商工会がやる意味がない。現商店を守り抜くのが商工会の役目。 月末からは高齢者の安否を確認しながら、宅配と移動販売を開始する。店のテーマは「村民(みんな)の笑顔が見たい小さなお店」。 谷にあり、山ありはこれから。批判やクレームもある。「行動をおこさなければ、失敗もない」のだ。失敗やクレームを乗り越えなければ、本当の「笑顔」は見れない。
2013年11月12日
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村内の旅館が、今月いっぱいで一時休業する。また全国でも有名な繁盛パン店も今年末で閉店をする予定だ。 村の中心地(新宿)に営業していたスーパーが数年前に閉店し、店主も他界した。図書館に隣接するこのスーパーを村が取得。そして経産省の「買い物弱者支援」の補助金を活用し、商工会が事業主体なり、店舗建設、運営をし、11月10日の開店にむけて、素人ながらの試行錯誤をしている。 商品は既存商店の商品を主力として、預かり販売する。日常生活に欠かせない、食料と生活用品全般となると、商品数は数え切れない。 なぜ商工会が運営するのか・・・と聞かれる。「商工会が主導して運営しなければ、既存の店舗は、必ず売り上げ減か閉店に追い込まれる」 この店舗のテーマは「村民(みなん)の笑顔が見たい・・小さなお店」である。村民(みんな)とは、高齢者や若者を含む村民、そして商店の経営者、家族。そして雇用される店員まですべてだ。 店名は70通を超える応募の中から村民(みんな)の店、「すまいる」と決定した。素人ばかりの、新店舗運営。様々な意見、要望を背に、開店への日は刻々と迫る。
2013年10月27日
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初秋の風が、肌をかすめる。日差し、流れる雲もまさに「秋」を感じる。 この時期に咲き始める「リンドウ」の花が何より好きだ。流れる流線の茎、そして藍色の花の、気品の高さには心ひかれる。 このリンドウを試験栽培すっぺと、昨年に幼苗を700株購入し、今年2年目にして盆前から咲き始めた。まさに今が花盛りとなりつつある。 5本~6本で300円、上物3本で200円~250円。手まめ館とJAの直売所に出荷してみた。夏は劣化がはやい。200円の花束10束で2000円。収穫と出荷まで2時間はかかる。決して割に合う物ではないが・・・・、農家の努力が身にしみて分かる。 一袋100円ほどの野菜を毎日コツコツと出荷している、農家の方々の努力は、建設業の俺達も学ぶべきだ。
2013年09月02日
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村内の商店が、1店、閉店した。創業90年の老舗で、長年、地域に貢献してきた。農家は生活用品、食品、酒類を通い帳で、貸し売りに頼り、盆暮れ勘定で老舗に支えられてきた・・・。 店主は3月末日で閉店する旨を商工会に恐縮がり、丁重に、伝えてきた。閉店を余儀なくされる経営上の現実的な問題には、なかなか対応策は見あたらないのが現状。 現在までのご功労と感謝を花束に込めてお届けした。店主、奥さんからは歓喜の涙がこぼれ落ちた。 「長い間、ご苦労様でした。」とご挨拶し店を後にしたが、店主ご夫婦の深く礼をする姿が、バッグミラーでも確認でき、少しずつ小さくなった・・・。
2013年04月07日
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娘の挙式、バージンロードを娘とともに歩きましたが、なかなかのものでした。 心配は、新婦の父の表情より、二人の孫が娘のドレスのシッポを、リハーサル通り持てるか・・・・・・・。 教会の重き両開きのドアが開かれ、賛美歌の流れる中、娘が半歩さがりつつ私と入場。婿が近づいてくる・・。娘を婿に手渡す寸前、二人の孫達が娘のドレスを引っ張ってくれた。後ろを振り向き娘と私も苦笑い・・・。 会場から「笑い」がこぼれて、こみ上げていたものが、抑えられ、助かりました。 孫達は娘婿が大好きのようです。意識的にでなく、ただただ、緊張して歩くのが遅すぎたようで・・・・。
2013年03月12日
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約束は守る。時間は守る・・・と己に言い聞かせてきた。 過日、村のボランテイア団体の新年会。幹事である。俺が案内文を作成した。当初の時間は午後6時開催とした。しかし会長と開催時間を相談し、日曜日なので午後5時から開催し、早めに終るべ・・・と打ち合わせをしたはずだった・・。 当日、開催の次第と資料を作成していた矢先に 「今どこですかね」と会長から連絡・・・。俺はすっかり、時間を感違いし、6時と思い込み、余裕をかましていた。 会場では10人の会員が既に会を始めていた。30分遅れた幹事は俺。会員の皆さんは、「忙しい体だから・・」と笑ってくれたが、言い訳はきかない。 会合には15分前には会場に行くことを心掛けていたはずなのに・・。深く反省をした。時間は皆平等に与えられているの事を痛切に感じた。
2013年02月20日
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既に今年も12日。速いものだ。昨年から、気にかけていた事があった。原発事故で大熊から長野、小諸市に避難していた、先輩夫婦を何度訪ねた。昨年末、会津若松の仮設住宅に移られた・・・との話しを耳にしていた。 70歳代のご夫婦先輩。昨年、避難先で奥さんの高齢なお父さんが亡くなった。引っ越後、めっきりご主人が落胆されていると聞き、念願の会津市内の仮設に訪問できた。 ご長男家族は喜多方市内のアパートに避難。原発事故の復興の関連会社に勤務され、喜多方より大熊へ通っているが、原発の作業に向かう、父親に対して子ども達は「パパ、原発には行かないで」と足にしがみついて泣くという・・。涙ながらに、息子、孫の話をされた。 今、我が村は焼却炉設置で、賛否両論揺れ動いているが、原発の処理に、家庭を顧みずに、命をかけている関係者がいるこを、忘れてはいないか。 ふるさとを含む全てを失った 避難している方々の心内を忘れては、いないか。
2013年01月12日
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「凡事徹底」という言葉がある。当たり前の事を、あたりまえにやる。これがなかなか出来ないものであり、これができれば、人間、合格である。 あいさつをすること。 靴をそろえること。 食べた茶碗や箸はあらうこと。 座った椅子は、元に戻すこと。 部屋の中では、帽子をとること。 人の話は、きちんと聞くこと。大の大人でさえ、セレブの奥様でさえ、なかなか実行できないことばかりである。村の商工会と役場の駐車場が、連日満車でした。日によっては1,2台の駐車スペースはあるが、「お客様」の駐車スペースがありません。原因はメインスペースに「職員の車」が駐車してあり常に満車状態であるから。これが、コンビニやスーパーであったらどうか。経営者は「お客様の車」を優先し、社員の車は他敷地か、スミっこにおくのが、あたりまえのこと。役場職員に移動を願う前に、弊商工会の職員に移動をするように指示した。当たり前のことを当たり前にする。慣例にこだわらずに、気が付けば、指示し、直す。これはすへて「お客様、会員、村民」のためだ。これでいいのだ。凡事徹底。
2012年12月16日
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18年、我が家の番犬して 貢献してくれた愛犬「ジロー」が3日前に、老衰の末、天国に。 ラジオ福島の「子犬情報」で、貰い手を公募していたために、白沢村からいただいた、柴犬の雑種、 お母さんは純粋な柴犬だが、親父は雑種の大型犬と見えて、みるみる内に大きく成長。たいした芸も仕付けも覚えなかったが、気が弱く、じゃれまくりの雑種犬。 ろくな運動も満足にしてやれずに、自分の子孫も残すことなく、生涯を閉じた。じゃれあったモミジ畑の隅に、埋葬してあげた。 迷犬 ジローよ 安らかに。
2012年11月20日
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大きな桶に、赤、青トウガラシがテンコモリ。激辛臭のなかに溺れる夢をみた・・・・。 鮫川村の農商工連携として、エゴマの加工品を特産物に・・・・と商工会の会員が組合、法人を立ち上げて、9年を迎えた。 原発の影響もあり売り上げは年々、減少。エゴマ油、タレ、パン類、サプリメントとまぁ商品はあるが、なんとか販売促進に結びつけたいと、辛油の原料として、トウガラシを2000本も耕っちまった。 2000本の赤いカラシはまさに「畑のアート」そのもの。しかし「こんなに作って、ナジョスンの・・」と飽きられているのも事実。(本当は1000本だった。しかし苗屋さんが1000本を「おまけ」にくれた。んだがら2000本・・・なのだ) カラシは乾燥すれば保存がきく。また冷凍もきく。エゴマ販売促進のための「ちょっと辛口な村づくり」をもう少し、頑張ってみるぺ。カラシの赤・・・はたまらない色彩だす。もう夢みることは、あるまい・・・・・。
2012年10月11日
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白河市の某菓子店。地元店にしては設備投資されている新しい大型店。数年前に若い定員に混じって、女性経営者と思われる物体が、店内でウロウロしていた。それも派手なドレスをまとい、厚化粧をして。 数年ぶりにその店に寄ったら、案の定、愛想のない若い定員が、仕事をやりたくない顔をし、唐突に釣り銭を返された。 一方、塙町の某病院の売店の店員。祖母が入院し、夕方に身の回りの物を買った。支払いを済ませると、定員が「このお店は6時で閉店します。不足なものがありましたなら・・・。」と優しく声をかけられた。 心温まり「ご親切にどうも・・」と飲料水をつい買ってしまった。 この二人の定員の違いはいったい「何」であるか。我々も、自分の感情だけでお客様と接してはいないか。常にお客様の立場を考えて接しているか。 どんよりした初秋の空を仰ぎ、我が身の振りは確かかと深く反省させられた。
2012年09月21日
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半月ぶりの、待望の雨が、しとしと降り始めた。あらゆる植物はこの雨に、天を仰いで、うねり喜んでいる。 我々は、ノドの乾きも、自由に潤せるが植物は木々は、自然に任せきりが宿命・・か。
2012年08月11日
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議会は誰のためにあるのか。全国から議会改革に取り組もうしている議員や関係者、実際に取り組んでいる議会人か一同にかえし、300人ほどのセミナーが法政大学で開催された。 会津若松での開催後、2年ぶりの参加であったが、全国には既に改革の壁を乗り越えた凄い議員さんが、山ほどいる。驚いた。 鮫川村議会も議会改革特別委員会が6月議会で設置された。議会改革を皮切りに、改革メニューを2年半かけて実践していく。 問題は事業をした・・・でなく事業をし何がとう変わったか・・・。そして住民の意見を政策提言にどう生かすか・・である。 山あり谷あり。できるこてから、まず、無理せずにやるべや。
2012年07月30日
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柿太朗の日記も数ヶ月ぶり。 さて、柿太朗、村商工会長に就任した。皆さんは一応に「おめでとう」と祝福してくれるが、おめでたい気分にはなれません。 高校の友人達が「就任祝い」をしてくれた。浅川町の某食堂の離れ。モツ煮込みが絶品で会費の割りには、ご馳走がてんこ盛り。今時期の酒宴には、厚めの「初カツオ」が出る。新鮮だ、そして「皮付き」である。これには「ニンニク」たっぷりつけて、いただくのが通。また常温の日本酒の肴には欠かせない旬の味。 一次会が終了。誰かが「二次会に突入・・」と言い出した。たまたま棚倉の友人が、最終の水郡線で帰ると言いだした。その時「よし、皆んなで水郡線で二次会にいぐべ」と誰かが言い出す。 ほろ酔いの「中年おじさん」8人が最終1輌列車に乗り込んだ。何十年ぶりの水郡線。学生時代を思い出し、はしゃぎまくる友人達。一両列車にはギャル含め数十人の若者が・・・。その若者が、いやな顔して、こちらをにらむ。視線も気になる。棚倉駅で下車し、車窓も、いやな顔して愛想が悪い。上機嫌のおじさん達は、二次会に突入。この一両列車の個室でなぜ「いやな顔」をされたか・・・・・・・。帰宅後の妻の一言で我に返った。「あんた、何を食ってきたの・・・その臭い」おじさん達の胃袋にはあの「ニンニク」がたらふく、発酵していたのでした。 おしまい。
2012年06月07日
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鮫川村の小学生の女子バレーボールのスポーツ少年団。郡山や須賀川、東西白河の県南地区の新人戦で、優勝の快挙を得た。 人口4000人弱、全村の一学年が30人に満たない中山間の我が村。全校生が千人以上などという、市街の小学校のチームを押さえての県南優勝は、まず凄いことだ。 昨日の県大会を応援にいった。全県から12チームの戦い。1回戦はストレート勝ち。つづく2回戦は、善戦ものの、敗退した。 ここまで、率いた監督は、我が集落の有望ある中堅青年。子らも全信頼をおく。 体育館、コートへ足を入れる前に、丁寧な礼儀を忘れない。またミスしたボールは全員で追いかける。当然、相手チームと審判、応援への礼儀も忘れない。この子ども達の礼儀を議会に置き換えてみた。・議員は議場に入る、出る、きっちり礼儀を遵守し いるか。・他者の発言を、真剣に聞き入っているか。・候補者相手を誹謗中傷ばかりして、戦った相手と して讃えているか。勝っても負けても、勝ちかた、負けかたが大事。負け方を教えるのが国技である柔道。議員選挙は勝つ事のみでなく、選挙の仕方が大事とは、友が教えてくれた宝なる「教訓」。 教えてくれたこのバレーボールの子らに、胸熱く次の試合を心待ちにしているこの心地良さ。
2012年03月05日
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塙町の某食堂。「タンメン屋ではありません」とメニューに書かれてあるが、お客ほぼ定食よりタンメンを注文する。 老夫婦が経営するこの食堂、「ライス」などと注文すると「オラげにはライスはねぇ!! めしはある」と怒鳴られる。 カウンターしかないこの繁盛食堂は15人も入れば満席状態。いつものタンメンを注文した。定食を頼まれず、親父は今日も不機嫌そうだ。 先に注文していた隣の席の青年にタンメンがカウンター越しに老婆が置いた。待ちかねた青年に笑みがこぼれ落ち「ありがとうございます。ああ、美味しそう・・」と歓喜あまる言葉を発した。 満席の常連客から、一瞬注目されたのは言うまででもない。 この青年、帰りにどう挨拶をするのか興味があった。案の定「ありがとうございました。本当に美味しかったです」と声高に言い、支払いを住んでから、奥で調理していた、ガンコ親父をめがけて再度「ありがとうございましたぁ!!と挨拶し店を後にした。 満席の客の箸が、また一瞬に止まり俺はじめ、常連客にも笑みがこぼれた。 当たり前の普通の事。すがすがしい青年が与えてくれたこの「心地よさ」はいったいなにを悟らせてくれたのか。「凡事徹底」を完全に、忘れてはいまいか。
2012年02月21日
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昨年、全国ボランティア議員連盟に入会した。会員は100人はいるのか、国会議員の超党派県会議員、市会議員、町会議員、村会議員は柿太朗、一人のようだ。 1月30日、31日と県内被災地を視察した。川内村の対策本部、そして全村民が避難している、楢葉町の20キロ圏内、そして原発の復興の拠点となっている、楢葉Jヴィレッジ。 川内村の村長は、オイラと同年代。以前より交友があり、帰村宣言の前日であり、マスコミ対応、テレビ局取材の合間をぬって、快く対応してくれた。冷静な判断力と、村民を向いた理念とその勇断には、胸が熱くなる。 楢葉町の現状は、凄まじい。一年放置された里山は田畑が腰程の雑草で荒れ果てて、放置せざるを得なかった和牛が遠くで鳴き叫ぶ。その切ない現実には、涙が止まらなかった。 楢葉Jヴィレッジの連日の3000人の復興作業員の皆様には深く頭をさげた。「たった一日しか現地を見ない、税金で高額な報酬をむしばむ議員に何が分かるか・・・」とは言わずにしても、多忙な折に案内してくれた川内村、楢葉町職員。そして東電の職員には深く感銘した。 議員の一人がつぶやいた。「今まで東電の巨額な恩恵を受けていた象徴がこのJヴィレッジか・・・」あり得るはずない、原発の事故と引き替えの恩恵もクソもねぇ。言えることは、生まれ育った故郷に戻れる明日がないという事実のみだ。 立春も過ぎたはずなのに、被災地の「本当の春」はいずこに。
2012年02月06日
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共通した標準語は誰がきめたのか。正に、アナウンサーが喋っていることばが標準語? 鮫川村には「さめがわ」にしか通うじない「さめがわのことば」がある。なまりや方言なんつうもんでなぐ、「オラほの標準語」だ。 昔の子どもは「オラほの標準語」のみ喋べぐまぐったげんちょ、今の子供は親の喋りも「アガヌゲデ」いっから、「さめがわことば」は誰ひとり喋らない。 先週末に東京鮫川会の総会で、上京した。約50人の在京の村出身の皆様と交流ができた。鮫川の特産品、テンコモリも喜ばれたが一番の土産は「さめがわナマリ」田舎ことばだっぱい。 地方のこばは文化。心に響くことばは、標準語だけではなく、その土地の自然薯のかざりない、ことばだ。 パソコンにむがっていっと、ケンピギはったわい・・・・。んじ。
2012年01月30日
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「話し上手は、聴き上手」という。機関銃のごとく、話しをを一方的に話す人はよく見かける。またニコニコしながら良く話しを聞いてくれる人もたまぁーーに見かける。 過日の結婚式の席上。クライマックスの新婦の家族にあてた手紙の朗読。会場が暗くなり、スポットライトもあびた新婦。幼いときからの父親への思い出の数々には、涙も誘う・・・・。 しかし酔っていたのか、酔わないのかはさだかでない。某石川のホテルの社長。唾を吐き吐き、ダミ声で一人語り。「人の話を聞け、このウス馬鹿野郎!!」と誰もがいいたかったべ。あのホテルには何がなんでも泊まりませぬと・・・。 国会中継のあのヤジは、なんだ。税金で話しを聞かずに、ヤジを飛ばす議員を国は国民は飼っている・・・・・・・。情けない。議会中にベラベラ喋る地方議員も多くいる。 人の話は、黙って聞け!!っつうのぉ。
2012年01月27日
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この冬一番の大雪。寒冬やらでなかなか解けない。50センチほどの大雪を掃く。自宅周り、車庫、作業場、進入路、事務所の駐車場、エゴマ加工所、商工会を少々。これだけ雪かきすると、一日一杯。そして手にはマメが5つも。 ・雪を道路に捨てる人 ・除雪車の雪に怒る人 ・お隣の向こうまで掃く人 ・公的な施設を自前の機械で掃く人 ・一人暮らしの高齢者宅を掃く人 ・歩道をもくもくと掃く人この冬一番の大雪で、一日雪とたわむれながら、様々な人間模様を見せていただきました。
2012年01月26日
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既に新年も2日となった。「枯木竜吟」転じて苦境を脱し、生命力を回復すること。枯れ木が風に枯れて勢いよく音をたてている様子を言うらしい。 困難がどうあろうとも、時は留まらず静かに時が、何事もなかったように過ぎていく。忘れる事のない災害は既に過去のこと。しかし忘れる事のできまい苦悩とかすかな希望は入り交じる。 立ち上がる力が出ない・・・。力なんざなくていいから、諦めないことか。枯れ木も平然と、なにもなかったごとくふんばっているではねえがぁ・・。
2012年01月02日
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鮫川村は農業の振興を図り、堆肥センターを建設中。来春の竣工に向けて工事が進んでいる。 村内の畜産農家から排出される堆肥と村内の山林からの木の葉を完熟させて良質な有機質堆肥を農家に還元。さらに農作物に付加価値をつけて「安心・安全」な食材を村内外に供給しようとする、循環型の施策。 しかしながら、放射能汚染により、堆肥や木の葉からは高い数値が検出。来年度からの堆肥堆肥生産が、座礁に乗り上げた。 このままでは、堆肥生産の計画すら村の農業は守れない。また過大な血税がムダとなってしまう恐れがある。 今、村民にできることはなにか。今年、立ち上げた「たすけあいネット鮫川」は村内外の被災地支援、福祉・環境・青少年育成支援を目的とする。 汚染された木の葉さらいを老人クラブに委託しているが、事前の山林の下払いは老人の手では困難とされる。そこで、「たすネット」の出番だ。下払いのボランティアをかってでた。十数人の力はしれたものだ。しかし地域の力で無理なく「支えあうこと。さらに、「結いの精神」が息づく地域を孫子に伝えるために、互助の汗を流したいものだ。
2011年12月09日
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柿の木のオーナーさんに応募していただき五年が経過した。鉛筆ほどの蜂屋柿の苗も、いまでは背丈以上に。さらに、昨年から柿の実を付け始めた。 今年も恒例の収穫祭が開催され、6組、12名のオーナーさんが訪れた。遠方は北海道厚真町より、そして神奈川県、宮城県からおいでいただいた。 村の五千人ほどの大イベントとは違い、集落の家族的な、手作りの収穫祭もいいものだ。村に移住された、京條さんには尺八の演奏で懇親会を盛り上げていいただいた。野菜などの産品を販売する婆さんたちの、声もはずむ。 北海道からのオーナー様のご挨拶・・「原発事故にも負けずに、スクスク成長してくれた柿木に深く一礼をさせていただきました・・・。ご苦労様と」このご挨拶には胸が熱くなりました。 柿の木が結んだ北海道の皆様との縁。数日も掛けてお越し頂いた事に、その想いにも深く感謝ずくめの収穫祭。 人と人の絆が結ぶ、里山のささやかな温もりの一時です。
2011年11月30日
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施設や道路などのインフラ整備。血税からなる公共事業として建設される、各施設は、見える施策投資。 しかし、見えない投資。人材育成や青少年教育。さらに生涯学習や支え合い、結いの精神は、箱物のように、工程管理や竣工はできまい。ただ言えることは、建物や道路は竣工後、一日一日と老化、劣化することは間違いない。 一方、見えない投資効果はいつ成果が現れるか予測もできないが、いつか「花開く時」がくるかもしれない。 我々は、見えるものについては、即座に評価する。また見えるものりを、見える事を成し遂げて評価していただきたいとは、正直な本音。 見えないモノ、見えないことへの挑戦は勇気がいるが、「日本人の美徳」としても、見えないモノへの「心づかい」と「行動」は 大切な事柄である。 それにしても、「見えない厄介者」放射物質にはまいりました。せめて、雪のように積もってくれれば除染の方法もあるというのに・・・・・・・。
2011年10月28日
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こんくらい、ブログを書かずにいれば、たいてい、呆れてしまうべ。数ヶ月間、怠けているばほぼ忘れられる。 ここのところ、中学校の学校祭、小学校の学習発表会・・・・・と招待されて出席。中学校の合唱や発表、小学生の演劇や合唱もまさに、心打たれ感動する。一生懸命さに心が洗われる。中でもこんな台詞が。「転ばないようにすることより、転んでから どう起きるのが大切」「失敗することも大切だ。苦しんでいる人 の心の痛みがわかるから」「目に見える優しさも大事だが、目に見えぬ 優しさも、もっと大事」「困難は立ち上がれる人にやってくる」 これらの格言は、小学校3年生の発表で出てきた。来賓席の俺は、深く感銘。秋冷時、オシッコのきれが悪くなり、干し柿状態の「ムスコ」に触れるなり、秋の終わりを感ずる。
2011年10月23日
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待望の鮫川村内のボランティア組織「たすけあいネットさめがわ」が設立された。以前より、村民の「支え合い心」や「結いの精神」を育みたいと願っていたが、今回の大震災を機に、村民の有志により立ち上がった。 約30人の応募があったが、今後も若手中心に増えると想われる。 記念講演の講師として、ハートネット福島の吉田公男さんを講師に招いた。演題は「いてもたってもいられねぇ、俺のボランティア人生」。互いに共通する友人達からは行動力と優しさは聞いていたが、まずは一言で凄い、情熱ある優しい方で敬服した。 阪神淡路、中越沖、白河大水害、そして今回の大震災でも多くのスタッフを被災地に送り、現場に応じた支援を継続している。 ロングランのその支援は、互いの人間関係を構築する。支援される人、支援する人の関係から人間同志の友好関係に代わる。 鮫川のたすけあいネットはこれからスタート。長期的な無理のない活動するべ。
2011年07月03日
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永田町の衆議院会館、第5会議室に出向いた。新幹線から、山の手、地下鉄を経て国会議事堂へ・・・・。 田舎モンは、堂々して見せるが、本音はキョロキョロの連発・・・・・。ここが、あの議員会館か。片山さつきもめっけた。 全国から集った100名ほどの国会議員と市会議員。村会議員はオイラだけのようだ。凄い議員達もいたもんだ。議員だから災害ボランティアでなく、災害ボランティアの延長で議員になった皆様ばかりと受け止めた。 目的は、選挙手段のためでなく、災害時の支援やネッワークがいかに構築できるかであり日本を故郷をどうして守るかだ。 辻本清美総理大臣補佐官の講演もあり、原子力保安員や財務局の担当官による、現状と今後の財政対策の講演等々。「全国から支援をいただいている福島の議員」として、御礼と実状を述べさせてといただく機会を与えていただいたことに感謝したい。次回は仲間を連れて参上するべ。
2011年06月01日
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豊間地区は全壊し、住民は平工業高校に避難。避難者は140名余り。市の斡旋で、平市内の民間の1DKに移り、避難者が減りつつある。 友人が「語り部と歌」のボランティアをかって出て2回目の慰問に伺う。日中の避難所は住居の説明会や、私用ででかけている避難者で体育館に残っているのは、学生児童と老人がめだつ。 市の職員も懸命だ。ただ年老いた避難者はどこか元気がない。一点を見つめたままの老人の脳裏には、いったい何が映っているのか。 友人の歌と語りが体育館に響く・・・・。避難者の反応は、鈍い・・と思いきや、歌が進むにつれて、手拍子や体でリズムをとる避難者が、津波のように増える。エンディングは、拍手の波で終えた。いがった。 体育館の入り口で、20名近くの球児達が筋トレをしていた。私達に会うやいなや、この球児、全員がトレーニングをやめて、起立して丁寧な挨拶をするではないか。 心が、グッときた。甲子園を目指すこの礼儀正しい、球児達。夏の大会には是非、応援に駆けつける・・・と心に決めた。 避難者、そして平工球児、共に「希望」を見いだせ。
2011年05月06日
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19日の告示は、定数12人に対して12人の立候補者で一日で当選となった。 今回の村議選、大地震の災害の時折、選挙カーを自粛する・・・との申し合わせを多数の意見でとりいれた。 「無投票当選、選挙カー自粛は、被災地を考慮していいことだ」という意見。また「「選挙カー自粛はけしからん。候補者の政策、信条を何をもって有権者に伝えるのか・・」とのお叱りの意見。 無投票といっても、少なからず候補者は有権者の前で「正々堂々と政策と信条は述べるべき」と考える。またそれは「有権者とのマニフェスト(約束)」とすべきである。選挙が終わると、正副議長の組閣となる。これまた、立候補者は、水面下の根回しでなく正々堂々の議会改革論を正面から論じて、当選すべきであるがゆくすえはいかに・・・。
2011年05月05日
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骨髄バンクの公共広告機構のCMに登場したいわき市の元白血病患者の友人夫婦。小名浜の自宅は、浸水したが倒壊はまぬがれた。しかし妻の両親と義姉は気仙沼の自宅付近で20日ぶりに遺体で発見され、本日、海が望める、お寺での告別式に参列した。 「海」が憎い。自宅はお寺から数十メートル。建物の基礎は残ったが、大波は全てのものを一瞬に持ち去った・・・・・・・。 本堂には数十人の遺影が静寂に立ち並ぶ。約30分の読経、焼香で、次の犠牲者の告別式へと移る。 告別式をあとに、気仙沼港の被災地を視察。豊間地区の全壊とは、別だ。コンビナートが火災になり、工場から全ての建物や施設が全壊。復旧の手はまだ入っていない。ガレキと強烈な臭いだけが被災地に漂う。 犠牲者と不明者に合掌
2011年04月27日
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4月7日、豊間にて、志賀牛乳店の 店主51歳、名物お母さん81歳。家屋、店舗、工場も全壊。店主は町内会の役員。母さんは漬け物の人気が高い名物ばあさん。 被災を受けても、避難所(平工業高校)の140人のために、せっせと漬け物をつくり14日に全員に振る舞った。「必ず、待っているお客様のために、再建したい」困難を希望に変え、何事にもプラス思考に変えるこの親子を、「赤い車の主婦」は「変わった親子」という。 その「変わった親子」を支援しようと「赤い車の主婦」は勿来の自宅に招き、お風呂やお世話に身と心をおしまない。4月11日 修明高校鮫川校の入学式の前に、浅川町のセルフスタンドで出給油中、美しい主婦らしき方に声をかけられた。 誰だかよくわからない・・・・・と思いきや豊間で出会った「赤い車の主婦」ではないか。わざわざ、勿来から鮫川、浅川まで訪ねてきていただいたらしい。この偶然にも驚いた。 我が事務所にて妻に接客を依頼し、入学式に。 4月12日 選挙の告示19日が近い。せっせと選挙活動も結構だが、志賀ミルクプラントの半壊した、高額なミルクプラント機械が気になる「できるならば、修繕したい・・・」との店主の意向への支援として、東京のメーカーまで運搬することとした。 長男、次男も同行させ、被災地の現実や支援行動を一生の体験とさせるために。 また同日は、平工業高校の避難地にて、友人が語り部として「昔話と歌」で避難者を癒した。心身ともに疲れ切った避難者の笑みが目に浮かぶ。
2011年04月23日
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大震災が発生してから1ケ月が過ぎた。約半月は被災地の報道特集で張り詰めた番組に、バライティ番組が多くなった。 テレビ等の報道だけでは分からない。現地の実状を確認したいと、先月はいわき市の災害本部の市民協働課課長と、市議会議長にあってきた。 また南相馬、鹿島地区と原町区の災害ボランティアに参加し、支援の実態と被災地を視察した。 大津波の爪痕は、広大な新田川河口をなめ、散乱するガレキの音すらしない。今だ確認ができない1000以上の亡骸はどこに・・・・。 4月7日は、いわき市江名港と豊間地区の支援告知。原町のガレキとは対象的で山となる残骸と倒壊のすさまじさに目を疑う。 ガレキの谷間に、一台の赤い乗用車から主婦らしき女性から「志賀ミルクプラントはどこですか」ど訪ねられた。ミルクコンティストで日本三位となったとは、後からしったことだか、この牛乳店も無残にも倒壊し、タンクも壊滅状態・・・・・・・。 戸別のボランティア告知も最後の被災宅での衝撃的なドラマは次回の日記で。
2011年04月09日
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知識あるふりして、格言を個人の広報誌に掲載した。が・・・、なんと解説した意味が、逆であったと友人が警告してきた。ありがたい・・・、このまま本刷りして配信しても分からない方はわからないが、分かる方はわかる。と考えると、ゾッとした。「吾」「唯」「足」「知」吾ただ足るを知る。京都竜安寺の有名な「知足の手水鉢」の教え。オラは「いくつになってもまだまだ修行が足りない」と覚えていたが、本来は「私は足りている。必要以上のものは望まない」という「欲張るな」という教え。それにしても「他人のフンドシで顔を洗う・・、いやフンドシの掛け違いで、チンポ丸見えで、恥をかきそうになったワイ。
2011年03月08日
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須賀川市の国道4号線を南下しての出来事。路肩に「白河」というカードを持った青年を発見。通過したが、「ヒッチハイカー」と判断しUータウンして車に乗せた。聴くところ、釧路からスタート、宮崎県までヒツチハイクで行くらしい。身元は、北海道大学4年生。父親は中国人で母親は日本人。年齢22歳。名は「連 樹々」二日前に野宿したが荷物の一部を盗まれて所持金は1500円、着替え無し。しかし、この辺の地理に詳しく、バイクで日本一周の経験、外国もヒツチハイクの経験ありとか・・・・。白河で下車する予定だったが、柿太朗の情け・・が言うことをきかん。まず、「しまむら」で下着・パンツ・靴下」を購入。つづいて白河ラーメンの大盛りとギョウザをご馳走。そして国道を南下。交差点とコンビニがあれば次の車が見つかる・・・というもんで黒磯まで。既に午後5時30分はまわり、雪がちらつく。このままでは凍死してしまう・・・という心配をよそに別れを・・・・。別れ際に、5千円を渡して彼の安全を祈った。これを聴いた家族は・・・「なにか嘘くさい」お人好しの親父・・・騙されていないか・・と。いいのではないか「騙すより、騙されたほうが」宮崎に到着したら連絡をくれる約束した彼の吉報をまつのみだ。
2011年01月17日
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村の、ふる里芸能発表大会に来賓として参加した。村内の10団体の愛好会が一同にかえして踊りや大正琴、歌、詩吟他 数々の発表がプログラムを賑わせた。稽古した成果を、大衆の前で発表すること村民から注目を浴びることにより、より一層の緊張感が、若返りを促進する。艶っぽい踊りに、惚れ直したお父さん達。たじたじしながら、にんまり晩酌する姿が想つく。
2010年12月05日
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半年ぶりの、ブログの更新。大変長く、お待たせ・・・・とおもいきや、覗いていただいている数人の皆様、呆れかえって、いることでしょう。思いつき、三日坊主、凡帳面、いい加減。いろいろ、当てはまる言葉はありますがとりあえず、復活にパチパチと拍手をくださいまし。今日は、県立博物館館長の講演が鮫川村で開催された。赤坂館長のお父様は鮫川生まれでして、東大出身で民俗学の権威者の先生には鮫川村の血が・・・・。大学教授でお静かな中にも品格と、故郷への想いの一端を覗かせて頂きました。
2010年12月03日
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