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このところ急に暖かくなったから、花粉症が急激に悪化。一昨日と昨日の2日間で、ティッシュ一箱使い切ってしまうほど。耳鼻科へ行ってきた。「かなりお待たせしますが、大丈夫ですか?」「何人ぐらいでしょうか?」「今は(予約用紙をパラパラしながら)30番目ぐらいで、あなたは60番です」「(うわあ💦…でも仕方ない)お願いします」めちゃめちゃ待たされる覚悟したけど、ベルトコンベアに乗せられてるみたいに、意外にサクッと終わった。みんな同じ症状なんではw処方されたお薬は、岩窟王みたいな名前のと、恐竜みたいな名前w今日は雨天で花粉が飛んでなくて、症状が落ち着いた。明日以降、お薬が効いて、今日ぐらいの症状でしのげますように。明日も雨ならいいのに。
2026/03/03
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今日、クラシックギターの弦を交換した。ギターの弦を交換するたび、思い出すことがある。中学の時、同級生の家に勉強しに(遊びに?)に行った。彼女の部屋に、お兄さんのギターがスタンドに立てかけてあった。「ちょっと触らせて」と、触っただけで、弾こうとする前に、1本の弦がブッツンとキレた。そして彼女もブチ切れた。ものすごい剣幕で怒り始めた。なんとかなだめたものの、言われるまま、6本全ての弦代を弁償するハメになった。触っただけで弦が切れるなんて、年単位でギターやってなかったんでは。そもそもどうして、お兄さんのギターが、ギターをやっていない彼女の部屋に置かれていたのだろう。彼女にはその後、もう一度弁償させられた。何かの試験の時に、彼女は腕時計を机の端に置いていた。それをたまたま私が落としてしまった。それもまた弁償代を払わされた。そんなに大事な腕時計なら机の端に置くな、と今なら言えるのだけれど。それと前後して、彼女はしばらく学校を休みがちになった。自律神経失調症という診断だった。あの頃、彼女は「父親も母親も尊敬している」と言っていた。私は虐待家庭で、親への尊敬なんて微塵もなく、彼女は立派だなあと思っていた。けれど今から思うと、彼女はもしかしたら、私にいきなりものすごい剣幕で怒り始めたようなことを、両親から日常的にされていたのでは。それで私にそういう対応しか取れなかったのでは。そんな両親なのに「尊敬している」と思わされていたのかも。失敗は許されず、余裕もなく、安全だと安心できる家庭ではなかったことで、自律神経失調症になったのかもしれない。自分だけが虐待で苦しんでいるのでもなかった。本人も親も自覚のない分かりにくい虐待だったのかもしれない。頭のいい子で、それだけ休んでいても、トップの高校に進学した。彼女の生き辛さが、その後、解消されていればいい。本人に虐待されていた自覚がなければ、それが常識になったまま、その虐待は連鎖しているかもしれない。
2026/02/15
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「好き好んで病気や障碍者になる人はおらへん」これ何べん言ったら分かってまえるんやろか、ではないんやろな、もう。そういう人らは、何万回・何千万回言われたって、分からへんのやろな。そんな人らがおらっせるのはしゃあないけど、そんな人らをわざわざ政治家にせんでもいいんやないかな。政治家にせん方がいいんやないかな。高市総理の関節リウマチ(難病)を揶揄する発言を見ていて思った次第。私自身は、リウマチとは関係ないけれど、障碍を抱えている。ああいう揶揄できる連中が、私の障碍には寄り添えるなんて、微塵も思わない。ガチしんどさを、医学的にも感情的にも適切に理解した上での適切なサポートでないと、役に立たない。だから、ご本人らの自己満足に過ぎない善意(のつもり)の押し付けは要らない。今回の選挙に限らず、何党に入れようとかより、落とすべき党・個人を落とさないといけない。選挙権のある人は投票して欲しい。
2026/02/02
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20年ほど精神科にお世話になって、寛解し、しばらく通院していなかった。先日月曜、ひさびさ通院してきた。昨年8月から、派手な下痢が続いている。ひどい時は、1日に水下痢が4回も5回も出る。かかりつけの消化器内科で診てもらっているが、これまで薬を何種類も変えてもらって、一向に良くならない。そのうち希死念慮も出てくるようになった。当初は、脳腸相関で、お腹の調子が悪いから抑うつ状態になっていると思っていた。思い返せば一昨年10月辺り、ギター練習を本格に再開した辺りから、下痢が始まった気がする。その頃からギターがらみのフラッシュバックがひどかった。そして昨年6月、ギターがらみで負荷のかかる出来事があり、フラッシュバックが悪化していた。それらフラッシュバックを消化できていないことと、下痢という消化不全は、つながっている気がしていた。抑うつ状態が先で、それでお腹の調子を崩しているのかもしれない。そんな訳で「下痢が良くならないので精神科に来ました」と説明。先生に「過敏性腸症候群の薬は試した?」と聞かれ、「はい、いくつか。ダメでした」と答え、「それなら頭だな」という切り分けに、ちょっと笑った。「サクッと抗うつ薬とか使って、まずちょっと元気になりたいです」そう話したら、先生の表情が険しかった。私は正直なところ、薬を飲むのはあまり好きではない。そのことは先生もよくよくご存知。その私が、自分から抗うつ薬と言い出して、これかなりヤバいんでは?と思われたのかもしれない。「くれぐれも、頑張らないように」診察の最後、睨み付けるような険しい表情で、そんなふうに言われた。ふっと、今までのことが蘇った。そんなに頑張ってたつもりはなかった。けれど自覚が足らないだけで、頑張りすぎていた。キャパシティを超えていた。ああもう頑張らないでいいんだ。休んでいいんだ。背負いこんでた荷物を下ろしていいんだ。肩の力を抜こう。処方された抗うつ薬は、その薬の最小量を夕食後に1錠のみ。私は薬の効果も副作用も、やたら出やすい。もしかしたら、一般には効果がないような最小量かもしれない。その量からのスタートは、先生のご配慮。月曜の夜から飲み始め、火曜・水曜は、ほぼ終日寝ていた。その薬の副作用に、傾眠もある。こんなにも寝ているのが副作用なら、薬が体に合っていないので、薬を変える必要がある。けれど、最小量でこれだけの副作用は考えにくい。今まで、知らず知らずでキャパオーバーなほど頑張っていたのが、頑張らなくていいと言われて、スコンと力が抜けたから、のような気がしている。今日木曜、お昼近くに目が覚めて、ふと、そうだ畑の寒起こしをやりたいな、と思った。なんだか今まで、早く種をまかなきゃ早く苗を作らなきゃなどと思うばかりで、頭が回らなくて体が動かなくて、できなくて、焦って、頑張りたい気持ちだけ空回りしていた。今日は、このところ夜間は氷点下続きで種まきも苗作りもムリ、何を焦ってたんだ、と思った。そして、氷点下を活かして、そうだ寒起こしができる!になった。ずっと空回りしていた頑張りたい気持ちが、少し、歯車の歯に引っかかった。遅い朝食後、ひさびさ庭に出れた。今年のミモザの開花は1月22日。例年より1か月も早い。そして今日も開花は進んでいる。黄色のほわほわの花が増えている。狭い庭を、何をするでもなく、ぶらぶら。そんなふうに30分ほど過ごして、それだけでどっと疲れて、室内に戻った。明日は、庭で過ごせる時間が、もう少し長くなればいいな。来週なら、また畑に行けるかな。体が抗うつ薬に慣れるのに、1週間ほどかかるそう。今週いっぱいムリはしない。効果が出るのは2週間後以降と説明された。だから今日少し庭に出れたのは、薬の力ではなく、火・水しっかり休めたから。それなら、これから、もっと元気になれるはず。焦らなくていい。頑張らなくていい。大丈夫。今は休もう。安心して。夕方、洗濯物を取り込みながら、今日の夕空も美しかった。
2026/01/29
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知らない方が良かったかもしれない。うっかり踏み込んで、迂闊で失敗だったかもしれない。知ったことで対応できて、良かったかもしれない。踏み込んだから気付けたんだ、これ以上は踏み込まないよう気を付けることができるんだ。今までのちょっとした違和感は、そういうことだったのかもしれなくて、思い過ごしであって欲しくて、そこを確認して答え合わせはできなくもないんだろうけど、そんな流れにはせず、確認不要な距離感になっておいた方がいいんだろう。こちらからは、その件のネタはふらない。でも、もしあちらがお話しされたいようなら、グチでも何でも、それは伺おう。私にとっては、踏み込まずにはいられない内容。いつか、まあるく収まればいいけれど、期待はしない。それよりトラブルにならないよう気を付けないと。今、そんなふうに思っちゃってるのが、かなしい。やっぱり思い過ごしだった、ってなればいいな。
2026/01/23
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以前お世話になっていたメンタルクリニックに電話して、通院の予約をした。来週は検査(胃&大腸カメラ)があるので、再来週で取れますか?とお願いして、希望通りで予約できた。何にも知らない人には、一度は通院しなくて良くなったのが通院再開って、再発や悪化をイメージされるかもしれない。自分としては、ちょっと違う。今ダウンしてるのは確かなんだけど、それは階段をまたひとつ上がろうとしているから。それが上手くいかなくて、勉強しにいくイメージ。だからギターのレッスンみたいなもの。ある程度までは自力で頑張った。もっと上達したいから、また教えてもらおう、みたいな。今日はたまたま、昔ものすごくお世話になった恩人の臨床心理士:高崎吉徳さんの命日。この日に通院再開のアクションを起こしたのは、単なる偶然なのだろうけど、何か意味あるように感じてしまう。今なおそんなふうに思える方に出逢えたこと、その方をずっと偲び続けていることに、意味があるのかもしれない。あとたまたま今ちょっと、ある方に、精神科の通院をお勧めした方がいいんだろうか、と悩んでいる。お話をメールで伺った感じでは、うつ病っぽい。ひょっとしたら、ご本人は認知症ではと思い悩んでいらっしゃるかもしれない。いやいや、うつ病っぽくて、2~3年の治療で回復します、と思っている。だけど、精神疾患への差別偏見がない方でも、いざ自分が精神科に通院となると敷居が高いのでは。下手すると、そういうことを勧めた私を、逆恨みしたりウザがられたり、とか起きかねない。こちらとしては良かれと思っての言動であっても、医学的・科学的に間違いない内容だとしても、確実に喜んで感謝される、なんてわけがない。そこらは先方が決めること。頭のいい方なので意外にあっさり通院されるかもしれないし、次にお目にかかった時はもう一切話題にされないかもしれない。21世紀になって四分の1が過ぎたと言うのに、未だに「精神科にかかられては?」と言い辛い世の中なのは、ちょっと残念。それだけに、30年以上も前に、岐阜の片田舎にいて、自分には精神科の治療が必要だと自力で判断して、精神科を探して、通院を始めた自分は、本当に偉かった。
2026/01/14
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今日、初詣やっと。昨年は、派手に体調を崩した。もともと体調を崩し気味の所で夏の暑さに耐えられず、夏以降は畑をやれなかった。悔しかった。畑に行けない気候や体調が続き、それまでなら「何にもやれてない」と落ち込んでいた。けれど昨年は、ギターの練習を始めていた。ギターのおかげで、やれていると思えることがあった。ギターに支えられた。氏神様に詣でて、お賽銭を奉納。今年は、畑をもっとやれますように、ギターももっとやれますように、頑張りたいです、と神さまに申し上げた。その後、おみくじ。おわっ、大吉。大吉って、いかにも大吉な大吉もあって、いまいちビミョーな大吉もある。この大吉は、大吉すぎる大吉。おーっ。ただ、ちょっと気になる表現。「何事も末の見込みがある改めかえてよい運です」「願い事 改めかえてすれば望み事叶い喜び多し」改めかえて?今の自分を見つめ直しなさい、改善して変えていく必要がありますよ、とお知らせ頂いてるのだろう。今年1年、自分を見つめ直し、改善していこう。神さまに頑張りたいですと申し上げたから、きっとお支え頂ける。まずは体調を整えよう。きっと、すぐ頑張れるようにして頂ける。そしたら安心して頑張ろう。今年の12月、畑をどんな風景にできるだろうか。そしてギターはどれだけ上達できるだろうか、弾ける曲はどれだけ増えてるだろうか。
2026/01/11
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今年は、今までになく年賀状じまいを受け取った。これも時代の流れ。いろんな年賀状じまいがある。京都人の絶縁状みたいな文面に、大ショックを受けたり。もう20年ほど年賀状だけのやりとりだった人からの「年賀状の挨拶は取り止めますが、今後もよろしく」に、そっちは出さないけど、こっちには出し続けろって?と思ったり。去年の年賀状じまいで「今後はSNSなどでよろしく」の人から、今年SNSであけおめことよろメッセージもスタンプもなかったり。今どきは年賀状をネットで代行なんて聞くけど、私に限っては、年賀状じまいした人はもともとLINEでもXでもFacebookでも挨拶なく、年賀状じまい後もない。そもそも「今後もよろしく」とあっても、メルアドもSNSアカウントも電話番号もない。よろしくとか言う割に、このまま間違いなく疎遠一直線でんがな。でも、年賀状じまいのない人もいる。年賀状じまいをわざわざ用意された方々は、まだよっぽどお気遣いをされている。そしてもちろん仕方のないケースもある。年賀状という日本文化に義務感で強制参加させられていた人が、それだけ多かったのかもしれない。その文化が、今、廃れていくのを目の当たりにしている。今は、娯楽がたくさんあって、みんなそれぞれ忙しい。年賀状を送り合うよりも嬉しくて楽しいことが、たくさんある。年賀状じまいを咎めるつもりはない。一方で、ここ数年、今まで年賀状のやりとりだけだった人と、会うようになったり、イベントお誘いがあったりもしている。互いにアラ還。定年で勤務先や働き方が変わったり、子供から手が離れて自由になったり、離れて住むようになった子に会う目的で遠出するようになったり。ずっと年賀状だけのやりとりだったけれど、続いていたからこそ、こうして連絡を取り合えて嬉しい。毎年、年賀状もLINEメッセージも送ってくれる人もいる。離婚されて年賀状が来なくなったけど、今年復活して出してくれた人もいる。今、年賀状が廃れるというより、年賀状の意義や在り方が大きく変化しているのかもしれない。みんながみんな年賀状やる時代が終わりつつある。義務的に強制参加させられてた人がいなくなっていく。年賀状そのものは、なくならずに残っていって欲しい。私は今年、年賀状のイラストをAIで描いてみた。こんなことも出来るんだと、びっくりしながら面白かった。来年、その次、もっと先、出し続ける人の年賀状は、今よりもっと進化していく、かもしれない。海外でも、クリスマスカードじまいとかクリスマスプレゼントじまいとか、あるのかな。若者世代が年賀状を出してないとして、アラ還まで続けられるような代わりがあるのかな。なんてことを、なんかふと。「年賀状じまい」という流行りに安易に乗っかって、大切で掛け替えのないものを手放したことに今はまだ気付いていない、なんて人が少なくない、かもしれない。ま、なんにしても、去る者は追うべからず。今までお疲れさまでした。さよなら、お元気で。
2026/01/08
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前から欲しかった豆乳メーカーが、クーポンで半額になっていた。https://a.r10.to/h5AMBt乳糖不耐性の体質のため、牛乳でお腹を下しやすい。豆乳やアーモンドミルクなどを飲んでいる。乾燥大豆から豆乳を作れる商品(今回購入したもの)を知って、購入を検討していた。そのタイミングで、コストコで似たような商品をほぼ半額で見かけ、迷わず購入した。けれど、帰宅して開封したら、かなり洗いにくい造りだった。食品を作るのに洗いにくいのは不衛生でよろしくない。一度も使わずに返品。がっかりしていた。今回、たまたまその商品が、クーポンで半額。最初、目を疑った。念のため改めて、洗いやすさなども入念にチェックして、安心してポチ☆これで、乾燥大豆から豆乳も作れるし、ヨーグルト・おかゆ・スープ・甘酒なども作れる。特に豆乳は、おからを作らず、全部そのまま丸ごとを豆乳として飲めるよう。味わい濃く甘いと書かれている。その豆乳から、お豆腐も作れるかもしれない。いろいろ楽しめそう。届くのが楽しみ。
2026/01/05
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今日は1日寝ていた。かなりダルい。主人が、妹に退院した連絡をした時に、妹宅は翌日からスノボと聞いた。そうだよなあ、世の中にはスノボで楽しんでいる人もいるのに、なんで私は寝てるしかないんだろう。ちょっと座ってるのさえダルいし、昨日の洗濯物を畳んで片付ける気力もない。今がうつ状態かどうかとは別で、子供の時に殴る蹴るの暴力だけでなく、母が家を出た後にネグレクトで餓死寸前になっている。その時にちゃんと死んでいれば、もしくは、その後も虐待やいじめで常に希死念慮を抱え続け、きちんと自殺していれば、今も続くこんなしんどさで苦しまないで済んだのに。なんで生きてるんだろう。生きてていいのかな。……主人も、私がいなくなった方が楽だろうに。申し訳ない。主人の入院・手術で張り詰めていた反動でダウンしてるのはあるだろうけど、やっぱり私なんかは生きてちゃいけないのに、という思いは、ずっと拭えていない。こういう時に、首をもたげて意識化に登っただけで、根底にいつもある。左手の手首に、右手の人差し指と中指を当てて、「脈を打っている。心臓が動いている。心は死にたいと思っていても、体は生きるために働いている」そんなことを、何度も何度も。そうして夜の星空を見上げて、宇宙の広大さに比べれば、私の存在なんてちっぽけだから、こんな苦しみも大したことはない、と思おうと。自分は擦り切れて延びきったゴムひものようだと、もう小学1年生の時には思っていた。
2026/01/04
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さみしい。中学から付き合いのあった友人から、今年で年賀状じまいと。昨年も、別の中学からの友人から、その年で年賀状じまいと。さみしい。昨年の友人に関しては、もっと自分がガマンして相手に合わせれば良かったんだろうか、などと今もまだ思い悩んでいる。とは言え状況的には、もしあそこで拒絶せずに会っていたら、カルトかネズミ講か反ワクチンに引きずりこまれていたように思われる。こういうのは本人に確認できないだろう。自覚できていなかったり、本当のことを言わなかったりしそう。そのため、本当にそうだったのか、私の思い過ごしだったのか、答え合わせが出来ていない。未だに引きずっている。けれど、去る者は追わず。今年の友人は、学校の先生。数年前に教頭になったと言っていた。ご多忙で、年賀状のやり取りが続く教え子さんもたくさんいらっしゃって、おそらくもう会う機会のない私とはこの辺りで、という判断なのだろう。今までありがとう、と最後に伝えることさえ、先方を困らせることになるのだろうか。やはり、去る者は追わず。ただ、ひとり、さみしい。さよなら、お元気で。年賀状じまいの後、その相手からメールやSNSで連絡もらったことは、今まで1度もない。年賀状の代わりにLINEが来たりもしない。もちろん、こちらからは出し辛い。そのまま疎遠になる。先方が亡くなっても、私への連絡はないだろう。私や主人が他界した時も、こちらからの連絡は控えた方がいいだろう。去年の年賀状じまいの(元)友人が、今まだ生きているか、私は知らない。バイト先の浅い付き合いなどではなく、旧い付き合いの友人との間柄がそうなったことが、今はまださみしい。けれど仕方ない。相手の意志を尊重する。去る者を追うべからず。もうあと何年かすれば、お互いに相手が生きてるか死んだか知らないことも当たり前になる。それが今はまださみしい。【後日追記】その後も、また他の人からも年賀状じまいが届いている。「今後も変わらぬお付き合いをよろしく」といった文面の有る無しで、受け取り側として大分違うのを感じる。私は、京都人の絶縁状みたいな年賀状じまいの文面で、大ショックを受けたのだなあ。でもまあ、先方はやはり絶縁状のつもりで送ってきたのかもしれないわけで。「去る者は追うべからず」がお互いのため。
2026/01/03
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主人が退院して帰宅して、昼食でおせちを食べたあと、疲れが出て横になったら、コトンと眠っていた。夢の中で、ギターで練習中の曲のひとつ「ザナルカンドにて」を練習していた。まさに夢中になって。いい初夢を見れた。
2026/01/02
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主人、無事に退院。お昼すぎ、手術した右目にガーゼが当たったままで帰宅。次回通院は8日。それまでガーゼをつけたまま、片目の生活が続く。主人が退院したので、我が家は1日遅れのお正月。今回、初めておせち料理を買った。昨年の秋ごろ、インフルエンザが大流行していた。この調子で、年末にインフルもコロナも大流行していたら、大混雑のスーパーで感染するかもしれない。そのリスクを減らすという名目というか口実で、おせち料理を注文してみた。プロのおせちは、こんなに美味しいのか。大満足。年に1回ぐらい、こんな贅沢っていいかも。来年も注文してみたい。ただ、驚いたことに、黒豆だけは、自分で作った黒豆の方が自分にとっては美味しい。結婚して最初のお正月、おせち料理というものを人並みに作れなきゃいけないと思った。NHK「きょうの料理」の本を見ながら、メモしながら、VHS録画しながら、頑張った。それまでろくに食べたこともないのに、初めて作った黒豆は、めちゃめちゃ美味しかった!あんな家庭に生まれ育ち、学校でも職場でもいじめられ、人より劣った私だって、頑張ればできるんだ。ものすごい成功体験になった。この成功体験で味を占めて、私でも頑張れば何でも何とかなると、今から思い返せば何ともならないことまで頑張りすぎて、挙げ句、うつ病になってしまった。毎年、年末になるたび、そんなこんなを思い出す。うつ病に、そして精神障碍者になり、おせち料理全般は作れなくなった。それでも黒豆だけは毎年作り続けてきた。まさか、そんな黒豆が、あれだけ美味しいおせち料理を作られたプロの黒豆よりも(私と主人にとっては)美味しいなんて。びっくりだった。あの時、「虐待家庭で、まともにおせち食べたこともない私に、作れるわけがない」と諦めることもできた。それなら、うつ病にはならなかったかもしれない。虐待トラウマはどうしようもないから、やっぱり何らかの形で何らかで治療につながって、やっぱり精神障碍者にはなっていたかもしれない。あの時に頑張ったから、今も美味しい黒豆を作れる。食べながら、頑張って良かったな、と改めて思った。或いは、あの時そうやって頑張って良かった、と思える人生を歩んでこれた、ということかもしれない。
2026/01/02
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まずは、紅白歌合戦とはちょっと違う話から。ずっと昔、テレビドラマのシナリオスクールに通っていた。そこで、阪神淡路大震災を題材に「強がりでいいから微笑んで」というお話を書いた。原稿20枚(10分)で収めるルールなのに、どう頑張っても収められず、30枚(15分)になってしまった。それを持っていって、スクールの講師に、めちゃくちゃになじられて叱られた。「テレビの尺は決まっている。あなたの5分のために、他のどこかで帳尻を合わせることになる。他の人の時間を奪うことになる。そんなことも分からないのか!!」「テレビで精神疾患を扱うな!!キチガイどもに何を言われるか分かったもんじゃない!!」「あれだけの大災害なのを分かってないのか。フィクションで扱うとしたら10年はかかる大災害だ!!被災者心情を考えろ!!被災者どもに何を(以下略)」その作品を、どうすれば20枚に収められるかは分からないまま、叱られまくって否定されまくって萎縮して怖くなって、恐怖で、お話をまとめられなくなって、書けなくなって、筆を折った。そんなことがあった。その何年後だったか、トイレを題材でおばあちゃんが出てくる歌が大ヒットして、そのアーティストさんが紅白歌合戦に出場されることになった。そのアーティストさんが、「この歌は2番も聴いてもらえないと真意が伝わらない」と主張したとかで、新人には珍しく、2番も歌われることとなった。そのエピソードは、好意的な美談として、あちこちで紹介されていて、あちこちで何回も読んだ。その年の紅白も、いつも通りに見ていた。Perfumeのパフォーマンスを、やけに短く感じた。「あなたのために、他の人の時間を奪うことになる」を思い出していた。Perfumeの短さは、もしかしたら私の思い過ごしだったかもしれない。それとも、やはりPerfumeががっつり削られて、他のアーティストさんの時間も少しずつ削られていたかもしれない。その翌日あたりのNHKのお正月番組で、そのトイレの歌の人がどこかの会場で歌って、聴衆が感動して泣いているのが流れた。なんだか無性にイラッとなって、すぐにテレビを消した。それが、そのトイレの人を見た最後になった。もしかしたら、褒め殺しというか、あえて「好意的な美談」としてあちこちで紹介させて、分かる人には分かるようにしていた、のかもしれない。というのも思い過ごしかもしれないけれど、辻褄は合っている。もし、これが本当だったなら、Perfumeにしてみれば理不尽だった。けれど、あのお三方なら「スタッフの皆さんがお困りなら」と引き受けそうな感じがする。そんなアーティストさんには「あの時はゴメンね。本当にありがとう!」と、その理不尽の二倍三倍のお返しがあって、業界で可愛がられて大事にされてきた、なんてあるかもしれない。一昨年だったか、星野源さんが当初予定されていた曲を、イチャモンでしかないような理由で、割と間際で、曲変更させられることがあった。彼なりの強い思い入れがあった上での選曲だったろうに。紅白のステージで、彼は確か、バックバンドなしで、ギターを抱えて弾き語りでのパフォーマンスで、終始険しい表情だった、と記憶している。(記憶違いであればご容赦を。)プロとして、紅白の大ステージできちんとパフォーマンスを勤めながら、抗議の気持ちは隠さない。それは、ご本人の気持ちの話にとどまらず、迷惑を被ったバンドなど仲間のためでもあり、応援してくれているファンのためでもあり、変更させられた曲を大切にしてくれる人のためでもあり、後進のためでもある。だからこそ、取り繕った笑顔なんかでなく、怒りや憤りを敢えて隠さないのだと思った。そして今年、星野源さんの新番組がNHKで始まる。これがまた松重豊さんと一緒。なんてステキだろう。とっても楽しみにしている。世の中には、残念だけれど、理不尽が飛び交っている。うまく避けられる人もいれば、避けられた時もあれば、理不尽にぶち当たってばかりの人や時もある。ずっと順風満帆で挫折を経験したことのない人なんて、きっといない。そこで理不尽を、うまくかわせず乗り越えられず、筆を折った私は負け組だ。原爆ランプの女性グループが今後どうなろうと、個人的にどうでもいい。まあ、そういう人は、そういうことにしかならない。この件を絡めて「NHKは受信料を返せ!」と言ってる投稿も多く見かける。気持ちは分からないでもないけれど、私はそうは思わない。NHKには、受信料を払い続けて良かった、と私が思えるだけの番組を、誠心誠意で作り続けて頂きたい。NHKじゃないと作れない番組って、実際たくさんあるわけで。現在、受信料を払わない、という選択がないのでは。NHKを見ていないから受信料を払いたくない人は、もちろんいるだろう。それなのにシステムとして強制徴収しかなければ、NHKが反感買うのは当然。払いたくない人たちが払わなくてもいいようにして欲しい。スクランブル放送を導入するなど、技術的にはとっくに対応できるはず。早急に柔軟に対応して欲しい。あと、、、さすがに時流を読んでくれというか、NHKに限らずオールドメディアが、やたらと反日・反政府で辟易する。そういうのを喜んでるのがもしいたとしても、年寄りとかルサンチマンとか、偏った人だけでは。また、特にNHKで、女性アナを男性が見下す扱いも不快極まりなくて気持ち悪い(それでNHKニュースを見なくなった)。もう少し今時のまともな感性になってもらいたい。ま、不快なものは見たくないから、わざわざ見ない。そこらは原爆ランプと同じ。なんかまあ、そんなこんなでイラっとなってたので、すっきりしたくて吐き出した次第でした。
2026/01/01
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新春あけましておめでとうございます今年もよろしくお願い致します昨年は、ギターの練習を本格的に再開しました。縁あって、ずっと憧れていた方から直接レッスンを受けられるようになりました。音楽という世界に一歩を踏み入れ、こんなにも大きくて広くて深くて豊かな世界なんだと、わくわくしています。一方、体調をど派手に崩した年でもありました。家庭菜園は特に全然だめだめでした。ギターレッスンを受けられたのも8月が最後。ガマン多く、辛く苦しい日を重ねました。今年は、庭や畑をもっと楽しめて、演奏音源or動画UPも楽しめればと思っています。
2026/01/01
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きっかけが原爆ランプ騒動なのは否定しない。NHKにも韓国にもその女性グループにも、これといった抗議は何一つしてないけれど、腸は煮えくりかえっている。特にその女性グループに関しては目に入るのも不快でしかないので、いっそ今年の紅白は見るの止めとくか、になった。物心ついてからずっと、大晦日は紅白歌合戦を観るのが当たり前だった。今なんかちょっとそわそわしている。今年あと4時間、どんなふうに過ごそうか。いきなり自由になった。何歳からだったろうか、紅白に出演しているアーティストなのに名前も歌も知らない、という現象が起き始めたのは。名前も歌も知らないアーティストの大半は、私の心を揺さぶることもない。私が年を取ったからというより、出演者の質が落ちているのでは。事務所がお金をバラまいて売れるグループを作って、大金を積んで紅白に出てるのでは。そんなうがった見方になってしまった。それでも、楽しみにしているアーティストも出演しているから、なんだかんだで毎年ずるずる見続けていた。一応、紅白歌合戦と、もうひとつ別の番組を、予約録画している。悪趣味と言われるのは承知の上で、例の韓国女性グループのパフォーマンスの時に、もし「かわいいランプ買ったよー、見てー」を上回る嫌がらせな演出があったら、見たかったなー、録画しておけば良かったなーと思うだろうしw ないだろうけどwまあそれはそれとしてw戦後80年の節目で、広島・長崎出身のアーティストさん達が多数出演される。特に、今年の紅白を最後に、広島出身のPerfumeはコールドスリープに入る。彼らのパフォーマンスをリアタイで見られないのは残念。だけれど、その80年の年だから余計に、原爆ランプ女性グループが腹立たしい。絶対に見たくない。年明け、録画データの再生で、見たくないのを飛ばしながら、遅まき紅白を楽しむ…かもしれない。
2025/12/31
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今日は、今年最後の燃やすゴミ出しの日。絶対にちゃんとゴミ出ししなきゃと思ってた。その後、朝食を支度をしながら、鼻水ずるずるだなあと思っていた。ぼーっとなってもいた。軽い頭痛も。。。洗濯機は何とか回した。いつもなら、YouTubeなどで音楽を聴けば、気持ちが落ち着いたり元気になったりする。けれど今日は、聴くのがしんどい。相当調子悪い。昨日までの疲れでダウンしかかっているのか、単に風邪なのか、よく分からない。どっちにしても休もう。いいお天気で大掃除日和。大掃除したかったなあ。と思いながら、横になったらコトンと寝ていた。昼も夜も、食欲も食事を支度する気力も、なかった。けれど、そういう時こそ食べないと、余計にダウンする。頑張って用意して、頑張って食べた。明日は回復できてればいいな。
2025/12/30
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今朝は、目が覚めているのに、起きられなかった。遅い朝食を食べていたら、主人からLINE。手術の経過に問題はなく、退院が1/2に決まった。良かった。私も、障碍を抱えている。8月中旬から派手にお腹を壊し、脳腸相関で、うつ状態にもなっている。もともとがそんな状態だっただけに、今まで、張り詰めて火事場の馬鹿力で、1日1日しのいでいた。手術も無事に済んだし、1人で頑張るのも1/2まで。ゴールが見えた。ホッとした。現状、精神科に通院していない。(実はつい先日、うつ状態なので通院再開しようと新規の精神科に行ったけれど、そこの医師がめちゃめちゃすぎて止めた)今回の主人の手術・入院は、事前に分かっていたので、食材の買い出しなどの準備と心の準備が、それなりにはできていた。それでも精神障碍2級なだけに、どれだけ1人で生活できるかは不安だった。これがもし、例えば突然の交通事故だとしたら、私は1人でしのげる自信がない。身近に親戚はいない。いざという時に頼れそうな友人もいない。ここに引っ越してまだ日が浅く、隣近所との交流もほとんどなく、頼れる間柄ではない。この先も、こういうことはまたあるだろう。その時に備えて、障碍者介護施設のショートステイを利用できるようにしておくとか、そのために必要なら介護サービスを普段から利用しておくとか、精神科の通院を改めて再開しようとか、いろいろ考える。まあとにかく、とことん疲れているのを自覚。まだ退院日まで何日もある。今日は意識的に休んだ。主人が退院したら、今のムチャな頑張りの反動で、何日か寝込むだろうと思っている。できれば軟着陸して、なるべくダメージを少なく済ませたい。そのためにも、休める時は意識的に休んでいきたい。26日(金)に網膜剥離の診断を受けてから、今日の29日(月)で、4日。明日30日(火)から、退院予定の来月2日(金)まで、4日。今日はちょうど折り返し。ここまでの半分はしのげた。
2025/12/29
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主人の目の手術が、無事に終わった。白内障と網膜剥離の手術を、一緒にやってもらえた。手術後、起きている間はずっと、テーブルにおでこをつけて、うつぶせの状態でいるよう。肩こりそう。寝る時は、ドーナツ型の枕を借りて、うつぶせで寝るらしい。手術した方の目にはガーゼが分厚く当てられており、メガネは使えない。もう片方の目も裸眼のままになる。目を手術する時は、自分の目にメスが刺さるのが見えてしまうのだろうか。子供の頃から、そんな疑問があった。目の手術って、ものすごい恐怖でしかなかった。今日、どんなふうだったか、主人に聞くことができた。意外にも、怖くなかったとのこと。手術する目は、事前に点眼薬で瞳孔を開いたり麻酔かけたりしているので、手術時は光を感じる程度で何も見えなかったそう。もちろん痛みもなかった。手術しない方の目には、紙かガーゼがかぶせられていて、やはり何も見えなかったそう。浸出液で右目の視野下半分が見えない、と聞いていた。やはり、重症の網膜剥離のよう。網膜の端っこの剥離ではなく、中央の視神経の束まで剥離していたよう。網膜がきちんとくっつかないと、視力が出なかったり、見えても歪んでいたり、することもあるそう。もっと早く通院していれば、、、。今さら言っても仕方ないのだけれど。。。とにかく一週間、頑張って、うつぶせてて欲しい。なるべくきれいにくっつきますように。。。早期発見・早期治療が大事。
2025/12/28
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主人は今朝早く、入院準備の荷物も持って、大学病院へ。いくつもの検査を受け、今日から入院、手術は明日に。早起きと目の検査で相当疲れたようで、病棟に案内されたら、コトンと眠っていた。手術後は、やはり入院1週間。1週間、うつぶせになってないといけないそう。網膜剥離は、網膜が壁から剥がれた状態。手術後、網膜に壁を重力で押し付けて、くっつける。そのためのうつぶせ。これが上手くくっつかないと、視力はもう出ない。一生出ない。メガネなどでの矯正もできない。退院して、家にいたら、ついついあれこれ体を動かしてしまう。絶対に入院して、体を動かさないように頑張って、精一杯回復して欲しい。気がかりだった白内障の手術は、一緒にやってもらえるそう。安堵。網膜剥離にならず、白内障の手術だけの方が良かった、とは思わないでもない。けれど、それを言い出したら、白内障にもならない方が良かったとか、メガネを作り替えたい・飛蚊症が気になるといったタイミングで通院していればとか、キリがない。白内障の手術後に網膜剥離になって、また手術になるよりは、一回で済んで良かった。年末年始の休暇に入る前に適切な治療につながれて手術できそうで、本当に良かった。入院1週間なので、主人はお正月を病院で過ごすことになる。実は、今年初めて、おせち料理を注文した。秋頃にインフルエンザが大流行していたので、年末のスーパーの大混雑で感染症をもらわないで済むようにと、注文したのだった。30日か31日に冷凍で届くはず。解凍せず保管しておき、主人が退院したら一緒に食べよう。我が家の来年のお正月は、1月3日か4日か5日か、主人が退院した日から始まる。世間様より数日遅れるだけのこと。まあ長い人生、そんな年もあるってことで。
2025/12/27
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今月に入った頃だったろうか。主人は、確か最初は、メガネが合わなくなったみたいで作り替えたい、と言っていた。少しして、右目の飛蚊症などの違和感を言い始めた。私のかかり付けの眼科に行くよう勧めた。なかなか行かないうちに先週の木曜、突然、飛蚊症が悪化。主人は慌てていたし、私も慌てた。眼科に限らず、開業医は木曜休みが多い。木曜に開いてる所を見つけ、そちらで診てもらった。白内障という診断で、おそらく手術が必要。ひとまず点眼薬を処方されて帰宅。改めて詳しく検査をしたいので、また来るように(なるべく平日に)と言われていた。そして今日、主人は午前中休んで、再びその眼科へ。思いがけず、今度は網膜剥離と言われた…。その眼科から、最寄りの大学病院に連絡してもらったそう。しかし、さすがに今日いきなり手術はできなかった。明日、紹介状を持って、大学病院に行くことに。もしや前回は誤診?と頭をよぎった。けれど、そうではなく、前回の写真には網膜剥離の形跡がなかったことを、主人が見せてもらって確認していた。今、右目は、剥離部分から体液が染み出しているため、下半分が見えてないよう。先週の、白内障で手術が必要と突然言われたのも、かなり衝撃だった。今日は、更に網膜剥離と言われ、どうやら私はかなり狼狽していた。考えようによっては、今日、12月26日金曜日の午前中に診てもらったから、明日の手術を受けられる。これから医療機関も年末年始の長期休みに入るタイミングで、対応ギリ間に合った。それから、白内障の手術後に網膜剥離になっていたら、手術を2回受けることになったかもしれない。今回おそらく、網膜剥離の手術と白内障の手術を、一緒にやってもらえそう。網膜剥離の手術後は、しばらく安静に、というか極力横になっていた方がいい。いったん壁から剥がれてしまった網膜を、テープで貼り付けるわけにもいかず、横になって重力でくっつける感じ。たまたま年末年始の休みと重なったのは、むしろラッキーかもしれない。明日、無事に手術を受けられれば、何日かは入院することになりそう。お正月にうちで過ごせるかは、まだ分からない。まずは、無事に手術を受けられて、無事に成功しますように。
2025/12/26
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毎年、紅白が終わって、時刻が0時を回ってすぐに、LINEであけおめことよろスタンプを送ってくれる人がいた。のだけれど、相手が誰だか分からない。分からないなりに、スタンプを送り返す。そんなことをやっていて、気が付いたら10年ほど経っていた。スマホ機種変の関係かなんかで、以前のやりとりはごっそり抜け落ちていた。今さら「ところで、どちら様ですか?」とも聞き辛い。先方とのやりとりは、年に1回、そのあけおめことよろだけ。ま、そんな関係というか間柄というか距離感を、楽しんでもいた。もしかしたら全然見ず知らずの人かもしれないけれど、おそらくは高校の仲間の誰かだろう。そう思いたい。高校の仲間だとしたら、I先輩だろうか、もしかしたらA先輩かも。うーん。I先輩は、お堅くて気難しいタイプだった。こんなアカウント名にする人だっけ?それに、I先輩に最後に会った時に、まだLINEはなかった。Aさんなら、こんなアカウント名も有り得るけど、こんなマメにスタンプ送ってくれる人じゃない。うーん。。。悶々としていた。昨夏、別の先輩が広島から遊びに来た流れで、Aさんにも12年ぶりぐらいで再会。それでAさんに直接聞けて、そしたらAさんは、そもそもLINEやってなかった(今時)。←そういう人なんよwんで、その謎アカウントをみんなで見て、I先輩である確証が取れた。今夏、その高校の仲間のひとりでI先輩の親友が、亡くなって20年だった。I先輩だと判明しているから、安心して、その命日にメッセージを送れて、やりとりできた。昨日、いきなりメリクリスタンプだけ送りつけてみた。程なくしてスタンプだけ返ってきた。それだけのことだけれど、なんだか楽しかった。もうずっと帰省できていない。いつか帰省できた時に、会えたらいいな。
2025/12/25
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ポポーの人工受粉をやった。※詳しくは後日書きます。
2025/04/17
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まずは、じゃがいも、小ねぎ、ラベンダーの種まき。じゃがいも(プチじゃが)じゃがいもは、普通は種芋を植え付ける。種をまいて育てるのは珍しいので買ってみた。「鉢でも育つ」とあり、小ぶりの芋を収穫できるよう。種袋は数量5粒とあったけど、7粒入っていた。嬉しい。小ねぎ(緑秀)1鉢あると、夏場の素麺など重宝する。使う分だけ切って収穫。少しすればまた伸びてきて、何度も収穫できる。ラベンダー種がたくさん入っていたので、15ポットも作ってしまった。それでも、まだ半分ぐらい残っている。庭のどこにどんなふうにいくつ植えるか、何にも決めていない。たくさん苗ができれば、人にあげてもいいかな。そして、ポポーの開花が始まった。今年は実がなるだろうか。接木はした。うまくいったか分からない。そもそも接木部分から花が咲くのは来年以降。ポポーの苗木は3本あり、もう1本もつぼみが膨らんでいる。残る1本には、今年もつぼみはつかなかった。ポポーは自家受粉できない。つぼみのついた2本が別の品種なら、その2本で受粉して、実がなるかもしれない。もらった種で育てている実生苗。種をくれた人が、2品種以上を食べて種をくれたのか、1品種を食べたのか、今となっては確認もできない。もし結実できても、一般に実生苗の実はそれほど美味しくないらしい。こんなヤキモキも、また楽しい。
2025/04/07
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2016年2月7日、苗木を購入。その時はまだ、家を買う話もなかった。けれどいつか庭のある家に住みたいと思っていた。いつか掘り起こすことを考え、植木鉢に植えた上で、借りたばかりの畑に仮植した。そのまま年月が流れた。2023年2月、庭のある中古戸建を買って引っ越した。この柚子の木も、すぐさま庭に移植したかった。しかし、荷物の整理やなんやかんやでドタバタするうち、移植適期が過ぎ去った。昨年は、右手がしびれて力が入らなくなり、庭も家庭菜園もほとんどやれない状態で、移植どころではなかった。そうしたら畑の柚子が、初めてたくさんの花を咲かせた。そして結実。初めてたくさん収穫できて、とっても嬉しかった。借りている畑なので、地主さんにいつ返すよう言われるか分からない。今年やっと、仮植してあった柚子を掘り起こして、庭に移植した。1か月ほど前に、庭の移植予定地を掘り起こして、土づくり。柚子の木も、移植ダメージに耐えられるよう、地上部分の枝葉を少しずつ刈り込んでコンパクトに。そうやって今日、いよいよ、掘り起こし。主根は、おそらく2メートル以上。もう1本の副根も、1.5メートルほど。全部は掘り起こしきれなかった。運搬前に改めて、地上の枝葉を刈り込み。1.5メートルほどにして、ギリギリ車に乗った。そうして帰宅。柚子にとっては初めて来た見知らぬ場所、だけど、ここがこれからのおうち。当初、植え付けは翌日午前中にやる予定だった。けれど、根が剥き出しになってるのを見て、そのままに出来なかった。掘り起こしで疲れきっていたけれど、植え付けに突入。主根・副根ともに、できるだけ掘り起こしてきたのだけれど、庭の狭い植穴には収まりきらない。泣く泣く1メートルほどに切り落とした。なんとか植え付けた。無事に活着できるだろうか。枝葉は、これでもまだ落とし足りないだろうか。もっと早く移植できれば良かったね。ごめんね。植え付けて小一時間ほどして、雨が降り出した。天気予報では、雨は明日の午後からだったのに。柚子の引っ越しをお祝いする雨のように思われた。移植から数日後。無事に活着しますように。元気になりますように。祈るのみ。
2025/04/05
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今日、南澤大介先生の「ファイナルファンタジー・ソロ・ギター・コレクションズ」が届きました。
2024/10/22
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先々月、婚礼布団(羽毛の掛け布団)の打ち直しをお願いした。先日、出来上がりましたとご連絡を頂いた。今日、布団屋さんに届けてもらえた。寒くなる前に届いて良かった。ざっくり30年前の婚礼布団。その頃の羽毛は、とっても上質らしい。30年ずっと使い続けて、羽毛がヘタった感じはほとんどなかった。数年前から、布団の布地が避けてきて、たまに中の羽毛が飛び出すようになった。一度は自分で繕った。すぐまた避けた。とうとう布団カバーを交換できなくなった。打ち直し依頼は、ネット注文のつもりだった。主人が、近隣の布団屋さんで、打ち直しを受ける所を見つけてくれた。それで連絡を取って、そちらに布団を持参した。大切に使い続けてきた布団だけに、Face to Faceで説明も受けれて、安心した。サイズは、ダブルからシングルに直してもらった。足し羽毛は使わないで済み、むしろ少し余ったそう。余った羽毛は、先方に引き取ってもらった。リサイクル羽毛として、ダウンジャケットなどに使われるそう。私の手元に残そうか迷ったけれど、そうやって使い続けてもらえる方が、きっと鳥も喜ぶ。購入当時、ある特別な思いがあり、紹介してもらった布団屋さんで婚礼布団を買い求める時に、迷わず最上級品にした。店員さんが「これは一生ものですよ。僕らも、このレベルの羽毛布団は使ったことがありません」と仰っていた。当時の羽毛が全体的に、今のよりも上質だと言われる。それだと、この布団の羽毛の質は、もう今では入手困難かもしれない。今回の打ち直しは正直、そこそこのお値段になった。これがお高いのか相場なのかお安いのかは分からない。あの時に最上級品を購入して、ずっと大事に使い続けてきて、これからも大事に使い続ける。一生もののお布団。その贅沢に見合ったお値段。あの時、思い切った投資をしてくれた若い時の私に、感謝。シングル変更したから、布団カバーを新調しなきゃ。早く使いたいな。今まで30年間大切に使ってきた物を、これからも使い続けられることが、こんなにも嬉しいことだなんて。
2024/10/10
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8月17日、都内のBooks & Cafe ドレッドノートさんで、実話怪談作家加藤一先生・高野真先生お二方のトークイベント開催。会場参加したかったけれど、その何日か前から寝込んでいて外出どころではなかった。zoom後日配信で楽しめた。今どきは、会場に行けなくても開催時間に寝込んでいても、後日配信で楽しめる。ありがたい時代。まずは画面越しのお二方の印象から。コロナ禍でのマスク着用ということで、加藤先生のそれは、どう見たってペストマスクwww 革小物の作品をSNSで見たことがあり、ペストマスクもきっとご自作。お顔にピッタリで、錨が細かく打ってあって、丁寧に作られている。そのペストマスクを着けたまま、アイスコーヒーをストローで飲まれていて吹いたw 作りが細かい。常識を超越してすごかった。お暑くはないのかな?高野先生は、タートルネックシャツのネックを伸ばして口元を覆われていたっぽい。目元くりんとされてて、にこにこ楽しそうで嬉しそうで明るくて、人懐っこそうな方。実話怪談作家のおどろおどろしいイメージが覆る。ペストマスク先生は、マスクのせいで前がよく見えてなさげで、声もくぐもっていた。とっても聞き取りにくかった。そしたら高野先生が、マイクをすっとペストマスクにさりげなく寄せて、そしたら格段に聞き取りやすくなった。その後も、ご自分がお話になる時はマイクをご自分に向けて、またペストマスクがお話になる時はマイクをそちらに向けられていた。そんなお気遣いをにこにこされていた。さて、本題の怪談。お二方のどのお話も聞き応えすごかった。(以下、ネタバレ・オチバレあり。)加藤先生は、お話の大半をオチで笑わせた。霊能力者と心霊スポットに行く話では、最後、霊能力者が1人で逃げてしまうほどの怪異にゾワゾワゾワッとさせつつ、「僕は置いていかれた!あいつ1人で逃げやがった!霊能力者はみんな優しいなんて絶対ウソだ!」と笑いを誘う。別の心霊スポットのレジ袋の話も、えーそんな所あるの?怖いー!ではあるけれど、それより、そうなんだレジ袋なんだ(笑)自衛隊の話では「今の現象を正直に報告すれば、オレ達の頭を疑われる(から報告しなくていい)」。なるほどそうか、うんそりゃそうだ(笑)前の住民さんの話は、めっちゃ和んだ。心霊現象ではあるんだけど。後に入居されたのが話の合う人で良かったですね!(笑)ガラス屋さんの話も、巻き込まれた事件が壮絶すぎてウゲェーッ……てなったけど、その直後に怪談ゲラチェックしなきゃいけなかったと笑わせて、まさかの仲人話に飛んで結婚式の挨拶の内容で悩んだってまた笑わせて、高野先生から「今の話、心霊は全然関係ないですよね」と冷静なツッコミが入って、ほんと笑った。そんな中、部落差別にまつわるお話には笑いがなかった。差別による辛さも悲しみも怒りも憤りも絶望も、死ねばなくなって解放されると思いたかった。けれど、お葬式ができない、お墓を作れない、お弔いがない、死を悼む時間や場がない。生から死への切り替えがない。そうなると、亡くなってからも辛さも悲しみも怒りも憤りも絶望も、生きてた時のまま、ずーっと続く。過去の差別で、現在もまだ魂を容赦なく苛まれ続けている人がいらっしゃる。……重く受け止めた。高野先生のお話は、直球の怪談。怖いけれど、もの悲しくて、やるせなかった。豪農さんのお話米不足でちょっとした騒動な昨今に、何ともタイムリー。子々孫々どころか遠縁から養子で来た後継ぎまでもが祟られ続け、今とうとう最後のお1人。その方が死ねば祟ってきた彼らが苦しみから浄化される、とも思われなかった。そして、それだけ凄まじい怨みがあってどうして、その裏山と地続きの田んぼが立派なんだろう。そのお1人を残されているのは、ご先祖が落ち武者さん達に「何をやったか」をつぶさに調べあげて欲しいからだろうか。苦しみや悔しさや無念さを分かって欲しいんだろうか。その上でねんごろに弔って欲しいんだろうか。その家の方が確実に食って生きていけるように、弔うお金にも不自由ないように、田んぼが立派なんだろうか。それなのに拝み屋さん、ああ、なんてことに……。魂がお強いから取り込まれてしまったんだろうか、祓って欲しいわけじゃなかっただけだろうか。そのお1人が亡くなられたら、今度は、何も知らない遠縁の方々に祟りが向かってしまわないだろうか。どうか、落ち武者さん達の魂が怨み憎しみから解き放たれる日が、遠からず訪れますように(祈八甲田山にまつわるお話怖いというより不思議なお話だった。こういうことはやっぱりあるのだなあ。ところで、事件そのものをほとんど知らなかったので、高野先生のお話をきっかけに調べてみた。wikiが詳しかった。悲惨すぎた。途中で読めなくなった。胃がでんぐり返った。過去の事件を忘れず、その折々での現在形の話も織り交ぜて伝え続けていくことが、過ちを繰り返さない未来につながって欲しい。書店さんのイベントだけに、書籍紹介コーナーも面白かった。加藤先生のオススメ本では、田河水泡「のらくろ」に興味がわいた。調べたら、楽天の電子書籍で「のらくろ一代記」「滑稽の研究」があり、奥様の高見澤潤子さんの「永遠(とこしえ)のふたり」もあって、その時たまたま全て40%オフで全部買った。高校の現国で小林秀雄で大苦戦した世代として、のらくろ作者の奥様が小林秀雄の妹ってことに大驚愕で、買わずにはいられなかった。それから店長さんのお話の、妖精の写真でコナン・ドイルどうこうって話に興味をそそられた。これまた調べて「妖精の出現 コティングリー妖精事件」を見つけた。訳者は、おお、日本の妖精権威の井村君江先生だ。この本は残念ながら絶版だけれど、中古なら流通している。それならまずは図書館へ。あれば借りて読もう。なかったら中古が流通しているうちに購入しよう。今回、イベントそのものはとても楽しかった。けれど、とても残念なこともあった。サイン本のトラブル配信と共に申し込んだお二方のサイン入り著書が、未だに届かない。18日以降で先月末までに送るとあったのに。Xでは、今月に入ってから届いた方がいらっしゃった。それなら、同じタイミングでこちらにも送ってくれればいいのに。誤って店頭に並べて売っちゃったとかでも、正直に言って返金してくれればいいのに。待ち遠しくて、18日からずっと毎日ポストを楽しみに開けて、今日も届いてなくて、それをずっと繰り返すうち、楽しみだったポジティブな気持ちが少しずつ濁って、ネガティブに変わってしまった。今は、苦々しくポストをチェックして、また今日も届いてないなあと、しょんぼりして、少しイラッとするのを繰り返している。そこそこ辛い。これ、いつまで続くんだろ。いつ終わるんだろ。注文してお金を払って本を待つ気持ちが、こんなふうになるなんて。配信のトラブル○申し込む前、不明点があったので質問したところ、説明を横柄で高圧的に感じた。これはメールで文字だけのやり取りのせいかもしれない。○配信予定時間を過ぎても始まらなかった。イベントが19:30~21:30、配信開始は23:00~とあった。その夜は、主人と夕食を取りながら「今頃イベント盛り上がってるだろうね」と話し、食後の片付けをしながら配信をわくわく楽しみにしていた。23:00すぐさま見られるよう、その前から、主人と待機していた。けれど配信URLメールが届かない。予定時刻を過ぎても届かない。30分経っても届かない。1時間経っても届かない。ずっと待っているのに。何かアクシデントでも?とXを見たら、普通にポストされているのが目に入った。配信遅れについては何もなかった。メールが届いたのは、日付も変わった0:30頃。遅れた説明も謝罪もなかった。ずっと待ってたけど、配信を見るのがその時間からでは、何時に寝れるか分からない。その夜は見ないで横になった。それなら待たずに寝たのに。やるべきことを先に片付けて、Xはそれからにして欲しかった。レジでも客を待たせてXやってる店なんだろかと思った。プリンイベント中休みに、作家さんお二方にお店のプリンが提供された。店長さんが、いきなりスタッフさんへ「プリン持ってきて」と指示。その後、提供までにそこそこ時間がかかっていた。事前の打ち合わせにない唐突な思い付き?そして店長さんは続けて、お二方に「このプリンの味を、怪談がらみの言葉で表現して下さい」と、これまた唐突に。無茶ぶりなんだか罰ゲームだか。怪談作家の言霊を軽んじてないかな、書店の店長さんなのに。そもそも、お二方にとっての中休みなのに。プリンでおもてなししてお元気になってもらおう、には見えなかった。プリンの味わいやこだわりは、店長さんご自身で説明されるものではないのかな。そういうやるべきことをやらないで、お二方に唐突にプリンを食べさせて宣伝させる。丸投げ。ちょっと厚かましくないかな。高野先生は、プリンをほとんど残されたご様子だった。私は八甲田山のwikiを読んだだけで胃がでんぐり返ったので、それを今からご自身で語る心積もりの時に何かを食べるのは、相当キツかったのかもしれない。それでも「一人っ子だから、美味しいものを残しても、後で食べられるんだ~」などと仰って、細やかなご配慮さすが。加藤先生は、そんなこんなをモノともせず、ぱくぱく完食されて、心霊ことばでプリンを表現されていたので、ほんっと常識を超越した怪物だと思った(誉めてる)。サイン本がまだ届かないせいか、残念な気持ちが芋づる式に出てきてしまった。配信の件もプリンの件も、書くつもりは当初さらさらなかった。本さえ届いていれば……。ま、こうして吐き出せて、ちょっとスッキリした。追記9/9日(月)夕方、サイン本がまだ届かないので確認して下さいとメール送信。9/11日(水)夜、まだ返信なし。本も届いていない。イベントちょくちょくやってたとしても、その都度きちんとサイン本を発送すれば、こんなことにはならない。こちらのお店、2026年の年末にはなくなってるかも。追々記9/12日(木)夜中の1時すぎに返信が来た。10日(火)発送済みと遅れたことへの謝罪。こんな夜中にまだお仕事されてるの?ワーカホリック?そのメールが届くちょっと前にも、Xで、次回イベント告知ポストを見かけた。次の仕事を始める前に、前の仕事を終わらせようよ。こっちずっと待ってんのよ。ずっと待たされてイライラしてんのよ。なんで9日夜に「明日発送します」メールを書けないのよ。この人もしや優先順位むちゃくちゃ? だから前の仕事ずっとずるずる引きずりながら終わらないまま、また次の仕事が始まって、いつもてんやわんや。それで夜中の1時すぎまで仕事してる。うーん。。。なんで2026年の年末にお店が畳まれてる気がしたのか不思議だったけど、もしかしたら、お客に不誠実で客が離れていくってより、今のままだと店長さんがお身体を壊されるのかもしれない。今どき、大手書店はどこの棚もほぼ似たり寄ったり。個人的に、街から書店がなくなって欲しくなくて、ドレッドノートさんのようなセレクトショップ書店にはますます賑わって欲しい。これを機に、お仕事の仕方を見直して頂けたなら。。。口幅ったいこと承知で、例えばサイン本送付。イベント前に封筒に送り状を貼っておけば、サインしてもらってすぐ封筒に入れて、翌日投函して、仕事は終わる。未来は現在に紐付く。お身体や心を壊して泣く泣くお店を畳まれる未来もあれば、そこそこ健康でお店が賑わい続ける未来もある。目指す未来に必要な現在をお選び下さい。それにしても、なんで、こんなことになっちゃったんだろう……。そんなこんなで12日(木)午前、サイン本がやっと届いた。「災い有れ。」ひっでぇー。マジっすか。あれ?ああ、そうか。それでこんなことになったんか。さすが加藤先生、常識を超越した怪物が発する言霊の為せる業。はた迷惑にも程がある。ったくもう。今回のドタバタが「災い転じて福と成す」になればいいな。うん、福にしていこう!それにしてもひどいよね。さて、こちらが 話題のプリンナレシニキ かわいい。美味しそう。食べてみたい。ブルーレモネードドリンクもいろいろソソられる。アルコール系のご用意もたくさん。お店のプリンを貼ろうと画像を取りに行って、私がメール送信した9日10日は臨時休業されていたと今知った。けどまあ、そもそも先月中に届くはずでしたよね。ぷんすか。災いの発端恐怖箱 禍言百物語 (竹書房怪談文庫 HO-677) [ 加藤 一 ]電子書籍版恐怖箱 禍言百物語【電子書籍】[ 神沼三平太 ]加藤先生のオススメから購入した3冊のらくろ一代記 田河水泡自叙伝【電子書籍】[ 田河水泡 ]滑稽の研究【電子書籍】[ 田河水泡 ]永遠のふたり 夫・田河水泡と兄・小林秀雄【電子書籍】[ 高見澤潤子 ]店長さんが紹介されていた妖精さんの本【中古】 妖精の出現 コティングリー妖精事件 / アーサー・コナン ドイル, Arthur Conan Doyle, 井村 君江 / あんず堂 [単行本]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】~ Xにサイン本が届いたこととブログを投稿 ~感想○リプライもメールも、今回はすかさず飛んできた。このスピードを、配信URLメールやサイン本発送に活用してほしかった。そうすれば嫌な思いをさせられないで済んだ。1つ目のポストと2つ目のポストの間にメールが届いた。ここに文面は載せるのは控えるけれど、主人は「瞬間湯沸かし器」と笑って呆れている(お察し)。○「ドレッドノートを怒らせれば、本が手に入って、さらに金も返ってくる」事案になった。また、返金に伴ってサイン本の返品を要求された場合は「著者のファンからサイン本を返品させる書店」「返品本(=古本)を新品価格で販売する書店」にもなりかねない。書籍は一般の商品とは違って、返品・再販がいろいろややこしい。つまり書店として、この事案はかなりヤバい。○返金して欲しいとは思ってもいなかった。改善して欲しい、これからは配信遅れやサイン本発送遅れ(忘れ)をなくして欲しいって話に、先方の思考は返金すりゃいいだろになっちゃってる。そうじゃない。今後同じ思いをする客をなくして欲しい。○「配信23:00から」も「サイン本発送は18日以降で8月末まで」も店側の提示。それを守れないのは、見積もりが甘い、仕事が雑って話。zoomのレコーディングに時間かかるのなら、最初から配信を翌日以降にすればいい。スタッフが夜中まで拘束されずに済むし、客もムダに待たずに済む。それなのに、スタッフが夜中まで頑張ってたとか遊んでないとか知らんがな。「めっちゃ遅くなって待たせたかもしれないけど、すっごく頑張ったし遊んでないのに」より、「頑張ってないけど時間通り」の方がいい。○サイン本の一件で、正直、催促されないと対応できないのかと思った。今回、早く対応して欲しかったら怒らせればいいのかと思った。催促されなければ、まだサイン本を送ってないだろう。配信についてはあれこれ仰るけど、こちらが一番いらだっているのはサイン本をいつまで経っても送ってこなかったことなのに、それ完全スルーってなんで?手元にサイン本が残ってて、発送できてないって分からなかったの?どうしたらこうなるの?まだ届いてない人が他にもいそうで心配。○夜中の1時に客にメール送信ってだけでも、まともに仕事できてる会社だろうかと心配されて当然のやらかし。もともと配信遅れをやらかして、サイン本発送遅れ(忘れ)もやらかして、反省・改善どころか逆ギレして顧問弁護士……。なんだろなあ、それ言うなら被害者は私なのに、加害者に被害者面されてないかな。店長さんのメールは瞬間湯沸かし器で、私には会話成立不可能だと思った。店長さんに睡眠不足や睡眠の質の低下が起きてて、サイン本発送が著しく滞るなどのトラブルが起きているのではと、改めて心配。○ところで、ものすごく素朴な疑問なのだけれど、何が誹謗中傷で、どれがデマで、どのへんが風説流布なんだろう?
2024/09/03
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初夏の頃、庭の一角に見慣れない芽が出た。様子見するうち、ずんずん大きくなった。どう見ても、草ではなく木。木にしては、成長がやたら早い。調べたら、カラスザンショウのよう。葉や花や実を積極的に利用できるものではなかった。残念。大きくなりすぎて抜けなくなる前に、さっき抜いた。幹にも葉にもトゲがすごかった。
2024/08/28
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マスクしている私と一緒にいて、マスクしない人がいる。あれやこれやと理由はつけて、マスクはつけない。「いいよ、マスクしなくても」と言ってきたりする。私は、私から万一でも感染させないように、マスクをしている。ノーマスクは、感染させない気遣いをしている私に対して、同程度の感染させない配慮ができない人。そして更に、弱者(私は障碍者)への適切配慮もできない人。いろんなことができない。何かが欠けている。自己中心だったり、えげつなく劣っていたり。ノーマスクは、そんな自己紹介。少し前なら、その本性をうまく取り繕って隠せていたのかもしれない。今は違う。見ればマスクをしていないのが誰にでも分かる。見るだけで、人柄や考え方や知能レベルが目の当たりであらわ。本人に、その自覚はないのだろうか。ノーマスクについてこちらから何か言うことは、きっとこれからもない。相手がノーマスクなだけに、それこそ伝える間に感染させられる危険性もあるのだし。そもそも今になって何かを伝えて相手が変わるとも思えない。ノーマスクの中には、感染して高熱で苦しんだ上に後遺症でうつになったのもいて、それでもノーマスクを貫いているのもいる。あからさまに避けるほどではなくても、ささっと用を済ませて、ささっと離れる。わざわざ積極的に会わなくてもいい。「いいよ、マスクしなくても」いいよじゃねぇっての(怒)相手がマスクを着用していて、私が息苦しいから外したい、というシチュエーションなら、つまり相手が「いいよ、感染させられても」と言っているのなら、理解できる。しかし、そうではない。相手はノーマスクで、同調圧力で私にノーマスクを強要、だと感じた。もしそれで私が相手から感染した時に、相手はどんな責任を取ってくれるのか?いや、なにも取りはしない。無責任。ワクチン接種しない人もいる。未接種は、マスク着用とは違って見ただけでは分からない。けれど話してみるとこれがまた、ノーマスクより格段に厚かましく騒がしい。その上、往々にして会話そのものが成立しない。君子危うきに近付かず三十六計逃げるが勝ちCOVID-19そのものの病状や後遺症も恐ろしいけれど、それとは全然別で、こんなふうに人間関係に亀裂を生むなんて、改めてしみじみと恐ろしい病気。見方を変えれば、今までなら取り繕って隠されていた本性が、今はあらわなので、逃げて被害を防ぐことができる。虐待やらいじめやら何やら、普通の人がしない凄まじい苦労をして、なんとかここまで生き抜いてきた。やっと希死念慮もなくなってきた。障碍者でままならない体調ではあるけれど、やっと、生きていることを楽しめるようになった。今、第11波、感染拡大の最中。前回ワクチン接種から1年経ち、私の抗体値は不十分。どうしても避けられずに感染するかもしれない。後遺症で今より体調悪くなって、今より不自由になるかもしれない。十分に心掛けて気を付けての感染なら、諦めがつくかもしれない。けれど、明らかにノーマスク・反ワクチンに感染させられたら……。あの時にあいつに会わなきゃ良かった、なんてどれだけ後悔したって、それで病気や後遺症が治ることはない。感染させられて病状や後遺症で苦しむようになってからノーマスク・反ワクチンと完全に縁を切るより、しばらく疎遠にして感染そのものを防ぐ。自分の未来は自分で守ろう。それにしてもほとほと、いつまでこんなのが続くんだろな。
2024/08/27
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やまゆり園の事件から8年が経った。8年も経ったのか。まだ1年か2年程度の気がする。事件以降、私自身は、障碍者であること、障碍で何ができないのかを、強く意識するようになった。社会的に改善されたことがあるのかは、正直まったく分からない。1日いろいろ取りとめなく考えていた。いざ書いてみようとしても、ダメだ、まとまらない。。。8年かけてもまだ気持ちも考えもまとめられない、そういう事件だ。今年も平日で、献花に伺えなかった。NHKのお昼のニュースで流れるだろうと見ていた。映し出されたので、そっと手を合わせた。来年は土曜だろうから、体調が許せば、また献花に伺いたい。
2024/07/26
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高校の仲間が首吊り自殺をしてから、今日で20年。その10年ほど前に、私は自ら精神科通院を決め、虐待トラウマの治療を始めた。当時は、今以上に精神科の敷居が高かったから、身近な仲間には精神科を話題にした。その時に、なんとなくそんな話題は避けたがってるように感じる人がいて、彼には話さないようになった。首吊り自殺したのは、その彼。まさに彼こそが、話すべき人だったのかもしれない。彼が精神科に通院していれば、自殺せずに済んだかもしれない。しかしそういう人ほど、例えば自分の弱さに向き合えなかったりして、精神科の話も聞けなかったのかもしれない。あれから20年。仲間はみんな、彼の命日は忘れているだろう。彼を嫌いになれない。なりたくない。あの彼が自殺したなんて思い出したくない。受け入れられない。受け止めるには衝撃的すぎた。受け止められるだけの強さがない。そうすると彼を話題にできない。話題に上らなくなる。それで、そのうち忘れていった。それでいい、忘れていいと思う。彼の自死を受け止め続けてきた私も、自分自身に希死念慮があって、自殺は他人ごとではなかったから、自分の希死念慮に向き合い続けた結果として、彼の自死を受け止め続けたに過ぎない。今もまだ精神疾患への差別・偏見は根強い、と当事者として思っている。車椅子の人に「階段を昇れ」という人は普通いない。けれど精神疾患は、目で見えないし、理解しにくい。あからさまに精神疾患者を侮蔑するケースは昔よりは減っていると思いたいけれど、周囲が理解不足から「階段を昇れ」と同等のことを言っていたり、本人に病識がなくて「他の人は昇れているのに」と自分を責めたり、ということは解消されていないのでは。精神疾患者への、エスカレーターやエレベーターに該当するような社会的なサポートって、あるんだろうか。考えてみたけど思い当たらない。精神疾患者への差別などをなくすのも大事だろうけど、それより、自分を省みて「なんかおかしいかも?」と思った時に、自ら精神科にかかれるといいな。精神疾患者を差別せず見下していない人でも、いざ自分が精神科にかかるとなると、ためらうのでは。風邪気味の人に「内科に行ってきたら」と言うように、メンタル落ちてる人に「精神科に行ってきたら」と言えて、「行ってきたよ」と答えてもらえるといい。身体は、年に1回の人間ドッグでいろいろ検査する。肝臓が弱いとか高血圧とかコレステロールが高いとか、病気でなくても、自分の傾向が分かる。精神では、そういった定期検診がない。それなら一層、普段から精神科のかかりつけが必要なのに、逆に、まだまだ敷居が高くて精神科にかかりにくい。身近に精神疾患の人がいたり、精神疾患の人の文章を読む機会があったりすれば、少しでも精神科が身近になって、その人に何かあった時に精神科にかかるという選択肢が頭をよぎれば、もしかしたら自死を防げるかもしれない。そんな思いがずっとある。それもあって、このブログに今まで自分の精神疾患を書き綴ってきたし、身近な人には話すこともあった。もう今は、他人様の悩み事を聞いてあげられるようなパワーはないけれど、このブログは、ささやかながらこれからも書き続けたい。やっぱり、彼に生きてて欲しかったから。
2024/07/24
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今日はとってもいい1日だった。高校の仲間と再会できた!(文章途中)
2024/07/08
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今年の春先、麻疹の流行騒動があった。たまたま私は、その1年間ほど前に、他の病気と併せて麻疹の抗体値も調べてあった。追加接種は一通りしなくていいでしょうと説明を受けていた。騒動を受けて、改めて主治医の説明を受けた。「抗体値は10.5。これは正直、ちょっと低い。できれば16欲しいところ。ただ、これがもし1.9以下なら、接種を強く勧める。この数値は、急いで追加接種しなきゃいけないってほどでもない。どうする?麻疹ワクチンは、品薄になってはいるけど、入手できなくはないよ」改めて説明して頂いて、納得の上で、追加接種しない判断をした。麻疹ワクチンの接種状況は、生まれた年月日で大きく4つに分かれる。①1972年9月30日以前 定期接種が始まる前。大半が未接種。幼少期に自然感染した人が多い。未接種で未感染なら抗体はない。未接種でも感染していれば抗体はあるが、不十分かもしれない。②1972年10月1日~1990年4月1日 接種1回世代。抗体値は不十分かもしれない。③1990年4月2日~2000年4月1日 接種1回+追加接種措置の世代。2回接種で問題ない人が多い。③2000年4月2日以降 接種2回世代。おそらく問題ない。私は①。定期接種前の世代。おそらく未接種の感染済みだろう。今となっては確認できない。今年の春先、海外渡航者から麻疹が持ち込まれ、感染者が出て、クラスター発生。私が利用しているSNSでは大騒動になっていた。中でも、BUMP OF CHICKENのLIVE会場でのクラスター発生は、ちょうど彼等のサウンドにハマり始めていた私にとって、大きな衝撃だった。それまで麻疹ワクチン接種に、未接種世代・1回世代・1回+追加世代・2回世代とあることも、自分が未接種世代であることも、知らなかった。「不安ならブースター接種した方がいいですよ」「介護職なので念のためBUMP OF CHICKENのLIVEをキャンセルしました」「麻疹がそんなに感染しやすいなら、BUMPの4人は大丈夫なのか。彼らから感染しないと言い切れるのか。LIVEやっていいのか」「ワクチン接種可能ですかと内科何軒かに電話で問い合わせたけど、全部ダメだった」などのポストが心に残っている。マスメディアのネット記事では、麻疹の後遺症で脳炎になった患者が紹介されていた。完全寝たきりで会話も自発呼吸もできない。麻疹は完治したように見えて、数年後にこうなるケースがあることを知らなかった。書き込んだ人たちに、悪意などあろうはずもない。それぞれ良かれと思うこと、不安なこと、実際どうだったかを書き込んだに過ぎない。しかし、それらを読んで、メンタルの弱い私は不安が強まりかけた。もし追加接種が必要なら、あの時に主治医に勧められたはず。勧められていないのだから大丈夫。そう考えて不安を鎮めた。次またこういったことが起きた時に備えて、私は不安が強くなる・かき立てられるタイプだと自覚しておこう。未接種世代の全員が2回接種して、1回世代の全員が追加接種できることが、理想かもしれない。しかし現実、全員に行き渡るだけのワクチンは製造されていない。感染拡大が懸念される状況で、ワクチンは限られている。もし全員が群がったら、混乱の中、本当に必要な人が接種できなくなる。じゃあ、本当に必要な人、優先接種されるべき人って、どんな人だろう?今年接種予定の乳幼児、医療・介護・保育・教育など弱者と接する業種、受験生、妊娠希望者、妊婦や新生児の家族、重篤な病気の治療中・治療後などで接種必要と判断された患者、海外渡航予定者、イベント業務など不特定多数と接触する業種、が思い浮かんだ。私には、不特定多数と接する機会はほとんどない。また10年以上インフルエンザ未感染で、COVID-19も未感染。そこそこの感染予防対策はやれている。それなら私は大丈夫、後回しでいい。かかりつけ内科の定期通院日まで待った。そして、診察ついでに質問して説明してもらった。納得して判断。3分かからなかった。あの騒動から数か月経って、思い返してみる。「危ない」「危ないかもしれない」という声はよく見た。「それほど慌てなくていい」「過度に心配しなくていい」という声を、私は見なかった。感染拡大防止のため、まずは未接種者や濃厚接触者など慌てる必要のある人への注意勧告が優先される。慌てる必要のない人への情報提供は後回しになる。それで慌てなくていい人が、慌てなくていいと分からないことで慌ててしまい、騒動の一因になったのかも。たまたま私は、抗体値を事前に調べてあったから、今回は慌てないで済んだだけ。そうでなければ、私も「未接種世代?!抗体ないかも?!」と慌てたかもしれない。騒動に巻き込まれないよう遠巻きにして何も調べない方がいい、とは思わない。ろくに調べもせず他人事扱いで無知で無関心だと、避けられることも避けられない。後悔するケースだってあるだろう。ワクチン接種も抗体検査も問い合わせ電話も、一気に殺到してキャパシティーを超えれば、対応しきれない。騒動の最中は、優先すべき人に譲った方がいい。後回しでも良さそうな人は、状況が落ち着くまで少し待てればいい。さて今はむしろ、少し待つどころか、喉元過ぎれば何とやらになってはいないだろうか。もしそんな人がここを読まれて、ありゃ忘れてたよwそれじゃ抗体検査やっておこうか、などと思われたなら、これを書いて良かった。余談麻疹流行前に抗体値を調べてあった理由は、乳幼児期の予防接種に漏れがありそうだったため。被虐待者あるあるの事案。小学生の頃からずっと不安だった。相談できる相手もタイミングもないまま、ずるずる来てしまった。相談のきっかけはCOVID-19。しかし、虐待につながる"具体的な事案"を、意識化して言語化して口に出して第三者に伝えることへの心理的な抵抗は、とてつもなく強烈だった。相談するだけのことが、ものすごく大変だった。コロナ禍になって、ああそういえばといつも思いながらも、かかりつけの精神科で相談できたのは、1年ほども経ってからだった。そしたら、かかりつけの内科があるのを確認された上で、内科で相談した方がいいと言われた。長く診てもらっている精神科でも言い出しにくかったのに、まして内科では、本当になかなか言い出せなかった。そこからまた半年以上かかった。今日こそは!と強い決意で診察室に入って、勇気を振り絞って、やっと言い出せた時も、「あ、あの、、、」の後、30秒は言葉が出なかったし、その後も説明がたどたどしく覚束なかった。内科の先生は、至極普通に話を聞いて、それなら血液検査で抗体値を調べましょうという流れになった。そうして、あの何十年もの強大で強固な不安の塊が、ちょっとの採血で、呆気なく片付いた。それだけの事で済んだ。それを何十年もやれなかった。その程度に触れる事さえこんなにも大変な、私がされた虐待は、そんなふうに過酷だった。そこを生き延びた。そして更に頑張って、ひとつの困難をまた達成できた。それにしても、乳幼児期に予防接種を適切に受けられなかったことで、麻疹流行中にワクチン未接種世代なのにパニクらないで済んだのは、怪我の功名だった。
2024/06/19
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3月中頃から右手のしびれが出て、次第に右手の力が入らなくなった。整形外科に通院。当初、手根管症候群と診断されたものの、ちっとも改善しない。また、症状としても、どうも違っていたらしい。手の専門医に診てもらうことになった。前回は頸椎のレントゲン撮影。手のしびれなのに首?と驚いたが、頸椎椎間板ヘルニアを疑っているとのこと。そして今日、頸椎のMRI。椎間板(黒い部分)が、頸椎の神経(白い部分)を圧迫している。右手のしびれや痛みの場所が、圧迫されている場所と一致。頸椎椎間板ヘルニアと判明。やっと原因が判った。気が楽になった。前回の診察で、ビタミンB12の医薬品を処方してもらった。その前に処方されていた炎症止めなどでは、ほとんど改善がなかった。効けば儲けものみたいな説明のビタミンB12が、とても効いて、かなり改善してきた。神経修復作用があるそう。今日またその医薬品を処方してもらった。次回の予約は2か月後に入れてもらってあるけど、症状が改善していればキャンセルしていいとのこと。ちゃんと治りますように。早く治りますように。
2024/06/11
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※ずっとわだかまっている不快な出来事を、やっと吐き出せただけの文章です。今はまだここまでしか書けませんが、そのうちきちんと書きたいので、できる所までこうして吐き出してみました。以前、お気持ち表明をされた。結果として、その彼のお気持ち通りにする(してあげる)ことはできなかった。そのお気持ちに賛同・共感できなかったためだろう。表明をされて、まず筋道立てて考えた。奴隷ではないから言いなりにはなれない。そして、ん、それはおかしくない?彼の言ってることと彼がやってることで筋が通ってなくない?と思った。彼の言い分は正直、昔PCサポートセンターで働いていた時に受けた悪質クレーマーと変わりがなかった。それで、彼に賛同も共感もできなかった。また、その彼のお気持ちに寄り添おうとすると、私が大切に作ったものを壊すこととなった。私にも気持ちがある。私の感情を殺してまで、彼のお気持ちに寄り添うことが、できるかできないか。私がそれをどのように大切にして作ってきたか。また、私と彼の関係性としてどうなのか、彼の言いなりになれるのか、なるべきなのか。そして、何度そういう表明を繰り返されたか、これで何度目か、この先も延々続くのか。それまで何度かの表明には従ったものの、その最後の表明で、彼のお気持ちに寄り添うことができなかった。そこで寄り添えなかったから、それが最後になった。抗うとか反発とかではない。ネガティヴな感情論での価値観を一方的に強要され、こちらにもネガティヴな感情が生じた。先方のネガティヴを通すか、こちらのネガティヴを通すかという時に、筋道の通っている方を立てたまでのこと。それがたまたま私の方だった。あまりに突然で、心の準備もなく、まともにこちらの言い分を伝えることもできず、ずるずるとなし崩しで、私の気持ちを踏みにじられることとなった。彼としても、ネガティヴなお気持ち表明をされたほどなので、ご自身こそが被害者だと思っておいでだろう。しかし、こちらも深く深く傷付いているという点で、被害者に他ならない。加害者ほど被害者面をする、という状況に、両者が陥っている。もしこれで話し合うことができたとしても、一層拗れるだけだ。筋の通った説明をされた上での「○○して下さい」なら、普通に従えた。余計な感情は足さない、伝えない。その方が話はスムーズに進む。下手に先方が感情を持ち出されたことで、こちらの感情が蠢いた。ネガティヴなお気持ちだったせいか、こちらもネガティヴになった。感情は感染する。お気持ち表明するなとは言わない。ただ、とことん効率が悪い。結局、彼の要望通りになっていない。そして、今回の私は反論・反撃をしておらず、炎上は避けたものの、私が本当に本当に苦しんだ。自分の気持ちを大切にして、自分が傷付かないよう振る舞おう。自分から積極的に攻撃をしかけることはこれからもないけれど、これからは徹底的に反撃していきたい。お気持ち表明された結果、こういう事態となった。もしかしたら、彼に悪気があったわけではなく、それこそ彼も、感情や大切にしているものを踏みにじられたと思われておいでかもしれない。もしそうであったとして、(なぜそんな受け止め方しかできないのだと腸が煮えくり返る自分の気持ちを脇に置いて、)彼のそのお気持ちそのものは否定しない。ただ、伝え方がすこぶる効率が悪い。それでご自身が加害者化した。それで私に限らずトラブル頻繁されている。あまりに突然なお気持ち表明だったので対応しきれなかったけれど、今のようなことを、そこですぐに、彼にお伝えできれば良かったのかもしれない。少なくとも今は、もうブロックされているのでお伝えできない。ブロックされる前であっても、そもそも私程度の間柄で、お伝えできても聞いてもらえたとは思えない。自分の機嫌は自分でとろう。これが基本。相手を動かすために言葉というツールを使う時は、シンプルにお願い・依頼すればいい。余計な感情は混ぜない。感情も言葉も、キレ味の鋭すぎる刃物のようなものだと改めて。今後一層気を付けたい。
2024/06/08
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今日は通院日。病院から歩いて帰る途中、産川橋を通りかかった。珍しい花が咲いているのは、確かこの辺りじゃなかったっけ。黄色い花が見える。あれかな?近付いてみた。これは花の終わりかけかな。花が小さくて分かりづらいけれど、たくさん咲いている。それにしても、きれいな小川。流れが速い。十分に堪能。立ち去ろうとしたタイミングで、看板が目に入った。『河骨(こうほね)』スイレンの仲間で、神奈川県では絶滅危惧種。県内の自生地は、海老名市のここだけらしい。何年か前に、確かタウンニュースで知った。一度見てみたいと思っていた。今日やっと叶った。こういうのは大事に残していきたい。場所も分かったことだし、また来よう。おまけ今日のかえるさん
2024/05/22
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右手の手根管症候群がひどく、なかなか畑に行けないうちに、アーティチョークが収穫時を迎えた。今年は特に見事。今日のメインは、いちごの草抜きや追肥や藁掛けや収穫。余力で、じゃがいもの芽かきと追肥・土寄せ。畑に行けば、ついつい、いろいろやっちゃう。そうすれば右手は悪化する。とにかくある程度治るまでは、畑に行くことを控えていた。やっとある程度治ってきたので畑に行って、案の定、草ぼうぼうでひどい事態。草抜きは、かなり右手をかばって、かなり左手でやるように心掛けた。それでもつい無意識に右手が動く。作業中はそれほどでもなかった。帰宅してから夕ごはんの支度もやれた。けれど、支度しながら、右手に力が入らなくなっていた。あちゃあ。食後の洗い物は、主人に頼んだ。手に力が入らない状態でムリして洗い物して、食器を割りたくない。そんなムリはしない。今日もしアーティチョークを収穫していたら、右手にかかる負荷が増えていたな。また今度のお楽しみ。一通り草抜きをしたら、一面に藁を敷いて、今夏は畑を休む予定。右手を全く使わないのはできないにしても、なるべくムリは避けて、右手の悪化を避けたい。秋の植え付けが滞りなくできるように、今は休んで治したい。おまけ今日のかえるさん
2024/05/19
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毎年、軒下にネットを張って、グリーンカーテンを育てている。今年、西窓の軒下には、きゅうりと十六ささげを植え付けた。今年もたくさん収穫できるといいな。先日、畑で頂いたアマリリスも植え付けた。いきなりもらったので、庭のどこに植え付けようか、しばらく悩んだ。結局ここになった。もらった時ににもう、つぼみが膨らみかかっている状態だった。なんとか、うっかり開花しちゃう前に植え付けられた。やれやれ。もうすぐ咲きそう。楽しみ。今日のかえるさん。
2024/05/18
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夜、カーテンを閉める時にベランダを見たら、パイナップルにかえるさんが戻ってきていた。とっても嬉しい❤️昨年の晩夏から秋半ばまで、ほぼ毎日、このパイナップルに来ていた。その時期は、はやとうりや十六ささげでグリーンカーテンにしていた。無農薬なので害虫つき放題。その虫を食べていたのだろう。今年、グリーンカーテンはまだまだ。先日ネットを結わえ直した所。ちゃんと覚えて帰ってきてくれるなんて。かえるさんだけに。でも、今のベランダにはエサがない。どうするんだろ。入浴中の主人に知らせたら、主人も大喜び。お風呂から上がって、すぐさま、かえるさんに会いに行った❤️
2024/05/16
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5月に入り、キウイの枝が伸びてきた。びよ~ん。枝が柔らかいうちに誘引。ヒモで軽く結わえた。支柱部分で伸びてきた枝は、全て落とした。それから、3本あるポポーのうちの1本が、ぐんぐん伸びて、おそらく2メートルを超えてきた。こんなに大きくなって嬉しいけれど、大きすぎると管理しきれない。摘芯。ばっさり。ああ…。踏み台を使わないで手を伸ばして、届く高さで摘芯した。それなら、これからもう少し大きくなっても、踏み台を使えば手が届く。そこまでやった辺りで、ポツポツと雨が降り出したので、今日の庭作業は撤収。以前、自分の身長+アルファぐらいで管理した方がいいよと、教えてもらった。その人のご近所は高齢者ばかりになり、その50代半ばの人が、近隣では若手。その人の隣家では、亡くなった奥さんが植えた柿が、今や伸び放題。高齢の旦那さんでは管理が行き届かない。そのままでは、救急車や消防車に支障が出るようになりかねない。と、その人が剪定などを申し出た。しれっと仰ったけれど、今時なかなか出来ることではない。それで「大枝を下から切って落ちてくる時に、その枝が何キロあるか分からない。たまたま引っかかったりしてヘタに頭にでも落ちれば、とんでもない事態にもなりかねない」など考えながらの作業のよう。そう聞いたことで、管理しきれなくならないように管理しないと、と考えられるようにはなった。けれどやっぱりなかなか、実際に剪定するってのは、本当に難しい。こんなに大きくなったのになあと、ついつい思ってしまって、いちいちとっても辛い。また、どれがない方がいい枝なのかの見極めや判断も難しい。
2024/05/08
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大した話ではなく、ちょっとしたグチ。以前、バイト先の社員2人が、旦那・彼氏の悪口で、口汚く盛り上がっていた。台所で、排水口の掃除用に置いてあるネットで、食器を洗ってしまうらしい。「一度、排水口を掃除している所を見せるなり、掃除してもらうなりすれば、やらなくなりますよ」そう言った。きっと旦那さんらは、排水口がどんなふうに汚れているのか、知らないのだろう。それなら、それを教えれば済む話。それをあえて知らないままにして、その相手を大声で口汚く責め立てる話を、職場で無関係の人間に聞かせるって、どうなのよ。貴重なお昼の休憩時間に、そんなクソくだらない話を聞かされて、ほとほとウンザリだった。てことが昔あったのを、今ふと思い出して、改めて思ったこと。おそらく、わざわざ争いを起こしたい、争いたくてたまらないって人が、世の中にはいるんだ。ほんの少し考えれば分かることを、考えない。ほんの少しの工夫で避けられる争いを、避けない。むしろ争う方へ突っ込む。目的は「私は、こんなにもお気の毒でお可哀想な被害者なのよ」というアピール。いやでもおまえ加害者やん←あの人の周囲ではトラブルが絶えなかった。というより、その人が周囲を代わる代わる敵にしているように見えた。争い好きな人だと見極めてれば、距離を置くよう心掛けれた。そうできれば良かった。つまり、その人のパワハラで、バイトを辞めることになったので…。トラブル回避方法を伝えたつもりで、火の粉が飛んできて、トラブルを招き寄せてしまった。全ての人が争いを避けたいものだと思っていたのが、そもそもの壮大な勘違いだった。人間観察できてなかったな、という反省でした。
2024/05/06
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つい先ほど、スマホに電話がかかってきた。知らない電話番号。+28-929-3041。怪しみながら電話に出た。「こちらは入国在留管理局です」と女性の合成音声で名乗り、その後に「ツォオ チャン ツィイー」と中国語っぽい言葉が続く。私には何の関係もないので、電話を切った。心当たりのある人は、切れなくて、この手のサギのカモになるのだろうか。念のためググって、「入国管理局」が平成31年4月1日に「出入国在留管理庁」に名称変更されていた、のを知った。つまり「入国在留管理局」は存在しない。日本では、いきなりお役所から電話がかかってくるって、基本ないんじゃないかな。悪い内容にしても、いい内容にしても。悪い内容として、例えばこちらに何らかの落ち度がある場合なら、封書が届く。何度でも何年でも送りつけてくるけど、電話はない。いい内容として、例えばこちらに困り事があって支援を受けたい場合、そもそもどんな支援があるかを調べたのは自分だった。そうしてお役所などに足を運び、どんな書類が必要か教えてもらって、こちらで全ての書類を用意して、書類不備などがあれば何回も何回も足を運んで、その上で、審査を通れば、やっと支援を受けられる。お役所の方から「こんな援助がありますよ。どうですか」と電話をもらったことなんて、今まで一度もない。外国では違うのかな。知らんけど。
2024/04/26
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今年もウグイスの鳴き声が響くようになった。早いもので、体調不良で寝たり起きたりしているうちに、世間は今週末からゴールデンウイーク。もうすっかり、晩春ではなく初夏の陽気。ここに引っ越して驚いたのが、ウグイスの谷渡り。山中でしか聞けないものだと思っていた。まさかこんな住宅地で、こんなに見事な谷渡りを聞けるとは。前に住んでいたアパートでは、ケキョケキョの部分は、ほとんど聞くことがなかった。そのアパートからここまで、車で10分もかからないのに、ここではケキョケキョケキョケキョがやたら長い。引っ越してきた年だけでなく、翌年以降も同様。ここは線路の踏切が近く、踏切の音も結構大きく響く。前のアパートでは全く聞こえなかった。ウグイスの鳴き声には、縄張り主張や、美声披露でのメス獲得、といった目的があるのだろうか。そして、踏切を他のオスに勘違いして、対抗して鳴いているのだろうか。昨年、そんな仮説を立てて、ウグイスの鳴き声を注意深く聞いてみた。そしたら、ウグイスが鳴き止むのは、踏切の音が鳴り止んで一呼吸置いたぐらいだった。見事な谷渡りの背景に、まさかの踏切効果?(笑)さて今年も、ウグイスの谷渡りを堪能させていただこう。
2024/04/25
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ポポーの花が咲き始めた。昔、知人が「ポポー食べたよ!おいしかったよ!」と種を20こも送ってくれた。実ではなく、食べた実の中の種を(笑)10こまいてみた。3つ発芽した。それを、ずっと育ててきた。早や6年。今年、3本のうち1本が、初めて花をつけた!6年も育てているのに、ポポーの実をまだ食べたことがない。機会がなかった。食べたことのある人に聞くたび、異口同音で、とってもおいしいと言う。今年こそ、食べられるだろうか。以前調べた時、ポポーは結実しにくいとあった。今日、改めて調べてみた。調べ直して良かった。私は、茶色の花が開花した状態で、緑色のはつぼみだと思っていた。それは間違っていた。茶花だけでなく緑花も、もう開花している状態。ポポーは、1つの花の中で、めしべとおしべの熟成時期が異なるのだそう(雌雄異熟)。先にめしべが熟す。その時は緑花。後からおしべが熟す。その時は茶花で、もうめしべの受精能力は失われている。ということだった。めしべとおしべの熟成時期が異なるため、受粉しにくく、結実しにくい。更に、自家不結実性(同品種の花粉では結実しにくい)の特徴もあるため、一層結実しにくい。うーん。。。ひとまず現状、木は3本あるけれど、1本しか咲いていない。身近にポポーを育てている人はいない。異品種の花粉をもらうことはできない。それなら、この1本で、せっせと人工受粉して、結実する可能性を高めよう。おしべから花粉を採取。筆だと花粉があまりつかなかった。途中から濡らした綿棒に変えた。また、花を取らなくても、花に綿棒を押し込んでグリグリすれば、花粉を採れた。この綿棒を緑花に押し込んで、めしべに塗りたくる。なんか申し訳ない。1つのめしべに1つの花のおしべの花粉だけじゃ受粉しないかもしれないと、複数のおしべの花粉を、複数のめしべにグリグリ塗りたくった。なんかすごい罪悪感。ごめんね。ごめんね。。。受粉作業した花には目印。この後も何回か、作業していこう。受粉するといいな。結実するといいな。とってもおいしいらしい。食べたいな。食べたいな。さて。ポポー農園などで、補木を販売されている所もある。補木を購入して、うちの木に挿し木すれば、1本の木で異品種の花が咲くようになり、結実しやすくなる。うちの木は実生(種から育てた木)なので、おいしい実がなるか分からない。一般的に、実生はあまりおいしくないと思ってた方がいい、というものらしい。もしそうだとしても、確実に美味しい実がなる品種を挿し木すれば、その枝からは確実に美味しい実が穫れる。うちには木が3本ある。おそらくは、同じタイミングで食べた種をもらったのだろう。もしかしたら20この種は、たまたま、1つの実からかもしれない。一応、3本とも同じ品種と考えた方が良さそう。来年以降は他の木も開花するだろうけど、もし3本とも同品種なら、結実しにくい状態はこの先ずっと続く、ということになる。先々を考え、補木または別品種の苗木の購入を、前向きに検討しよう。【5月8日 追記】結局、全ての花が落ちた。ひとつ残らず落ちた。別品種の補木か苗がないと受精しないことが、よく分かった。今から苗を買い求めても、花を付けるのに2~3年かかる。また、地植えスペース確保が難しい。補木なら、接ぎ木してちゃんと付けば、来年食べられる。接ぎ木をやったことないので不安。今年やっと食べられると思っていたのに。がっくし。
2024/04/15
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昨夜、中途覚醒してしまい、今日は頭が回っていない。終日しんどい。午前中、太陽光に当たれば多少でも元気になれないかと、庭でぼーっと草抜き。ガサッと何かの音がした。その音を、少しいらだっているように感じた。何だろう。音の方を見れば、そこにはアマガエル。かえるさんだ。無事に冬眠から目覚めたんだ。昨年、ベランダでパイナップルを育てていた。夏の終わり頃からだろうか、アマガエルを見かけるようになった。これがまた、葉っぱにちょこんといい具合に収まっていて、めっちゃかわいい。気が付けば、ほぼ毎日見かけるようになった。朝の水やりで「かえるさん、おはよー」と挨拶するようになった。「今日も、かえるさんいる?」「うん、いるよ」後から思えば、他に仲間もなく1匹だけずっといるのは、不思議なことだったのかもしれない。けれどその時は、いつもいるから、いつもいるのが当たり前になっていた。我が家の同居人(蛙)のような存在になっていた。10月20日を最後に、来なくなった。ちゃんと冬眠してればいいな。春になったら会えたらいいな。再会できますように。冬のあいだずっと、主人とそんなことを話していた。数日前、「ぐけ、ぐけけ」とアマガエルの鳴き声が聞こえた。きっとあのかえるさんだ。冬眠から無事に覚めてるんだ。もしかして「起きてるよ」って挨拶してくれたの?なんて(笑)そして今日。本当に再会できた。嬉しい。元気そうで良かった。ガサッと音をいらだって感じたのは、すぐ側にいるのに私がちっとも気付かなかったから?なんて(笑)今日は調子悪くて寝直そうかとも思っていたけれど、庭に出れて良かった。
2024/04/10
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昨秋収穫したさつまいもが、まだたくさんある。(↓ごく一部)もっぱら焼き芋で食べたり、干しいもにしてきたけれど、さすがに食べきれない。このままでは芽が出てしまう。さつまいも料理を検索し、今まで作ったことのない料理を2品選んで、取りかかってみた。まずは大学いも。左側は紅はるか、右側は紫いも。揚げるのが面倒で、今まで作ったことがなかった。検索したら、揚げないレシピがあったので、初めて作った。なんだ、こんなに手軽に作れたのか。ちゃんと美味しい。もうひとつは、レモン煮こんな感じの煮たさつまいもの真空パックをスーパーで見かけ、試しに作ってみた。今回は、私の口には、レモンの酸味がやや強くなってしまった。口に合う味ができれば、たくさん作って冷凍や真空パックにしたい。何か月か保存できれば、夏場にも食べられる。だけど、さつまいもはやっぱり焼き芋が一番好きだな。それならそうだ、焼き芋の真空パックも試しにやってみようかな。さて、話は変わって。今日は朝から、雨降りぼんやり気圧負け。風も強かった。五分咲き桜は、そこそこ散ってしまったかもしれない。今春は入学式・始業式のタイミングで桜が咲いて良かったけれど、こんなすぐに花散らしの雨に見舞われてしまった。こんな日もある、こんな年もある。まだ五分咲きだったから、今週末あたりで青空の下での満開を見られればいいな。などと、ポジティブなことを考えるようにしてはいる。だけれどこの気圧負け。ずっと引きずっている大トラブルを、未だ吹っ切れず、またもやぐるぐる堂々巡り。そこへ更に、今までの別件トラブルも多数加勢。今日もがっつり落ち込んでいる。どうすれば吹っ切って気持ちを切り替えられるんだろ。今となってはもうどうしようもない過去の出来事なのに。今更どれだけ考えたって悩んだって全てがムダなのに。まだ引きずって落ち込んでいることに自己嫌悪という合わせ技。
2024/04/09
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庭の三つ葉が大繁殖。こぼれ種で殖えまくり。味噌汁や茶碗蒸しに多少入れる程度では減らない。もっと思い切った食べ方はできないか。ひとまず、育ち過ぎの三つ葉を収穫して、何か作ってみよう。体長1センチほどの小さなカマキリが2匹、ぴょんぴょん飛びはねていた。ふふふ、かわいいなあ。そう思いながら三つ葉の収穫を始めてすぐ、脳内に爆音のようなものが響いた。え、え、何?今の何?見回したら、つい今さっきのカマキリだろうか、クモに捕まっていた。別の1匹は逃げおおせていた。昆虫の中ではカマキリが一番強いと思っていた。まさか食べられる側にもなるのだとは。まざまざと弱肉強食を目にして、強くショックを受けた。脳内に響いた爆音は、断末魔の叫びだったように感じた。気を取り直して。三つ葉を収穫。スーパーで売ってる三つ葉に比べると、とっても太くガッシリしている。うーん、大丈夫だろうか。固いかも。ま、とにかく、試しにやってみよう。茹でて、ツナ和えにしてみた。あれ、意外にめっちゃ美味しい。三つ葉の独特の風合いが、ツナ缶のオイルと合わさって、とっても風味豊か。三つ葉もツナも主張が強い者同士で、実にいい感じにまとまっている。春菊のサラダに似た感じ。気にしていた固さは、全く問題ない。ああ、美味しい。これは美味しい。嬉しいな。青菜をもりもり食べられるってのも嬉しい。庭にこんなに生えまくって食べ放題。どんどん美味しく戴いちゃおう。茹でれば、味噌ダレ、辛子醤油、酢醤油、ゴマ和え、ナムル(鶏ガラスープの素とゴマ油とニンニク)などなど良さそう。今日ぐらい大きいのなら、炒めて食べるのも良さそう。思いがけず美味しくてびっくりだった。何でもやってみるもんだな。
2024/04/08
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外階段にミモザの花が散り敷いていたので、掃除をしていた。すると、どこかで軽い爆発音がして、水音も聞こえ始めた。うちの周りは音が反響する。どこから聞こえているのか分からない。まあ、爆発音のように聞こえたのは気のせいだろう、水音は何らかの作業をされているとかだろう。と思って、掃除を続けていた。しかし、いつまで経っても水音が切れることなく終わらない。結構な水量が流れ続けている。何かおかしい。周りを見渡したら、音源はすぐ見つかった。お隣のベランダから、水が大量にしたたり落ちているのだった。すぐにお知らせしようと思って、でも、、、。どうしよう。長時間水を流し続ける作業をされている最中なら余計なお世話だし、こちらに音で迷惑を掛けたと思わせてしまったら余計な気遣いをさせてしまうのでは?もし水漏れが起きているとして、こんな失敗を指摘したら、不快にさせてしまうのでは?たまたま、人との距離感が分かってなくて大トラブルになって落ち込んでいる所なのに、こういうことをお知らせすることで、またもや近付きすぎになって、またもやトラブルになって傷付くのでは?こういうネガティブな内容をお知らせして大丈夫な間柄だろうか。いやでも近付きすぎも何も、お隣なんだけれど。何がどこまで大丈夫で、どこから問題でトラブルになるのか、すっかり分からない。自分が情けなかった。主人に、斯く斯く然々と説明。主人はすぐ2階に上がり、ベランダからお隣を見て、車がないから外出中と見当を付けた。そして「ベランダから水が滴っています」と書いたメモを持って、お隣に向かい、玄関にメモを貼って、帰ってきた。「こういうのはお知らせしていいの?いいんやね。ああ、気付けて良かった。お知らせしてくれてありがとう」その後も掃除を続けた。滴り落ちる水音はかなり激しい。滝のよう。間違いなくマイナスイオンが発生している。掃除が終わっても、夕方に私たちが買い物に出掛ける時にも、お隣の水漏れは続いていた。すっかり暗くなって帰宅したら、お隣の家に電気がついていて、水漏れは止まっていた。
2024/04/08
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半月ほど前から、たまに右手がしびれるようになった。また数日前から、小指の第二関節が腫れて痛くて、曲げにくくなった。今日、主人が整形外科が行くついでに一緒に行って、診てもらった。採血・採尿・レントゲン撮影をやってもらった。そして診断。しびれは「手根管症候群」と判明。正中神経が手首(手関節)にある手根管で圧迫された状態とのこと。小指の腫れは、今日はまだ分からず。炎症を抑える薬と痛みを和らげる薬と胃薬を処方された。どうして手のしびれや腫れで採血・採尿?と不思議だったけど、リウマチは血液検査で診断できるのだそう。検査結果は、次回の診察で伺える。採尿も、糖尿病などがないか見るのかもしれない。待ち時間の待合室で、少し驚いていた。杖を使って歩く足や腰が不自由な人や、車椅子の人が、たくさんいた。世の中にこんなにいるなんて、今まで知らなかった。なんだか、ちゃんと歩けてそれ程の不自由もないくせに、たかがしびれや指の腫れ程度で病院にかかるなんて贅沢だ!と叱られるかもと、気が引けてしまった。もちろん叱られるわけもなく、悪化する前に早めに気付いて治療を始めるのが最善なのだけれど。いろいろあって激しく落ち込んでいて、うつ状態でネガティブになっていて、整形外科への通院さえも自分を責めてしまっている。早く回復できるように、しばらく手も心も休めよう。
2024/04/06
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