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先日、5月27日の日記、露草と紫露草 で三好達治の短い詩をふと思い出して書いたのですが、あれから、この「はるかなるものみな青し」が頭から離れません。
http://plaza.rakuten.co.jp/heren/diary/200605270000/
これは、アクセサリーではありませんが、随分前から部屋に置いているお石です。
「はるかなるものみな青し」、アトムおじさんからのコメントへの返信の中でも、このラピスラズリの青も「はるかなるもの」だと思うと書きました。
ラテン語の「石」(Lapis)と「青」や「空」(Lazuli)を意味するペルシャ語の「lazward」が語源とされるラピスラズリ。
ラピスラズリは、約7000年の昔から世界中の文化に登場してきたと言われています。各地に伝わるそれらの「ラピスラズリ伝説」は時空を超えて、その神秘性や重要性を伝えています。
「都の石垣は様々な宝石にて飾られたり、第一の墓は瑠璃(ラピスラズリ)、第二は碧玉(ジャスパー)、第三は玉髄(カルセドニー)・・・・(以下略)」と第一番目にその名が登場するのは、「ヨハネの黙示録」、ヨハネが見たとされる「次世代の神の都、ニューエルサレム(世界が終末を迎えた後現れるとされる)」の城壁は12の宝石で作られているのですが、その第一番目にラピスラズリは記されていました。この12の石は現在の誕生石の元となったとされています。ラピスラズリは12月の誕生石ですね。
仏教においても、阿弥陀経では「極楽浄土は七宝の池に八功徳水が満ち、水底には金の砂が敷かれ、周囲の道は、金銀、瑠璃(ラピスラズリ)、水晶でできている」と説かれていて、神聖な石として崇められていた事が伺えます。
また、顔料や、主として「冷やす」作用のある薬としても欠かせない存在でした。
ヨーロッパでは、ルネっサンス期、「ウルトラマリン(海の向こうから来た青)」と呼ばれ、群青色の顔料として珍重されています。
画家たちはこの鮮やかな青をマリアとイエス・キリストのローブのみに使っていた時代もあったそうです。
古代、ラピスラズリが産出する地域から各地へとラピスロードが存在していたといいます。その道の歴史は、シルクロードよりも4000年近く古いものといわれています。
テル・エル・アマルナ(エジプト)、古代エジプト、アッシリア(現イラク)、古代ローマ、マリ(現シリア)、バビロニア(現イラク)、古代エブラ王国(紀元前2800年に栄えた都市国家で現シリアの近く)、ウル(現イラク)、インド、アフガニスタン、中国など、各地で神聖な逸話や伝説が数多く残されています。
アフガニスタンの北部に位置するバダクシャンにある海抜2700mの山、「サル・イ・ザング」はラピスラズリの山として有名で、6000年以上前から採石が始まっていたといわれています。
マルコ・ポーロ(西暦1254-1324年)もこの地を訪れ「東方見聞録」にも記しています。この地から、ラピスロード、シルクロードを通って世界各地へと運ばれています。
古代エジプト、ツタンカーメン王のマスク(紀元前1350年頃)は黄金とラピスラズリで飾られ、ピラミッド、ファラオのお墓からも、おびただしい数の副葬品が発見されているのは、あまりにも有名なお話ですね。クレオパトラも愛用していたそうです。
古代ローマでは、ヴィーナスに捧げる石でした。
日本においても「瑠璃」と呼ばれて古来より「空の高みに住む神、仏のパワーが宿った原石」として神聖視されてきました。
日本に伝わってきたのは8世紀頃といわれています。真言宗の開祖、弘法大師空海(西暦774-835年)は中国より持ち帰り、守護石としていたとされています。また正倉院の宝物殿には、今でも七宝のひとつとして奉納されています。
宮沢賢治の詩「青森挽歌」や童話「十力の金剛石」の中にも登場します。宮沢賢治は、宝石研磨職人を目指したこともあるほど、こういう石について詳しかったといいます。
彼にとっては、異次元空間(極楽浄土)の実際の土地にかわる地面を作るものであったようです。
ラピスラズリ、不思議な石ですね。こういう石は、高価な宝石よりも惹かれるものがあります。
grazielizzyさまがお詳しい、ジョージジェンセンのアクセサリーも、どれも洗練されていて素敵です。
今日の写真のラピスラズリをのせたお皿も、「王者の青」と呼ばれるセーブルのブルーで深い深い吸い込まれそうな青です。
まだまだ、青の堪能が足りず、この先、当分の間、「はるかなるものみな青し」が頭から離れそうにない私です。
