2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1
ホームから「15日にHさんの誕生会をしますので、ご都合がついたらお出で下さい」との電話があったので、雨の中行って来た。2階へ上がって行くと、談話室に主人がいたので、手を振り「部屋に行きましょう」と云うと「嫌だよ、ここにいる」とそっけない。「私、誰だか分かりますか?」「分からん」「Fですよ」「○○××(私のフルネーム)だな」やっと、腰を上げて私と部屋へ行った。「今日帰るの?」 「いいえ」「ああ、明日京子が4時に迎えに来るのだな」「そうですよ、パソコンで碁をやって見せて下さいよ」「もうおやつだからあっちに行くよ」「まだ2時ですよ、今日はあなたの誕生会をして貰うんですよ」「あっちに行くよ」さっさと談話室へ行ってしまった。スタッフが「そろそろ始まりますから1階に降りてください」と呼びに来られたので、談話室の主人を連れて降りようとしたら、主役は後から入場とのこと。食堂へ行くともうまわりの椅子や、車椅子に座った方達が待ち受けておられた。正面には1月生れの7人の名前と生年月日を書いた紙が貼られていた。7人のうち75才が1人、あとは80代。最高は88歳だった。主役は入り口に並んでいるらしい。「おやつはまだ?」の声の主は主人だ(^ー^;)やがて7人が入場。拍手で迎え、正面に座ったが、主人は姿勢はよく、1人だけ立派に見えた。7人の前に1人ずつ花束と手作りのカードの入った封筒、スタッフの方達が1人ずつ書いてくださった色紙が配られた。男性スタッフが、1人ずつ生まれてからの生い立ちや職歴を紹介。「大正○年○月○日に○県で生まれーーー」と簡単な説明の人もある中、「○○さんは○○大学(当時はまだ高等専門学校)を卒業し、仕事の都合で全国に行かれたそうです。また海外にも2年(本当は6年だが)住まわれ、帰国後はO社で専務をされ、傍ら3つの子会社の社長もされたそうです」こんな話も本人は全然自分のこととは思っていないだろう。。。こんな紹介はこのホームの入居者には無用と思われるが……。1人の紹介が終るたびに、皆が拍手したが、主人も拍手だけはよくしていた。紹介が終ったら、「おやつはまだ?」とうるさくなった。せっかくかっこ良い紹介をして頂いたのに( ̄_ ̄|||)「2階に行きたいよ」スタッフが慌てて側に行きなだめる。聞き分けのない子供みたいだった。次に7人の前に各々ローソクの立ったケーキの皿が置かれると、すぐに食べそうになり、またスタッフが…。ローソクに火をつけ、電気を暗くし、ハッピーバースディ○○さん、と、7回それぞれの名前を入れて歌い、各々火を消したらまたすぐ食べそうになった。2階の人は2階の談話室へケーキを運んで貰い、やっとケーキを食べた。終って部屋へ戻り、囲碁をし始めたが、20位打ったら「もう負けた」と、また最初からやり出し、また負けたと云っては3回やり変え、とうとう止めてしまった。だんだん弱くなり、レベルを少し下げないと、負けてばかりで面白くないからやらなくなるのではないだろうか。私があれこれ触ってみたが分からず諦めた。「君は帰るの?」「はい」「それなら僕も一緒に帰るよ」「私はあちこち寄り道して帰るのであなたは明日帰って下さいよ」「明日、京子が4時に迎えに来るのだな?」そう云いながらも私がコートを着始めると「僕も帰るよ」困ったなぁと思いながら廊下へ出ると、スタッフのが察して、直ぐに「○○さん、夕食はーーーー」と、食べる話で気を逸らして連れて行って下さった。主人がケーキを食べている時 「お茶の用意をしてありますから一階へどうぞ」と云われ降りていくと、事務のYさんが談話室へクッキーと紅茶を運んで来て下さり、暫くお話をした。「1人1人に色紙を寄せ書きして下さり有難うございます。人数分大変だったでしょう」と云うと、 「何を書こうかと困ってしまう方もありますが、○○さんは楽しくて書くことがいっぱいあり楽でしたよ、私の娘が先日一日体験でやって来てお手伝いをし、○○さんと散歩に出かけ、お話が楽しく、○○さんを気に入ってましたよ」とも。ピンクの花束もすてきだったが、一人ずつ写真を貼って個別に作って下さったカードにも感激した。スタッフの皆様、心温まる誕生会をして下さり有難うございました。
2005.01.15
今年初めての木更津行き。昼食時間の11時半に着き、配膳の大きなワゴンと一緒にエレベーターで3階へ。ナースステーションへ面会カードを出しに入ったら、婦長さんからお話があるのでと、テーブルの方へ呼ばれた。「最近、○○さんはわりと歩かれるんですよ、知らぬ間にベッドから降りておられたりされるのですが、先日はベッドの側で転んでおられました。幸い何処も打ってはおられませんでしたが…」書類にそんなことを書いた紙を見せられ、納得したら印を押すように云われた。印がないので 拇印を押した。母は行くたびに元気になっている感じ。昨年12月に義弟が来た時、歩いて人の車椅子を押していてびっくりしたそうだが今日は普通の椅子に座っていた。スタッフの方が車椅子に移して下さり、また談話室で食事をさせたが、スタッフの方が「最近は自分でも少しは食べられるようになったんですよ」と云って緑色のどろっとした器に5分粥をスプーンで掬って入れ、混ぜて手に持たせると、自分で吸った。どろっとしてるので、勢いよく吸わないと口の中に入らないが、結構強く吸っていた。お粥の他におかずが3種類。皆ミキサーにかけてあるので何かは分からない。交互に口に入れると、上手に受付け、前のように「もういいです」とか 「 もう要りません」なんて云わず気持ちがいい位よく食べた。最後に200cc入りのマミーの容器にストローを差し込んで持たせるとこれまた凄い吸引力でどんどん飲み、あまりの見事さに、あっけに取られて見ていた。食後はいつものように話してもさっぱり通じず、私が少し歌うと続きに何か分けの分からぬことを節をつけ、舌を左右に出しながら歌っていた。可愛いので黙って眺め、聞いていた。ビデオに撮っておきたいと思った。
2005.01.14
朝8時になっても9時になっても起きて来ない。遅い方が お買物の要求の回数が少ないので助かる。9時過ぎそっと雨戸を開けてみたが、明るくなっても起きないのでそのままにしていた。9時半、京子が見に行くと丁度起きたところだった「トイレは?」と聞くと朝早く一人で行ったらしい。便座が下りたままでシートがぬれていたそうだ。食事が終ると同時に いつものセリフが始まったので、「今日はお墓参りに行くのですよ」「お墓参りって何?」あんなにお墓参りも好きだったのに忘れたらしい。京子と3人で出かけた。ホームで電車を待っていたら「まだ?」と聞くので「あと5分です」「早く来て欲しいよ」1分おきに、「早く来て欲しいよ」とうるさい。お墓の手前のイトーヨーカ堂でお花を買ったとたん「僕が持つ」と袋を持った。墓地はお正月に沢山お参りがあったらしく、どのお墓もお花で明るく華やいでいた。お花を活け、線香を焚いて、果物を供え、「あなたが一番に拝んで下さい」と数珠を渡したが、どうするのかも分からないので、私が先に拝み、次に拝ませた。風もなく暖かく、長女と3人でお墓参りが出来、幸せだった。イトーヨーカ堂でお昼を済ませ、福袋を一緒に見た。男性用の5千円の袋、中身が見えるので、セーター1枚、スポーツシャツらしきもの2枚、靴下1枚の入ったのを買い、私も5千円のを1つ買った。2つの袋は直ぐに主人の手に。間で私が持とうと云っても渡さなかった。駅からホームに電話をして、ホームの最寄りの駅まで迎えにきてもらうことにした。電車で自宅のある駅を通りすぎるが、そこで「降りる」と云われると困るので、京子と二人でわざと話しかけてごまかした。荷物を離さないので、先ずは私のセーターが入った袋を「中が見たいから」と強引に引き取り、中をごそごそ触ってみた。次にもう1つを貰おうとしたがどうしても離さなかった。駅の前でホームのお迎えの車を待っていたらまたも「早く家に帰りたいよ」と催促。京子が「今車が迎えにきてくれるから」と云っても「早く来て欲しいよ」の連発。間もなく施設長がワゴン車で来て下さった。ドアーを開け「どうぞ」と云われると、乗りながら施設長の顔をまじまじと見ていた。何時も見ている顔だと気付いたのか……。「荷物を預かりましょう」と云っても「いいや、僕が持つ」と離さなかった。京子が袋の中の衣類を施設で着せて貰うよう頼み、私達はそっと姿を隠した。帰宅して少ししたらホームから電話があり、連れ帰った報告があった。前回はホームの前に車が止まったら「ここは昨日までいた所だから 入らない」と云い、「一寸休んで買物に行きましょう」と誤魔化して降ろしたと聞いき心配だったが、今回はすんなりと降りていった由。前回はまだ、喜びの表情もあり、こちらの云うことも理解出来ることもあったが、今回は反応が鈍く、表情も乏しく、理解できることも少なくなっていた。一方トイレの方はわりとしっかりしていて 13時間以上寝たのに、漏らす事もなく、1人で行けたのが奇跡のように思える。買物やおでかけの要求の仕方が前以上にひどくなり、自分で今云ったことを忘れるのか、10秒,20秒おきに同じことを云う。これをホームの事務所の前で朝から晩まで言われ続けられては、さぞ鬱陶しいことだろう。本当に申し訳なく思う。(そう言うと、京子が「あちらは人数が多いから、一人一人が聞かされる率も家程ではないでしょう。家では殆んどママか私だけだから」と。)出かけたがるわりには、お墓でもお店でも、すぐに「もう帰ろうよ」「もう帰りたいよ」と言うのでがっかりする。ホームのスタッフの方に感謝の気持ちでいっぱいだ。
2005.01.02
昼前、京子と孫のA子がホームに主人を迎えに行った。帰って来た時、私が出迎えたが、前回ほど喜びの表情がなかった。京子たちが迎えに行ったときも、あちらでやはり感じたそうだ。水洟が出るのを手で拭くので、ティッシュで絶えず拭き拭き帰って来たとのこと。お節料理を皿に盛り付け用意してあったのを、席に着くやパクパク。「少しずつ味わって食べて下さいよ」と云っても通じない。「朝はあちらでお餅を食べたでしょう?」「いいや食べてない」京子が「お年寄りばかりだから、喉につかえるから食べさせないのではない?」と言うが、お餅ということばもわからなければ、食べたことも覚えていないのだろう。こんな食べ方では本当に危険なので、お雑煮のお餅は小さく切ってあげた。これもあっと云う間に食べてしまった。食事が終ると「買物はない?」「今日は何日?」「外へ出たいよ」「君と山口に行きたいよ」「山口の君の実家にいきたいよ」と、うるさいこと うるさいこと。1分の間に、買物に行きたいを7~8回云うこともある。「今日は何日?」と聞いて5秒経たぬうちにまた「今日は……」と来る。もし、知らぬ間に出たら困るからと靴をかくしておいたが、ちょっとの隙に姿が消えことにA子が気付き、急いで外へ出てみたらつっかけをはいて家の前を行き過ぎようとしているところだった。「外に出たいよ、買物に行きたいよ」まるで駄々っ子のよう。今日は千葉市に住んでいる次男一家が来るので「もう少ししたら Kたちが来ますよ」と云っても、意味が理解できないようだ。」仕方がないので、私が少し散歩に付き合うことにした。「買物に行くの?」「はい行きましょう」以前、主人がよく散歩をしたというディズニーランドの側まで行ったが誰も歩いておらず、車の音だけなので大声で歌った。主人の好きな「月月火水木金金」、この歌になると嬉しそうに声が大きくなった。「あっちの方に行こうよ、二階に店やがあるところがいいよ」どうやらダイエーのことらしい。憶えているのかなぁ「じゃぁバックして牛乳を買って帰りましょう」とセブンイレブンで牛乳を買ったら、喜んで持って帰った。歩きながらも、鼻水を手で拭こうとするので、私が鼻にティッシュを当てて、幼児にするように「シュンッとかんで下さい」と云っても全然理解出来ず3度も4度も繰り返すが駄目だった。 K達が来て挨拶をしても全然反応がなく、「Kですよ」と教えても興味すら示さない。Kも寂しそう。相変らず、上記の4つのことの繰り返し、「買物に行きたい」がダントツだった。気を紛らすために、まず京子がオーディオルームでカラオケに付き合い、じきにまた外に行きたいと言いだしたので、こんどは私がオーディオルームにおつきあい。2人がカラオケを歌った。月月……に始まり、同期の桜、さらばラバウル。四季の歌等々。月月…は最後にもリクェストされた。夕食は予約しておいたお店に9人で行った。行く道、A子がおじいちゃんの左手をつないで歩いた。「おじいちゃんは左手で鼻を拭くけど、左手をつないじゃうと手が鼻に行かない」と。なるほど。看護大学で勉強するようになって、おじいちゃんに対して優しく接するようになった。 レストランでも隣に座った。食事中、A子に対して京子を指して「君は彼の息子だな?」一同、爆笑。「ああ、お父さんの息子か」「娘ですよ」「同じ家にすんでいるのだな」ワインはナースに止められているので、今回も薄めて飲ますことにし、グラスの中に水を入れ、後は皆と同じにワインを注いで主人の前に置いた。赤ワインは薄めても少し色が薄い位で分からなかった。乾杯すると一気に飲みそうになるので、側でたえず「少しずつ」と注意していた。パーティー形式で注文した料理が運ばれて来て、京子が主人のお皿に入れると皆が料理を取り終わる頃には、もう皿が空になるほどの速さで食べてしまう。ワインがなくなり水を貰うと一気に飲んでしまう。ウエイトレスも感づいて、私に聞きながら半分とか3分の1ずつ注いでくれた。合間にも「君と山口に行きたいよ」「今は寒いから3月になったら行きましょうね」「3月に行くんだね」の繰り返し。食事が終わり、京子とA子はショッピング。K一家は電車の時間までその辺りを歩くと云うので、私達2人だけ先に帰った。「風呂に入りたいよ」「帰ったら直ぐに沸かしましょうね」「君と山口に行きたいよ」「今は寒いから3月になったらいきましょうね」陸橋を歩くと寒い。私が「寒いですね」と云うと「今は1月だから寒いよ」云い返されて苦笑い。そのとおりでした。家に帰ったら「風呂に入りたいよ」「今沸かしてるから少し待って下さいね」「早く入りたいよ」沸かす意味も分からず「早く早く」と、駄々っ子のようだった。お風呂は前回同様、好きなように入らせた。風呂から上がったらベッドへ。「明日は7時に起きるよ」「皆も休みで寝坊するから8時に起きましょう」「8時だね」寝るのは前回同様、何の抵抗もなくおとなしく寝た。8時40分だった。
2005.01.01
全4件 (4件中 1-4件目)
1