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2009年09月09日
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カテゴリ: 神との対話

あのキリストでさえ、忘れたことがあった・・・。

彼は磔刑にあった時、天を仰ぎ、こう言った。

「神よ、神よ、どうして私をお見捨てになったのですか?」と。

友よ、私は決して見捨てたことはない。

しかし、時にはキリストでさえ、目の前の恐怖と苦痛に満ちた現実の前に、

とてもじゃないが、これは私が望んだ、経験しようと思った現実ではない!と思うことさえあった。

だから、キミたちが嘆息する理由はわかる。

だがね、友よ。キミたちには確かに、自らが生まれる前に選び、必然に現れる幾つかの現実がある。

人はそれを運命と呼び、私はキミの選んだ絵の具、といった。

しかし、目の前に現れたなら、次はそれをどう受けて、そしてキミ自身の創造力を用いてこのましい現実へと変えることはできるのだよ。

キリストは、磔刑にあい、そして次はどうしたかね?そう、復活してみせた。

それも、生身の肉体を伴ってだ。信じなさい。これは本当にあったことだ。

そして彼は、1度は神にさえ見捨てられたと思った環境(彼のもってきた絵の具だね)の中で、何をしたのだろう?

そう、復活することで、誰もが肉体のまま、救われることを、永遠の中へと入ることが可能なのだ、という壮大な絵を描いてみせたのだよ!

だから友よ、自らに現れた不幸を、他人に訪れた不幸を哀しむ必要はない。

大いなるチャンスが訪れたと思いなさい。

最も困難な挑戦が、最も偉大な勝利へと変わる時がある。

キミはそれをなすためにこそ生まれたのだ。その時の栄光を体験するためにこそ生まれたのだよ!

だから、困難な挑戦に出くわした自分を励ましなさい。同じく友人も励ましてあげなさい。

キミたちの勝利は目前なのだ。いいかな?

人は、その困難に直面して、本気で立ち向かうことを決意した時、実はその時にはもう、勝利を得たのに等しいのだよ。

これは私の約束だ。過去もそうであったし、これからも変わらない、栄光の約束だ。







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最終更新日  2009年09月10日 01時27分05秒
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