
「ソマリア地方のある村では、人々は彼にひどい迫害を加えたため、毎晩彼は森の中で過ごさねばならなかった。ある夜のこと、昼間の伝道にすっかる疲れた彼は、森の中の洞穴を見つけて入り、毛布を広げて夜を明かした。ところが、朝が来て目を覚ましてみると、なんと、自分のすぐ隣に巨大な豹が眠っていた。彼は恐怖のあまり腰を抜かしそうになったが、洞穴の外に出たときに、眠っている間中、神が自分を守ってくれていたことに気がついた。「今に至るも野獣がわたしを傷つけたことは一度もない」と彼は言っている。
豹が伝道の役に立ったこともある。ある村で説教して追い出されたその日の夕方に、彼は岩場の飢えで瞑想をしていた。そのとき何かが近づいてくる気配を感じたので薄目を開けると、漆黒の氷河そばに近づいていた。内心恐れを感じたが、気を取り直して神に心を集め、すべてを委ねているうちに、黒豹はそのまま通り過ぎた。これを見ていた人が仰天して、彼のことを考え直し、村に再び向かえ入れ、キリストの教えを受け入れた。この黒豹は村人を何人も襲ったことで知られる人食い獣だったのである。
ヒョウばかりか、猛毒のコブラさえ、彼の前では無害な生き物になった。彼は長旅にすっかり疲れ、ドリワラ野村に来ていた。だが、彼がキリスト者とわかるや、誰も、食物はおろか、宿すらあてがってはくれなかった。そのうち大雨になり、ようやくの思いで、廃屋を見つけ、中に入って毛布を広げ、その夜は眠りについた。朝の冷たい空気に目を覚ましたとき、毛布の中に異物を感じたので、見てみると、それは大きな毒蛇であった。彼は一晩中コブラと一緒に寝ていたのだ。驚いて毛布を払い、そとに出たとき、改めて神の奇しき守りを感じた。
サンダーシング
奇蹟を語るとき、それだけが素晴らしいかのように一人歩きしてしまう。
奇蹟そのものではなく、お方。
次の御言葉を思い出していた。
主を知ることが、海をおおう水のように地を満たす・・・ことが、どれほど計り知れない神の統治をもたらすことでしょう。
自分自身、主を知ることにおいてなんと無知であることかと感じています。
主を知ることが海をおおう水のように私の内に満ちてゆきますようにと・・さらなる飢え渇きの中で主を待ち望む。
「私たちは、知ろう。 主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される」
ホセア6:3
アーメン、アーメン!!
十字架を通して移されるいのちによって開かれてくる霊的な視力。それによって主を深く深く知る人はなんと幸いな人でしょう。
死を通されれば通されるほどに、より深くイエスご自身を知る。
真の知識は新しい命の内に、十字架にその鍵が隠されている。
イエスキリストを知っていることの素晴らしさ、この言葉が示す圧倒的な恵みに浴したパウロの願いに、心からアーメンです。
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