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憎しみを一時でも心に抱く人は 自身の心から「平安」と「力」を奪い取ってしまう 自分の敵さえも憎もうとしない人は 人生からの手厳しい打撃を恐れる必要が無い 【運命と私】エラ・ウィーラー・ウィルコックス私は、人を憎んだことがない。。というか、「人を憎む」環境に置かれたことがない。それは本当に幸せなことだし、感謝しなければならないことだと思う。「イヤな人」「嫌いな人」くらいはいるが、そういう人の中にも神さまがおられるというのだから。。神さまというフィルターを通して祈りながら接して行く努力はしたいと思っている。
2015.11.19
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今朝、お姑さんは気分が良さそうに起きて来て、なんとなく心穏やかだったな。。最近、直前のことをすぐ忘れてしまうようになったけれど、今までの人生の中で、なにかイヤなことがあると、それを掴んでなかなか離せない性質だったが、そのイヤなことをすぐ忘れられるようになったということは、軽い認知症くらいが、彼女の心にはいいのかもしれない。イヤなことを掴みっぱなしというのは辛いことだもんね。と。。そんなことを思った。今朝も元気に(少し憂鬱そうな顔だったが)デイサービスに出かけて行きました。
2015.11.19
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“何も見えない” 最近ものが見えなくなってきた ボクの目のことではなく こころのことだ何を見ても見えない こころがあわだち わけもなく、いらだつ 静かにあなたにこころを寄せていないからだろうか 目の病気を気にしているのに こころの目については あまり気にもせず 治療しようとしないからなぁ 大原猛著『空と雲へのあこがれ』※ copyright @ Street Art by Seth Globe painter心がざわついているとき なんか自分のことで必死で 何も見えなくなりますよね。 ちゃんと心を落ち着かせて、こころの目で見るということ 本当に必要です。
2015.11.13
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娘がお友達と11/22のデザインフェスタに出店するようです。東京近郊の方は、是非、お越しください♪って。。チケット確保が難しいのかな??東京ビッグサイトにて開催されます。この画像は、【ゆきのぼうし】と【乙女雑貨ミニヨン】がコラボしてステッカーを作ったようです♪欲しいなぁ~♪
2015.11.12
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子どもたちの心が求めているのは、「人間は何のために生きるのか」「勉強していることの意味は」「真の幸せとは」ということを、 ともに考え、悩む親、教師の姿であり、 「ひと」を超えた存在への畏敬の念を持ちながら、 今日という日を感謝して生きる謙虚さに溢れた大人の姿であろう。 『愛と励ましの言葉 366日』渡辺和子著ひかパパは、幼い頃から 「人間は何処からきて、何処へ帰るのか」という 疑問がいつも心の中にあったそうです。 小学生の頃、学校の先生にその質問をしたら、 「そんなバカなことを考えるな!」と叱られたそうです。 それに答えられるだけの器をもった先生にその頃には、 ひかパパは出逢えなかったということなのでしょうけど、 その質問に答えられなかったとしても、生徒一人の気持ちを生かす言葉がけというのが できたのではないかと思います。 信仰心がなくても、物事の道理とか常識的なことからでも 人の気持ちを生かすことを言えたのではないか。。 最近は、大人だけでなく子どもの自殺も多いですよね。 家庭でも学校でも、きちんと子どもの声を きいてあげられる大人がいなくなったのでしょうね。大人も自分のことで精一杯だもの。。頭よくするだけでなくて。。 心もしっかり育てようよ。。(と。。自分自身に問いかけてます)
2015.11.10
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権利主張に揺れる間は 安心は得られない安心は権利主張を 放棄したときに 与えられるものである 【箴言六十七】--------------------------------------------------------------「人は転ぶと、まず石のせいにする。石が無ければ、坂のせいにする。そして、坂が無ければ、はいてる靴のせいにする。人はなかなか自分のせいにはしない」。これはユダヤの格言である。 ある人は道路で滑って転び腰の骨を折った。転んだ原因は道路の水が脚を滑らしたものと解釈し、道路に水をまいた人を相手取り損害賠償の訴訟を起こした。大雨で川の土手が決壊し家が流された。土手が崩れたのは政府の堤防補強の怠慢が原因であるとして損害賠償を政府に求めた人もいた。アメリカではたばこを吸わないのに肺ガンになった原因は喫煙者の煙がモトであると、たばこ会社を相手取り治療費請求の裁判を起こした人もいる。また、道ですれちがっても挨拶をしない、気にくわないとして放火し一家皆殺しを企てた人もいる。 世の中が個人中心になってくると、自己主張しない者は無能力者となり、社会の片隅に追いやる傾向があるが、自分は正しいとしたときは他人は間違っているということになり、こういう社会は安心して生活ができず、どこかの国のように自分の身は自分でまもらざるを得なくなってくる。道端でくるしんでいる人をたすけようとして死なせたときに、殺人者になってしまう社会は魔の世界である。自戒の念を忘れたときは、人間は、動物以下となっていく。エゴに支配されると、自分以外のものはすべて敵となり、不安心理を掻き立てていくのである。 キリストは自分を主張しなかった。ブッタは、その前世で飢えた親子の虎に身を与えてやった。ソクラテスは罪がないのに毒杯を飲まされた。この世の無常を知り魂の存在を認めたときには、この世の善悪に左右されず、肉体の生死にこだわらなくなるものである。平安はその時、その人を包み、永遠に離れないものである。--------------------------------------------------------------この頃は何でも裁判!ですよね。 そんなことまで訴訟をおこすの?っていう。。
2015.11.09
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ひかパパと光の散髪。回を重ねる度に、だいたい思い描いた通りにカットできるようになってきた。襟足ひどいけど。伯母さんが「のりちゃんは、どうやってストレス解消してるんや?」という。要支援者に心配して貰っている……ん?わかんないや……普通ならストレスに感じることがストレスに感じないのが私の特技なのか。自分のこと一番わかっているようで分からない自分。でも、戴いた柚子の黄色を見てるだけで元気になる。充分や……
2015.11.08
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たち吉の四角い洋食器なんですけど、透かし模様の花柄がテーブルに映って、何気に可愛いと思った今日の朝 (*^o^*)
2015.11.06
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「小我(自分のためにしたいこと)に固執せず、真我(社会のために為すべきこと)を見つけなさい」「私は遺言はしない。普段言っていることが、皆遺言です」これは、誰が言った言葉でしょう。今回、NHK朝ドラのヒロインのモデルになった「広岡浅子」さんのお言葉です。赤文字のは、やはり朝ドラのモデルになった村岡花子さんへのメッセージで、青文字のは、ご家族へのお言葉でしょうか。。朝ドラは、今作で93作目になるそうです。その中で実在のモデルがいるのは28作品。さらにキリスト教に関係するヒロインは11人なのだとか。。今回のモデルの広岡浅子さんも晩年、大阪基督教会の宮川牧師と出会い教えを請うようになりました。(以下、いのちのことば社のカタログマガジン「オリーブス」より)-------------------------------------------------- 聖書の教えに浅子は「わが身の傲慢な事が解り、今迄の生涯が恥ずかしくも馬鹿らしくも思はれ」たのです。その後、静寂の地で聖書と信仰書のみを読み、ひたすら祈る中で、神の存在を確信するに至ります。走り続けた生涯でやっと魂の休息を得たのです。 その生涯の中で、何度も転んで、起き上がってきた浅子。最後に起き上がった場所は神の御手の中でした。誰にも頼らず、自分で生きてきたと信じていた浅子が神に生かされていたのだと気づいた瞬間だったのかもしれません。---------------------------------------------------ドラマでは、浅子さんの信仰心までは今後、語られるかどうかもわからないけれど、どんなに偉業を成し遂げた人も、(神に”生かされている”という)謙虚さがなければ、私は人として、どうなのかな?と思うし、そういう意味でとても興味深いドラマです。
2015.11.06
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群馬県の保育園からのご注文♪栄養士さんからのメッセージが何気に嬉しいです( ´ ▽ ` )ノ
2015.11.05
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月曜日、お姑さんはデイサービスに出かける日。もう、いきたくない。。とかは、言わないけれども。。お迎えの車がきたときに他の利用者さんたち(レナードの朝を思わせる無表情な人が多い)がたくさん乗っていて、その扉が開いていて、聞こえるというのに。。大きな声で「もうこれに乗ったら終いや。。」と言う。。お迎えにきてくれた職員の方と思わず目を合わせ苦笑するわたし。。毎度毎度、過激すぎる ばばーずNO.1
2015.11.02
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外に目を向けていると心は落ち着かず、安心は得られない。平和はその目を内に向け、五官(眼・耳・鼻・舌・身)に左右されなくなった時しかない。心が平和になると、いままで気付かなかったものの理が鮮明に浮かんできて、真実が明白になってくる。一度この経験を通った者は、外の動きに心が動かされることは自分を失うとして外の動きに動じなくなり、その結果として、居ながらにして天の住者となっていく。天の住者は、必要なものは得られてきて、何一つ不自由なものはなくなってくる。また自由を得ると、人はなんのために生命を持ち、いまここにいるかも理解されてくる。まず心を内に向け、五官に左右されないように努めるべきだ、環境に動かされている間は、人は決して平安はこないし、生命をムダにするだけである【人間の原点 第二部】昔(20年前)ある方に「環境に動かされないように」といわれたことがありました。いわれた当時は、長男(軽度精神遅滞)の病気や療育で「環境に動かされている」真っ只中。病気のことで北は北海道、南は兵庫県神戸の病院まで日本を縦断し、心はいつもざわついていました。その後、ダウン症候群の次男:光が生まれ生活の諸問題が次々と私の目の前にあらわれます。でも「環境に動かされない」ようにと自分の意識がはたらき、現象に振り回されないように、翻弄されないようにと思い生きてきました。今、考えてみると次々と問題が与えられたために「環境を超える」道を求め続け、軌道からはなれずにきたのかもしれません。
2015.11.01
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