新発想ビジネスヒントフォーラムWEB2.0

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2005年08月22日
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カテゴリ: 汝自身を知れ。


「ふつうの女の子なのに、カメラがいるから悪いんです」
                  安藤 美姫



自分の娘のような17歳の安藤美姫が、カメラに追いかけられ才能のおもむく
ままな演技をさせてくれないストーカーに対して怒っている。怒りが淡くて、
可愛いのだけれど、その気持ちの思いは妥当でそれほどヤワなものではない
のだろうと、つい思ってしまう。

人権を延々と眺めて、話題を蛇行させてしまっていたが、けして無駄な余談を
してきたというつもりはない。人権をどうするのか、というわれわれに横たわる
問いかけは、たぶんさほど遠くない将来に峻厳な事態の中で決着に向かうような
気がするからだ。

どこかで、たぶん私達には法規を超えた逞しく命の息遣いの感じ取れるモラルを

させなければならない。モラルは、モラル。法律は、法律と相互に交差すること
もなく平然と分離しているわれわれの社会。

それは他人の視線に同意を探そうとする、空虚な内面に忍び寄ってくる退廃だ。
カメラごしに世界と周囲をみるのを止めよう。カメラ越しに見える世界だけが
堅牢で、正しいという我々の思い込みや無意識に疑いを向けよう。

自分自身を、もしかしたら空虚なこだまのような存在かもしれないと一度は
疑ってみよう。

長い間、歩きながら考えてきてどうしても纏まりに辿りつかない
でいた散漫な思考がlalameansさんの日記を拝見してから、なぜか
次第に核心を得て煮凝りしてきたような気分がする。

今日も、曇天を散歩しながらこの時間が過去30年の頭の中のガラクタ


「方法叙説』(Discours de la Methode)

第一章
良識( bon sens) はこの世で最も公平に分配されているものである。
というのは、誰でもそれを十分に与えられていると思っているので、他の全てのこと
ではめったに満足しない人々でさえも、良識については、自分が持っている以上を
望まないのが普通だからである。この点で全ての人が誤っているということは、
ありそうにない。むしろこれは次のことを証明している。すなわち、よく判断し、
真なるものを偽なるものから区別する能力、これが本来良識または理性と呼ばれて
いるものだが、これは全ての人において生まれつき相等しいこと、したがって、
我々の意見がばらばらであるのは、我々のうちの或る者が他の者よりもより多く
理性を持つから起こるのではなく、ただ我々が自分の考えをいろいろ違った道に
よって導き、また我々の考えていることが同一のことではない、ということから
起こるのだということ、である。というのは、良い精神を持っているだけでは
不十分であり、肝心なことは精神をよく用いることだからである。最も大きな心は、
最も大きな善行をなしうるだけでなく、最も大きな悪行をもなしうるのであり、
また、ゆっくりとしか歩かない人でも、いつも正しい道を取るならば、走っている
人が正しい道から逸れる場合に比べれば、遥かに先へ進みうるのである。



司馬遼太郎「街道をゆく/オランダ紀行」で、教えられたオランダ。

よくよく考えてみれば、デカルトは自由を求めてオランダへ逃げる。オランダという
国の意味を司馬に教えられるまであの「方法序説」が、人権宣言だということに遂に
気づかず仕舞いだった。情けない限りである。

われわれが生きているこの社会は、資本主義社会ということになっている。その起源

されているという信仰にも近い、良識を根拠に、しかしその良識もわれわれを育んだ
地域の圧倒的な規模の語られざる先人たちの営為が背景に依存しているのだということ
を瞬時も忘れぬように。そう方法序説は、語っているように思った。それが市民社会
のひとつの始原のすがたであって、デカルトの思想はそのようなオランダを揺り篭と
して受け入れた。

実は、ここに加えて森崎和江の「ほんとうに助かりました」にあるように、オランダが
海との闘いで成立した国家であることに思いが至る。

ああ、この方は対幻想というのを分かって生きていらっしゃるなと思ったのね。
存在から感じとれた。ひょっとしたらこの方は海辺で育たれたのではないかしらという
感じがしてね。潮の時間というか、海辺の時間というか。海辺には独特の対意識という
のがあるんですよね。

上野;え、どういうことでしょう。

森崎;こんな話でいい?海辺っていうのはもう全く違うんですよ。生命に
あふれていて。私、海岸線の思想というものを書きたかった。

                   見果てぬ夢/「性愛論」上野千鶴子





森崎は、男と女を語っているのだが、その一方で「対幻想」という言葉の解釈に寄せて
男と女の成立する背景について述べているのだと気づいた。アルミサッシュと断熱材に
取り囲まれた閉鎖空間に男と女のドラマが存在するはずがない。考えてみれば、当たり前
のことを、ようやく気づかされた思いがする。

実は、われわれの倫理だの、モラルだのというものも本来生命にあふれた生活環界なしに
育つはずがなかったのだと思う。とすれば、われわれが呼んでいる実定法上の人権とは
なにか、と気づくまであと一歩だという気がする。



オランダ海岸線遠景





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最終更新日  2005年08月23日 06時03分15秒
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Re:ふつうのモラル(08/22)  
画面いっぱいにして見ました。(それでも全部はだめですが)
すばらしい眺めです。
海岸線の思想と言う言葉とともにこれをみるととたんに潮の香りがしてきました。
フランス語で「低い国」といいますがそのとおりですね~
私は山育ちで、でも残念ながら山猿といえるほどでもなく新潟の海岸線まで1時間ちょっとのところですが、やはり海岸線の思想というのはどういうものなのか全然分かりませんね~
こちらの新聞に群馬県の上野村に住む内山節という人の書いたものが連載されてますがその人の書くものは「山の思想」というような感じがしますから、そういう意味で海岸線の思想というのが具体的にどういうものか興味がわきます。

(2005年08月23日 08時24分01秒)

Re:ふつうのモラル(08/22)  
良識、モラル・・・
本当に考えさせられます。
自分の良識とモラルは自分のものだからわかるものの
複数形になっていく場合の良識だのモラルだのが全然見えなくなる・・・
個別の価値観のせいか?!
それでも納得がいかないことが多い・・・ (2005年08月23日 11時18分19秒)

Re[1]:ふつうのモラル(08/22)  
マリィ ジョー ♪さん
>画面いっぱいにして見ました。(それでも全部はだめですが)
>すばらしい眺めです。
>海岸線の思想と言う言葉とともにこれをみるととたんに潮の香りがしてきました。
>フランス語で「低い国」といいますがそのとおりですね~
>私は山育ちで、でも残念ながら山猿といえるほどでもなく新潟の海岸線まで1時間ちょっとのところですが、やはり海岸線の思想というのはどういうものなのか全然分かりませんね~
>こちらの新聞に群馬県の上野村に住む内山節という人の書いたものが連載されてますがその人の書くものは「山の思想」というような感じがしますから、そういう意味で海岸線の思想というのが具体的にどういうものか興味がわきます。
-----


森崎和江とは、まるで違う、不思議な出会いでしたが
30代の時にある年上の女性から大阪の空は港町の
空だといわれて仰天したことがあります。

大阪ですら、港町の気配があるのであれば神戸や
横浜などの空は相当海岸線の地域固有の雰囲気が
あるのは当然だと思います。

彼女は、母親が海辺の人だったとか。幼くして
母親を亡くされたので追慕の思いから、母親の快活
な性格を育んだ海辺の村の「力」をいつしか確信
するようになったといわれていました。

このような意見を聞いた事が自分の心の体験の中に、
感銘としてその後長く自分にも影響がありました。

森崎和江の話題を読んだとき、その時の記憶が瞬時に
蘇りました。 (2005年08月25日 19時57分09秒)

Re[1]:ふつうのモラル(08/22)  
ちいちいぱっぱさん
>良識、モラル・・・
>本当に考えさせられます。
>自分の良識とモラルは自分のものだからわかるものの
>複数形になっていく場合の良識だのモラルだのが全然見えなくなる・・・
>個別の価値観のせいか?!
>それでも納得がいかないことが多い・・・
-----


おっしゃることは良く分かります。

そこが、あの「共同幻想論」でも言及されていた
ように思うのですが、さりとて明快には答えられて
いないような気がしました。

複数になってゆくとおっしゃる時には、ある特定の
対(対の関係が、という意味ですが)当事者には
到底思いもよらない、力にずれてゆく、という事を
あの著書にも言及していたように思います。

複数形になった、モラルは内面的な現象ではなく
もはや物質のように振る舞い自己主張を始めます。
いつしか、当事者には思いもよらない巨大な力に
も化体してゆきます。しかし、それらの始原の姿
は一種の情緒のようなものだったのです。

ある種、集合的な情緒のデーターベースのような
ものが我々を縛っているものの正体だという気が
します。


これがテレビというあらたな物質力の登場で、さらに
病的なほど暴走を始めたというのが持論です。



(2005年08月25日 20時08分57秒)

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