
三島由紀夫のあの事件の当日、自分が友人たちと大学にいた。授業中にさっそく話題になり少し驚いた。やる、やると言われていたが、まさかこんな事をやるとは意外だった。民青の諸君は、蔑視していた三島が頓死したと、笑いながら嘲笑していたのが印象的だった。
三島の行動学が市谷の占拠と、自害だったとは・・・
彼は、小説家である。それの戦後、抜きん出た才覚で大衆的規模の人気を博した大作家だ。それが、罷り間違えばあの太宰治と重ねあわされかねないような「情死」と錯誤されかねないという情況で、死を選ぶということに少々暗澹としたのである。それは、生前三島がもっとも忌み嫌っていたことだったではないか。あれほど嫌がっており、誤解を招き寄せるまでの韜晦癖が、彼のメッセージの重みや意味合いを希釈してしまうのは必至だと思われた。つまりS/N比というのだろうか、音像が無意味を招き寄せかねないようなノイズを多産するという流儀は、けして三島好みの「表現」であると思えなかったのである。
三島由紀夫は、良くも悪しくも美意識の人である。
その洗練、その尖鋭化が彼の一連の文芸作品の魅力だと思ってきた。その流れからすれば楯の会結成と、政治へのコミットを躊躇なく行う三島由紀夫は、冷静に考えれば異様に映るものがあまりにも多かった。
市谷での割腹自殺には、彼の美意識の貫徹とは。二十代の不熟な学生であった自分にはなかなか理解をし辛いものがあるのだろう。(つづく)

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