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育休。それは子どもを育てるため、仕事を一時的に休業することである。
しかしそれは、個人的なあらゆる喜びの休業を求めるものではないはずだ。
このことを多方面の角度から深く検討していった結果、私は「 2025
年の年の瀬も、ボウリング旅行にいってもいいはずだ!」という結論にたどり着いたのであった。
去る 2024
年冬。
私は腐れ縁ヒトシロビンソンと共に静岡への2泊3日のボウリング旅行を決行した。一日目が10G、二日目が15G、さらに三日目にも15G。合計8店舗40Gの熾烈な旅においてアベ 200
を目指すというこの挑戦は40G 200.3
アベという薄氷の達成のうちに大団円を迎えた。…しかし、その代償として、私は右手首、左膝、腰の左側を大きく負傷し、一月半ばまで投球不能に陥ってしまった。
しかし、人間は恐ろしいものだ。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という言葉があるように、時が過ぎれば怪我の悲しみはとうに消え果て、楽しかったことしか思い出せなくなる。「今年も旅、また行きてぇなぁ」という漠然とした思いが心に沸き立ったのは初秋であった。
ロビンに相談すると、彼は当時転職中で、言うなれば「無職」の状態であった。冬の訪れるまでに職を決め、なんとか行けたらいいがというのが彼の返答であった。幸いなことに彼の就職はつつがなく10月中に決まり、今回は身体も大事にして一泊二日ならばという提案を受け、旅の開催は確定した。
さて、こうなると問題は「どこへ行くか」である。
北上で岐阜、という考えは前年と等しく雪を恐れて選べない。南下して東へという三河・静岡は前回やったことである。では西の方面へ、といえば関西はややその主要部までが遠い。すると導かれるのは「三重へ」という解であった。
「三重」と考えたときに、二人がまず連想したのは「伊賀にんにんボウル」の笹田プロであった。また、「久居ボウル」の水Pこと水谷プロにも会ってみたかった。この二つの夢を叶えることを旅の軸に据え、計画は綿密に練られていった。
そして出来たのが以下の工程表であった。
12/28 【初日】
朝:伊賀にんにんボウル 5G
昼:久居ボウル 5G
夜:旅館で牛を食べる+温泉
12/29 【二日目】
朝:津グランドボウル 5G
昼:鈴鹿グランドボウル 5G
夜:愛知帰着
そして、この日程に沿って食事処などを決めた。あとはとにかく体調を崩さないこと、これに尽きる。しかし、どんなに気を付けていてもそこは生身の人間である。残念ながら健康維持に私は失敗してしまった。自律神経失調症の家系に生まれた私は、最近ひと月に一度くらい、妙に身体の具合が悪くなる。症状は微細なもので、鼻水はなし、喉も悪くない、そして咳もない。それなのに身体には若干の微熱感と頭痛を伴っただるさが生じる。
この状態が 12/22
ごろから始まってしまった。本当に全力で旅に打ち込めるか、大きな不安を感じていた。神様本当に頼みます。うちに仏壇は無いが、姿なき仏に私は手を合わせて祈った。とにかく安静に、夜をしっかり眠るようにして、なんとかもう大丈夫だと言えるところに戻せたのが、実に旅の始まる1日前であった。ロビンからも「年末の労働がしんどいので、大掃除などで腰が砕けないよう注意を払う」といった主旨の文言があったが「なんとか無事に仕事納めをした」との連絡が入り一安心。
いよいよ舞台は整った。
12/28 の朝。幸いにも天候は晴天に恵まれた。朝8時に我が家を時間通りに訪れたヒトシロビンソン。持参したボールは、彼が7つで私が5つ。ただ相手よりも高いアベを残す。お互い「俺のほうが上手い」と証明する。それだけのプライドをかけた男達の旅が今年も幕を開けたのであった。