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爽やかな秋、朝の気温は15度くらい!大きな民家の軒先から金木犀の香が漂い、あの家もこの家からもの香に包まれて朝の散歩を続けている。
今朝は、玉造の大阪クリスチャンセンターで毎週行なわれている朝祷会説教に、副院長が招かれているので祭日の月曜日、学院チャペルも無いため参加しようと思う。朝7時から30分、8時まで朝食会。出勤前の1時間のひと時、祈りと聖書のことばとクリスチャンとの交わりでスタートする。大阪城学院となりにあり、早朝の時間で生駒から車で30分ほどで着ける距離だ。
帰宅後の午前中に結婚式を行なうので、体育の日の祭日だが相変わらず充実した一日になる。ありがとうございます!すばらしい充実の一日でした。感謝しますと祈りつつの朝のスタートです。

家に帰ると、さっそく仕事を探した。しかし十六歳の少年にできる仕事はほとんどない。近所の仲さんが見かねて、新しい田んぼの開拓作業に雇ってくれた。朝八時から夕方の五時までの肉体労働で、つるはしやくわを使って新田を開く作業である。土をもっこに入れて担ぎ、泥だらけになって働いたが、収入は父と弟の食事代にもならなかった。
特定郵便局の上妻局長が見かねて、夜勤をさせてくれることになった。ウナ電(至急電報)が来た時だけ配達すればよい仕事だ。日中は土方、夕方六時から朝の六時までは郵便局。朝から晩まで、晩から朝までの労働に明け暮れたが、収入は知れたもの。ほとんどが食料を買うお金に消えていく。悔しいけれど、どうすることもできない。ただ闇雲に泥だらけになって働くだけだった。夜は郵便局で教科書を開こうとするが、昼間の疲れでウトウトしてしまう。これではいけないと思いつつも、どうすることもできない。そうこうしていると、電報が来る。六キロも先の万波村だ。真っ暗闇の中をランプも付いていない自転車をこぐ。
「電報です!」と真夜中にドアを叩いても、なかなか起きてはくれない。泣きたくなる。それでも良い知らせの時は、お茶やお菓子まで出して、「義之さんも大変だね。がんばってね」と優しく声をかけてくれることもあった。そんな優しい声に送られてこぐ帰路の自転車は軽かった。
秋が過ぎたころから、生駒聖書学院に入学した兄の手紙が、頻繁に届くようになった。書いていることはいつも同じで、「生涯を献げて献身し、将来は牧師になるように」との勧めだけである。兄さえ、その献身なるものをあと一年遅らせてくれたら、休学しなくてもよかったのにと、悔しさに手紙を破り捨てたこともあった。しかし、人それぞれに導かれた道があるから、兄は兄、自分は自分だ、人のせいにして当たり散らしてもどうにもならないと思いを変え、クリスチャンの端くれとして、兄がすばらしい牧師になれるよう祈った。
ペテロの第一の手紙
5:10 あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。 5:11 どうか、神のご支配が世々限りなくありますように。アーメン。