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昨日の礼拝は富雄キリスト教会で、あなたお抜ける報いは非常に大きい!」と題してメッセージ。
7月からインターネット礼拝開始で、富雄キリスト教会での礼拝は月一度になり、昨日は牧師がアメリカ研修で留守でもあり、久しぶりに富雄へ。早く出かける娘に同乗させてもらい途中で降りて、一時間ほど祈りつつ歩いて教会へ着いた。2歳7ヶ月の孫がおじいちゃん!と飛びついてくる。教会員たちの温かい歓迎の瞳に包まれてメッセージ。

結婚後も東淀川へは通っていたが、今まで一人分でよかったのに、倍の交通費が必要となった。また牧師の結婚が、礼拝に来ていた若い女性たちを遠ざける結果にもなってしまった。加えて碓井君の事故や、学生たちの進学や就職、転居なども重なり、集まる人数がほんとに少なくなってきた。集会所も定期的に借りれなくなり、公園を使ったり、場所を変えたりしながら、何とか集会を続けていた。
ある夜のこと、クート師の自宅に呼ばれ、富雄キリスト教会に行くようにと言われた。私にはまったく予期しないことばだった。驚く私にクート師は、聖霊がそのように示され、御旨に従えば祝福があると、懇々と諭すように話してくれた。それまで富雄は、喜島牧師が責任を持って伝道していた地域であり、そのことも気がかりだったが、すでに喜島牧師も了解しておられるという。私はその導きに従うことにした。
しばらくは東淀川とのかけもちが続いたが、ある夜遅くまで、淀川の堤防で一人祈りに祈り、涙とともに開拓伝道四年目、東淀川から撤退することにした。
私の開拓伝道は、挫折と敗北に終わってしまったのである。しかし、どんな挫折も失敗をも益として、新しい勇気と希望を与えてくださる主によって、深き淵より立ち上がり、牧師として仕えることが許されている。
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ5:3-5)
今でも新大阪へ行く度に、あの日のことを思い出し、再び何らかの方法で福音を伝えたく思っている。
富雄で伝道することが決まり、一九六七年十二月に生駒から引っ越すことにした。富雄の家を調べもせず移転したので、到着して驚いた。窓ガラスは割れ、畳はすり切れている。台所の壁はぼやを出して、真っ黒にすすけていた。冬場だったので、すきま風には悩まされたが、まだナメクジやゴキブリがいなくて助かった。暖かくなると、狭い台所から、家内の悲鳴がよく聞こえた。私は虫も殺さぬいい男で、虫を見ると逃げ回っていた。家内がずいぶん鍛えられ、たくましくなったことも感謝である。
マタイの福音書
6:13 さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」
16:14 彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」
16:15 イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
16:16 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
16:17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。
16:18 ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
16:19 わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。」
18:18 まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。
18:19 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。
18:20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」