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昨日は、高齢の婦人を訪問。幸いカーナビがあるので迷わずに到着。腎臓に問題があるとのことで、医者に腎臓透析をするか、食事療法でするか決めなさいと言われ迷っていると話してくれた。
塩分を控えなければと思うが、魚や鶏肉が食べられず肉が大好きで、しかも漬物も大好物、明日食事療法の指導をお嫁さんといっしょに受けに行くことになっている。嫁に世話になるのも大変だし・・・・等々悩みをおき聞きし、聖書を開きいやしと健康の回復をいっしょに祈りました。
出エジプト記 15:26 そして、仰せられた。「もし、あなたがあなたの神、【主】の声に確かに聞き従い、主が正しいと見られることを行い、またその命令に耳を傾け、そのおきてをことごとく守るなら、わたしはエジプトに下したような病気を何一つあなたの上に下さない。わたしは【主】、あなたをいやす者である。」
23:25 あなたがたの神、【主】に仕えなさい。主はあなたのパンと水を祝福してくださる。わたしはあなたの間から病気を除き去ろう。
第一ペテロの手紙2:24 そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。
5:24 あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。
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富雄の教会には、吉川絹江さんという七十代の忠実な信徒がいた。いつも祈り会に出席し、心を合わせて祈り、励ましとなってくれた。彼女は駅前で花屋を開いていた。
彼女は若い時に玉造の大問屋の長男に嫁ぎ、いずれは大店の女将さんとして差配をふるうことになっていた。ところが長男誕生の七ヵ月後、主人が肺ガンのために三十代の若さで亡くなってしまった。そうなると、立場は変わってしまう。姑は次男に後を継がせようと嫁いびりを始め、彼女は子どもを連れて実家のある富雄へ帰ってきた。実家は富雄でも素封家であったが、一度嫁いだ身は自分で生きなければと、明治女の心意気で、あらゆる仕事をしながら、子どもを養い育てた。息子の身体が弱く、結核に冒されていたこともあり、親子は山の中の掘っ建て小屋を借りて暮らしていた。(現在、富雄キリスト教会が立っている所は、吉川さん親子が住んでいた土地である。)
いつも近くの光さんというクリスチャンが、「吉川さん、今日は牧師さんが来て、家で家庭集会があるからいらっしゃい」と声をかけてくれた。だが、他宗教の布教師となっていた吉川さんは、一度も行かなかった。
やがて教会に導かれた息子さんは、病身を気遣う母親の反対を押し切り、浸礼によるバプテスマを受けた。そして案の定、風邪をひいて寝込んでしまった。母親はそれ見たことかと怒ったが、三日後起き上がった息子は、ほうきを手に取り、掃除を始めた。今まで何もしなかった息子の激変に驚いた彼女は、教会でイエス・キリストのことばを聞いた。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ11:28)
主人の死以来、多くの苦労を重ねてきた彼女だった。青酸カリを息子に飲ませて死のうとしたことさえあった。宗教を遍歴し、傷つき疲れた心を、十字架の主は優しく包み、いやし、すべての罪を赦し、神の子とし、永遠のいのちを与えられたのだ。
その日以来、彼女の人生はイエス・キリスト中心になった。いつも聖書を読み、病の人のため祈った。話し下手の牧師のメッセージをいつもノートに取り、「アーメン」と大きくうなずきながら聞いてくれた。九十六歳の長寿を全うして天に召されたが、今でも彼女の信仰は、講壇を飾る美しい花として、あかしを続けている。