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聖書の一言;ヨハネの黙示録 14:13 また私は、天からこう言っている声を聞いた。「書きしるせ。『今から後、主にあって死ぬ死者は幸いである。』」御霊も言われる。「しかり。彼らはその労苦から解き放されて休むことができる。彼らの行ないは彼らについて行くからである。」
今日8月26日は、実母が小学4年生の時、38歳で死に、義母が高校1年の時に死にました。母の死の時、最後のことばは、義之。ごめんねでした。野辺の送りであらかじめ用意された墓に棺が下され、土をかけると村の青年たちが土を盛り、白木の墓標が建てられおしまい。蝉がなく声だけを覚え、歯を食いしばって涙を押えました。死ねばおしまい。優しい愛の声も、柔らかな胸と手の温もりもない。物も言わず、口も開かない子ども時代。
義母=ばあに引き取られ5年生の時、彼女は中風で倒れ寝たっきり、夏の終わりの26日に静かに召されました。
30戸ほどの種子島の山の村で、最初のキリスト教の葬式。
1、海行くとも 山行くとも 我が魂の休み 何処にか得ん
2 、憂節=うきことのみ しげきこの世 何をかも堅く 頼むべきや
3 、死ぬるも死の 終りならず 生けるもいのちの 全きならず
4 、浮きこの世に 変わるかの世 年波は寄せず 愛は尽きず
5 、不死の休み 全き愛の いのちは主よただ 君にぞある
讃美歌の歌詞が心を打ち、2学期が始まると、すぐ最上医院の家庭集会へ行き、それから3か月後の11月24日、イエス・キリストをアーメンと信じ、午後から西之表キリスト教会前の城の浜海岸で洗礼を受け、クリスチャンになり現在は現役牧師です。
今年も種子島で思い出の海岸=今は浜がなく海辺を散策。
8月21日には,沖縄の太平洋岸で、どうしてもとの52歳男性と海での洗礼式。
イエス・キリストの十字架と復活をアーメンと信じ、天国行きの永遠のいのちをもつ死者は幸いです。
彼らは、その労苦から解放されて、天国の休みに入ります。そればかりでなく、彼らの行いは彼らについて行く。
母たちのことを思いながら、その愛、そのぬくもり、そしていつの日か天国での再会を思い、慰めと勇気を与えられる記念日です。
ヨハネの福音書 3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝してます。