little island walking,

little island walking,

2007/03/06
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 病院を出て父は、ふたたび車を走らせた。ラジオから、どこかで聞いたことのある音楽が流れている。ゆっくりとした、淋しいメロディだった。音楽と、車の音以外、なにも聞こえない。指の痛みは、だんだん治まっていって、熱だけが親指の内側でくすぶっている。白い包帯。消毒液のにおいがかすかに鼻につく。父もそう感じたのか、煙草に火を入れると、ゆっくりと煙を吐き出した。父の匂いだった。
 その懐かしい香を私はめいいっぱい吸い込んだ。すこしだけ咳き込むと、父は車の窓を開けた。すうっと生ぬるい夏の風が入り込み、「あ、お祭り」私は小さく呟いた。
「お祭り、岩崎ん広場のか」
 父の低い声。
「うん」
「そういえば、この時期やったね」
「うん」
「あら、ほんとじゃ、提灯の灯りが見ゆる」
 父がフロントガラス越しに指差した先に、いくつもの提灯の灯りが揺らめいているのを見つけた。紫の夜に、そこだけがふんわりとしたオレンジ色の輝きだった。やがて、開け放した窓から、盆踊りの太鼓が聞こえてくる。どことなく甘い匂いが夏の風に混ざり始める。


「足に悪いぞ」
 その大きな手を、私の小さな手に結んだ。
 やわらかな温度が手と手の小さな隙間にたまりこんでいく。大きな、圧倒的に大きな暖かさが、その手にはあった。絶対的な安心感が、小さな胸のなかであまりにも膨らみすぎていくのを感じた。
 これはいけないことなのではないか、と私は思った。
 夜店には、もう、ジェシカちゃんやマリーちゃんは見当たらなかった。それを理由に、私は不機嫌になることができた。ここで、ずっと甘えていたら、父とはもう二度と会えないような気がしたからだ。お父さんは家にいないんだから、すべてを父の温かさにまかせてはいけないと五歳児ながら理解したのだ。
 父は、そんな私の様子を見てか、ふと、握っていた手を離した。「あ」と小さな声を上げてしまったつもりが、たぶん声にはなっていなかったのだろう。私の声にならない声には耳を傾けず、離した手の行き場のために、
「まゆ、ほらあれ、知っちょるや?」
 指差したのが、水飲み鳥だったのだ。
 おもちゃを売る夜店の隅っこに、四つか五つの水飲み鳥があった。それらは繰り返し繰り返し、頭を上げ下げしては水を飲んでいた。初めて見る滑稽な姿に、私は興味を持って、
「なにあれ」
「水をずうっと飲み続ける鳥やとよ」

「ふうん、へえ」
 なにか、とんでもないものでも見たかのような、驚きの声をあげてみた。「わたし、あまのじゃくだから」という性格は、もうこのときにはあったようだ。
「買ってやるわ」
 父はそう云うと、娘の返事もなしに、ポケットからお札を取り出した。
「何色がいいやろかね。・・・・・・女ん子やかいピンクがいいやろ。すんません、それくだい。・・・・・・それ、ピンクのやつ。そうそれ。」

「ありがとう」
 と云った私の態度はどうだ。他人行儀そのものではなかっただろうか。

 花火が終わるころ、慌てた様子で広場に母がやってきた。
「アンタ、足は。まっこちぽやっとして」
 父のかたわらに立っていた私に向かって、母はどうしようもないような呆れた様子で私を叱った。そんなに激しい怒られかたではなかったので、ほっとした。私は、手にしていた水飲み鳥をとっさにポケットに隠した。母はそれに気づかずに、私のほうから父のほうへ向き直り、何かを話しはじめ、すぐに会話は終わった。母が、父と何を話したのかは覚えていない。
「帰るよ、まゆ」
 私はされるがままに母に手を引かれ、父に何も云えずにその場を後にする。振り返ると、父はもうすでに背中を見せていた。








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最終更新日  2007/03/08 05:26:52 PM
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