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源氏物語〔34帖 若菜 216〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。様々な養生や呪いを試みても効き目は見えず、回復の望みは無く、この病人はただ心細く見えるばかりで、その様子を院は深く悲しんだ。もはや他のことに心を向ける余裕もなく、法皇の賀の準備も中止せざるをえなくなった。法皇の寺からも、夫人の病を気遣って、丁重な見舞いの使いが何度も訪れた。病状は相変わらずで、二月もそのまま過ぎていった。院は言い尽くせないほど心を痛めておられ、せめて環境を変えればとお考えになり、病の女王を二条の院へ移された。六条院の人々は、まるで大きな厄難が降りかかったかのように深く悲しみ、冷泉院もまた大層心を痛めておられた。この夫人に万一のことがあれば、六条院は必ず出家されるであろう――それは誰の目にも明らかであったため、大将なども真心を尽くして、夫人の病が少しでも快方に向かうよう奔走していた。院が命じられる祈祷のほかに、大将は自らの願いとしても祈祷を行わせていたのである。
2026.05.03
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源氏物語〔34帖 若菜 215〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。院に心配をかけぬよう、激しい苦痛をこらえながら朝を待った。やがて熱まで出て容体は明らかに悪くなったが、院が早く帰ってくるように促すこともせずにいるうち、女御のもとから夫人へ手紙を届けに来た使いに、女房が病のことを伝えてしまったため、それを聞いた女御が驚いて院に知らせた。胸を騒がせながら院が戻ってくると、夫人は苦しそうに横たわっていた。院がどんな具合かと声をかけ、夜着の下に手を入れてみると、身体はひどく熱を帯びている。昨日話題に上った厄年のことも思い出され、院は恐ろしさを覚えた。粥などを作らせて持って来たが、夫人は見ることすら嫌がった。院は一日中病床に付き添って看病を続け、菓子の一つも口にせず、起き上がらないまま数日が過ぎていった。このままどうなってしまうのかと不安になり、院は数えきれないほどの祈祷を始めさせ、僧を呼んで加持も行わせた。どこが特に悪いというわけでもないのに、夫人はひどく苦しみ、苦悶が顔に現れた。
2026.05.02
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「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。楽器を押しやらせ、そのまま宮を寝かせた。一方、対のほうでは、寝殿に泊まるこうした夜の習慣として、女王は遅くまで起きており、女房たちに物語を読ませて聞いていた。人生のありさまを写した物語の中には、情に迷いやすく、何人もの恋人を持つ男を相手にして、絶えず悩み苦しむ女が描かれていることが多い。たいていの場合、最後には二人だけの落ち着いた生活に行き着くようになっている。しかし自分はどうだろう、年を重ねてもなお、一人の妻として完全に落ち着くこともできずにいるではないか、院の言葉どおり自分は運命に恵まれているのかもしれないが、誰もが最も耐えがたいと感じる苦しみを背負っている。このように、一生背負って生きねばならない定めなのではないかと思うと、情けなくてならない、そんなことを次々と思い続けた末に、夫人は夜が更けてからようやく寝室に入った。ところが明け方近くになって急に具合が悪くなり、胸の痛みが激しく起こった。女房が心配して院に知らせようと言うのを、夫人は止めた。
2026.05.01
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源氏物語〔34帖 若菜 213〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女御は自分のことを好意的に受け取ってくれているだろうと信じているとも言った。かつてはねたましく感じていた明石夫人のことさえ、このように寛大な心で受け止められるようになったのは、女御への愛情がそれほど深いからなのだろうと院は感じ、うれしく思った。最後に院は、あなたには恨む心もあるが、それ以上に思いやりがあるから自分を困らせることがない、多くの女性の中であなたに並ぶ人は一人もおらず、それほどまでに立派なのだと、微笑みながら語った。夕方になってから、宮があれほど見事に琴を弾いたことを祝ってやろうと、院は寝殿へ出かけていった。そのとき宮は、自分の存在のためにほかで苦しんでいる人がいるかもしれないなどということは少しも念頭になく、若々しい熱心さで琴の稽古に夢中になっていた。院はそれを見て、もう琴はそのくらいで休ませて、教えて下さった先生をもてなし、これまでの苦しい骨折りのかいがあって、今日は安心してよい出来だった。
2026.04.30
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源氏物語〔34帖 若菜 212〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。せめて中宮には心を尽くして仕えたいと願ったのも、前世からの因縁であったのだろうし、こうしてその子である姫宮の世話をしていることで、あの世からも自分を見直してくれているのではないかと思っている。昔から今に至るまで、軽率な心の動きで、ときには不幸な結果を生み出してしまうことの多い自分なのだ。さらに院は何人かの女性について語り続け、女御の後見役については、初めはたいした人物ではないだろうと軽く見ていたが、実際には心の奥底まで見通すことのできないほど深い内面を持った女性で、表面上は素直で柔順に見えながらも、いざという時には鋭い知性で自分を守り抜く強さを備えている人だと評した。それを聞いた夫人は、自分は他の女性をよく知らないので断言はできないが、その人には折に触れて会っており、あまりにも聡明で感情を少しも表に出さないのに対して、自分は誰にでも友情を示そうとする性質であるため、相手からどう見られているのかと思うと気恥ずかしいと打ち明けた。
2026.04.29
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源氏物語〔34帖 若菜 211〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。あまりにも整いすぎていて、どこか堅く近寄りがたい印象を与える人だった。少し賢すぎると言ってよいほどで、話として聞けば頼もしい存在なのだが、妻として向き合うには気疲れのする女性だったのだと思う。中宮の母である御息所は、高い見識と才能を備えた女性の代表として思い出される人だった。恋人としてはきわめて扱いにくい性格だった。人が一度は忘れてしまうような出来事でも、その人は決して忘れず、深く心に刻み込んで恨み続ける性質であったから、相手は耐えがたい思いをすることになった。常に自分を高く評価させずにはおかない強い自尊心が付きまとっているように感じられた。その前では、自分が卑小な男になってしまうのではないかという不安から、必要以上に見栄を張るようになり、やがて自然と心が離れ、縁も途切れてしまったのだ。無我夢中で踏み込み、あってはならない噂を立てる結果を招いたその人の真価を知っていながら、捨て去ったことは、今でも済まない思いである。
2026.04.28
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源氏物語〔34帖 若菜 210〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。涙ぐむ夫人の様子を院は哀れに思い、気を紛らわせるためにさまざまな話題を持ち出して話し続けようと努める。この場面は、紫夫人の内面の不安と死の予感、院の独占的で切実な愛情が真正面からぶつかり、人数は決して多くはないが、これまで自分が深く関わってきた比較的優れた女性たちについて考えてる。女というものは何よりもまず性質が善良で、物事を落ち着いて考えられる人がいちばん望ましいのだと感じる。しかし実際には、そのような人はなかなか思うように見つからない。大将の母とは少年時代に結婚し、尊敬すべき妻だとは思っていたものの、結局は心から打ち解け合うことができないままだ。隔たりを抱えた関係で終わってしまい、今になって思えば、それがどれほど気の毒で、悔やまれることであったかと胸が痛むし、申し訳なかったと後悔もしているが、同時にすべてが自分一人の責任だったとも言い切れない気もしている。あの人が立派な貴婦人であったことは疑いようもなく、欠点らしい欠点もなかった。
2026.04.27
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源氏物語〔34帖 若菜 209〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。それを少しでも減らしてほしいと神仏に祈ることしかできないのだと答え、本当はもっと言いたいことを胸に押さえながら、それだけを口にした。その控えめな言葉の中に、いかにもこの人らしい美しさがあった。さらに夫人は、自分はもう長くは生きられないような気がしており、この厄年を迎えてなお。何事もなかったかのように過ごしているのはよくないと分かっている、以前から願ってきたことでもあるので、許されるなら尼になりたいとも言う。すると院は、それはとんでもないことだと強く否定し、あなたが尼になってしまった後の自分の人生がどれほど味気ないものになるかを思うと耐えられない。平凡な日々を送っているように見えても、あなたと心を通わせて生きていること以上に価値のあることはないと信じているのだと言い、これから先の長い時間の中で、自分がどれほどあなた一人を愛しているかを見てほしいと語り、その言葉を、慰めとして、自分が信仰の道へ進むことを引き止めるものだ。
2026.04.26
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源氏物語〔34帖 若菜 208〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。あなたは、私と別れて暮らしていたあの苦い時代を経験してからは、もうそれほど思い悩むことも、心を乱すこともなかったのではないかと思う。后と呼ばれる立場にある人はもちろん、それ以下の宮廷の女性であっても、人と競わずにいられる者など一人もおらず、皆が皆、比べ合い自らを苦しめている。その点、あなたは親の家にいるような安らぎのまま今日まで生きてきた人で、その気楽さは誰にも及ばない。この一点において、あなたは誰よりも幸福だったのだということが分かるだろう。思いがけず姫宮をこちらへ迎え入れてからは、多少の不快は感じるだろうが、それによって私の愛情はいっそう深まっている。あなた自身のことだから気づいていないのかもしれない。ただ、あなたは物事の道理がよく分かる人だから、そのことを理解してくれているだろうと私は信じ、頼りにしている。そう言われて、夫人は、外から見れば自分は分に過ぎた幸福な身の上にあるのだろうが、心の内には悲しみばかりが積もっていく。
2026.04.25
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源氏物語〔34帖 若菜 207〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。紫の女王の彼女はその年三十七であった。院は長年ともに暮らしてきた日々を思い返しながら、祈祷のようなことは半生の年数以上にしてきたのだから、今年は無理をせず慎むようにしなさいと言い、自分も常に気をつけるつもりではいるが、ほかのことに紛れてうっかりすることもあるかもしれない。もし自分で考えて行いたい少し大きな仏事などがあれば遠慮なく言えばよい、いくらでも準備させると続ける。そして北山の僧都が亡くなったのは惜しいことで、血縁でなくとも立派な宗教者だったのだと語る。私は生まれた時からすでに特別に扱われる運命を背負っていて、これほど幸運な人間も珍しい。今に至るまでに得た名誉や物質的な恵まれ方を見れば、幸運と言えるだろうが、その一方で、誰よりも多くの悲しみを見てきた人間でもあるのだと思っている。母とも祖母とも早くに別れたことをはじめとして、身のまわりには常に哀しい出来事がつきまとい、それらの苦しみがあったからこそ、罪業が軽くなった。
2026.04.24
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源氏物語〔34帖 若菜 206〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。すると院は、手を取って直接教えるのだからこれ以上確かな教え方はなく、本当は夫人にも教えるつもりだったが、琴の稽古は手間も時間もかかるため、つい実行できなかったのだと言い、しかし院の帝も琴だけは習わせているだろうと聞いて気の毒に思い、保護者に選ばれた者の務めとして 教え始めたのだと語る。さらに、幼いころの夫人をそばに置いて理想的に育てたいとは思っていたものの、その当時は忙しく、特別な師として十分に世話をしてやれなかったし、近年も次々と用事に追われて行き届かなかったが、それでも琴がこれほど上手に育ったことを誇らしく思い、大将が深く感心していた様子をほめる。院は、芸事の才能にも恵まれながら、今は祖母として孫たちの世話を誠実に果たし、家庭の実務においても少しの不足も見せない夫人の姿を思い、これほど何もかも整った人はかえって短命なのではないかという不安さえ抱く。多くの女性を見てきた院にとって、ここまで非の打ちどころのない人はいない。
2026.04.23
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源氏物語〔34帖 若菜 205〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。日々の暮らしでは身なりにも構わず、次々に生まれる子どもの世話に追われているので、大将は若い妻が本来持っている感受性や魅力を受け取ることができない夫である。しかしその一方で、嫉妬して腹を立てることもありながら、どこか無邪気で天真らんまんなところを残した女性でもあった。この場面は、源氏物語 の中でも、音楽を通して人の資質、教えの継承、夫婦のすれ違いまでを静かに描いた、非常に味わいの深い部分で、院は対の方へ戻り、紫夫人はその場に残って女三の宮と話を交わし、夜明け近くになってから自分の部屋へ帰ったが、翌日は昼近くになるまで寝所から出てこなかった。その後、院は夫人に向かって、宮はずいぶん上達したようだが、あの琴をどう聞いたかと話しかける。夫人は、最初のころに別の場所で演奏しているのを聞いていた時には、そこまでの腕前とは思わなかったが、驚くほど上達しており、それももっともで、先生があれほど熱心に教えていたのだから当然だ。
2026.04.22
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源氏物語〔34帖 若菜 204〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。宮の装束一式が包み物として与えられると院は冗談めかして、まず師である自分に褒美が出ないのはおかしい、期待していたのに残念だと言うが、その言葉に応じるように、几帳の下から笛が差し出される。院は笑いながらそれを受け取るが、それは質の高い高麗笛であり、少し吹いてみた。すでに退出し始めていた人々の中で大将が立ち止まり、子どもの持っていた横笛を取って見事に音を合わせて吹く。その技はまさに至芸と感じられるもので、院はその音を喜んで聞き、これもまた自分が育てた弟子の成果だと満足する。大将は子どもを連れて車に乗り、月明かりの道を帰っていく。二度目の合奏で響いた箏の音がいつまでも耳に残り、どうしようもなく恋しく感じられてならなかった。自分の妻は、祖母である宮から琴の手ほどきを受けたとはいえ、十分に身につく前に父の家へ引き取られてしまい、十三絃の琴も中途半端な稽古に終わっているため、夫の前では恥ずかしがり全く弾こうとしない。
2026.04.21
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源氏物語〔34帖 若菜 203〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。合奏が終盤に入り、呂の調子が律へと移る掻き合わせの部分では、音が一斉に華やぎ、宮は五つの調べのうち五六の絃を巧みに弾き分け、その手つきには少しの未熟さも感じられず、澄みきった音が夜気の中に美しく響き渡った。春や秋、その他あらゆる場面ごとに変化させる琴の弾き方を教えた。院がかつて教えたとおりに少しの誤りもなく身につけて演奏しているのを見て、院は自分の教えが正しく伝わっていることを誇らしく感じた。また、幼い孫たちが一生懸命に笛の役を務めている様子をいじらしく思い、今夜は短時間で終えるつもりだった合奏が、興に任せて長引き、音楽に夢中になる。夢中になるあまり、結果として遅くなってしまったのは配慮が足りなかった、と言って気遣いを見せた。そして笙を吹いた子には酒杯を与え、自らの衣を脱いで褒美として授け、横笛の子には紫の上の方から厚い織物の衣や袴を添えて贈り物が渡された。大将には姫宮の御簾の内から酒器が差し出された。
2026.04.20
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源氏物語〔34帖 若菜 202〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。その時が来たなら、自分が身につけたかぎりの琴の芸を授けたいと願っていると語った。そして二の宮には、すでにそのような天分が備わっているように思われるとも付け加えた。この言葉を、明石夫人はまるで自分自身の名誉であるかのように受け取り、涙ぐみながら側で聞いていたのである。やがて女御は箏を紫の夫人に譲り、病み疲れた身を横たえたため、今度は院自らが和琴を弾くことになった。第二の合奏は、先ほどとは趣を変え、柔らかさの中に華やかさを備えたもので、催馬楽の「葛城」が歌われた。院が折々に声を添えることで、全体はいっそう美しく調和した。月が高く昇るにつれて梅の花の色も冴えわたり、十三絃の箏の音はそれぞれに個性を響かせた。女御の音は可憐で女らしく、母である明石夫人に似た揺れを帯びた深く澄んだ響きであり、女王の音はそれとは異なり、ゆるやかな気分と愛嬌に満ち、聴く者の心を酔わせるような才気が感じられた。
2026.04.19
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源氏物語〔34帖 若菜 201〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。そのような世の中で、ただ一人が芸に取りつかれ、高麗や支那を渡り歩き、家族や身の回りのことを一切顧みないほどになるのは、むしろ狂気じみているとも言った。だからこそ自分は、そこまで極端な生き方をするのではなく、この芸が本来どのようなものなのかを理解できるところまで到達したいと願った。一曲を十分に習得することさえ困難な芸ではあるが、琴には無数の難曲が存在するため、若く音楽への情熱が最も盛んな頃の自分は、世の中にあるかぎりの琴譜を調べ、舶来のものもすべて手元に集めて研究に没頭した。やがて自分以上の力量を持つ師もいなくなり、不自由な思いをしながら独学を続けた。それでも古人の境地には少しも及ばなかったと院は率直に語り、これから先はさらに心細くなるだろうと、この芸の行く末を思って悲しんでいるのだと結んだ。その言葉を聞きながら、大将は自分の至らなさを深く恥じる思いだ。院はさらに、今上の親王が成人の頃まで自分が生きていられるかは心もとなく思った。
2026.04.18
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源氏物語〔34帖 若菜 200〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。それほどの苦労をしても成就した者はごくわずかであった。実際、すぐれた琴の音が月や星の位置を変えさせたり、季節外れの霜や雪を降らせ、黒雲を呼び、雷鳴を起こしたというような伝説も昔にはあったのだと院は語る。誰もが音楽の中で最高の芸であると知りながら、完全に身につけた者は少ない。末の世となった今では、残っている者も、かつての真の芸の断片に過ぎないのではないかとも述べた。それでもなお、鬼神さえ耳をとどめるほどの力を持つ琴の稽古を中途半端に行い、上達できないまま、かえって不幸な最期を迎える者が出たため、琴を学ぶと不吉を招くといった迷信まで生まれた。近ごろではこの厄介な芸を志す人が少なくなったのだと院は嘆いた。しかし、琴がなければ世の中の音楽は根本の音を失ってしまうのだから、それはまことに遺憾なことだと、深い思いを込めて語り終えた。院は、あらゆる物事というものは衰え始めると、あとは驚くほどの速さで退化していくものだと語る。
2026.04.17
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源氏物語〔34帖 若菜 199〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。今夜の演奏を聞くかぎり、当時よりさらに進歩しているとも付け加えた。こうして何事も自分の手柄として語る院の様子を聞きながら、女房たちは互いに肘を突き合って、思わず笑いを交わしていた。やがて院は、芸というものの本質について語り始め、どのような芸であっても、始めが肝心。習い始めるとその奥深さが次第に見えてきて、自分で満足できるところまで習得することなど到底できないものだが、それほどの熱を芸に注ぐ人が今の世には少ないため、少し稽古を積んだだけで自分なりに納得し、それでよしとしてしまうのだと言うが、琴だけは別で、安易に手を出せる芸ではない。もしこれを極めることができれば、天地を動かし、鬼神の心をも和らげ、苦境にある者には慰めを与え、貧しい者を出世させ、ついには富貴と尊敬を得るに至った例さえあると語った。この芸が伝わり始めたころには、学ぶ者は皆、長く外国へ渡り、あらゆる困難を乗り越えて上達を目指したものだ。
2026.04.16
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源氏物語〔34帖 若菜 198〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。大将は、女たちの演奏はせいぜい気晴らし程度の遊びであろうと軽く見ていたため、その予想との落差がいっそう感激を大きくした。歌の役を務めることは、気が引けて勤めにくい思いがしたと打ち明けた。和琴という楽器は、太政大臣ただ一人がすべての楽音を率いるかのように自在に操ることができる。他の者が容易に近づけない至高の芸であると考えていたが、今夜耳にした音は、それとはまた別の境地に達した特別なものであり、実に見事であったと大将は心から称賛した。それを聞いた院は、そこまで最大級の言葉でほめられるほどのものではないと口では謙遜しながらも、顔には得意げな微笑を浮かべた。そして、自分には出来そこないの弟子は一人もいないようだと半ば冗談めかして言い、琵琶だけは自分が苦心して教えた弟子の芸ではないが、もともとすぐれたものであるはずだと語った。それは思いがけないところで自分が見出した天性の弾き手であり、以前から感心していた。
2026.04.15
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源氏物語〔34帖 若菜 197〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。院は、それでも感激を覚える音楽者が見当たらない現状は残念でならないと語る。芸事というものは、演じられる場所によって普段とは違った出来を見せることがあるが、最も晴れがましい宮中という場で、最近選ばれている演奏者たちと、今日の女性たちの演奏とを比べてみて、劣っていると感じる点があるだろうか。院は大将にそう問いかけた。それを受けて大将は、まさにその点について意見を述べたいと思っていたのだが、自分は頭がよいわけではないので、的外れなことを言ってしまうかもしれないとためらいながら口を開き、今の世の人々は、音楽が最も盛んであった昔の時代を知らない。だからこそ、衛門督の和琴や兵部卿の宮の琵琶などを、ことさらに賞賛するのではないかという考えを示す。そこには、過去への敬仰と同時に、現在の評価が必ずしも実体験に裏打ちされたものではない。大将は、名人の技として音楽を見聞きしてきたつもりではあったが、女たちの演奏には心底驚かされた。
2026.04.14
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源氏物語〔34帖 若菜 196〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。大将の言葉に対し院は、それほど簡単に断定できることではないと応じ、古人でさえ決めかねてきた問題なのだから、末の世に生きる自分たちの力で、正しい批判などできるはずもないのだと前置きした上で、秋の律の曲が春の呂の曲の下に置かれているのは、今大将が述べたような理由が背景にあるのだろうと述べた。つまり、自然のあり方と人の感受性との関係は、単純な優劣ではなく、長い思索と経験の積み重ねによって位置づけられてきた認識が、院の言葉の奥にはあった。さらに院は話題を現代の音楽家へと移し、宮中の催しなどで演奏を命じられる人々の音楽を聞いても、真に名人だと感じさせる者は少なくなった。それは先人の業績を深く研究しようとする熱意が足りないからではないかと疑問を投げかける。今日のような女ばかりの音楽の会に交じってみても、とりわけ際立って心を打つ者がいるようにも思われないと率直に述べながらも、引きこもり鑑識眼が鈍り、偏ってしまったせいかもしれないとも自省する。
2026.04.13
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源氏物語〔34帖 若菜 195〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。院は大将に向かい、頼りなげな春の朧月夜であるが、秋のよさというものもまた、このような夜に音楽と虫の声が重なり合って立ち上ってくる時にこそ感じられるものなのだと語りかけた。その言葉には、季節を超えて響き合う美への深い理解と、余情を味わい尽くそうとする心が静かに込められていた。秋の明るい月夜には、音楽であれ、どのような音の響きであれ、澄み切って明瞭に聞こえてくるが、その一方で、空の景色や草花に宿る露の色までもがあまりに整いすぎているため、かえって心がそちらへ引き取られ、音楽そのものに深く没入しにくくなるところがあると大将は考えを述べる。春の頼りない雲の切れ間から、ぼんやりと月が姿を現すような夜に、静かな笛の音がほのかに立ち上ってくるのを聞くほうが、音楽そのものを味わうにはふさわしいのではないかと思われるという。女は春をあわれむという言葉があるが、万事の調子が自然に溶け合うのは、春の夕暮れにこそ限られるように思われる。
2026.04.12
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源氏物語〔34帖 若菜 194〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。実際にはそうとは感じられないだけの美しさを備えており、その顔立ちや身のこなしには、いかにも聡明そうな品のよさがにじみ出ていた。柳色の厚織の細長の下に、萌葱とも見える小袿を着て、さらに薄物の簡素な裳を添えた、あえて控えめにした姿であるが、その慎ましさがかえって好ましく思えた。紫の夫人は少しも卑下した印象を与えなかった。青地の高麗錦の縁を取った敷物の中央に座ることもせず、琵琶を抱き、撥の尖をきちんと絃の上に置いている姿は、実際に音を聞く以上に美しいと感じられ、五月の橘が花も実も同時につけた折枝の姿が自然と思い浮かぶほどであった。いずれの女たちも、表立って華やぐのではなく、内に慎みをたたえた様子を見せており、その気配そのものに大将の心は強く引き寄せられていった。紫の女王の美しさは、昔の野分の夕べのころよりもさらに増しているに違いないと思うだけで、大将の胸は高鳴り、どうにも静まらなかった。
2026.04.11
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源氏物語〔34帖 若菜 193〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女三の宮に対しては、もし運命がもう少し自分に親切であったならば、この方を自身のものとして眺めることができたのではないかと思い返し、そのたびに自分の臆病さが悔やまれてならなかった。朱雀院からは折に触れて気持ちを示され、ほのめかされることもあったのだと思っていた。女三の宮については将来に不安の残る事情をよく知っていたため、紫の女王に惹かれたほど心が動くことはなかった。紫の女王という存在は、誰も想像できないほど遠い隔たりのある場所に置かれており、大将はその忘れがたい感情を胸に秘めながら、自分の抱く好意だけでもこの人に認めてもらえたらと願う。だが、それすら叶わない現実を思っては苦しんでいた。しかし、大将は道を外れた思いを抱くような人ではなく、その心を自ら抑え込むだけの理性を持ち合わせてもいた。夜が更けていくにつれ、風にはひんやりとした冷たさが混じり、臥待月が空に姿を現し始めた。
2026.04.10
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源氏物語〔34帖 若菜 192〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。演奏が一段落すると、琴を前に押しやり、苦しそうに脇息へ寄りかかっていたが、背の高くない身体を少し伸ばすようにして、普通の高さの脇息にもたれている様子がいかにも気の毒に思われ、もっと低いものを作って与えたいと、院は自然に憐れみの心を抱いた。紅梅の上着の上に、灯の光を受けてはらはらと髪がかかる姿の美しい女のそばに、紫の夫人の姿があった。紅紫とも見えるほど濃い色の小袿に、薄い臙脂の細長を重ね、その裾に余ってゆるやかにたまる髪の美しさは目を見張るほどで、体つきも過不足のないほどよい大きさである。その場一帯がこの人の美しさから放たれる光で満たされているかのように思われた。花にたとえるなら桜と呼ぶのもまだ足りないほどの容色で、見る者の心を自然と奪わずにはおかない女王で、このような人々の中に交じれば、明石夫人はどうしても見劣りしてしまいそうなものであると感じられた。
2026.04.09
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源氏物語〔34帖 若菜 191〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。院が宮の座をのぞくと、その姿は人よりも小柄で、衣だけがひときわ美しく重なり合っているように見えた。派手に目立つ顔立ちではなく、ただ貴族らしい端正な美しさが備わっており、その様子は、二月二十日ごろの柳の枝が、ようやく芽吹いたばかりの淡い緑を見せているようだった。鶯の羽風にさえ乱れてしまいそうな、はかなさを思わせた。桜色の細長を身につけ、髪は右からも左からもこぼれ落ち、そのさまはまるで柳の糸のようだった。これこそが最上の女の姿であろうと院は眺めていたが、その一方で女御には、同じような艶やかさの中に、さらに一段と光を添える美があるように見えた。身のこなしに気品があり、その印象は、春から夏へと移ろう頃に咲きこぼれる藤の花が、ほかに並ぶもののない優美さをもって朝ぼらけに映える趣にたとえられるものであったと院は感じた。しかしこの女御は身ごもっており、それもかなり月が重なって、身体のつらさが表に出てくるころであった。
2026.04.08
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源氏物語〔34帖 若菜 190〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。十三絃の箏は、ほかの楽器の音と音の合間に、細やかで繊細な響きを差し挟むところに特色があり、女御の爪音はその中でもひときわ美しく、艶やかに耳に届いた。箏という楽器は、ほかの楽器に比べると洗練に欠ける芸と思われがちではあるが、女御はまだ若く、稽古に励む盛りの年ごろだった。そのため、弾き方には確かさがあり、ほかの楽器と交わる音の調和もよく、着実に上達していることが大将にもはっきりと感じ取れた。この女御が拍子を取り、歌を歌い始めると、院もまた折に触れて扇を打ち鳴らしながら声を添え、その声は若いころとは違った味わいを帯び、かえって以前よりもおもしろく聞こえた。技巧の角が少し取れ、自然さが増したようにも感じられた。大将自身もまた美しい声の持ち主であり、夜が更けていくにつれて、場は次第に音楽三昧の境地へと導かれていった。月の出がやや遅い時分であったため、庭のあちこちには燈籠が灯され、柔らかな光が闇を照らしていた。
2026.04.07
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源氏物語〔34帖 若菜 189〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。院の孫にあたる幼い子どもたちのその笛の響きには将来を期待させるものがあり、聞く者の心を和ませた。調子合わせが終わり、いよいよ合奏に入ると、どの音も興味深く感じられたが、その中でも特に琵琶の音は際立っており、弾き手がまぎれもない名手であることを思わせた。神さびた趣のある撥さばきによって、濁りのない澄み切った音が響き渡り、この音楽の座全体に重みと格調を与えていたのだ。大将は和琴の音にとりわけ心を惹かれていた。それは、どこかなつかしさを帯びた柔らかな響きを持ち、指先から生まれる爪音には愛嬌がありながら、逆にかき鳴らすときの音は華やかだ。名人が格式ばって弾く場合にも少しも劣らないほどの派手さを備えていた。和琴とは本来このような弾き方もできる楽器なのかと、大将は新鮮な驚きを覚えた。その音には、長年にわたって積み重ねられてきた精進の跡がはっきりと表れており、それを聞き取った院もまた安堵し、夫人のことを心からうれしく思った。
2026.04.06
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源氏物語〔34帖 若菜 188〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。御簾の下から箏の琴の先端が少し差し出され、院は、失礼ではあるがこの絃の締まり具合をよく見て調音してほしい、他人を呼ぶことのできない場なので頼みたいのだと言った。それを受けて左大将は、きわめて慎み深く琴を受け取り、一越調に合わせて発の絃の柱を定め、全体を弾き試すことはせず、そのまま返そうとした。しかし院はその様子を見て、調子を整えるための一弾きくらいは気取らずにするものだと軽くたしなめたが、大将は、今日の会に自分が少しでも音を混ぜるような自信は持っていないのだと、あくまで遠慮を崩さなかった。院は、それも尤もだが、女ばかりの音楽に男がいては引き下がったのだろうという。また院は、あるいは逃げたなどと人に言われるのは不名誉だろうと笑いを含んで言ったため、大将はついに調子を合わせ、その役目だけを果たして御簾の中へ琴を戻した。院の孫にあたる幼い子どもたちが、美しい直衣姿で吹き合わせる笛の音は、まだ技量の面では幼さを感じさせるものがあった。
2026.04.05
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源氏物語〔34帖 若菜 187〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女性の弾き手には扱いあぐねることも多い。春の弦楽というものは、本来すべての音が自然に溶け合い、他の楽器と違和感なく調和していかなければならないが、もし和琴だけがうまく合わなかったらどうなるだろうかと、院は腕に不安のある弾き手の立場を思いやり、ひそかに同情の念さえ抱いていた。左大将は、この日の席をきわめて晴れがましいものと感じており、どのような音楽会に列席する時よりもいっそう気を遣っている様子であった。香をたっぷりと焚きしめた衣の上に、さらに整えられた直衣を重ね、袖の乱れにも細心の注意を払った、非の打ちどころのない身なりで姿を現した。すでに日も暮れか、早春の黄昏どきのやわらかな空気の中で、六条院の庭の梅は、前年に見た雪を思わせるほど枝もたわむほどに咲き誇っていた。ゆるやかな風が吹き抜けるたびに、御簾の内から漂ってくる薫香の香りが梅の匂いに溶け合い、その香気に誘われて鶯が姿を現すのではと思われる。
2026.04.04
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源氏物語〔34帖 若菜 186〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。絃そのものが緩むわけではないが、琴柱の位置が動きやすく、最初からその点を心得ていなければならない。しかし女の力では十分に締めるのが難しいため、結局は大将の助けを借りるほかあるまいということ、さらに拍子を受け持つ少年たちもまだ幼く、心許ないと冗談めかして語りながら笑った。大将はこちらへと呼び寄せる声が几帳の向こうまで聞こえたため、居並ぶ夫人たちは思わず恥ずかしさを覚えた。明石夫人を除く女たちは皆、院から音楽を学んだ弟子にあたり、その出来不出来が大将の耳に入ってしまうことを、院自身も気にかけ、どうか無難に収まるようにと内心で祈っていた。女御については、日頃から帝の前で他の者と合奏することに慣れており、落ち着いた演奏をするだろうと院も安心していたが、和琴という楽器については少し事情が異なっていた。和琴は、決まった型が少なく、技巧よりもその場の感覚や創作的な才を要する楽器であった。
2026.04.03
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源氏物語〔34帖 若菜 185〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。童女の装いは、青丹色の衣に柳色の汗袗、赤紫の袙という取り合わせは、一般的な好みではあったが、どこか気高い印象を与えた。縁側に近い座敷では襖子が外され、女たちの席は几帳を隔てて設けられていた。その奥、中央の間には院の御座が整えられ、特別な場がしつらえられていることが一目で分かる。院は、拍子合わせの笛役には子どもを呼ぼうと考え、右大臣家の三男で玉鬘夫人が産んだ年長の子に笙を、左大将の長男には横笛を命じ、縁側のほうに控えさせた。演奏者のための茵はすでに敷き並べられ、その席に向かって、院が秘蔵している名楽器が紺錦の袋から取り出され、配られていった。明石夫人には琵琶が渡され、紫の女王には和琴が、女御には箏の十三絃が与えられた。宮には、まだ名高い楽器は早いだろうという配慮から、ふだんから弾き慣れている楽器が選ばれ、その調子を院自らが試し、箏という楽器ほかの楽器と合奏する際には試し弾きしてから渡された。
2026.04.02
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源氏物語〔34帖 若菜 184〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。賀宴の予行演習のように思われるのも気に入らない。あちらで会を開きなさいと院はおっしゃり、女王を寝殿の方へ連れ、お供をしたいという者は多かったが、寝殿の人々と顔なじみでない者は残された。年配ではあるが、品格のある女房たちだけが夫人に付き従い、童女は顔立ちのよい子が四人選ばれた。朱色に桜色を重ねた汗袗(かざみ)、淡い色の厚織の肌着と表着の間に着る袙(あこめ)、浮き模様のある表袴を着せ、肌着には打ち目の美しいものをつけさせるなど、姿かたちの優美な者が選ばれていた。女御の座敷も春の新しいしつらえが施され、華やかさを極めた女房たちの姿は目を見張る。童女たちは臙脂色の汗袗に支那綾の表袴、袙は山吹色の支那錦で揃えられていた。明石の夫人の童女は、目立たぬよう配慮された装いで、紅梅色が二人、桜色が二人、下は青の濃淡の袙で、いずれも打ち目の整った美しいものを身につけ、姫宮の御方でも、女御や夫人が集まり、童女の装いには特に心を配っていた。
2026.04.01
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源氏物語〔34帖 若菜 183〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女三の宮は、自分も成長したと実感しているが、年齢は二十一になっているものの、性格はまだ少女らしい無邪気さが残り、その純真さこそが源氏にも周囲にも一層愛しく映っていた。大人の女性の美しさを備えながら、内面は守られたまま幼く、柔らかく、まさに六条院の 箱入り姫のようだった。長い間お目にかからずにいるのだから、すっかり大人になって立派になったと認めていただけるような姿で会いなさいよと、ことあるごとに院はお諭しになっていた。実際、このような立派な後見人がいなければ、世間のさまざまな噂の的にされていたかもしれないと女房たちは噂していた。一月も二十日を過ぎるころ、すっかり春めいて、ぬるやかな風が吹き、六条院の庭の梅も盛りを迎えていた。ほかの花や木々も、まるで明日にも花開くことを約束されたかのような勢いを見せ、林一面に霞がかかっていた。二月になってからでは賀宴の準備で混み合うようになってきた。
2026.03.31
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源氏物語〔34帖 若菜 182〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。光源氏は、女三の宮に琴を教える日々が続く中で、ある晩、対の女王(紫の上)がいつもあなたの琴を聞きたいと思っているのだから、女ばかりで琴・琵琶・十三弦などを合わせて合奏する宴を開きたいと語りかける。源氏は、現代の名手の音楽家たちより、六条院の女性が純粋に音楽に向き合っていることを高く評価した。自分は大した楽人ではないものの、若い頃から俗世の楽人にも貴族の名家にも学び、本気で音楽を極めようとしてきたと打ち明ける。だが、その経験の中で、真に尊敬すべき芸を備えた者はほとんどいなかったと振り返り、昔よりも今の世の音楽は衰えてしまい、芸が浅く、心も伴わなくなっていると嘆く。琴に至っては、いまや真剣に学ぶ者すらいなくなり、女三の宮のように清らかな腕前を持つ者は滅多にいないだろうと、宮の才を真面目に称賛する。こうした源氏の言葉を聞き、女三の宮は幼さの残る素直な笑みを見せ、自分の琴の腕前が認められ、誉められ、素直にうれしく思う。
2026.03.30
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源氏物語〔34帖 若菜 181〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。気持ちの余裕もなく動き回りながら、それでも時折「春ののどかな夕方などに、静かに座ってこの琴の音をゆっくり聞きたいものだ」と口にすることがあるほど、六条院の音楽生活は魅力に満ちていた。しかし、そう思う間もなく新しい年が明けてしまう。年が変わると、まず帝が朱雀院(法皇)に新年の賀を呈することになっており、光源氏はその日と女三の宮が若菜の賀を奉る日が重ならないよう配慮し、少し日をずらして二月十数日を宮の賀儀の日に定めた。以来、六条院には楽人や舞人が連日のように通う。法皇の前で披露する演奏や舞の練習に励むようになった。六条院は重々しい宮廷儀式に向けたリハーサルが続く賑やかな稽古の場となり、楽器の音が深い冬空に絶えず響き渡り、まさに雅の中心が六条院に移動したかのような華やぎに包まれた。
2026.03.29
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源氏物語〔34帖 若菜 180〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。十一月が過ぎても宮中からは、そろそろ戻るようにと何度も催促が届くが、明石の女御はすぐには受けず、いま六条院で夜ごと響く楽の音色に心を奪われ、離れがたい思いで留まっていた。光源氏は女三の宮には琴を教えたのに、自分には琴を教えてくれなかったと、不満や恨めしさを感じてもいる。そんな複雑な思いを抱えながら、それでも六条院に満ちる音の世界は魅力が大きく、宮中に戻らずに過ごす日々が続いた。光源氏は、冬の月を好む性格で、雪の積もった夜に似つかわしい琴の曲を選んでは弾き、女房の中で楽器の腕前がある者には、即興の合奏を楽しむという優雅な時間をすごしていた。冬の六条院は、冷たく澄む空気の中に、琴や笛の音が漂い、宮廷の中でも屈指の音楽の館となった。年末になると紫の上は忙しさが増し、普段の家事や全体の取り仕切りに加えて、明石の女御や女三の宮のために春を迎える支度にも追われていた。
2026.03.28
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源氏物語〔34帖 若菜 179〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。明石の姫君は、事情あって六条院から離れて出仕していた。すでに皇子を二人出産しており、それだけに帝の寵愛も厚く責任も重い立場ですが、折しも妊娠五か月を迎えていた。春は宮中に神事が多く、儀式の参列には身体に負担がかかる。明石の姫君は、妊娠中なのでしばらく宮中の務めを控えたいと申し出て、ようやく許しを得て六条院へ戻ってきた。彼女にとっても、子を守りながら家に戻れるのはありがたいことで、光源氏と女三の宮の濃密な琴の稽古が六条院で繰り広げられていることは心中穏やかではなかった。華麗な音楽の稽古の裏で、宮中の女性たちの思惑や感情が入り交じっていく雰囲気が、描かれており、法皇の期待に応えるため、光源氏が女三の宮に超一流の琴の奥義を徹底指導し、夜まで泊まり込みで稽古をつけるほどの入れ込みよで、他の女性たちは複雑な思いを抱いき宮廷の人間関係が絡み合う描写になっている。
2026.03.27
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源氏物語〔34帖 若菜 178〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。最初こそ女三の宮も心許ない出来だったが、光源氏が丁寧に指導すると、次第に吸収しはじめ、めきめきと上達していった。素質の良さが本格的に開花し始めた。ところが、昼間は人の出入りや生活音が多く、琴の弦を微妙に押さえたり、細やかな音色を研究するのに向かない。そこで源氏は、静かな夜こそ本格的な稽古にふさわしいと考え、女三の宮の母代わりである紫の上に了解を求めた上で、しばらく宮の殿舎に泊まり込む生活を始めた。朝も夜も、光源氏が付きっきりで琴の上達を助けるという、極めて手厚い指導態勢が整えられた。さらに特筆すべきは、光源氏はふだん、紫の上にも、女御にも琴の教授はしていなかったことだ。だからこそ、今回の稽古では宮廷でも滅多に聞けない秘曲が弾かれているだろうと予想されて、女御(明石の姫君)は、この機会にしか聞けない音色をぜひ聞きたいと強く思うようになった。
2026.03.26
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源氏物語〔34帖 若菜 177〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。女三の宮の琴の腕前は優れた素質はあるものの、まだ十分に仕上がっているとは言えない。もし突然法皇の前で弾くよう求められ、立派に弾けなければ、宮自身も恥をかき、また六条院の名誉にもかかわる。そこで源氏は、これまでも折に触れて宮に琴を教えてきたが、まだ実力は完成に至っていない。このまま無防備に法皇の前に出されて困るようなことがあってはならないと考え、女三の宮への琴の教授を本格的に再開した。源氏が教えたのは、ただの曲ではなく、平凡な練習曲でもなく、珍しい曲を二、三種類用意。大曲で四季の気候変化に応じて奏法を変える高度な技法である。宮廷音楽でも最上級の奥義にあたるものばかりで、琴は、気温や湿度、季節によって音の響きが変化するため、押さえ方、音色の出し方まで繊細な調整が求められます。光源氏は、そうした“プロ中のプロ”しか知らない秘伝の技までも女三の宮に伝授し始めた。
2026.03.25
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源氏物語〔34帖 若菜 176〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。法皇は、宮(女三の宮)の琴は上達したのだろうか。一度、こちらへ来たときにはぜひ琴を弾く音を聞いてみたいと、不安と期待を込めて語った。この言葉は宮中にも伝わり、周囲の公達も、法皇がそこまで言われるとは、ただ者でない腕前なのだろう。ぜひ自分も一緒に聞いてみたいものだと評判になる。その評判はまた六条院にも伝わり、女三の宮がいかに周囲の期待を受けているかが明らかになる。朱雀院に伺う際に、ただの訪問ではなく格式ある大規模な祝賀儀式にしようとする光源氏の意図がみえる。儀式のために舞楽の人材が宮廷中から選ばれ稽古で大騒ぎになっていく様子が描かれている。女三の宮が法皇に琴の腕前を期待されていることなどが描いており、雅やかな宮廷の準備風景と、父娘の情愛が同時に表現された場面で、朱雀院(法皇)が女三の宮の琴を、ぜひ聴きたいと言ったことが六条院に伝わると、光源氏はそれを単なる賛辞ではなく、本気で琴の実力を期待していると受けめた。
2026.03.24
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源氏物語〔34帖 若菜 175〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。源氏は舞や演奏に優れた人材を厳選して集め始めるが、具体的には、右大臣(かつての頭中将)の下の息子二人。その上に、大将(長男)と典侍の間に生まれた子の合わせて三人など、身内の少年たちが選び出された。さらに、七歳を超え殿上勤め(宮廷出仕)をしている光源氏の孫たちも数名集める。また兵部卿宮のまだ元服前の王子、そのほか親王家の子息、多くの名家の子供たちが参加を求められる。そして、そうした子供たちだけでなく、成人した殿上人の中からも容姿と芸の優れた者が選ばれ、演目に応じて多彩な曲目が準備された。宴の舞楽は華やかで、専門の師匠たちは指導した。そのため連日忙しく走り回るほどの熱気になっていく。一方で、朱雀院には一つ気になることがあり、愛娘である女三の宮の琴の腕前で、女三の宮は父・朱雀院の手ほどきで琴の稽古をしていたが、まだ幼いころ六条院へ嫁いでしまったため、今では父の前で演奏した姿を見る機会がなくなっていた。
2026.03.23
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源氏物語〔34帖 若菜 174〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。法皇のためにも良い印象ではないと感じ、せっかくの機会なのだから、周囲も感心し、法皇自身も喜ぶような華やかで格式のある儀式を整えたいと決意する。ちょうど翌年、朱雀院は「五十歳」という節目を迎え、この年齢は『若菜』という祝賀の儀(長寿を祝う伝統儀式)に相当する。院(光源氏)は、せっかくなら女三の宮から、若菜の賀を奉らせ、法皇にお祝いの贈り物として差し上げようと思っていた。そして、その際に献上する供養の品や儀式の布施として贈る法服(僧に与える衣服)などを準備させ始め、この祝賀は精進潔斎を徹底した格式ある法会(仏教儀式)である。普通の宴会よりはるかに苦心して準備しなければならないもので、源氏は早い段階から細かい手配を行っていた。また、朱雀院は昔から音楽を好んだ人で、祝賀の場では舞楽が披露されることになり、光源氏は舞や演奏に優れた人材を厳選して集め始めるが、具体的には「若菜 175」にて。
2026.03.22
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源氏物語〔34帖 若菜 173〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。しかし、ただ一つ、女三の宮にだけは、もう一度会っておきたいという未練が残っており、このまま会わずに亡くなってしまえば、心残りになると考え、宮が訪問してくるよう使いを送った。その知らせを聞いた光源氏も、本来ならこちらから先に伺うべきところと思っていた、わざわざ待っていてくださるのだから、期待に応えないのは申し訳ないと考え、どのように機会を作るべきか心を巡らせる。この内容は、光源氏周辺の女性たちの近況や家族の繁栄や世代の交代、また、中年期に入った登場人物それぞれの立場や死を近く感じた朱雀院が最後に果たしたい願いが綴られている。朱雀院(法皇=光源氏の兄)が女三の宮に会いたいという希望を出したことを受け、光源氏が「どうせ伺うなら簡素で控えめなものではなく、法皇に喜ばれる立派な形にしたい」と考えるところから話が進んでいく。源氏は、ただ何事もなくそっと傍に居るだけでは見栄えが悪いと思う。
2026.03.21
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源氏物語〔34帖 若菜 172〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。源氏は、多くの孫に恵まれて繁栄が広がってゆくのを喜び、満ち足りた気持ちで過ごしていた。その一方で、右大臣(かつての頭中将)も相変わらず院を深く尊敬し、昔以上に親密に仕えていた。右大臣の娘である玉鬘(たまかずら)はいつのまにか中年のご夫人となっていた。六条院にもしばしば訪れて紫の上とも語らい、親密な交流が続いていたが、一方、女三の宮だけは、成人しても少女らしいあどけなさと気弱さを残して生活しており、光源氏からは「まだ自分の幼い娘のような存在」と思われ、育成に力を注がれていた。すでに紫の上は宮廷の女性として完成され、もはや手がかからない存在となったため、源氏は自分の教育の力を女三の宮へ向けている。そんな折、朱雀院の法皇(光源氏の異母兄)は、自らの寿命が残り少ないことをしみじみ感じはじめており、世の中のことも、もはや執着しない境地に達していた。
2026.03.20
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源氏物語〔34帖 若菜 171〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。彼女は幼いこの皇女を大切に育てる喜びが生活の支えとなり、院が外泊する夜も、子どもの成長に心を寄せて過ごすことで気持ちを慰めていた。光源氏にとっての孫たちは皆愛しい存在であるが、紫の上もまたその一人ひとりを心から可愛がり、宮廷におけるもう一つの母として、温かくその成長を見守っていた。こうして、表面上は華やかで安定した六条院の生活の内側に、静かだが切ない心の波が確かに揺れていた。花散里夫人は、紫の上や明石の御方が、それぞれに生まれた皇子(御孫宮)の養育に尽くしているのを見て、自分にはそうした立場や役目がなかったから、心の中でうらやましく思っていた。そこで、左大将(頭中将=今の右大臣)と典侍(ないしのすけ)との間に生まれた若君を自分のもとに迎え、非常に慈しんで育てていたが、この若君は容貌も賢さも優れていたため、院(光源氏)もたいへん愛情を寄せていた。源氏は、表面的には子どもが少ないように見える人物だった。
2026.03.19
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源氏物語〔34帖 若菜 170〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。紫の上は賢明に振る舞い、この懸念を自ら口に出すことは控えていたが、心中には常にその影が差していた。光源氏もまた、女三の宮への扱いを慎重にしなければならなかった。あまり世話が行き届かなければ冷淡だと噂されるし、かといって偏愛すると紫の上を傷つけてしまう。そのため近年は六条院で紫の上と過ごす日と、女三の宮のもとへ通う日とが、ほぼ半々になるよう気を配って過ごしていた。道理としては光源氏のこうした行動は十分に理解できる。しかし紫の上にしてみれば、予想していた寂しい未来が現実になり始めていることを実感せざるを得なかった。内心には深い孤独が広がりつつあった。それでも人前ではいつもと変わらぬ穏やかで気品ある振る舞いを見せ、決して弱さを表に出さなかった。紫の上が救われていたのは、第二皇子である東宮に続いて生まれた女一宮の養育を任されていたことである。
2026.03.18
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源氏物語〔34帖 若菜 169〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。法皇はその将来を思い、光源氏がこれまですべてにおいて誠実で信頼できる人物であったことから、形式上の後見人として六条院を頼り、さらに内側からの実質的な保護は帝に託した。女三の宮は政治的にも社会的にも手厚い後援を受け、二品という高い位に引き上げられた。その上、受け取る封戸の数も大幅に増えた。宮中での地位が栄え、輝かしい境遇を得ることとなった。この時、紫の上は静かにその変化を見つめていた。彼女は光源氏の正妻として最も深い愛情を受け、今のところ地位の上でも感情の上でも負けはしていない。しかし、女三の宮は皇女であり、時間が経てば周囲の期待も後ろ盾もいよいよ強まり、いずれ自分が光源氏の心の中で後れを取る時が来るのではないかという不安を抱いていた。だからといって嫉妬深く見えるような態度を取れば、分別のない女と見られてしまった。
2026.03.17
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源氏物語〔34帖 若菜 168〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。太政大臣家の近江の君は、双六でサイコロを振る前に明石の尼様、明石の尼様と唱えるほどで、明石母娘はついに当代随一の幸運の象徴にまでなっていた。貧しい海辺の女性から始まりながら、ついには王家に血を残して栄華の頂点に立ったという、運命の激しい変転が美しく描き出されている。光源氏が院となり、出家した先帝も法皇として余生を送る時代、世の中は安定し華やかである。法皇は仏道修行に専念し、政治的なことにはまったく干渉しない生活を送っており、わずかに春や秋の行幸があるときだけ、宮廷生活の栄華を思い出すような気持ちが胸に甦ることがあった。だが、法皇には一つだけ心に掛かる存在があり、それが女三の宮である。女三の宮は、先帝と藤壺の姉妹である后との間に生まれた娘で、血筋の点でも由緒正しい。しかし世間的には実家の勢いが十分でなく、身の置きどころが薄いという弱点があった。
2026.03.16
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源氏物語〔34帖 若菜 167〕「Dog photography and Essay」では、「愛犬もも」と「源氏物語〔34帖 若菜〕 の研鑽」を公開してます。彼女は光源氏との因縁から娘が皇子を産み、中宮に近い立場へと昇り、今や一族の繁栄を象徴する存在として眩しい視線を浴びていた。一行が参拝に向かう道中では、神に供えるさまざまな貢物や儀式の品が運搬され、警護も厳重だったため、周囲の景色を楽しむ余裕も少なかった。しかし帰り道では安全な上に儀礼から解放され、自由な気分で旅を味わうことができた。光源氏は、この楽しい行列に明石入道本人を加えることができなかったことを残念に思う。だが既に入道は出家して山暮らしに徹しており、世俗の栄華に関わることは今では似つかわしくなかった。むしろ入道は、娘の将来を固く信じて努力し、ついには望みをすべて叶えたのだから、その人生こそ人に模範として誇れるものであるといえる。この帰京後、さまざまな人々の間で明石母娘の運の良さが話題になり、幸福な人物を指して「明石の尼君のようだ」と表現することすら広まった。
2026.03.15
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