育~iku~ 宇宙から、育む わたしを超えて、育む。

育~iku~ 宇宙から、育む わたしを超えて、育む。

2007.12.17
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カテゴリ: 日々を記す
今夜もサマンサのダンスワークに行ってきました。
http://samanthasw.blog101.fc2.com/

全六回のうち、半分の三回に参加することができました。
http://samanthasw.blog101.fc2.com/blog-entry-3.html

11月26日、火。血。筋肉。目。第3チャクラ。視覚。情熱。意志。夢。即時性。方向。自分の求めることを表現すること。境界を設定するということ。

12月3日、風。呼吸器官。心臓。第4そして第5チャクラ。触感。明るさ。笑い。かすかさ。うれしいつながり。無条件の愛。解放。

12月17日、全エレメント。全身体組織。第7そして第8チャクラ。第6感 - 精神の直感的な知性そして愛と光の真実。自分が身体の中に経験を持っている精神であるということを知ること。身体への超越。ワンネス。ユニオン。自由。深い恵み。

以上が参加したワーク。
11/26は、火の属性だったのだけど、わたしはめちゃめちゃ火の属性を強くもっている。
それでもって、これでぶっとんで、でかい体験したんだったなぁ。
これはすごかった。とてもよかった。
http://plaza.rakuten.co.jp/iiikuuu/diary/200711260000/


このときは受け入れた、と感じたのだけど、
きっとそれは、受け入れるための最初の一歩だったんだと思う。


今日は、風邪が治りかけっていうこともあって、なるべく穏やかに、
いつも、体の声でなく、スピリットの求めるまま踊りくるって、笑
そんですぐにぶっとんでしまうから、
できるだけ、体の声にも沿いながら、心地よく、気持ちよく、
自分に強くある火の属性にフォーカスするのではなく、
流れるように自然に、受け止めるようにして、踊っていこう、と思って、
そのように踊っていきました。


このところ、自分の本質ってなにか?
わたしってなにものか?

そんなことを考えすぎていて、ぐるぐるになって、すこしわからなくなっていた。

怖れを越えて繋がっていくことと、
自分の望むものがわかって、望むものを選んでいけること。
このふたつのことは、本来矛盾はしない。
けれど、わたしの中で、少し混乱してしまっていた。


だから近づくのは怖くなくなっていった。
けれども、自分が近づくのを望んでいないときもある。
それもわたしの怖れだと勘違いして、超えていこうとしていた・・
それが違ったのだと気づきました。
怖れは巧妙に、今の自分を超えることを阻んでしまうから、そうならないようにと、
あまりに真っ直ぐすぎたわたしは、自分が望んでいないことまで、
それは怖れだ、と勘違いしてしまっていたんだ。

うう~む。。


ダンスワークの合間に、メッセージを受け取ったり、ビジョンを受け取る時間があって、
わたしはそこで、自分がなにものか?といったときに、すぐに降りてきたのは、

“花”

だった。

暗い洞窟が見えて、岩だらけなのだけど、
そこには一輪の花が綺麗に咲いていて、素朴なのだけど、
一輪、凛としてそこにあって。
そしてその花は、自ら光を放っているかのようだった。

“闇の中の花、光”

そういった言葉が続いておりてきた。
そうか~わたしは、闇の中の花、光なんだな。。

それで、その花が綺麗に開いていって、その中が見えてくる。。
観音様の姿でもあるようだし、光そのものでもありそうで、
さらにじっくり見てみる。
この姿がわたしだってわかっているので、
わたしってなに??!って、一生懸命見ようとした。

ところが。。
見ようとすればするほど、見えない。
光のようなものが曖昧とあるような、ないような感じで、
そこにはなにもないようにも見える。
見ようとしても、見えない。。
見ようとすればするほど、そこにはなにもなくなっていく。。

そのビジョンを友だちとシェアしていたときに。。
そうか、わたしは“わたしは誰だ??”って、探しすぎていたんだ、と気づいた。
探しても探しても、本当は、わたしって個別の存在はないから、
見ようとすればするほど、なくなっちゃうんだ、と。

肉体はね、個別のもので、孤立しているように見えるよね。
三次元での肉体を見ていると、どこからも独立していて、分離していて、
たった一個の存在のように思う。

踊りながら、なんで自分はこんなに狭い肉体にいるんだろう?
もっともっと自由だったはずなのに、なんでしばられているんだろう??
そう思った。
だけど、肉体がしばっているんじゃない。
肉体というからだの中に降りているから、だからしばられているんじゃない。
肉体はフェイクなんだ。
肉体があるから、自分は自由じゃないと感じる。
でもそうじゃない。
意識がそうさせる。

そう、わたしはもっと、唯一のもので、大いなるひとつで、
なにも欠けていない、完全性の中にあって、満たされていて、完璧で。。

だから、わたしは“わたしはなにものか??”と、一生懸命それを見ようとしたところで、
そんなものないのだから、見えなくて当たり前だったのだ。
見ようとすればするほど、それはなくなっていく、
だってそんな分離した姿なんて、本来のものじゃないから。


わたしはわたしの歓びのもとに、いきてゆくこと。
それにこだわりすぎていたんだな。

そうしたらまた、自由になった。



そうだ、わたしは無限の可能性だったんだ。
可能性そのものだったんだ。

ここから紡いでいこう。
違ったと感じたら、また手放して、次に向かえばいい。

最初から、する前から、歓びかどうか、なんて、わからない。
まずはやってみなきゃ。

それこそが破壊と創造のサイクルで。

創造とは、無限の可能性からやってくる。



そういえば、ガイドと喋っていたとき、
ぐるぐると考えてわからなくなっているわたしにむかって、ガイドは、
“君らしくない”
と。
そういわれたんだった。
昔は(って何年も前は)よくぐるぐるしていたけど、
そうだよなぁ、ここ最近、こういう考え方や悩み方はしていなかったよなぁと思いながら、
わたしのガイドはあまりわたしにそう強く言うことはないので、
それはそれでまたおもしろいな、と思いながら、
強く言われるのを心地よく思いながら、受け取っていた。

そう、わたしらしくなかった。

はじめる前から、なにかにおびえて、失敗したらどうしよう、
そんな気持ちで、慎重に石橋をたたいて渡るなんて。笑
(必要なときもあるけど。笑)

あぁそうだ、こういう気持ちになったのは、あるひとつのきっかけも関係してたな。。

どんなときにも、わたしらしくあれること。
決してすべてのものにとって、いいとは言えないとおもうけど、
わたしがわたしらしくなければ、
それはわたしにとってよくないことだから、よくないのだ。笑

インディゴ気質のわたしは、わたしが本気を出すと、
周りを振り回したり、いやな思いをさせるんじゃないかと、
過去の経験などもあって、躊躇するときもあるんだけど、
でも、インディゴだし、破壊してなんぼなのかもしれない。笑


わたしはわたしであって、源に繋がった、無限の可能性のひとつのあらわれ。
じゃぁ、わたしがなにものなのかなんて、
わたしが決めて、創っていけばいいのじゃない。


ああすっきりした

うふん、体動かすってたのし
サマンサにもまた会いたいな


★*:.,.:。.*・゜☆:.,.:*:.,.★*:.,.:。.*・゜☆:.,.:*:.,.★

そして・・・
この日記を書いた直後に、お水が少し入っていたコップを落として、
オチどころが悪く、本当にきれいに、粉々に割れた。
こんなに綺麗に細かくなるなんて・・というぐらい綺麗で、
わたしはしばらくそれを眺めてしまった。
いやな感じはせず、むしろ気持ちよく。

どうやら破壊して、突破したな。笑






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Last updated  2007.12.18 03:32:48
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