照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2007.05.26
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カテゴリ: 時事問題
私は現在のような米国にひれ伏した形での憲法改正を望まないという立場ではあるのだが,参議院選において憲法改正の是非を問うこと自体はあながち間違ったことではないと思う。否,争点化することで,自民党が言う憲法改正の問題点をしっかり浮かび上がらせればよいだけだと思う。
 が,ただ単に野党が自民党案に反対というのでは国民は納得しないであろうし,そもそも憲法論議を政争の具にしてはならないだろう。それはもっと深遠で高尚なもでのあるべきであって,そこにはなにがしかの「理念」や「哲学」が必要なのだと思われる。
 先般,現憲法の歴史的正当性について,石原慎太郎都知事が産經新聞『日本よ』で疑義を申し立てていたのであるが,私もこの問題はしっかり決着をつけるべきであろうと思っている。
 おそらくこの問題に決着を付けようとすれば,現憲法を破棄し,一から書き直すということになるのだろう。が,それは自国民の決まりは自分で定めるのが当たり前ということなのであって,占領政策の一環として占領期間に設けられた「日本国憲法」なる規範を再独立後も後生大事に持ち続けているのは,怠慢であり不埒(ふらち)であるとさえ思うのである。
 一つには日本は現憲法のおかげで,否,現憲法の軍事的制約を逆手にとって,経済方面のみに潤沢な資金と労力を投入できたのであるが,これは物質的豊かさを高めることができたという意味では成功したと言えようが,物事にはプラスもあればマイナスもあるのであって,同時に精神的側面を無視してしまった,そして,プライドや矜持(きょうじ)を捨ててしまったという意味でみれば,はたしてこのようなやり方でよかったのかという疑問もまた生ずるのである。
 自衛隊を軍に昇格し,集団的自衛権を明記するのは,戦後体制からの脱却ではなく,むしろ戦後体制を時代の要請によって修正しているにすぎない。本当の意味での戦後体制の脱却とは,占領軍に押し付けられた憲法を自らの手で自らの伝統と文化を踏まえて書き直すことである。
 具体的な憲法改正の中身より,まず一角(ひとかど)の憲法観なり憲法哲学が語られる必要があるように思う。





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Last updated  2007.05.26 11:34:29
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