照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2015.10.05
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カテゴリ: 思想・哲学


だから後年、ユダヤの知恵の中に、100%の人が賛成したら、その意見には危険が潜むと見て使わない、という知恵があることを教えられて、皆、目が覚める思いがしたのである。

100%が賛成するようなことの背後には、どこかに「麻薬的」と言っていい思想統一があるか、何らかの陰の力が強力に影響しているからだ、とみるらしい》
(曽野綾子『透明な歳月の光』661「安保国会」に思う:9月23日付産經新聞9面)

 本当に<民主主義というのは、全員の意見が一致することだ>などと思っている、つまりそう教えられている若者がどれくらいいるのか甚だ疑わしい。おそらく<びっくりしたような顔>をしたのは、<民主主義は…49%は泣くことなのだ>と出鱈目(でたらめ)なことを言うからであろう。

 「多数決」は49%が泣くということだということなのだろうが、それは民主主義的手続きの一部分だけを切り取って述べたにすぎない。「多数決」に至るまでの過程において49%も自分たちの意見を述べることができるのであるし、それらが最終判断を行うにあたって少なからず影響を及ぼすことも可能なのであるから、必ずしも49%が泣くという話にはならない。

 それより問題なのは<ユダヤの知恵>の話である。

《サンヘドリンというのはイエス時代のユダヤの国会兼最高裁判所のようなもので、70人で構成されていた…サンへドリンには明確な規定があった。すなわち「全員一致の議決(もしくは判決)は無効とする」と。

とすると、新約聖書の記述では、イエスへの死刑の判決は全員一致だったと記されているから、当然、無効である。

この場合どう処置するかには2説あって、1つは「全員一致」は偏見に基づくのだから免訴、もう一つは興奮によるのだから一昼夜おいてから再審すべし、としている》
(イザヤ・ベンダサン『日本人とユダヤ人』(角川文庫)、p. 104)


 が、浅見定雄氏はこれに反論する。浅見氏は、イザヤ・ベンダサンの説は

《もしサンヘドリンが全員一致で有罪の宣告をしたときは、判決は「繰越しとなった」。あるラビはこの形式は偏見の理由で免訴を意味する、またあるものはこれは少なくとも一晩「反省させること」を意味するものと解釈した》 (ダニエル・ロプス『イエス時代の日常生活 II』(山本書店)、pp. 27-28)

が元ネタであろうが、ロプス氏の記述には誤りがあると言う。

《タルムードの原典には「全員一致」という一番かんじんの一句がないのである! 原典では、死刑判決は(いやしくも1人の人間を地上から抹殺してしまうのであるから)、全員一致であろうとなかろうとすべて「翌日まで繰越す」のである》 (浅見定雄『にせユダヤ人と日本人』(朝日新聞社)、pp. 57-58) (続)





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Last updated  2015.10.09 13:02:32
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