照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2017.06.17
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カテゴリ: 時事問題
《捜査や刑事裁判にかかわる法案はしばしば深刻な対立を引きおこす。「治安の維持、安全の確保」という要請と、「市民の自由や権利、プライバシーの擁護」という要請とが、真っ向から衝突するからだ。

 二つの価値をどう両立させ、バランスをどこに求めるか。

 その際大切なのは、見解の異なる人の話も聞き、事実に即して意見を交わし、合意形成をめざす姿勢だ。どの法律もそうだが、とりわけ刑事立法の場合、独善と強権からは多くの理解を得られるものは生まれない》
(6月16日付朝日新聞社説)




《その観点からふり返った時、共謀罪法案で見せた政府の姿勢はあまりにも問題が多かった。277もの犯罪について、実行されなくても計画段階から処罰できるようにするという、刑事法の原則の転換につながる法案であるにもかかわらずだ。

 マフィアなどによる金銭目的の国際犯罪の防止をめざす条約に加わるための立法なのに、政府はテロ対策に必要だと訴え、首相は「この法案がなければ五輪は開けない」とまで述べた。まやかしを指摘されても態度を変えることはなかった》
(同)

などと一方的に政府を批判しても始まらない。こういった指摘を野党が説得的に行えなかった、否、行おうとしなかったことが問題なのではないか。「共謀罪」の何が問題なのかに目を向けるのではなく、いかに安倍政権を叩くのかに目を向けてしまったために議論が深まることはなかった。

「森友問題」「加計問題」に終始し、日本にとって、そして日本国民にとってはるかに重要な「共謀罪」についての議論がお座なりになり煮詰まらなかった。このことは<国会の歴史に重大な汚点を残しての制定>(※)と言うべきではないか。

《権力の乱用が懸念される共謀罪法案が、むき出しの権力の行使によって成立したことは、この国に大きな傷を残した。

 きょうからただちに息苦しい毎日に転換するわけではない。だが、謙抑を欠き、「何でもあり」の政権が産み落としたこの法律は、市民の自由と権利を蚕食する危険をはらむ》
(同)


 国民の支持が得られないマスコミが<謙抑を欠き、「何でもあり」の政権>などと言っても虚しいだけである。むしろ批判は自らの説得力のなさに向けられるべきである。

 が、そのことを差し引いた上で、私は社説子のような懸念を持たないわけではない。確かに<この法律は、市民の自由と権利を蚕食する危険をはらむ>。私が懸念するのは、間隙(かんげき)を縫って菅直人のような<議会制民主主義は期限を切った独裁>などという人物が権力を握ることである。

 このような独善的な人物が出てきても悪用されないような十全な法律でなければならない。にもかかわらず、議論が生煮えでは危険極まりないのである。(続)

※《委員会での審議・採決を飛ばして本会議でいきなり決着させるという、国会の歴史に重大な汚点を残しての制定である》(同)





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Last updated  2017.06.17 22:00:08
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