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《獨裁(どくさい)の神政府にて、日蝕(にっしょく)の時に天子席を移し、天文を見て吉凶を卜(ぼく)する等の事を行えば、人民も自からその風に靡(なび)き、益(ますます)君上を神視して益愚に陷ることあり。
方今(ほうこん)支那の如きは正にこの風を成せりと雖(いえ)ども、我日本に於ては則(すなわ)ち然(しか)らず。人民固(もと)より愚にして惑溺(わくでき)甚(はなはだ)しからざるに非(あら)ずと雖ども、その惑溺は卽(すなわ)ち自家の惑溺にして、神政府の餘害(よがい)を蒙(こうむ)りたるものは稍(や)や少なしと云ふべし。
譬(たと)えば武家の世に、日蝕あれば天子は席を移したることもあらん、或(あるい)は天文を窺(うかが)い或は天地を祭りたることもあらんと雖ども、この至尊の天子に至强の力あらざれば、人民は自から之を度外に置て顧(かえりみ)るものなし。亦(また)至强の將軍はその威力誠に至强にして一世を威服するに足ると雖ども、人民の目を以て之を見れば至尊の天威を仰ぐが如くならずして自から之を人視せざるを得ず。
斯(かく)の如く至尊の考と至强の考と互に相平均してその間に餘地を遺(のこ)し、聊(いささ)かにても思想の運動を許して道理の働くべき端緖を開きたるものは、之を我日本偶然の僥倖(ぎょうこう)と云わざるを得ず》(「文明論之概略」巻之1 第2章:『福澤諭吉全集第4巻』(岩波書店)、 pp. 25f )
日本は、幸いにも至尊と至強が分けられたので、思想が統制されず、道理が働く自由があった。
《今の時勢に至ては武家の復古も固より願うべきに非ずと雖ども、假(かり)に幕政700年の間に王室をして將家の武力を得せしむるか、又は將家をして王室の位を得せしめ、至尊と至强と相合一して人民の身心を同時に犯したることあらば、迚(とて)も今の日本はあるべからず。或は今日に至て彼の皇學者流の說の如く、政祭一途に出るの趣意を以て世間を支配することあらば、後日の日本も亦なかるべし。今その然(しか)らざる者は之を我日本人民の幸福と云うべきなり。
故に云く、支那は獨裁の神政府を萬世に傳(つた)えたる者なり、日本は神政府の元素に對(たい)するに武力を用いたる者なり。支那の元素は一なり、日本の元素は二なり。この一事に就(つい)て文明の前後を論ずれば、支那は一度び變(へん)ぜざれば日本に至るべからず。西洋の文明を取るに日本は支那よりも易しと云うべし》(同、 p. 26 )
独裁専制のシナは、思想が統制され、異質なものを取り入れることが出来ない。一方、日本は、至尊と至強が分離し、思想に自由があり、 先進の西洋文明を取り入れることが出来たのだ。
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