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「自由主義史観」の提唱者・藤岡信勝氏は、次のように説明する。
《暗黒史観・自虐史観の系譜をたどると、2つの源流にいきつく。1つは日本の敗戦直後からアメリカ占領軍の絶対権力のもとで周到に用意され実施された日本人の「洗脳」作戦・思想改造計画である。それによって、日本人は「あの戦争」の責任は、あげて犯罪国家日本の側にあると教え込まれた。この作戦の頂点に位置づけられたのが東京裁判だったので、このような日本近現代史の見方は「東京裁判史観」とよばれている。
もう1つは1930年代に成立した日本近代史の見方で、当時の国際共産党=コミンテルンが日本共産党に与えた綱領的方針に由来するものである。この立場では、明治国家を天皇制絶対主義の体制ととらえ、天皇制の打倒を革命の目的とした。これは「コミンテルン史観」とよぶべきものである。
敗戦後、アメリカの国家利益にもとづく「東京裁判史観」とソ連の国家利益に起源をもつ「コミンテルン史観」が、「日本国家の否定」という共通項を媒介にして合体し、それが歴史教育の骨格となったのである。戦後半世紀が経過した今、日本人はいつまでも外国の国家利益に起源をもつ自国の歴史の見方に呪縛されていてはならない、というのが本書をつらぬく問題意識の出発点である。
しかし、このことは、戦前・戦中の日本の国家行動のすべてが正しかったとして全面肯定することを少しも意味しない。日本は少しも悪くなかったとする「大東亜戦争肯定史観」も歴史教育の改革のベースにすえることはできない。これらの歴史観に代わるものとして本書で提案するのが「自由主義史観」である》(藤岡信勝『自由主義史観とは何か』(PHP文庫)、 pp. 9f )
が、それなら「自由主義」などという学術用語を使うべきではない。差し詰め藤岡氏の歴史観は、司馬遼太郎氏の歴史観と相似であるから、「司馬史観」とした方が余程分かり易いし、 liberalism と混同し誤解されることもない。
一方、『自由主義史観とは何か』には、「大東亜戦争肯定史観」として、林房雄『大東亜戦争肯定論』、中村粲『大東亜戦争への道』、渡部昇一『日本史から見た日本人・昭和篇』が挙げられているが、どこをどう読めば、〈日本は少しも悪くなかった〉などと主張していることになるのかが分からない。「大東亜戦争肯定史観」など藤岡氏の「妄想史観」である。
《「大東亜戦争肯定論」および「大東亜戦争史観」ということばは従来から使われていた。前者の使用は林房雄、後者の使用は上山春平に始まる。「大東亜戦争肯定史観」は内容は上山の用法と同じだが、私の造語である》(同、 p. 84 )
議論を整理し、前に進めるために新たな言葉を造るのであれば意味があるが、「大東亜戦争肯定史観」のような、議論を混乱させ、誤解させるだけの造語を独り歩きさせるのはよろしくない。
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