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《きのうは石破内閣の閣僚である加藤勝信財務相、小泉進次郎農林水産相のほか、自民の高市早苗、小林鷹之、萩生田光一氏らが靖国神社に参拝した。参院選で躍進した参政党は、国と地方の議員が大挙して参拝した。
戦前の軍国主義を支えた国家神道の中心的施設に、政治指導者が参拝することは、戦争への反省を忘れ、過去を正当化しようとしていると見られても仕方あるまい》(8月16日付朝日新聞社説)
社説子はしらっとこのように靖国参拝を非難するが、戦前の社説では真逆のことを言っている。
《征途(せいと)に出でたつつわものの唯一の念願は靖国の御社(おやしろ)に凱旋(がいせん)することである。戦場で戦友が交わす訣別の挨拶は九段での再会を期することである。父を子を、夫を兄を御国(みくに)に捧げた遺族は、靖国の御社へ詣(もうで)れば懐(なつか)しの対面が叶(かな)うのである。靖国神社こそは護国の忠魂を永世に追慕する崇敬の的であると同時に日本国民一人一人の魂の故郷であるのである。靖国神社大祭が国家的大典たる所以(ゆえん)も実にここにあるのである》(「靖国神社に行幸啓」昭和 1 7年4月25日付社説)
朝日のこの二枚舌こそ最も指弾(しだん)されるべきことであり、反省すべきことであると思われる。
《靖国神社は、畏(おそ)れ多くも、命を国事に殯(ひん)せる勇士の英霊を祭り勲(いさお)を後世に伝えしめんとの明治天皇の有難き大御心(おおみこころ)により建立せられた神社であり、祭神はみな陛下の有難き思召(おぼしめし)によって祀(まつら)せられるのである。『水清く屍(かばね)、草むす屍』は建国の古より未来永劫に変らざるわが国民精神の伝統であり、われわれ国民のひたすらなる念願である。ここに合祀されること誠に至上の光栄たること申すまでもない》(「御親拝を仰ぎ奉る」昭和18年4月24日付社説)
軟弱化してしまった現在の新聞人にはこれほど荘重たる文章を物すことは能(あた)わないだろう。今や「社会の木鐸」は消え去ってしまった。
《多大な犠牲の上に築かれた戦後の歩みを顧みることなく、不都合な事実から目を背けていては、同じ過ちが繰り返されかねない》(8月16日付朝日新聞社説)
という批判は、まさに天に唾するがごときものだ。戦前とまったく異なる主義主張を行う新聞社が、何の反省もなく同じ社名を名乗り続けていること自体が不道徳そのものであるように思われる。【続】
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