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《自民の小林鷹之政調会長が先週、「外国国旗の場合は罰則がある。日本国旗に罰則がないのは大きな違和感がある」と語ったのはもっともだ。現行刑法には「外国国章損壊罪」があり、外国を侮辱する目的で国旗などを損壊した者は、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金が科せられる。自国の国旗に関する規定がないのはおかしい》(産経新聞2026年4月1日付主張)
が、外国の国旗と日本の国旗を同列に考える方が余程おかしいのではないか。外国の国旗を保護するのは外交上の問題である。一方、日本の国旗の場合は、道徳的問題と考えるべきものなのだ。そう言うのなら、どうして外国の国旗も道徳的に扱わないのかとの反論も聞こえてくるだろう。それは、国際道徳というものが存在しないからだ。つまり、道徳的に扱おうとしても、肝心の道徳がないのだから対処することが出来ないのだ。
《刑法の中で外国国章損壊罪は「国交に関する罪」の章にあり、外交上の利益を守るためとの指摘がある。だが、それが日本国旗の損壊罪は不要との理由にはならない。フランスやドイツなどでは自国の国旗損壊が刑罰の対象となっている》(同)
なるほど、ドイツ、フランス、イタリア、中国、韓国などは自国の国旗損壊が刑罰の対象となっているが、イギリス、カナダ、オーストラリア、ベルギー、オランダ、スイスなどにはそのような法律はないとされる。つまり、自国の国旗損壊を刑罰の対象とすることは絶対的なものではないということだ。アメリカも、星条旗を燃やすなどの行為は、1989年の最高裁判決により憲法修正第 1 条で守られた表現の自由とされ、原則として罰することはできない(ただし、2025年 8 月、トランプ大統領が罰則を求める大統領令に署名するなど、政治的に対立が続いている)。
大陸法は刑罰の対象とするが、英米法は刑罰の対象としない。言い換えれば、前者は、国旗損壊をすべきではないと観念論的に捉えているのに対し、後者は、経験論的に国民に与えられた言論の自由として捉えているわけである。本来、歴史の長い日本は物事を経験論的に捉えるべきはずだが、敗戦によって、歴史伝統が寸断され、戦後日本という新興国となってしまっているので、観念論的法体系となってしまっているのだ。つまり、自国旗の損壊を刑罰の対象にしようとするのは、戦後日本人の観念のなせる業(わざ)なのだ。【続】
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