PR
Freepage List
Calendar
今日は少しリトリーバルについて書きたいと思います。
リトリーバル(救出活動)とは、ヘミシンクの開発者であるロバート・モンローの造語でして、一般的には「死者の救出活動」の意味で使われています。
ロバート・モンローはこれを、I/Tメンバーの救出に限定して考えていたようです。『究極の旅』196頁に次のような記述があります。
(I/Tとは、トータルセルフ(自分自身の総体)とほぼ同義です。トータルセルフをたんぽぽの花にたとえますと、一つ一つの小さな花びらがパーソナリティで、たんぽぽの花全体がトータルセルフというイメージです。)
「目的は主に、肉体の死というプロセスを経た人々を手助けし、救出することだった。私たちはたいてい、相手の見方に応じて、様々な者の役をした。
父親や母親、他界した友人や、時には「天使」のような存在になったりもした。
私と同じ「IT集合体」に属さない者は滑り落ちて、信念体系領域へと消えて行ってしまう。・・・」
「『向こうの私』のいちばんの使命は、前世の人格たちを集めることだった。
地球の生命系や他の信念体系の耽溺(たんでき)するあまり、人格の本質が失われてしまっていた者たちを集めるのだ。
そのような人間精神が、ついに信念の鎖を断ち切り、体系の裂け目を見出すとき、我々のITメンバーが救出に行くのだった。・・・
」
このように、ロバートモンローの見解では明確に、いわゆる救出活動が自己のI/Tメンバーの救出に限られているのですが、私の経験では、これに限られないように思います。
もっとも端的な例としては、大規模な自然災害での救出活動の例です。
この場合、ターゲット(救出される人)が自分のI/Tメンバーではないことは明らかです。
I/Tメンバーとは、自分の過去生・未来生の別のパーソナリティを指しますから。
(モンローはI/Tメンバーに未来生の自分を含めていないふしがありますが、未来生についても含まれるように思います)
そうはいっても、基本的には、救出活動は「自分自身の救出」であり、別人格としての「自分」(パーソナリティ)を救出する作業です。
これは、言い方を変えれば、自分自身に対する奉仕活動と言っていいように思います。
あるいは、自分自身に対する浄化活動という意味合いも含まれているように思います。
過去生、未来生の自分というのは、言って見れば自分の先祖、子孫のようなものです。
ですから、救出活動も別の視点からみれば、霊的な意味合いにおける先祖・子孫の救出という言い方もできるように思います。
魂の霊線の浄化と言ってもいいと思います。
繰り返しますが、その目的は、自分自身に対する奉仕にあります。
それが、巡り巡って自分自身にも返ってくるのです。
つまり、全体の進化の促進ですね。
それによってできるだけ早くメンバー全員がトータルセルフへの帰還を果たして、輪廻転生を抜け、新たな進化の旅へと出発することができるからです。
我々は、見えないところで「自分」自身の別の側面と深くつながっていて、今こうしている間にも様々な影響を与えたり、与えられたりしています。
それが、多次元的に見れば、過去生、未来生にまで及んでいるのです。
あらゆる出来事はすべて、同時に起こっているとされているからです。
そうやって、常に私たちは、いろんなところから支援を受けていて、また、自分でも気づかぬところでお互いに助け合って生きているんですね。
リトリーバルのもっとも簡単な方法としては、感謝想起の方法があります。
感謝の気持ちを持つことによって本来の自分(内在神)と向き合い、感謝の波動で自分自身を満たしていきます。
それをしばらく維持することによって、「自分」(パーソナリティ)と深い関わりのある別の「自分」(パーソナリティ)が実際に癒されていきます。
簡単に言えば、これもリトリーバルなんです。
リラックスして、感謝の気持ちを満たして、過去生・未来生で癒しが必要と思われる「自分」に対して癒しのエネルギーを送るように意図してみる、これだけで、自分自身に対する奉仕ができます。
リトリーバルと言うと一見難しい気がしますが、実はそうではなく、大切なのは「思い」です。
ぜひ、感謝の波動で自分自身を満たし、自分自身を癒してあげてください。
同様に、肉体の御先祖様への奉仕をなさるのもよろしいかと思います。
ご先祖様あっての今の自分なのですから。
自分を癒し、周りを癒していきましょう。
それによって、巡り巡ってさらに自分自身が癒されていきます。
(写真はWikipediaからです)
