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BSEやら耐震偽装やらライブドアショックやらで自民党も叩かれまくりですが、今回のことで責任まで問われるのは、ライブドアの件かもしれません。民主党の追及と国民の反声が広がれば仕方なく幕引きを考えるでしょう。やることはひとつ・・・武部幹事長の辞任、これですべて済みます。自民党大臣クラスを守り、幕引きを演じるには偉大なるイエスマンの去就、これが出来ないなら、まだまだ後を引くでしょう。武部さんは次もあるから、9月で首相退任ですし辞めても、自民からは喝采、民主党は逃げられたと、こうなるのでは。 ↑ ↑ 小春日和です、クリックをお願いいたします。 ~~~~~~~~~~~~ 追 記 ~~~~~~~~~~~~~ええ、いつごろ再開なのかと聞かれましても・・・その件に関しましては、刑事訴追の恐れがありますので証言を拒否させていただきます。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月27日
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ただいま、パソコンが故障中であります。この記事はインターネットカフェから投稿。再開は、もうしばらくお待ちください。データだけは残っており、一安心・・・ 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月26日
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< 自然神、統御神 > 人が死後、子孫に祀られて祖神になるという生き方は、自然の摂理・宇宙の法に もとづく、理想的な生き方とされていた。 さらにこうした宇宙の法、自然の摂理を神格化することも認められた。 宇宙や自然の運行を象徴する統御神とでもいうものが想定される。 この統御神は、月や雷、風や山など自然現象を支配する神々を主導して人間生活を 守るが、時には風水害などをもたらす自然神の性格ももっているといえる。 < ルートからはみ出た死霊 > 水子の霊や幼児の死霊、怨霊、幽霊などは、当人がそれを強く望んだと思われるにも かかわらず、先のルートを経て神になれず、外にはじき出されたものだ。 そこで、これらの霊は、人間や死霊・祖霊・祖神を外側から包み、これを 規定する自然神の庇護の元で、他界での生を送ろうとする。 風車に宿る水子の霊、霊山の賽の河原の幼児霊、雷や星と化した霊、 川辺の柳の幽霊や妖怪、これが自然神に抱かれた彼らの他界の生なのだ。 それだけでなく彼らは、自然神と結託して、自分をこうした状況に追いやった ものに祟りをもたらして、彼らを不幸に陥れるのだ。 特に怨霊は、自然神と結託して落雷・地震など天災をもたらしたのである。 < コスモロジー > こうした災厄を免れるためには、障をもたらしている死霊を供養して 今一度、ルートに戻したり、祀り上げて守護神化することが試みられた。 他界とされた霊地の社寺に七五三・入学・結婚式の絵馬や人形をおさめて 幼児霊を供養したり、幽霊のために法要を行うのはルートに戻す営みである。 また御霊神を祀る神社を創祀したり、戦死者を靖国神社に祀ったり 妖怪のために小祀をつくるのは守護神化の例であると思われる。 このほか、山岳などで修行して統御神や自然神の力を獲得した山伏などの 民間宗教者に障霊による災厄の除去が求められもした。 こうしてみると、日本の民俗宗教は、基本的に宇宙の摂理に基づいて 統御神・自然神(大宇宙)と、人間や祖先神(小宇宙)が、ある時には対峙し またあるときには補完しあい、さらには同化するところに、人々の生活があると する宇宙観が認められる。 *次回からは、最終テーマ、「死」・・・です。 ↑ ↑ 下が滑りやすくなっています、事故には気をつけてください。クリックを。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月23日
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東京では5年ぶりの大雪(雪国の方からすれば細雪)でした。 外に出てみますと、銀世界、枝に積もった雪の上面だけをスッと集め 口に運び舐めてみたりします、雪は空気中に浮かんだ塵も含んでいるなんて やぼったいことは無視、こんなことが出来るのも数年に一度ですから。 ギュッギュッとかき集めた雪を固め、手の平大の球雪を家に持ち帰り 熱いお茶をすすりながら、ジッと見つめたり、コロコロと転がしたりします。 ベランダから外を眺めると、雪が数センチほど規則的に積もっている景色には アンバランスな耽美、調和の取れた形式美が混在しているように思えます。 自然が産み出した木々に積もる雪は、もう少し積もれば重みにて自ら地面にフサッと 沈み行くことになります、その浮落の微妙なバランスがこちらになんともいえない 危うさを感じさせ、いつまでも見つめていたくなる情心をくすぐります。 あと一時間も降り続ければ、あの雪は落ちるかもしれないのに、その横で人工物に 積もる雪は、いつまでも安全な積雪を続け、計ったかのように、 たいらに積もっていくのです。 同じ銀世界の中で対照的にあらわれる、この人工美と自然美、幾何学的な美と アンバランスな美、また刻々と雪が降り続くことによる情景の変化が、いま眼前に 広がり感じる美しさを補償しえない儚さが、舞雪の中に包括されているのです。 このアンバランスな美と幾何学的な美は、まるで「メビウスの輪」のような ねじれと一致点を見事に表したものといえるのではないでしょうか。 昔の人はうまく表現したものです、雪の降る様を、「しんしん」という言葉で 表しました、私は、これほど見事な言葉の使い方を知りません。 冷蔵庫にいつまでも眠っている缶ビールがありました、山のキャンプで籠に 入れた飲み物を清流で冷やすことにヒントを得て、この雪の中にポツンと立てて 積もる雪の中で冷やしてみようと思いつきました。 元々冷えているビールを冷やすのですから、間抜けといえばそれまでですが 雪から取り出したビールとなれば、家では、ほとんど酒を飲まない、この私でも 気分に酔い、美味しく飲めるのではないかと自分に暗示をかけているようでした。 一本置いてみました・・・これはおかしい、バランスが悪すぎますし貧相です。 そこで、押入れから、頂き物のビールケースの箱を開け、もう二本、 缶ビールを取り出し、三本置く事にしました。 ただ置くだけでは先ほどと同じく、醜悪な画構図にしかなりませんので 少し雪を固め、三本を45~60度ほど傾け、無造作に積んで焚き木のような 絵をイメージして並べました。 このまま雪が降り続けば、缶が雪に埋まって見えなくなるかもしれませんので 積雪量を自分で予想し、最終的には缶の1/5ほどが顔を出す姿を想定して セットしてみました。 不思議なもので、こういうどうでもいい事であっても、夢中になると寒さなんて 吹き飛ぶものです、セットを終え、時間を見ると一時間ほど経っていました。 *結局、私の性格的なものもあり、缶ビールをセットしていたことを コロッと忘れていて、発見したのは結構雪が溶けていた午後のことです。 もちろん、その缶ビールは情緒も無い状況では飲めないので、 また、冷蔵庫と押入れに眠ってもらうことにしました(笑)。 ↑ ↑ 下が滑りやすくなっています、事故には気をつけてください。クリックを。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月22日
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1月20日17:30に中川昭一農水相から、ある発表がされた。米国から輸入された牛肉の中に、目視検査で輸入禁止部位である「脊柱」が41箱中3箱から見つかったとの発表であり、衝撃が走った。これに対し小泉首相は「農水相と厚労相のからの連絡(輸入禁止)を受けたそれでよいと言った」と結んだ。川崎厚生労働大臣も「農水相と協議し輸入を全部止めることにした、米国側の反応を待ち外務省を加えて方針を決定したい」との旨を表明。さらに、米駐日大使ズムワルトを呼び遺憾を表明、抗議をしたようだ。では、これに対し、米国側はどのような反応を示したか?ジョハンズ農務長官は概ね、次のように論じ対策を練るとした。 1.報告書の提出 2.業者の抜き打ち検査 3.違反を見逃した検査官の処分 4.職員チームの日本派遣 などしかしこれは「食品安全の問題ではなく、あくまで協定違反なだけだ」と言っているだけ。この問題の肉を輸出した会社の声明文も、酷似した内容となっている。アトランティック・ヴィール社の声明文には「許可されていない製品を出荷したことを心から後悔している。 輸出基準に対する誤解があった、うっかり間違えた。 」このように、肉には問題はないのだ、基準を誤解しただけだとヌケシャアシャアと発表している。もちろん、この問題の施設は日本への輸出条件を揃えているとした米国農務省の認定の食肉処理施設のひとつであり、今月6日に認定を受けたばかりの施設。この時の米国農務省の説明は、各施設に日本側の意図を理解した検査官を配置し特定危険部位の除去を見逃す事は無いとしていたはず・・・一ヶ月も持たないって。ここで、大まかではあるが日本と米国の牛肉に対する見解の違いを書くと我が国が、米国産牛肉輸入の条件として出しているのは、生後20ヶ月以下、そして特定危険部位の除去された牛に限るとしている、国内産の牛では、これプラス全頭検査を行い、チェックを高めているのだが、米国は30ヶ月以上の牛に限り、特定危険部位を除去としており、ここに意見の相違が見られる。上記のことを確認して、ご理解していただきたいことがある、それは我が国と米国では20ヶ月、30ヶ月という月例判断が異なっている。今回、特定危険部位である「脊柱」が見つかったわけだが、これは単なる危険部位違反の問題でしかないのか?ということだ。つまり、この脊柱が30ヶ月以上の牛のものだとしたら、実は他の部位も20ヶ月未満という日本側の基準を充たしていない牛肉が輸入された(される)可能性が、かなり高いといえるのである。今週末にゼーリック国務副長官が来日する、元々来日の予定だった。このゼーリックは、牛肉問題をはじめとする食の関係の強硬派。例えば、遺伝子組み換え食品に対するEUとの対立にも顔を出し、強硬にEU側を圧す豪州の牛肉に対し、筋っぽくて日本の消費者には向かないと発言し、豪州と軋轢を生む米国内業者からすれば、これだけ頼もしく(他国からすれば迷惑この上ない)理解のある人間はいないと感じていることだろう・・・。現在、日本で話題になっている粉飾決算「エンロン問題」との暗いつながりが噂されてもいた人物で、自由化大好き、なんでも自由化、アメリカングローバリズム万歳! という人間、それがゼーリック。この牛肉問題、私なりに、少し気になることもある。1月13日にジョハンズ農相が我が国に対し、生後20ヶ月未満を生後30ヶ月以下にするように要請している、そして20日に、危険部位が発覚、これも目視検査で見つかるという、なんだかとてつもなくお粗末な米国側のミス、さらに元々予定されていた、ゼーリック国務副長官の来日が今週末。ここで、日米間で、ある予定調和の妥協協定が結ばれるのではないか?協定とはいかなくても、両国間の合意確認までは、たどり着きそうな気がする。お互いが傷つくことなく、逆にプラスになるような妥協案。推理が正しいかどうかは、来週明けのことになりそうだ。米国側に全頭検査を求めても無理、日本とは捌く頭数が違いすぎるからだそれよりも、消費者が賢明な策である「買わない!」これを徹底したほうがいいだろう、食べたい人はどうぞ、個人の自由を尊重いたします(笑)。日本側は昨年当初、亀井農相は会談で輸入再開の条件について「消費者の安心・安全を第一に考える必要がある」と指摘しており「すべての牛のBSE検査と(脳など)特定危険部位を除去することが基本だ」として改めて米国の安全策の強化を求めていて、変化してくるのは島村農相に変わったあたりから、ということを補足しておく。 ↑ ↑全国的に寒くなります、降雪が多い地区の方は、気をつけてくださいね。クリックを。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月21日
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この疑惑事件、自殺だなんだとおかしな方向に流れ、そもそもの始まりの 報道が薄れつつある、報道自身、一体何が問題だったのか忘れているのか? 1.当初の疑惑東京地検特捜部は16日に「証券取引法違反の疑い」があるとしてライブドアの強制調査に着手、同日夜、ライブドア本社に家宅捜索に入った。 この時、一部報道によると、ライブドアの関連会社であるライブドアマーケティングは2004年10月、出版社のマネーライフ社を子会社化すると発表したが、実際には同年6月には親会社のライブドアによって事実上買収されており、ライブドアマーケティングはこの事実を隠してマネーライフ社の子会社化を発表したため、証券取引法違反の「風説の流布」に当たるという疑惑。 2.風説の流布風説の流布とは、株価の動きを操作する目的でデタラメな情報を流すことだ。ネットの掲示板やチャットなどを使い、自分の投資に有利になるようなデタラメな情報を流す行為なども見られるが、これも風説の流布に当たる。こうした風説の流布は証券取引法で禁じられている行為であり、金融庁内に設置されている証券取引等監視委員会がそうした動きを監視している。風説の流布の動きを知ったら、同委員会に通報できる、違反者は懲役や罰金もの。 3.マネーライフ社へのつながりこれは図にでも示しておこう。 「livedoor」→子会社→Aファンド→出資→Bファンド ↓ ↓ ↓ ↓ 子会社 ↓ ↓ ↓ ↓ 出資 旧バリュークリックジャパン ↓(現ライブドアマーケティング) ↓ ↓ ファンド ↓ ↓ →→→→→ マネーライフ社 ←←←← *Aファンド=ライブドアファイナンス Bファンド=HSインベストメント このBファンドの代表が故野口英昭氏である。 4.livedoorライブドアは他の会社をM&Aする時に、とりあえず現金で買って、その後に株式公開で株を手に入れて売却して利益にするという手法を主としている。この場合、子会社を使ってマネーライフ社に行った方法も同じようなものだ。 5.粉飾決算せっかくだから、粉飾決算と株について少し。元々、自分の会社の株を売ってお金が出来ても、それは利益とは言わない。子会社を使って自分の株を手に入れたり、ファンドを使って手に入れ、わかりにくくすることによって、その売却益が、あたかも他の投資事業で儲けたかのようにみせることによって、利益に計上したりする、これはいけない。株とは、どの専門書を読んでも書かれていると思うが、「成績表」だ。商品の出来や売却益の良悪によって、結果として、株価が変化するはずなのに、株価を上げることを目的としたならば、そのためにはどういう手段を選んでもいいこういう考えが徐々に進み、法スレスレから一線を越えていくこととなる。 6.どうなるの? 証券取引法197条 「有価証券 報告書 虚偽記載罪」 ・・・5年以下の懲役、500万円以下の罰金。 7.東京証券取引場今回の疑惑を受けて、東京証券取引所の西室社長は、法に触れるような事があればlivedoorの上場廃止を検討すると発言している。 カネボウや西武と同じか。今回の売り注文の殺到は、信用取引の担保として価値が下がり、信用取引が難しくなる、そのため、現金が必要になり保有株を売却する。このサイクルがはまり、あのような失態になったのだ。評論家の中には、売りがあったということは買いもそれだけあるから活気として考えればいいでしょう、などと戯けたことを言っていたがこれは失態だ、世界の市場は日本を少し懐疑的に見ている。日本の中で良いでしょうではなく、世界がこの乱高下をどう見ているか?もう少し、世界の中の日本という視点でコメンテーターは発言してもらいたい。 ↑ ↑全国的に寒くなります、降雪が多い地区の方は、気をつけてくださいね。クリックを。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月20日
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< 神の種類 > 折口信夫博士の研究から、神の分類を取り上げてみたい。 まず博士は「土地の精霊」と「まれ人」に分類する。 土地の精霊とは、家内神・屋敷神・田畑の神・森の神など、御神体もなく 神社にも祀られないで、ともすればその土地の人に災いをもたらすもの。 まれ人は、祖霊神・穀霊神の要素を持ち、蓑笠などをまとい来訪して 庭などで呪言を唱え、大地を踏みつけることによって土地の精霊を鎮め その土地の人々に災いをしないように命じる神とされている。 ここまでが折口信夫博士による分類を参考。 岩田慶治氏による精霊に近い「カミ」と人格化して神社に祀られている「神」の 二分類もこれに類している。 ではこれを、住居と家の間取りで考えてみよう、この精霊とまれ人の関係、 家の裏側の荒神・水神など主婦が山伏などの民間宗教者に御幣を切って 祀ってもらうカミと、家の表の主に戸主が祀る、神棚の氏神・仏壇の先祖の関係に 適応できる。(主が最近では主婦さんのような気もするが・・・) 当初は特に名前のなかったムラの神が、中央の大社の神霊をむかえて熊野神社、 八幡神社などと呼ばれるようになるのも、これに類することであるし 古代神話における先住民の国津神と高天原から降臨して彼らを支配した高天原系の 天津神の関係も同様なものであろう。 もう少し敷衍すれば、日本の神は仏教の仏菩薩が日本人を救済するために 姿を変えてあらわれたものとする、本地垂迹思想も基本的にはこの論理に たっているのかもしれない。 ここまでが、まれ人(大きな神)と精霊(小さなカミ)との相関関係派生です。 もう一方の分類として「人間神」と「自然神」との二分類があるだろう。 以前「たま」「たましい」「もの」の話を書いたが、二分類は「たま」と「もの」 霊魂と精霊の二分の展開ともいえるものであろう。 この分類の人間神は人間が神として祀られるもので、具体的には祖霊化をへた 祖神、怨霊が神格化した御霊神・疫神、英雄が神格化した英雄神、そして かつての天皇のような、現人神などであろう。 一方の自然神は本来は自然崇拝に根ざすもので、神秘感や恐怖感をおこす天体 地上の山や海、動植物に神を観じて祀るものである。 ただ人間神が石・木などの自然物を御神体としたり、自然神が人間に憑依して 託宣を下すというように、両者は相互に関連しているのだ。 *次回は、神の定義の曖昧さも交えながら、人と神と自然を書き連ねます。 ↑ ↑ 寒いです、お風呂は肩までつかりましょう、トントンとクリックお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月19日
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< 神の性格 > 川上という言葉は、川の上の方という言葉だが、日本人の神もこういうようなもの。 神=上、そう、垂直的に上ではなく水平的な上。本源とでもいうべきか。 また神は「クマ」とも訓まれる、クマは隠れるという意味の動詞で クムから派生したものである、となると、神は語義のうえからすると 「本源をなす隠れた存在」と捉えられるだろう。 本居宣長の「古事記伝」では、日本人の神観念は、自然上なんでもありで 異常な力を持ち、畏敬されているものと捉えている。 となると神を目に見えない存在として空中を浮遊しているが、自然現象として あらわれたり人に憑依したりして、異常な力を発揮する本源的な存在として 畏敬されているものと(おおざっぱではあるが)まとめられる。 神の属性については松平斉光によると、基本的には人間の感性に知覚されない 空気のようなもので、自然や人間動植物に宿って示現して力を発揮する。 善悪、荒和の二面を持ち、まつられぬと祟り、祀られると人々を守護し利益を与える。 また、様々な欲を持ち、芸術を愛し、人間との約束を守るが、人間の自然や 社会の秩序を乱す行為や、不潔・血・死などの穢れを嫌悪するという性格も持つ。 それゆえ、人間が清浄なところで、米や酒、山海の幸を供えて神を祀り 舞踏や音楽の奉納、神田や宝物の献上、願掛けなどをすると喜んで利益を 与えてくれるとされている。*「語義-神の語源を中心に」阪倉篤義、「日本語の語彙1語彙原論」佐藤喜代治 「祭-その本質と諸相」松平斉光 参考 ~~~~~~~~~~~~ コ ラ ム ~~~~~~~~~~~~ 祝日というものがある、それぞれ意味があって祝日になっているのだから 本来は、その日の意義を認識して心から祝福して休むべき日である(はず)。 だが、最近の祝日の改正は、単に3連休を増やしたりしたいがために まったく意味の違う日に移したりして、どうにも納得できない。 物事には常に意味があって、残ってきたり廃れてきたものがあるのだ だから、その意味を無視して残すことは、もはや意味を成さないもの。 ちなみに戦後、日本には祭日は無い、すべて祝日で統一された。 そして昭和二十三年、七月二十日に施行された「国民の祝日に関する法律」 第一条には、次のように書いてある。 自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会 より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し 又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。 ↑ ↑ 愛する日本、ホホーッと思えましたら、クリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月18日
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17年前、東京と埼玉で四つの幼い命が残忍な手口で奪われた。 幼女連続誘拐惨殺人、この内容はここでは書かないことにする。 ~~~~~~~~~~~~ 引用開始 ~~~~~~~~~~~~ 東京と埼玉で四つの幼い命が次々と奪われた幼女連続誘拐殺人。最初の女児殺害から十七年余りを経て、十七日、宮崎勤被告(43)は最高裁の死刑判決を受けた。「覚めない夢の中でやったような感じ」と告白した初公判。「法廷は晴れ舞台」と言い放った控訴審。拘置所生活では幻聴を訴え、最後まで罪の意識は見せなかった。子供を標的にした残忍な犯罪が各地で相次ぐ中、「原点」となった事件に対する「最後の裁き」。どうしたら悪夢を絶てるのか、重い問い掛けは続く。 「全世界に配信してください」「無罪です」―。判決の直前、宮崎勤被告は東京拘置所から共同通信に手紙を寄せた。被告は逮捕後の拘置生活を「その日その日を送っていました」と説明。十七年前の事件を「良いことをしたと思います」と振り返ってみせた。 最後に公の場に現れたのは二〇〇一年六月、東京高裁での判決公判。弁護人によると当時小太りだった被告の体重は現在十キロ近く減り、複数の声が「つめをはがすのはわたしにやらせろ」などと虐待の相談をする内容の幻聴と不眠を訴え、向精神薬の服用を約十年間続けているという。 拘置所ではほとんど面会に応じない一方で、不特定多数の人との文通は盛ん。月刊誌「創」(創出版)に寄せた手紙は一審判決前から二百数十通となり、その一部が著書として出版された。 今年一月号では、奈良の小学一年女児誘拐殺人で公判中の小林薫被告(37)が「第二の宮崎勤として名前が残ってほしい」と供述していたことに言及。「精神鑑定も受けずに、『第二の宮崎勤』は名乗らせません」と書き、外の社会で起きている出来事への関心もうかがわせた。 同誌の篠田博之編集長によると、宮崎被告はラジオで情報を得ており、流行歌手などの知識もあるが「興味の中心は昔のアニメやテレビ番組。逮捕前から時間が止まっている」(篠田氏)という。 著書に「もっともっと有名になりたい」と書いた宮崎被告。二月には創出版から二冊目の著書が出る予定だ。共同通信への手紙では、第三者の協力で「電子出版」したというインターネット公開の画集についても触れ、記事の配信先を「特にサウジアラビア王国、イギリス、オランダはお忘れなく」と指定した。 ~~~~~~~~~~ 引用終了 西日本新聞 ~~~~~~~~~~精神鑑定、精神鑑定、精神鑑定と、この4文字がいかに多く使われるのか?最近の事件も、新聞報道に載る弁護士の話は「精神鑑定」の必要有りばかり他に弁護の仕様が無いのか、単に弁護士が無能な人間ばかりなのか・・・両方か。といって精神病患者の隔離は人権無視といって野放しを提案したり性的犯罪者の位置確認情報も個人情報保護と個人の尊厳という名で批判を繰り返す。ではどうすればいいんだ、弁護士会が責任を持って、釈放後なにか起こしたら責任を持つのか、なにかあると国が悪い、それではもうすまないのだと思う。17年前の事件を「良いことをしたと思います」と語る宮崎氏、最近謁見した人の話では、彼女たちを「ああする」ことが祖父を蘇らせる儀式とか言っているようだ、そして自信を持って死刑は無いと言った宮崎勤。妥当なる判決によって、4人の幼き命をもてあそんだ猟奇殺人者は此の世を去る。宮崎勤を代表とする社会に大きなショックを与えた事件の裁判の長さはなんとかならないものだろうか、オウムの松本といい、社会の責任において早急に裁判を進行すべきだ、時間というものは無限ではない。 ーーーーーーーーーー 追 記 ーーーーーーーーーー ライブドアが強制捜査を受けている。株価は下がり、ストップ。 というかライブドアという会社がどういう会社か知っていれば ああなることは、わかっていただろうに・・・ 私は日記に書いた、IT関連がどのような会社形式なのかを・・・ 堀江氏は意外に好きなタイプだったりする、それは自分がアホやって 名前を上げようとしていること、楽天三木谷氏よりも全然マシだ。 株で損した人は、ご愁傷様です。 中長期での株対策を練らず、デイトレーダー気取りの人は合掌。 ↑ ↑ いつもクリックありがとうございます、御礼申し上げます。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月17日
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本日は「阪神淡路大震災」が起きた重要な日、その日に、この事件の喚問っていうのも・・・宣誓書の朗読署名捺印後、史上最低の証人喚問は始まった。与党側は自民党、衛藤征士郎氏と早川忠孝氏、公明党、佐藤茂樹氏。衛藤氏はE、早川氏はH、佐藤氏はS、小嶋氏はOとして抜粋略して記す。E11/21の小嶋発言として「証人喚問をして欲しい、私に喋られると一部国交省幹部で立場を失う人がいるのではないか」との発言、立場を失う人とは誰か?O11/7の時点で、国交省の方から当社の部長に、お宅の情報管理はどうなっているのかと言われ、そのようなことに対して、私達の会社はそういうことはしていない、この期に及んで国の役人はやる気が無いのかなと判断して11/9に国交省の3階で大きな声で抗議した。E11/15 東日本住宅会長、伊藤議員と小嶋氏の3人で、国交省で、どなたと会って、何を話したのか、O11/15 小川部長と審議室にて、厳正な国の権限で住民の退去を行うようにお願いした。 伊藤氏は横にいただけで、何も話していない。E伊藤氏への多額の献金はなにを意味するのか?O特別に目的とか感情、意図は無い、尊敬しているだけだ。*この喚問では、国交省でのやりとりと後は、デベロッパーに責任はなく あくまで、国が一番の問題であり、国が率先してこの問題を誘導すべきという 小嶋氏の今までの考え方を確認したにすぎない内容であった。H姉歯氏を使い始めた理由と時期は? 姉歯氏を紹介した人は?O時期は木村建設との関係から平成10年前後、池上の物件をつくった際の設計士が姉歯であり、それで続いてるだけ。 木村つながりで使っているだけだ。 この後から、刑事訴追を理由に証言拒否がほとんど・・・H姉歯氏と最後に会った時期、話した内容は?O記憶が定かではない。H現在の銀行借入残高と会社資産、また個人所有資産はいくらか?(補償問題)O正確な数字は後日から会社から出す、自宅と飛行機は売却して補償に充てようと思っている。H会社における弁護団には、刑事事件に強い弁護士が揃っているが理由は?O本日の議事案にございませんので拒絶します、弁護団費用は会社持ちだ。H姉歯氏はヒューザーが指定した、姉歯氏、ヒューザー、木村建設は一体であり坪単価指定もヒューザーが行っているし、事業計画もヒューザーが行っているのだからヒューザーが責任を感じないのはおかしいのでは?Oカシ担保責任は感じている。H小嶋氏の発言の中で、イーホームズが許可を出したのに、私どもが責任を負うのはおかしい、許可を出したのだから少し発表を遅らせられるはず。地震が起きてから、その後の確認で耐震低がわかったことにすればいいといいました?O刑事訴追の恐れがあるので、証言を拒否します。*早川氏の質問はかなり多かった、それにしても小嶋氏は資料等も自分で用意せず 首を傾げ、証言拒否ばかり、証人喚問を是非して欲しいと言っていたのだが。佐藤氏はまず冒頭に「TV朝日の取材では答えておきながら、国会の場では答えられないのですか?」と切り出し、喚問に入っていく。この後も、10/25~27の発覚後の対策会議前に偽装を知っていたのか?この期間のやりとりについて質問するも、すべて証言拒否をする小嶋氏。S10/27 藤沢の件で引渡しをどうするかとの社員の質問についてどう答えたか?また、これは27日のいつか?O証言を拒否します。S天災地震にて倒壊したときに調査し発覚したことにしたいと、イーホームズ議事録にありこれを11/29参考人招致では言っていないと否定した、どちらが事実か?O(議事録内容通り)言っていません。*私の先日の日記を読んでいただければわかるが、TV朝日の取材では しっかり藤沢の件の指示内容を詳しく話している、しかし国会では拒否 これはダメだろう、最後の地震発言は、虚偽発言か重要なポイント。 ここからは野党側に質問が移る、民主党は長妻昭氏、馬渕澄夫氏、 共産党穀田恵二氏と続いていく、N、M、Kと記す。(社民は省く)N (冒頭から拒否が続く)10/27 セントレジャース船橋は曲げてでも検査済みを下ろしてくれとこういう趣旨の発言は?O拒否します。N自民党伊藤氏への初めての相談はいつですか?Oセントレジャースの免震のときで大成建設の件11/10、以前には相談は無い(長妻氏にもっと前はと聞かれて、この後証言拒否)Nおかしい、伊藤氏とセントレジャースの件で大成建設に行くのにもアポイントが必要だそのアポイントの時期を聞いたら、証言拒否ってなんの法律に触れるのか?O(この突っ込みを受け)10月末か11月初め。N去年の参考人招致のとき、伊藤先生には自分達の手では解決できない重大な問題が発生した時点で相談したと発言していますが、これはいつですか?O証言拒否します。N最初のTELでは(伊藤氏と)なにを話しましたか?O大成建設の誰かを紹介してくれとN伊藤氏は何をしてくれたのか?O11/15の夕刻国交省の件かと、11/17の発表となったので・・・Nパーティー券の金、様々な協力者の振込口座がヒューザーでりそな銀行八重洲支店に代表して振り込まれている、管理したのは明らかにヒューザーだこのパーティー券のお金を議員は返したと言っているが、ヒューザーは協力者に返却したのか?Oいえ(ここで泥棒じゃないのか?と野次が飛ぶ)N姉歯氏とヒューザーが直接契約したことがあるか?姉歯氏とヒューザーの間にAPRやヒューザーコンストラクションが間に入って契約した事はあるか?Oございます*民主党は伊藤氏との関係性を重視、ここに絞ったのか?馬淵氏も同じ。M伊藤氏の話が出たが、他の議員に相談した事はないか?刑事訴追に関係ないので、端的に答えていただきたい。この後、証言拒否で完全ストップ、補佐官も呼ばれ、議論が続く。M11/20 ブランドステージ川崎大師の住民に3時間の説明をしたがこの問題に対して議員にお願いしていると話している。例えば、石原都知事の事や、安倍官房長官の名前も出しているが、本当か?Oそのようなことを申し上げたかどうか記憶が定かではないMテープに残っています、ここにあります。事実この時のテープには国が悪いデベロッパーは悪くないと発言し、国交省にも国の責任だと言ってもらいましたと発言している。ご自身が安倍さんに働きかけたと言っているが本当か?O・・・直接ではないが、安倍氏の飯塚秘書に相談した。M安晋会の後援会長を通じ、政策の飯塚さんを紹介してもらい、次の事務次官候補の人にお願いした。国交省の問題になっていますので、必ずなんとかさせますという言葉をもらってますね?OはいM議員会館にて飯島秘書に税金払ってこれはなんだと国交省はなんだと大声をあげた。11/18に安倍氏が誠に遺憾、今後国交省では慰労を図るように働きかけますと発言している。つまり自分が働きかけたから安倍氏はあのような発言をしたと説明。50億の公的貸付金もお願いしているから住民のみなさま大丈夫とも発言している国交省の天下り団体社団法人の理事長にも連絡を取っているとテープにはある。*時間の制約もあり、中途半端な喚問だった。 馬淵氏は、テープ内容で勝負、小嶋氏は当初から伊藤氏に相談したが それ以外は認めていない、それを崩そうとした、安倍氏の秘書や天下り理事長 いろいろ働きかけているのではないかという趣旨論旨であるが、小嶋氏は拒否ばかり。K (共産党は時間はほとんどない)伊藤氏への相談で解決できない問題が生じたとあるが、それは何か?O一民間企業では解決できない問題・・・K公明党とのつながりを聞く。O11/4東京都太田区議会員有川先生に頼んだ、山口議員は知りません。*残念、公明党とのつながりって聞きたかったのだが。報道されていると思うが、証言拒否ばかりでまったく解明の糸口も見えなかった。すぐに再喚問の要請も出ており、次回は伊藤氏などの証人喚問も行われるか?そして被害者住民に対する補償はどうなるのか?地震のあった後に発表すればいいという発言を阪神や新潟をはじめとする被災地区の人々はどんな気持ちで聞いているのだろう。 ↑ ↑ 耐震偽造が、やるせない方、クリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月17日
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明日の証人喚問前に、小嶋社長が単独インタビューに答えた。 1.公表を遅らせるように圧力をかけたのか?10月25、27日、公表を巡る争いがイーホームズ、姉歯氏、ヒューザーの間で起きる、前回の参考人招致でイーホームズ藤田社長はヒューザー小嶋社長から公表を遅らせるように圧力を受けたと発言している、これに対し小嶋氏は今回のインタビューで「イーホームズの検査がずさんであったという事実を捻じ曲げて公表するというのであれば 当然正しくない事なので、民事的なものも含めて刑事告訴をするとは言った。」と答えている、つまり偽装ではなく、検査ミスではないのかと言いたいようだ。また、地震が起きてから公表すればよいのではないかという発言はしていないと答え、藤田発言を否定している。 2.偽装を知っていて販売をおこなったのか?明日の喚問の中でも重要な事柄、偽装を知っていて販売したのか?という問題10/25 藤田氏→小嶋氏 偽装の事実を伝える。10/26 グランドステージ藤沢1戸販売。10/25、29 グランドステージ船橋・海神各1戸販売。10/26~28 グランドステージ藤沢など19戸を引き渡し。ここでのやりとりを小嶋氏は次のように答えている。念のため、販売に関しては、一旦全部どれが姉歯物件かチェックして問題が無いことがわかってから販売するようにしようということで販売責任者に連絡した。 社員「明日、藤沢の引渡しがあるがどうしますか?」 社長「いつ検査済みが下りているか?」 社員「9月に下りています」 社長「既存物件だから、いいよ」検査済みは下りているし、当の船橋市からもイーホームズからも何も言われていないので「それはいいんじゃないの」と答えたとしている。この部分について、かなり問題がある、それは、9月には検査済みが下りていてもその後のゴタゴタで偽装の疑いが出てきたわけだ、そうなると販売主に、特に高額物件販売は様々な拘束がかかっていることは当然のことと考えられる。宅地責任者、事業説明確認など、当然の何重にもチェックすることは当然で少なくとも、偽装した疑いのある建築士が関与した物件は、一時的に販売ストップをかけるのは当然のことであろう、9月の時点とは違う状況ではないのか。小嶋氏が姉歯氏を知ったのは、2年ほど前としている、優秀な先生ということで紹介された。実際に会ったのは10月25日、あの偽装発覚の話し合いのとき。10/25の姉歯氏と小嶋氏の会話(小嶋発言)をなぞってみると 小嶋「なにをしたのか?」 姉歯「低減だ」 小嶋「なんでしたのか?」 姉歯「・・・沈黙」 小嶋「わざとやったのか? 間違えたのか?」 姉歯「・・・沈黙」ここで、問題なのは、姉歯氏は圧力を感じたと証人喚問で発言していたはず小嶋氏は、ここではじめて知ったというような会話になっており果たして、どちらがウソをついているのか? 小嶋氏は知らずに姉歯氏だけの偽装計画なのか、姉歯氏と総研、木村建設の考えなのか? すべてがグルなのか?つぶさに見ていかないと、問題点が見えてこない気がする。ただ、この小嶋氏の販売責任の欠如をあらわす発言がある、この25日に低減数値を書いた紙を見せてもらっており、そのときに小嶋氏は、0.2、0.3と並ぶ数値に関して、さほど気にならなかったと感じたという発言、これはかなり危険な考え方というか、責任感の欠如であろう。 3.自民党伊藤公介代議士の喚問は出来ないのか?明日の喚問で、もうひとつの山場、自民党伊藤公介議員との関係について私自身は、伊藤氏が献金を貰ったり、いい思いをしたりという噂には関心が無い与野党の突っ込みあいでしかなく、今回の偽装の問題点がぶれると思っているからだ。だから、私が重要だと思っている点、11月17日に国交省は偽装を発表、この10月25日からのタイムラグは何を意味しているのか?伊藤議員が関与して遅れたのか? ここがとても重要だと思っている。国交省が偽装を発表する2日前に伊藤氏は小嶋氏を担当課長に引き合わせている。去年11月26日のテレビインタビューで、伊藤氏は、「私の知人で、と話したら(国交省担当が)おいで下さいと・・・」と発言している。では、国交省に小嶋氏が行ったのは自分から伊藤氏に頼んだのか?という質問に小嶋氏は「お願いしていない」と答えている。この11月15日の訪問がなにを意味しているのか?偽装発表を隠蔽または遅らせてくれと嘆願に行ったわけではないとするなら、何をしに行ったのか?国交省課長が対応したのだから、聞けばいいと思うのだが・・・また伊藤氏は、偽装をいつ知ったのか?ここも非常に重要、だから喚問が必要ではないのか?偽装発表は早い方が良い、偽装を伊藤氏が知った時期と、それに対する対応というのは、とても重要なポイントだと思っている。被害が出てからでは遅いからだ。小嶋氏はヒューザー社から住民被害者への補償方法として5つの提案をこの日、用意してきた、おそらく公表しているHPまたは新聞があると思うのでここでは取り上げないとする。明日、1月17日(火)の証人喚問は1:45~4:00 の予定で1:45~ 林幹雄委員長2:00~ 与党(武部氏は今回はエースを投入予定と発言(笑))3:00~ 野党(民主党は馬渕議員と長妻議員)裏のつながりを含めた全容解明と早急なる被害者救済方法の確立を求めたい。 ↑ ↑ 耐震偽造が、やるせない方、クリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月16日
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1.ヒューザー社と伊藤公介議員は家族ぐるみのべったり明日はいよいよヒューザー小嶋進氏の証人喚問が行われる。これに対し、重要な証言がひとつ出てきた。朝日新聞は次にように伝えている。以下省略抜粋。自民党伊藤公介・元国土庁長官の家族が経営する会社が、ヒューザーの分譲マンション1棟の管理業務を受注していることがわかった。小嶋社長は朝日新聞の取材に対し仲介を認め、ヒューザーの社員が伊藤元長官の選挙運動を手伝うなどしていたとも説明した。管理業務を受注したのは、04年8月に設立されたフューチャービジネスネットワーク。代表取締役は伊藤元長官の三男で、元長官の妻、公設第1秘書の次男も取締役に名を連ね、監査役には政策秘書の名がある。 ヒューザー側の説明では、フューチャー社は昨年8月末、ヒューザーの関連会社グランドサービス(東京都世田谷区)を介し、グランドステージ大井町(東京都品川区)の管理組合との間で建物内の給排水設備や消防設備の点検などを請け負う契約をした。マンションは昨夏に完成。構造計算は姉歯秀次元建築士が担当したとされるが、国交省が確認した強度偽装物件には13日現在、入っていない。 小嶋社長によると、元長官の三男と「パーティーか何か」の場で名刺交換した際、フューチャー社の事業にビル管理があると知り、グランドサービスを紹介した。グランドサービスはヒューザーが販売したマンションの管理業務をしており、代表取締役は小嶋社長の義弟が務めている。 小嶋社長は「(元長官の三男と自身の義弟を)私が引き合わせた。ヒューザーの事務所だと思う」と説明。「知っているところに頼むほうが、ありがたがられる」と話した。 小嶋社長によると、業界団体の勉強会で、講師として招かれた伊藤元長官と知り合い、その後、元長官を囲む昼食会を開くようになったという。昨年9月の衆院選では、小嶋社長がヒューザー社員に伊藤陣営に行くよう呼びかけ、社員ははがきのあて名書きなどを手伝っている。 また企業経営者らと伊藤元長官との旅行にも参加し、中国・大連や箱根を訪れている。議員と業との癒着というものはよくあることだ。これも、その類、言い切ってしまえば、ヒューザー社が問題を起こさなければ伊藤議員が叩かれるいわれはない、それはそうだろう、後援会の一部が存在するのは政治の世界では当たり前だからだ。献金パーティーを開き、お金を集める、別に悪い事ではない。家族が会社にいるってのは、やりすぎだとは思うが。ただ、今回の耐震事件のようなことが起きた場合、いかに透明性を担保し国民の前に情報を開示できなければ、言い訳は出来ない。伊藤公介議員、自民党側は、野党の証人喚問に応じないとしている。(伊藤氏は著書の中で、政治家は透明性が重要と書いていたが・・・)*この記事に関しては、夕方以降、もう少し取り上げたいと思います。 2.金正日の訪中と経済立て直しの幻想現在、金正日が訪中、経済特区(経済成功地域)を見学し、北朝鮮の建て直しのヒントを得ようとしているようだ。偽造ドル円や麻薬で外貨を稼いできた、マフィア国家北朝鮮。その金は軍事費と遊興費、外国人が訪れる平壌などの設備投資にはまわされても貧困の中、物乞いをし、冬は足や手が凍傷で無くなってしまった子供達のもとへはこれっぽっちも回されない。アメリカはこの偽造ドルなどの問題を深刻に捉え、経済的な壊滅を狙い厳しく監視をおこなうとした。これにより、北朝鮮はかなりの大打撃を受けるので、回避するためにも国内経済の建て直しをしてみようと、思いついたかのように訪中を行っていると思う。では、この経済特区見学は北朝鮮を立て直す起爆剤になるのか?答えはノーだ、なぜなら中国と北朝鮮では決定的に違う点がある。それは、外資の参入、それも欧米日本という先進国外資。北朝鮮としては、韓国との経済連携を考え、中国をお手本と考えていたのだろうが韓国の経済力では絶対無理、というより韓国が他国に資本をせびって北朝鮮に流すという形が現実的であり、真相であろう。北朝鮮が外資を受け入れる事が出来るか?私には、100%想定できないことだ、核放棄と世襲制の問題があるからだ。しかし、北の復興には外資が入らないと意味が無い。韓国程度では技術力(経済復興)の供与を行い資本主義を実行できる力が無い、欧米日本あたりがいくつか入らないと、あの不毛の土地は何ともならない。もう1点、金正日は息子へ政権を委ねるのか??専制制度における世襲制は、中国も嫌がっている、この問題をクリアしないと中国は手助けしないだろう、では北朝鮮はどうするか?世襲を止めることはないだろう、となると6カ国協議で駄々をこね、議長国中国を困らせる、恥ずかしい話だが、これをまともに考え行うだろう。前回までに決まった内容は白紙に戻し、また孤立化、核で外交を続ける。とにかく外資を一部的にも受け入れるかどうかが、あの国の分かれ目そのためには、核疑惑を完全に晴らさないと、外国も納得しないのだ。 ↑ ↑ 耐震偽造に怒りがこみ上げ、北朝鮮の圧制拉致を許せない方はクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月16日
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土曜の朝のTBS番組に猪口邦子少子化・男女共同参画担当相が生出演していたそのときのやりとりと少子化対策に関する彼女の姿勢を記す。少子化対策って?という質問に彼女は両立支援(仕事と家庭)・経済支援の二点を挙げた。子供一人が大学卒業までにかかる費用は、養育費約1640万円、教育費約1345万~4424万円かかり、合計2985万円~上限は際限ない。この流れから、先日問題になった「出産無料」発言については、これから議論する内容のことで、こういう意見が寄せられたという意味で発言したと訂正。では政府は「新エンゼルプラン」なるものを行ってきたが、まったく少子化に歯止めはかからなかったわけだが、彼女としてはこれが保育事業として最低限の事を施しただけであり、これからの上乗せが必要と答えている。 下に「新エンゼルプラン進行状況」を載せておく。 00年度 04年度 低年齢児の受け入れ 59.3万人 69.4万人 延長保育 8052ヶ所 13086ヶ所 出産後復帰 24都道府県 全都道府県 子供放送局 1606ヶ所 2014ヶ所経済問題としては、例えば横浜市は公立幼稚園がなく、ひとり月26000円かかっており、圧迫を感じるという事例も出されていた。ではここで、社会保障費の%を見ておこう。03年度 社会保障給付費は84兆2688億円であった。このうち高齢者への分配が59兆3178億円で社会保障費の70.4%児童・家庭への分配が3兆1628億円とわずか3.8%であった。違う財源から引っ張ってくることばかり考えず、まずこのアンバランスを直すべきであろう、年寄は意外に金持ちだ、まわすべきご年配の方々は横におき自分で財産を抱え込んでいるようなら、不公平といわれようと年金受給や医療費などの給付は子供財源にまわすほうが良いと思う。1970年あたりからの高齢者保護政策をいつまでも続けていても仕方ない。犯罪防止のためのスクールバスを都道府県全域で補助すると、約7~8千億円の予算が必要となる、でもこれは上記の社会保障費配分から考えれば高齢者福祉費の約1%を動かすだけでも、かなり近づいたりするのである。何が変わればもっと子供を産みたいか?というアンケート結果として・子供がいても働きやすい環境 43%・児童手当などの支援増 32%・保育園幼稚園の利便性向上 26% <goo 毎日新聞調べ 05年8月>上位は上記のようになっている、これを実現するには政府だけでは限界があり企業側の意識改革が必要と結論付けた、では企業側はどのような支援を行っているのだろう。 「育児休業の取りやすさ」 ソニー・・・・・全職種に育休中の在宅ワーク制度 損保ジャパン・・(OG・OB登録制度)で専門職の育休カバー 「祝い金の充実」 大和ハウス工業・・・一律100万円の出産祝い金 コンビ・・・・・・・第二子まで50万円、第三子以降は200万円の祝い金 三洋電機・・・・・・出産一時金のほか、入学金50~70万円 「託児所の工夫」 資生堂・・・インターネットカメラ設置 <内閣府少子化社会白書>まあ、見てわかる通り、どれも大企業であり、ほんの一部の人間の助けにしかならない一番多い中小企業はどうなっているかといえば、ほぼ皆無に近い。理由としては、代替要員の問題と資金繰りの問題がある。端的に言えば、出産して帰ってこようと思ったら、会社が潰れていた・・・かなり極端に聞こえるだろうが、従業員数を考えれば結構笑えない話なのだ。このようなことに対して猪口大臣は、育児休業をとらせる中小企業には国がサポート(経済支援)することが望ましいとしている。ただこの後、大臣は国家援助は恒久的ではなく、現状の子育て支援状況が変革すれば、いずれは企業側が、必然的に支援をしていくことになると付け加えた。最後に、まずなにかひとつ実行するとしたら、なんでしょうか?という質問に大臣は「総合的に多様なパッケージつくりが必要」と答え、まったく具体例がないということが丸分かりしてしまった、今までも結局、あれこれ手を広げすぎて何一つ問題点が改善されなかったように思う、まず一歩、なにを行うか、これは具体的にひとつだけでいいから、答えて欲しかったな。後記として、この番組とは関係ないのだが、結婚した人たちの出産率というのは実はここ十数年変わっておらず、最近の少子化の理由にはならないのではないかとの疑問もある、つまり結婚しない(出来ない)という状況が少子化を促進させている。となると、二点、結婚を促進させる方向を模索するか、今結婚して子供を産んでくれている家庭を優遇し、もっと産んでもらうか、大別するとこうなるのではないか。前者は経済のつまみをいろいろいじらねばならず、かなり複雑になってくる予算をつけて分かりやすいのは後者、それだけに後者に偏っていくのだろう。猪口大臣がいつも言っていた男が子育てに加わらないのが悪いということが意外に(笑)アンケートでは下位だったことに触れてもらいたかったのだが・・・こちらに検索等でお越しになった方々、同じく少子化について投稿した記事がありますので、よろしければ御覧ください。少し深く書いている記事です。少子化について考えてみる 前編少子化について考えてみる 後編 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月15日
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都市部と農村部の格差が10倍といわれる中華人民共和国。中国の全人口13億の7割、産業人口の5割を占める農民たちの意識が変わり地方政府との争う方法が変わるかもしれない。もしこれが成功例として広まれば、中国の変革につながるであろう。現在、中国は急激な経済政策により地方において農民の不満が高まっている。北京郊外に上訪村がある、これは地方役人に対する訴え(腐敗や冤罪など)を起こしに来た農民が宿泊する施設が建っている。一泊4、5元(60円)。上訪とは直訴という意味だ。いま多いのは、農地がいきなり説明も無く取り上げられたという訴え。豊穣な土地で「天府の国」と呼ばれる四川省は、現在、優先地区として土地開発を行い農業地区は工業用地へ次々と変わりつつある。綿陽市は農村部へ経済誘致を行う際に、3箇所の住宅地へ農民を移動させ生活保護費110元(1600円)、18歳未満(55元)を支払うことにした。土地を使って農畜産を行い稼いでいた農民は、退去勧告をされると今までの収入など関係なく、一気に生活保護程度の生活レベルに陥ることなるもちろん、あの程度の生活保護費では生きていくことはできない。年収3~5万元の農家がいきなり云千元に減ってしまうのだ。基本的に政府による立ち退き勧告は文書で細かく条件を提示して説明する事が中央から地方へ通達されているのだが、ほとんど強制執行による立ち退きを行っているこの際、農民は土地は支給される(家の分)のだが、家建築費は個人負担そのため負債を抱えることになる農家が続出することとなる。乱暴にいえば、地方政府は家や農地を含む土地を奪い、住むだけの土地は無償で違う場所に渡すが、自分の家は勝手に建てろ、仕事も自分で見つけろと突きつけている。政府通達により「非農業戸籍」を渡され農民は都市住民へと区分けが変更される。こうなると、農業で生計を立てていた人たちは、新たな仕事を見つけねばならないが現実は余程の技術者や若さがないと(30歳以上は無理)、雇ってもらえず、また雇ってもらえても、農民出身ということで低くみられ、給与未払いなどが多数見受けられる。農民は文書などを見せず判を押させ、小ばかにする地方役人に憤りを感じ対立が深まっており、これは全国人民代表大会でも重く見られ2005年3月には、中国農業部「杜青林部長」が「農地トラブルが深刻であり、中央政策を一部地方が実施していない」と発言している。地方政府は金が欲しくてたまらない、そのため競って経済特区に名乗りをあげ急仕立てで開発を進める、この無理が生じ農民とのトラブルが多発するという循環だ。年間数十万の直訴が続く、農村トラブル。中央政府は2005年5月に地方は地方で解決をと方針変更をするが農民は地方政府の横暴さを中央に訴え続ける、デモや暴動も起きている。いま、農民は訴えて戦うことを起こし始めた。農民は字すら読めない人がたくさんいる、そんな人たちが独学で勉強し法律を学び、訴えを起こそうとしているのだ。字すら読めないなんて、考えられないかもしれないが愚民化政策と考えればなにも不思議ではない、先進国と植民地の関係性と似ている構図が今までであった。中国では、人民が政府を訴えを起こすなんてことは考えられないことであった役人の報復も怖いし、また農民同士でも冷ややかな目で見る風潮が強かったからだ。政府系新聞は農地強制収奪を「邪魔な釘は抜いた」「農民は喜んで都市住民になった」などと肯定的な報道を繰り返し、さらに文書公示の約束を破ったり新たな住宅土地の保有を無視するなど、横行がボロボロ出てきている。法の下では政府も人民も平等であるはず、人民が政府を訴えることが当然として受け入れられ、ひとつひとつ地方政府が浄化されるのか?経済特区の成功を声高に掲げる中国政府と先進国経済マスコミはあの広大な大陸が農民で成り立ち、農民が変えてきたことをどう感じているのだろう。武力衝突が続く中国、農民が法による訴えを起こし成功するような国になったら大きな国内パラダイムシフトを迎えることとなるが、果たして中央はそれを歓迎するのかウイグル、トルキスタンやチベット、そして台湾という民族国家分裂の兆しは実は底辺を支えてきた農民の動向で劇的な変化を迎えるのかもしれない。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月14日
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< ナルニア国ものがたり >ボサッとテレビを眺めていたら、やけに美しくそれでいて激しい映像が飛び込んできた。「ナルミア国物語 魔女とライオン」・・・懐かすぃ~~~~『指輪物語』『ゲド戦記』『ナルミア国物語』は世界三大ファンタジーといわれ有名読んだ人(読まされた人)多数なんではないかなあ。冒頭の部分をチラッと話してしまおう・・・(もちろん本です、映画は日本3月公開)1940年のイギリスのお話、ペベンシー家の4人きょうだいがロンドン空襲を避けるために田舎の大きな屋敷にあずけられる。屋敷には空き部屋がたくさんあり、その中にひとつの大きな衣装ダンスがあった。他の3人が何の興味も示さなかったその箪笥にルーシィは興味津々、ガコッと扉を開け、ゆっくりと中に入っていくと、奥へ奥へと続く先に光明が差していてそこを目指して突き進むと、垂れ下がっていた洋服は木々に変わり、いつの間にか雪の積もる森の中にルーシィは立っていた・・・ここまで。CMで見た印象で言うと、凄いの一言、実際北欧あたりにあるんじゃないのああいう国、ん?? 北欧にはライオンはいないか・・・この物語、キリスト教を知っていると分かりやすく面白さは倍増するはず映画も原作のキリスト教色を薄めないとしているので期待大ですな。今回映画化はディズニー、お金があるっていいもんだ、あんな凄いのつくれるんだから邦画もお金があれば、CGミックスのスピード感溢れる「ヤマタノオロチ」とかつくってくれるかなあ、「壬申の乱」とか面白いだろうなあ、脚本書きたい!と、ナルミア国物語のCMを眺めたあとに妄想にふけってしまった・・・熱いお茶を煎れ、ふにゃ~とくつろいでいた時、いつものことながら意味も無い鼻唄が無意識のうちに流れていたりするのだが、たまには「ん?」と、まあビックリ自分の鼻唄に惹かれることもあったりする、 「 なんだっけな、この曲・・・ん・・・こ、この曲は?! 」 おらは死んじまっただぁ~♪ おらは死んじまっただぁ~♪はっきりとこの曲は、私の頭と心の中で、遠い思い出と共によみがえったこの曲はリアルタイムで聞いてはいない、発表当時(68年)私はまだ生まれていないからだ、この曲は小学生の音楽の時間に聞いた(笑)。先生が面白い人で、カリキュラム必須の曲をトットと終わらせあとは自分の好きな曲を教えまくっていた、オペラからアイドルのヒットソングまで幅広く、まさに「闇鍋」状態。教室は暗かった記憶がある、曇りか雨か、時限は1時間目か6時間目だったはず「君達に天国の唄を聴かせてあげよう、少し寂しい曲だけど、しんみりするな」こういう風なセリフだった(微妙に違うかもしれない)。聴いたあとは脱力状態、誰も寂しがるどころか、笑いの渦・・・先生は大真面目に語っていた、この曲の型破りな発想、サイケデリックな部分堅物には分からないと言い、マイナーなお遊びを楽しめる心を・・・と。はっきり言って、その頃は先生の言葉は記号としてしか頭に入ってこなかった変換するだけの経験がない私は、こころの片隅にようやく置いておくことが精一杯。この曲が、あの「大学闘争」の頃に、体制変革派に唄われ親しまれたアングラな曲だったということを知ったのは、先生の話を聞いた10年もあとだった。曲って、メロディも歌詞も時代を超えても場所を変えても、まったく同じなのに聴いた人の時代背景や受け取り方で万華鏡のように変化する、私の聴いた「帰ってきたヨッパライ」はセピア色の思い出の曲ではなく、突き抜けるような青空にいつまでも響く級友の、先生の笑い声の音符の階段が浮かんでいるかのような軽やかで、ちょっぴり懐かしい曲・・・なのであります(笑)。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。帰って来たヨッパライ/ザ・フォーク・クルセダース 68年 作詞・ザ・フォーク・パロディ・ギャング 作曲・加藤和彦おらは死んじまっただ おらは死んじまっただおらは死んじまっただ 天国に行っただ長い階段を 雲の階段を おらは登っただ ふらふらとおらはヨタヨタと 登り続けただ やっと天国の門についただ天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいし ねえちゃんはきれいだおらが死んだのは 酔っぱらい運転で おらは死んじまっただ おらは死んじまっただおらは死んじまっただ 天国に行っただだけど天国にゃ こわい神様が 酒を取り上げて いつもどなるんだ「なーおまえ 天国ちゅうとこは そんな甘いもんやおまへんや もっとまじめにやれ」天国よいとこ一度はおいで 酒はうまいし ねえちゃんはきれいだ毎日酒を おらは飲みつづけ 神様の事を おらはわすれただ「なーおまえ まだそんな事ばかりやってんのでっか ほなら出てゆけ」そんなわけで おらは追い出され 雲の階段を 降りて行っただ長い階段を おらは降りただ ちょっとふみはずして おらの目がさめた 畑のど真ん中おらは生きかえっただ おらは生きかえっただ こちらでフラッシュの「帰ってきたヨッパライ」(下に英訳)見れます。 サーバーに負担がかかるので2日間だけ、リンクさせていただきます。 *すいません、リンク間違えました・・・直しておきました(謝) 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月13日
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インドと中国の発展には「印僑、華僑」が重要なポイントを占めてきた。華僑5000万は技術学問系は米国などへ、印僑1500万も同じように各世界へ飛び立ち、その技術だけでなく人脈パイプラインを使い、本国に多大な貢献をしたといえるだろう、しかし、このような両国の経済の発展が摩擦をももたらしている。後編は米国との係わりから印中関係、アジア関係をみていく。 4.中国石油戦略日本エネルギー経済研究所長岡技術科学大学調べによれば、04年時、米国10億トン中国4億トンの石油消費量は、このままなら2030年には米国14億トン中国10億トンと接近していくと予測されている。膨張するエネルギー消費量に対応するため、中国政府は「中国海洋石油」「中国石油天然ガス」「中国石油化工」という国有企業体をつくり、中国版石油メジャーを目指している。今現在もっとも力を入れているのは中央アジアカスピ海、第二のペルシャ湾といわれ石油の埋蔵量は最大級と目されている。この方針により、カザフスタンと関係緊密化、石油パイプラインを造成し、ひとつのエネルギー方策となりつつある。 5.米国との摩擦米中間では「ユノカル問題」という対立が起きた。ユノカルは米国の石油企業だが、このユノカルをアメリカメジャー「シェブロン」が180億ドルで買収基本合意を取り付けていた。ここに「中国海洋石油」が185億ドルで買収提案の名乗りをあげる。これに対し、米国議会は国家安全保障のの観点から反発、中国側は買収正当性を主張米国マスコミに記事が載せられ、世界世論に訴えていく。結局、米国議会は新法案を可決、中国を断念させる形のもっていく。資源問題は国政と密接なことが理由の一部ではあるが、これは米中の関係性をあらわす顕著な例であった。中国のユノカル買収は確かに合理的で批判されるいわれはない。ただ、米国ではこの買収が単なるビジネスと判断されなかったのだ、ここに問題がある。では、米国が買収を嫌ったと考えられる理由を簡単に3つ記す。1.1980年代、オイルマネーが豊富であった産油国に中国は武器を売却 (イランーイラク戦争)、イランに対しては対潜対艦ミサイルを売却、 これにより米国駆逐艦はこのとき影響を受けている。 サウジアラビアには、中距離弾道ミサイルを売却しており、 その後もパキスタンやイランには売却を続けている。 また、中国がエネルギー問題で獲得に走った先が米国のいう「ならずもの国家」が 含まれているという理由もある。(スーダン、イラン) そして資源獲得先と資源だけでなく武器も結びついているのではないかと 疑っているのだ。2.市場経済の中で石油獲得に走るのではなく、直接買収に奔走していることを問題としている。 (中国側からすれば先進国が握る既得権益に入り込むには仕方ない) 3.OECD諸国が築いてきたオイルショック以降の石油価格安定努力に 中国はタダ乗りしているだけだ(フリーライダー)。 6.アメリカとインドの関係2005年7月に米印は包括的関係強化を宣言、ここには安全保障も入っている。さらにとても重要なことだが、米印首脳会談で共同声明が行われ「米国はインドに核エネルギーの供与を認める。」との声明が発表された。1998年にインドは核実験を行い、NPT(核兵器不拡散条約)と対立し米国は経済制裁を行っていた背景を考えると興味深い。昨年3月、インドはライス長官にインド国内のエネルギー不足を説明、核エネルギー使用に向けて対策が練られるのだが、このときライスは公式声明として「インドーイラン間の天然ガスパイプライン計画について強い懸念」を表明。ここで試金石が用意された、イランとの関係性をインドがどう示すか?昨年9月IAEA(国際原子力機関)においてイランの核開発疑惑決議案にインドが賛成、この試金石を経てインドとアメリカは関係強化へ進む、インド軍兵器はロシア製から米国製に転換、ロッキードマーチン社も深く参入し軍需産業が増加している。ここには、インド米国が疑わしき隣国中国を仮想敵国として警戒している思惑もある。(中国はパキスタン、ミャンマー、北朝鮮に武器供与をしている)このような背景により、インドに対しエネルギー核炉を2020年までに8つ用意ただし、インドはNPTに入っていないので米国へ自国のセーフガードを見せることが担保機能となると思われる。またアーミテージは米国が原子力技術供与に踏み込んだのは中国に対する牽制とはっきり語っている。 7.中国を抱え込むアジアのエネルギー戦略今現在、米国シンクタンク(イアンブレマー代表)ユーラシアグループは各国の有識者を取り込み、「NERF」(北東アジア地域フォーラム)という多国間(日米中露韓)エネルギー政策を提言している。これはロシアの豊富な資源と日本の省エネ技術をうまく活用し、国家エネルギーをまたいだ、多国間でエネルギーをうまく循環供与しようという方策だ。しかし、これに対し、中国はモンゴル、EU、北朝鮮を加えたいとし、米国の影響をとにかく薄めたいとしている。アーミテージは日米印でまず枠組みをつくり、中国を誘い込む形で待つほうがよいという提案をしており、まだまだNERFは流動的でスタート地点に立ったばかりといえよう。中国は急激なハード方面の上昇により経済バブル状態だ、様々な物づくり企業が出てきて世界市場に進出しているとはいえ、まったく信用信頼が無い。信用は人間関係と同じで長いスパンでの積み重ねが必要だからだ、中国は経済だけでなく、国家として急激な膨張をしており、このような状況は好ましくない、中国は内外格差を一旦縮める方針に転換しないと大変なことになるだろう。最後に日本の問題だが、日米同盟は深ければ深いほど極東アジアの安定をもたらすしかし、米国からすれば対中対露政策は以前のように直接介入はせず(直接介入は拒否反応が大きく、方針上よくないと理解した。)日本や東南アジアの親米国家のパイプをうまくアジア地域に活用したいというのが本音だ。つまり日本がアジア関係をいかにうまくやり切るかは米国の国益や国策にも影響する日本のこれからの中韓、東南アジア、中央アジアへのアプローチは米国との日米同盟を左右する大きな課題となって横たわっている。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月12日
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< 将門の乱 簡略記 >平将門は桓武天皇の子孫で、平氏の姓を授けられた、高望王(たかもちおう)の孫であり鎮守府将軍平良将の子。父の死後、一族と紛争が生じて,935年伯父国香を殺した。国香の弟良兼・国香の子貞盛らは、一族の反逆者将門を討滅すべく数度合戦を仕掛けたり朝廷に訴えたが、将門は恩赦もあって危機を乗り越え、かえって坂東に武名を響かせることとなる。威声の高まった将門は隣国武蔵国の国司と郡司の紛争の調停に乗り出したが失敗。こののち、官物未納のために国司の追捕を受けた藤原玄明をかくまった結果、ついに939年常陸国衙での合戦となった。守の藤原維幾を捕えた将門は、意を決して下野・上野の国衙を襲撃、上野国庁で新皇に即位した。やがて本拠に帰った将門を、貞盛は藤原秀郷を誘い襲撃。940年2月、攻撃を受けた将門は下総国猿島郡北山の合戦で敗死した。別の見方としては、将門は堕落し荒廃する京都政権をしり目に、東国の民及びその当時胎動しはじめた兵達に支えられて、いわゆる独立戦争的な戦いを起こしたのだろう。 その当時すでに坂東平野は、水運の便も開け、生産力も大きく、有数の馬の産地であり、その土地に合った独自の文化を持っていたのである。 こうした東国は、京都にとっては、ただ遠い国、『あずまえびす』の地であり、植民地として蔑視し、搾取の対象としての地としか考えられていなかった。 京都で数年を過ごしたといわれる将門は、貴族達の何か欠落した生活、又律令体制の裏面のいやな事を数多く見たにちがいない。 将門には我慢のならなかったことであろう。 < 将門の恐ろしさ >将門のことを書いたものに「将門記」があるが、ここでは怨霊の強さを示す「太平記」を紹介しよう。「朱雀院承平五年に、将門と言う者東国に下って、相馬郡に都を建て百官を 召し使わせて、自ら平親王と名乗った。官軍はこぞって是を討うとしたが、 その身体は全て<鉄身>で出来ていると噂され、石や矢にも傷つかず剣戟 (剣を用いた戦いの事)にも痛みすら与えることはできなかった。 諸々の人々が議論しあった結果、鉄(くろがね)の四天を鋳造して、 比叡山に安置して、四天合法の法を行わせた。 それ故あってか白羽の矢が一筋 天より振り、将門の眉間に立った。 そして俵藤太秀郷に首を捕られることとなったのだ。 その首は獄門に懸けられ晒(さら)されたが、三月迄まで色はあせず、 眼も閉じる事はなく、常に牙を噛み閉めて、こういった。 「斬られし我五体何れの処にか有らん。此に来れ。 頭続(くびつい)で今一軍せん」 夜な夜な、こう叫び続けた。これを聞いた人々は恐れを無し言葉もなかった。 ある時道すがりの人がこれを聞くと 「将門は 米かみよりぞ斬られける 俵藤太の謀(はかりこと)にて」と詠んだ。 すると、この首 かんら!から!から!と笑い、眼はたちまちの内に塞がれ、 その屍は既に枯れていった」 by「太平記」読んで分かるとおり「怖い・・・」、こんな怖い人はいない・・・。唄好きな人なら、お分かりと思うが、米かみ(コメカミ)と俵はかかっている。 < 将門の首 >首は、京都の東の市において晒されたが、何人かによって持ち去られ、豊島群芝崎村・神田の社の境内に手厚く祀られて、慰霊されることになるのである。これが、有名な『首塚(将門塚)』だ。 将門についての話は、これで終わりにならず、その死後、将門伝説として残っていく。 現在、将門ゆかりの場所は東京の都心部だけを取り上げても五ヶ所とは下らない。 まして将門の本拠地であった、常陸・下総はもちろん東国(関東一円)には、そのゆかりの場所が、それこそ無数にある。 そればかりか日本全国二十三都道府県にもおよんでいるのである。 江戸・東京に伝わる伝説では、将門の首は京都で晒されるが、ある夜、白く光を放って自ら、東の方に飛び去り、武蔵国豊島群芝崎村の地に落ちた。 その音は物凄く、東国一円に轟き渡り、大地は、三日三晩鳴動し続けた。 郷の人々は、恐れ慄き、近くの池で首を洗い、塚を築いて手厚く祀り、供養したので、その祟りが鎮まったと言われている。しかし、将門の首塚の恐ろしさは現代の方が知られている。では、それを書き記しておこう。1923年に関東大震災が起こり大蔵省庁舎全焼したが、将門塚を発掘調査の結果盗掘され何もないため、塚を破壊し埋め立て仮庁舎とした。 1926年、大蔵大臣早速整爾が病にて死亡・・・怖い。現職の矢橋官材局課長その他十数名死亡・・・怖すぎる。政務次官武内作平ほか多数が仮庁舎で転倒して怪我続出・・・これは微妙に怖い。将門塚破壊の祟りであるという噂が広まり1928年、仮庁舎を撤去し、神田神社社司平田盛胤祭主の慰霊祭が行われ、大蔵大臣三士忠造以下幹部関係者多数が拝礼。1945年、日本敗戦、米軍が周囲を整地し、駐車場を作ろうとしたが、工事用のブルドーザーを運転していた日本人が墓のようなものの前で突然転落して死亡する事故が起き、塚だけは破壊を免れる・・・怖い。 このような背景もあり、「帝都物語」はヒットしたのだろう。 < 愛すべき将門 >将門は朝敵だ、そのため、明治政府発足から敗戦時まで逆賊の汚名を受け神田明神別殿に移されている、祭殿は大己貴命 (オオクニヌシ) と少彦名命となる。いわゆる分祀ということだ。こんな昔の乱を引きずり出し、分祀させる薩長の田舎侍は、やはり力が無かった。そう天皇制の一本道にのみ民衆を囲える理屈が存在していたのだろう。将門だって天皇家の血は引いていたのだが、儒教の色を濃く残すことに奔走した明治政府は、新政府の正当性に躍起になったのかもしれない。確かに反乱に許す理由はないかもしれないが、民衆はそんな政争を冷ややかに見つめ、怨霊信仰により将門の素晴らしさを称えたのかもしれないな。 勝者だけではない、敗者にだって理由はある、そんな日本人の想いがかほっている。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月11日
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2回に分けて、インドと中国の経済躍進(潜在的も含め)と、アメリカとの関係性を記す。前編は、インドと中国、二カ国の内情とつながりを、後編はアメリカの戦略と二カ国、さらにアジア政策に絡む中央東アジア関係を記す。 1.中国中国は1978年の改革開放政策により経済のみを開放し始めた。ここ10年、毎年10%ずつのGDPはアップしており、6位フランスを抜き4位英国に迫る勢いである。さらに自動車生産台数は昨年570万台、米日に次いで3位。ニューヨーク、シンガポール、香港に上場した企業は昨年3ヶ月間で65社、調達額は121億ドル(≒1兆4千億円)だ。国家政策として「走出去」政策を実施し、国家をあげて海外投資を支援している。その結果、レノボグループはIBMを買収、名前が欲しかったともいわれる。自動車部品工場、杭州にある万向(ワンシアン)は69年に自転車修理業として7人で設立したのだが、現在中国内に32の工場を持ち、5年前から海外進出、8カ国(米・独・カナダなど)30社を買収、資本参加を行い、知名度と技術の獲得、3万人の社員、売り上げ2900億円をあげている。基本的に中国は「ハード」の部分の顕著な伸びが認められる。 2.インドインドは1991年新経済政策を掲げ社会主義を離れた。ここ10年、GDPは毎年6%アップ、その背景は「IT」。ソフトウェア輸出額は世界2位、IT技術者は毎年20万人輩出しており新中間層といわれる富裕層を生み出し、自動車の売れ行きは100万台、倍倍で増え続けている。バンガロールにIT企業が2/3集中している。一例として、「インフォシス」を紹介する、この会社は1981年に8人で設立インドIT企業の草分け的存在だ、マイクロソフトなどのソフトウェア開発を請け負うことで成長し、1999年にインドで初めてナスダックに上場、400社ほどを顧客としている。現在、宇宙開発やセキュリティという世界需要が拡大している部分を充実させ伸び続けており、その結果、インドIT業界は毎年各社4000人ほど人材を補充しなけらばならない状況となっている。また、IBMインドなどと競争する結果、技術者のヘッドハンティングが激しく賃金が高沸している。 3.インドと中国の接近インドは、このように人材拡大に奔走する結果となり、今では人材確保のため隣国中国政府の協力を得て、中国人材を試験的に採用している。ただ、反面、技術流出を警戒する声はインド業界に少なくない。このような限定的協力はいつからというと2005年4月、前々から争っている領土問題を棚上げして、貿易額を今後毎年10%ずつ引き上げ、包括的な協力関係を築くことを結んでいる。先々のことだが、予定では2008年200億ドルの予定。また2005年9月には、中国のハードウェア生産力とインドのソフトウェア開発力を協力させる狙いで各社の会合が行われている、これには政府は関係はしていない。伸びている部分と弱い部分をミックスさせ、ウィンーウィンを狙っている。然し、中国には大きな課題が眼前に横たわっている、コキントウは「調和社会」を打ち出したが、内外部の格差は依然として激しく、自然破壊も拡大している。ただ中国が世界協調の波に呑み込まれるのは必然のことで、海外経済依存度がこれだけ高い状況で無視すれば、自国の損益にしか繋がらないし、実際節約型社会として日本を紹介していたりするので舵はいずれ取らざるを得なくなるだろう。後編は、拡大する中国とインドのエネルギー問題摩擦を取り上げます。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月10日
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先日、加藤紘一議員の「新しき日本のかたち」という本を主軸に据えて「YKK」のターニングポイントを書いてみたが、今回は、小泉首相の過去の総裁選に絡んだ形として、YKKを織り交ぜて書いてみる。1972年初当選をした小泉氏、1988年12月、厚生大臣に就任する。当時は、竹下派が政界を牛耳っており(田中⇒竹下経世会)、こういう金権体質に嫌気がさしていた小泉氏は、この頃の思い、田中⇒竹下経世会を潰す=自民党をぶっ壊すという図をいつも念頭に掲げることとなる。1991年、テレビ番組にて、海部批判をYKKで行い、山崎小泉両氏は海部の後ろにいる経世会を暗に批判、このままでは改革が進まないと発言している。1995年9月、初の総裁選に立つ、敵は橋本龍太郎・・・このときに郵政3事業民営化をすでに訴えていた。現在、新党日本幹事長荒井広幸氏は、このとき小泉氏を応援していてYKKは当然、小泉氏を応援すると思っていたのだが、YKに何度も確認に行くと橋本支持でいくと既に決めていると何度も追い返されたと言っている。(このとき、立てと言ったのは先日書いたように加藤氏なのだが、応援しない)このとき、小泉陣営 若手議員選対会議は神宮前のオープンテラスカフェで行われまわりには安倍晋三、荒井広幸、山本一太などが並んでいたのだ。結果は、橋本新総裁が誕生、小泉氏は負けることとなる。加藤紘一氏は幹事長に、山崎拓氏は政調会長に就任、これでは裏切られたと思うだろう。1998年7月、二度目の総裁選に出馬表明、このときも荒井氏は加藤山崎両氏に会い、応援の確認に行くが、また応援しないと突き帰されている。結果は、故小渕氏225票 故梶山氏102票 小泉氏84票で最下位。この結果を受け小泉氏は「意外だ、二位にはいくと思っていた」と本音を発言YKKについては、加藤山崎両氏にもそれぞれの立場があるだろうとコメントしている。しかし、二度応援してもらえない状況が続いている、それも反経世会で結託したYKKだったはずが、機能しない、ここがターニングポイントだったのだろう。2000年11月、加藤氏が「加藤の乱」、加藤山崎両氏は森内閣不信任案賛成を表明自民党にいながら、選んだ総裁を引きずり降ろすというサーカス芸を披露しようとする。このとき、森派会長小泉氏は、野党の案に賛成なら、言われなくても離党でしょうと批判し、橋本派が強引に切り崩すなか、不信任案賛成者は理由を問わず除名だと政党人として当然だと、ごく当たり前の意見を述べている。「加藤の乱」の惨めな結末は、ご存知の通り(先日書いたとおり)。しかし、このとき、偉大なるイエスマン武部勤現幹事長は本会議欠席、つまり森不信任を表明していた(笑)、処分なんて怖くないとも発言、この辺は運だなあ。2001年4月 3回目の総裁選出馬、このときようやくYKKは揃い踏みを果たすが、現在、小泉首相は加藤氏とは靖国問題で、山崎氏とも追悼施設問題で疎遠になっている、しかし、昨日の時事放談など見ると、山崎加藤ラインはまだまだ繋がっていることが良くわかった。まあ、元々、加藤ー山崎ラインに小泉氏が参加した形であるしその後の、この二人の動きを見ていると、ずっと底で繋がっているだろう。3回目の総裁選は、小泉氏はなかなか立候補を決めず迷っていたが、田中真紀子の一喝で出馬を決める、発言からして勝てる自信は徐々に出てきたようだ。このとき小泉氏は田中真紀子氏に勝利したら好きなポストを与えると約束真紀子氏は「外務大臣」を希望し、森福田両氏が反対しても、もう遅い、真紀子氏は約束どおり、外務大臣に就任することとなる。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月09日
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< 794(泣くよ)怖くて桓武天皇 > 怨霊信仰のひとつめ、早良親王(祟導天皇)の祟りを恐れて平安京に 遷都したといわれるお話をば、一説披露させていただこう。 784年、桓武天皇は長岡京に遷都を計画、僧侶の政治介入に悩んでいた 桓武天皇は平城京から都を移し、新都は水上交通の便がよい桂川、宇治川、 木津川、淀川の交差点につくろうとしていた。 大きさは東西4.3キロ、南北5.2キロと巨大なものであった。 785年9月の夜、月光が消え(月食?)、不吉なことの前触れだと感じていた。 9月23日夜、長岡京嶋町で起きた、ある事件、 これこそが桓武天皇を一生悩ませる引き金となる・・・ 長岡京留守司の藤原種継が長岡京造営工事をみているとき、種継が暗殺される。 種継暗殺首謀者として睨まれたのは、種継と対立していた桓武天皇の弟・早良親王。 桓武天皇は安殿親王を次の天皇にしたかった、大伴氏は早良親王を推していた こういった政争に巻き込まれた早良親王、罪をかぶせるにはうってつけであった。 9月28日、親王は乙訓寺に幽閉され、無実を訴え断食をおこない、 船で淡路に移送中、高瀬橋のあたりで餓死してしまう。 このとき以来、長岡京には無実の罪で死んだ親王の怨霊が憑きまとう。 788 桓武天皇の妻・藤原旅子が30歳で死去。 789 桓武天皇の母・高野新笠が死去。 790 桓武天皇の妻・藤原乙牟漏が31歳で死去。 (若いね~) また、この頃は旱魃により凶作はおこるは、790年、秋には都で疫病が 流行し、多くの人々が死亡、さらに安殿親王も病に倒れるのだ。 792年、桓武天皇は、陰陽師に安殿親王の病状をチャチャッ占わせたところ、 あの!あの!早良親王の祟りが原因だと判明する。 ビックリ仰天!早速、桓武天皇は早良新王が埋葬されている淡路島へ 使者を送り、親王の墓を整備させ、駄目押しに、僧に墓前で読経もさせたのだ。 し か し 、792年、夏~秋に大雨が続き、桂川が氾濫して 長岡京は多大なる損害被害を被った・・・。 これだけいろんな不吉な事が続くと誰だって怖いだろう。 桓武天皇は、長岡京を捨て、平安京をつくることを決断。 794年10月22日、平安京遷都。 桓武天皇は早良親王の怨霊を恐れ、陰陽道に基づき平安京を造営。 北に山(玄武)、東に川(青龍)、南に池(朱雀)、西に道(白虎)があるのが 最良の土地という考えを「四神相応」といい、京はこの考えに即して造営された。 北に山(玄武)は「船岡山」、東に川(青龍)は、「鴨川」 南に池(朱雀)は「巨椋池」、西に道(白虎)は、「山陰道」 また、鬼門の方角には「比叡山延暦寺」がどっかりと腰を下ろしている。 早良親王は800年7月、怨霊鎮魂をおこない、崇道天皇と追称された。 京都「上御霊神社」は早良親王の御霊神社として、今でも健在だ ここには、のちに光仁天皇殺害の容疑で投獄された井上内親王、 謀反を企てた首謀者として捕らえられ伊豆に流された橘逸勢らいずれも無念の死を 遂げた8人を合祀し、祭神八所御霊とされた。 < 学会では? > しかし、これは学会では認められていない、怨霊ではなく政治的意図と 捉えられているのだ、では、教科書などに載っている内容も書いておこう。 長岡京造営遷都に対し、朝廷には反対する勢力が存在した。 大伴氏や佐伯(さえき)氏である。 藤原種継暗殺事件、この事件は大伴一族の犯行であったとされている。 大伴一族は、東宮職を務めていた。 東宮とは皇太子のこと、東宮職とは、皇太子に仕えている役人となる。 この当時の皇太子が早良親王であり、遷都に反対の立場であった大伴氏は 桓武を廃して早良を次の天皇とすることを企図、事件を起こしたとされている。 早良親王が亡くなるのは同じだが、ではなぜ長岡京から平安京に遷都したのか? 1、新しくはじまった天智系王朝の力を示すため。(それまでは天武系) 2、平城京に勢力をもっていた古くからの豪族や寺院などから離れるため。 3、平城京と難波宮との複都制をやめて財政をひきしめるため。 平安京に、あの場所が選ばれた理由は?? 1、交通の便が良い。(淀川によって瀬戸内海と結ばれ、木津川によって大和地方とも結ばれている。) 2、京都は渡来人系の秦氏の根拠地であり、その協力を期待することができた。(桓武天皇の母は渡来人系で、藤原種継の母も秦氏の出身であった。) となっている、私見だが、怨霊信仰が遷都の決め手だと思うんだよなあ この時期って、あとで取り上げるが「将門」「道真公」といろいろ出てくるし 陰陽道が盛んに朝廷に入り込んでいる頃、怨霊が正しいかどうかではなく 陰陽道というものが、政治に結びついていた時期だったと考えれば そんなにオカルトな遷都理由でもないような気がする。 これだけいろんな不幸が重なって、横で「祟り祟り」と耳元で囁かれれば 信じるでしょ、桓武天皇が最後に早良親王を祟導天皇にまでするなんてねえ。 政治的意図にしては、ちょっと弱いと思う。 まだ、そこまで科学的に論理的に政治的にクールに動いていた 時代背景ではないと考えますな。 ↑ 今回は長いです、ここで一休み、クリックをしていただけると有難いです。 < 菅原道真公 最強の怨霊神 > 以前書いたように、平安前期は御霊会の盛んな時代だった、いずれは為政者側へ 取り込まれるのだが、やはり道真の神格化も庶民信仰からスタートする。 905年、道真の従者「味酒安行」が大宰府で祭ったのが最初と言われる。 道真が政争で敗れ、左遷され、悲しみの中、死んでいくことは 周知のこととして死後の話をここではご紹介しようと思う。 『扶桑略記』などを見ると、時平が死んだあたりから、日食・月食・彗星・落雷・ 地震・旱魃・洪水・火事・伝染病の流行といった記事が毎年のように目立つ。 これらの怪奇現象が道真の祟りだと広まるのは、当然のこととも思える。 942年、多治比文子(たじひのあやこ)の夢枕に道真の霊が現れ、 北野の右近馬場の地にに祀るよう嘆願する。 北野はすでに雷さまが祀られていた地でもあったが、 彼女は身分の低さゆえ、自宅に祠を建てるにとどめた。 続いて946年、道真の霊が今度は近江比良宮の神官神良種(みわのよしたね)の 息子太郎丸の夢枕に現れ、再度右近馬場に祭るよう告げたので、 文子らと協力して右近馬場に祀った。 そして翌年、天然痘が猛威を振うなか、現在地に北野天満宮が創建され、 時の為政者である藤原師輔が社殿を増築し、摂関家の守護神としたのだ。 それから半世紀が経過した993年、道真は正一位左大臣を追贈されたが、 その背景には天然痘の流行があった。 しかも託宣により贈官を拒まれたので、朝廷は太政大臣を追贈までするのだった。 ここで道真公といえば雷、「落雷雷神」について書いておこう。 930年に宮廷の紫宸殿に落雷があり、死傷者が多数出たことであった。 これにより、道真の怨霊は雷神と結びつけられることになった。 もともと北野の地には、農作物に雨の恵みをもたらす火雷天神という地主神が 祀られていたことから、それが道真の怨霊と合体したものといわれる。 怨霊の怒りを鎮めるため、947年にこの地に北野天満宮が創祀。 その後、987年に勅祭が行われ、このときに正式に「北野天満宮大神」と 称号されるようになった。 同時に、雷神との結びつきという点では、雷=雨=農作物の成育という信仰から、 農耕神としての性格も強く持っているといえる。 日本の農耕信仰では、古くから北野の火雷天神のような天から降ってきた神を 祀る天神社(古くから農耕民族にみられた天神信仰)が各地にあった。 道真の御霊が火雷天神と合体したことによって、やがて各地の天神社の祭神も 道真=天神様とされるようになったのである。 現在は、時代と共に、道真公の悲劇の部分や、実はとっても学問成績優秀で あったことがクローズアップされ、庶民の政争に対しての監視の 「こころ」も顕れているように思うのだ。 最強の怨霊神「菅原道真公」、これから受験合格のお祈りのピークを迎えるのでは? ↑ 今回は長々と読んでいただき有難う御座います、ラストにクリック協力お願いします。 次回は、この島国にもうひとつの国を建てようとした「平将門」。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月09日
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自民党加藤紘一議員の「新しき日本のかたち」を読んだ。地方都市や外交政策は読むべき価値もない本、大学生くらいでも書きそうな内容だ。そんな人物とわかっていながら何故読んだか?それは「YKK(山崎、加藤、小泉)」と「加藤の乱」ここが読んでみたかったから。一般に言われているYKKのイメージと加藤氏自身が書くYKK・・・加藤氏と山崎氏は元々連絡を取り合う仲であった、90年にこの先の日本を考える飲み会を加藤氏が計画、山崎氏に連絡するわけだが、このとき加藤氏がもうひとり「小泉純一郎」も入れないか?と提言する。山崎氏は乗り気ではなかったが、3人の飲み会が行われ、これがYKKの始まりと書かれている。この頃、力を持っていたのは小沢中心の「経世会」、実際、反経世会としてYKKは結成されたし、その後もその動きを示してくことになる。海部内閣打倒をテレビで発言、そして92年の宮沢内閣発足のときには加藤氏は官房長官にまで上り詰める(この頃がピークだったんだねえ)。さて、小泉純一郎氏が「YKKは友情と打算の二重構造」と語っている、このフレーズは一体なにを意味するのか?加藤氏はこれをある事実に求めている、それは95年自民党総裁選。ここは何回読んでも意味が分からない箇所だ。加藤氏は小泉氏に総裁選出馬を薦めたのは自分と山崎氏としている、しかし立場上、橋本氏を支持したとある。理由は小沢氏が離れたとはいえ、経世会は力を持っていた、これに楔を打つ反経世会の気概を示さねばならない、そのために小泉氏立ってくれよというのだ。でも立場上、自分と山崎氏が橋本氏支持は既定路線と書いてある・・・まったく言い訳にもなってない・・・。加藤氏は小泉氏に対して説明が足りなかったから溝が出来たと考えているようだがこれは大間違い、説明して納得できないだろうし、それなら自分が立てばいいのだ。小泉氏と山崎氏が橋本氏支持に回ってもらう、自分が傷つけば一番誤解は与えないだろう。無理矢理こじつければ、反経世会の雰囲気はいつも醸し出さないといけないがこのときは、まだ倒せる力は無い、YKK本体が完全に動きを封じられないようにカモフラージュもせねばならないとする。でも戦(いくさ)、それも形成をひっくり返す戦術を練るなら潜んで潜んで根回しを重ね、一気に切り崩すことであろう、こういうセンスのなさがこの後、紹介する「加藤の乱」でも見事に現れる。「乱」勃発の引き金は2000年11月の「森内閣への不信任案決議へのさまざまな選択肢がある」。つまり加藤氏は10月時点で支持率15%を切った森内閣に対し不信任案決議に賛成または欠席をして反森を表明するとしていた。これに山崎氏も同意していたとある、小泉氏は森派であるから森支持だ。ここで面白いのは、自民党内閣に対して党員である加藤氏が反対を示す事だ。有識者や小泉氏がテレビ発言したとおり、普通なら脱党して自民党反対票であろう。離党もせず、このような重大な発言行動を起こすのには、よほどの自信があるか馬鹿か、もちろん加藤氏山崎氏は後者だ。本には書かれていないが、政治評論家屋山太郎氏はこの頃、加藤氏に密室で会いこの決議案に関する気持ちを聞いている、携帯を出し「これですぐに菅直人と連絡がとれる」とまで加藤氏は言い切り、本気で自民党にいながら自分達が選んだ森氏を否定、他党との連携も出来ると考えていたのか・・・センスゼロ。結局、執行部は森内閣を支え、野中宏務幹事長が切り崩し工作を図りメディアで流された、あの壇上で涙を浮かべる加藤紘一議員の画と続くわけだ。あのとき「加藤さんは大将なんだから!」と横で説得していた人が、現谷垣財務大臣。加藤氏の手稿で首相反対をすれば党からの除名の可能性があったと記されている。もうこの時点でこの人の負けだ、可能性ではない、明らかに除名だ。その辺の覚悟が無く「のほほん」とやれると思っているところに東大卒から外務省入省というエリートの弱さが見える、というよりこの人がセンスが無いだけかもしれない。この本は、どちらかというと加藤氏の弁明が延々と続くので、他のいろんな政治家や評論家の本や意見を知らない人が読むと、加藤さんってしっかりした人だと思うかもしれない、思わされるかもしれない。私にとっては失敗者は良いお手本、そういう意味では一読のおもしろさはある本だった。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月07日
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まったくもって「ケガレ」がよくわからなくなってきた。 「ケ」→「気枯れ」→「ハレ」という循環はわかるのだが 「穢れ」、これがどうもわからない。 「死穢」はまだわかる、やっぱり「死」は怖い、また腐敗していく「死体」を 見ていれば、いつか自分もそうなると想像し、恐怖は倍増! そういう意味では、「死」を遠ざける、「死」が伝染するという状況を生み出す 土壌があり、なんとなくわかる。 実際、「古事記」にもイザナギがイザナミの腐敗した死体を見て それを恥ずかしく思ったイザナミが追っかけてくるという死者側の気持ちも 書かれていたりする。 そして「禊」をおこない、浄化しているイザナギ、これを見ると「死」はわかる。 どうしてもわからないのは「血穢」。 「血」で穢れるとは、どういうことなんだろう? 今までの話でも「お産」が「ケガレ」とされた理由はなんだろう? 例えば女性は生理の間、はなれに置かれる事もあった となると「血」が忌み嫌われたのだろうか? それが理由なのか? でも、「古事記」には、バッサバッサ斬り捨てていく描写多数、 それも「日本武尊」のような天皇の血筋をひく者が「死」も「血」も浴びている。 それに、「古事記」の中では、日本武尊がミヤズヒメの生理の血を見ても、 「穢れ」と言ったり、怖がる様子も無い。 それどころか、二人して月経に詩まで唄ってたりする、明らかに喜んでるわけだ。 赤ちゃんだって、血みどろで出てくる、だから赤ちゃん。 でも3日間は洗わずにおくという話もある、「血」が「穢れ」なら、すぐに洗うでしょ。 となると、日本古来の文化ではない何かが流入されたという可能性を考えてみる。 古事記の成立は古代、だから中世以降が問題か。 探してみると、それっぽいのがある、またこれこそが血の穢れを促進させ 差別を助長させたモノだと言っている人もいた。 それは「 血盆経 」。 血盆経とは、女性が女性特有の出血のために、死後、 血盆池(血の池)地獄に堕ちることを説く短文の仏教経典。 経諸本には若干の本文異同が認められるが、概ね以下のような内容からなっている。 仏弟子の目連尊者が、血盆池地獄を見る。 ここは、出産時の出血(および月経)で地神を穢し、また血の汚れを洗った川の水を 人がそれと知らずに汲み、茶を煎じて諸聖に奉り、不浄を及ぼしてしまう罪によって、 女性だけが堕ちる地獄。 母の恩に報いるため、目連は獄主に(または仏所に赴いて仏に)この地獄から逃れる方法を問う。 獄主(または仏)は、血盆斎を営んで僧を請じ血盆経を転読すれば、血盆池中に蓮華が生じて、 罪人が救われると説く。 ミシェル・スワミエによれば、当経は、10世紀以降に中国で民間仏教経典として成立、 血盆経は日本でも受容され、日本の各地に所在する”血の池地獄”はこの信仰による。 はっきりいって古代と中世以降の日本信仰は変化している。 これは大陸からの影響も強いであろう、ただ例え「血盆経」が渡って来たにしても それを受け入れるかどうかは、あくまでこちらの問題だ。 となると土壌があったのか、それとも時の支配者が積極的に庇護したのか はたまた、勝手に民間で信仰が浸透したのであろうか。 わからんにゃ~。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月06日
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~~~~~~~~~~~~ 引用開始 ~~~~~~~~~~~~ 独など3カ国、安保理改革決議案を再提出 国連安全保障理事会の常任理事国入りに向けて協力してきた日本、ドイツ、インド、 ブラジルの4カ国(G4)のうち、日本を除く3カ国が5日、安保理改革決議案を 国連に再提出した。 G4が昨年提出し廃案になった決議案と同じ内容。日本は米国と連携して別の改革案を つくるため今回の提案には加わらず、G4の分裂は決定的になった。 3カ国が提出した決議案は常任理事国を6カ国、非常任理事国を4カ国増やして 安保理メンバーを25カ国に増やす案。昨年春から、日本などG4が活発に多数派工作を 展開したが、米中などの強硬な反対を受けて、9月に廃案になった。 再提出に加わらなかった理由について日本の国連代表部は「新たな決議案作成に向けて 米国と真剣な協議を行っている最中に再提出に加わるのは得策でない」と説明した。 安保理を大幅に拡大するG4案を嫌う米国の意向に合わせて「日米は最大21カ国の 改革案を軸に調整している」(G4外交筋)という。 ~~~~~~~~~~~~ 引用終了 日経 ~~~~~~~~~~~~ 日本は前回、G4と称した4カ国(日、独、ブラジル、インド)共同での 常任理事国入り政策を国連内外で活発に推進していたが、ここで路線変更した。 というか、元々、G4なんて無理なことであって、どの国も敵対国が存在している。 G4の中でひとつでも足を引っ張られる国があれば、それでお陀仏だ。 そして近隣諸国は必ず反対、日ー韓、独ー伊、ブラジルーアルゼンチン インドーパキスタン、こういう風に常に対立構図が浮かび上がる。 もっと早く、米国単独の支援を受けた形での常任理事国入りにハンドルを切れば 良かったのだが、つまらないところで協調主義を貫いてしまい大失敗。 今回は、うまく舵取りをして欲しいところ。 ~~~~~~~~~~~~ 引用開始 ~~~~~~~~~~~~ 米政府、低所得層の暖房費を支援・7億ドル拠出 米政府は5日、低所得層の暖房費負担を軽減するため、7億3300万ドル約850億円に のぼる支援に乗り出すと発表した。原油や天然ガスなどの価格が高止まりしており、 冬場の暖房費の増加が個人消費の足を引っ張るのを避けるべきだと判断した。 ~~~~~~~~~~~~ 引用終了 日経 ~~~~~~~~~~~~ 昨年に起きたカトリーナの影響は深刻、石油の高止まりはまだまだ続くだろう。 イラクは関係ない、米国にはあの地区の石油量は影響をさほど及ぼさないのだ。 冬場の消費の件もあるが、やはりブッシュの先日のイラク開戦に対する 誤報による失策を認めた発言が影響を及ぼしたのだろう。 支持率も急降下しており、内政へ目を向ける一時的なカンフル剤とした政策と考える。 ~~~~~~~~~~~~ 引用開始 ~~~~~~~~~~~~ また仏像盗まれる 東京都台東区、同一犯か 東京都台東区の寺で昨年12月、仏像が盗まれる事件が2件相次いで発生 していたことが5日、分かった。 同区では昨年11月、浅草寺からも仏像が盗まれており、警視庁は同一犯の可能性も あるとみて調べている。 調べでは、同区上野公園の寛永寺両大師堂で昨年12月13日、堂内にあった木造の 仏像2体(高さ約45センチ)がなくなっているのに僧侶が気付いた。 同日中に盗まれたとみられる。江戸時代中期の作らしい。 12月22日には、同区竜泉の西徳寺で「親鸞聖人の御木像」(同約30センチ)が 盗まれているのに住職が気付いた。同月18日にはあったことが確認されているという。 浅草寺が盗難に遭ったのは11月18日で、盗まれたのは参拝者らから 「裏観音」と呼ばれ親しまれていた「聖観音像」だった。 ~~~~~~~~~~~~ 引用終了 河北新報 ~~~~~~~~~~~~ 文化財の盗難は非常に多い。 大体は捕まって返還されているのだが、中には還って来ないものもある。 有名なところで、韓国人窃盗者が日本の重要文化財を盗難、本国で売りさばき 韓国の国宝284号に指定された事件がある。 94年、安国寺(長崎県壱岐島)国の重要文化財指定「高麗版大般若経」盗難事件だ。 さらに兵庫県加古川市の鶴林寺で02年7月に盗まれ、韓国に持ち込まれた 日本の重要文化財の掛け軸「絹本著色阿弥陀(あみだ)三尊像」が韓国中部 大邱市の寺で見つかった事件。 検察は証拠品として掛け軸を押収する方針だが、盗難品とは知らずに布施された場合は 民法上、所有権が認められる。 韓国メディアによれば、寺側は日本への返還に消極的で、返還の可能性は低いと分析。 とにもかくにも、高く売れるから盗まれるわけで、盗難防止を厳重にと呼びかけるしかない。 ~~~~~~~~~~~~ 引用開始 ~~~~~~~~~~~~ 【中国】PCタイプ:所有はデスクトップ、購入希望はノート パソコン(PC)を所有している中国の消費者に対してその種類を聞いたところ、 9割近くが「デスクトップ」と答え、「ノート」を圧倒的な差で上回っていることが分かった。 しかし、今後購入したいタイプを聞いたところ「デスクトップ」の回答が 「ノート」を上回るもののその差はわずか3.5ポイントとなり、 「ノート」志向が強いことが分かった。 ~~~~~~~~~~~ 引用終了 中国リサーチ ~~~~~~~~~~~ 中国でのPC購買者は沿岸部の金持ちだけだ。 話は変わるが、森前総理、「ITIT」と連呼して、推進していたが あのとき、一家に一台PCを無料で配布したいと語っていたと思う。 というか学校にPCを置いてもいいけど、インターネットって必要? ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 ~~~~~~~~~~~~ 引用開始 ~~~~~~~~~~~~ <大雪>独居高齢者を狙い、悪質雪かき横行 福井 20年ぶりの豪雪に見舞われた福井県で、独居高齢者を狙い、見積もりも示さずに 雪かきを持ちかける業者が現れた。 偶然訪れた近所の人が不審に思い問いただすと立ち去ったが、高齢者の住所一覧を 持っていたといい、地元の勝山市はホームページで「不審な雪かき業者にご注意を」 という呼びかけを始めた。 勝山市消費者センターによると、業者が現れたのは昨年12月22日。 男2人が独り暮らしの女性(67)宅で「雪かきをしてあげます」と勧誘。 「価格は内証」と言うだけで、見積書も作成しなかった。 女性が契約しようと考えているところに近所の男性が訪れ、 問いただすと2人は立ち去った。 特商法では家庭用融雪設備の設置は「指定役務」としてクーリングオフが使えるが、 除雪作業は適用外。 今のところ、石川、富山、新潟各県に同種事例の報告はないというが、 「市町村に注意を呼びかけたい」(新潟県消費生活センター)としている。 ~~~~~~~~~~~~ 引用終了 毎日 ~~~~~~~~~~~~ まあ、それにしても災害あるところに犯罪者ありという格言があてはまる。 地震時の偽募金、リフォーム詐欺、そして今回の雪かき見積もり詐欺。 大体狙われるのはお年寄りや女性、というか普通に「雪かき」を商売にすればいい。 会社を立ち上げて、「信頼第一、力持ち」とでも銘打って、商売をすればいいのだ。 価格が内緒で、見積もり不明だからおかしいのであって、明らかな詐欺行為。 どこにでもこういう輩はいるわけで、騙されないこと、ご近所さん同志で 少し注意する、ビラで注意を喚起する等、自己防衛は必要かもしれない。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月06日
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曽我ひとみさんからの証言により、元工作員辛光洙容疑者(76)が横田めぐみさん拉致に関与していた事が明らかになった。曽我さんは、平壌市内に住んでいたときに辛光洙から直接聞いたと発言曽我さんとめぐみさんは53~55年平壌市内で辛光洙に朝鮮教育を受けていてそのとき、めぐみさんから曽我さんは52年11月、部活の帰りに数人の男に拉致されたことを聞いている。56~61年には工作員村と呼ばれるチュンリョンリで蓮池さん、地村さんと接触、めぐみさんは、このとき田口八重子さんと一緒に暮らしている。北朝鮮は平成14年9月拉致を認め、めぐみさんには夫と子供もいると情報を流す。しかし、めぐみさんは死んだとして、北朝鮮は遺骨を提出、しかしDNAが一致せず偽遺骨と発覚、にもかかわらず、今も無視し続けている。ではここで、「辛光洙(しんがんす)」をおさらいしておこう。辛は80年に起きた大阪市の中華料理店店員原敕晁さん=失跡当時(43)=拉致の中心人物とみられており、日本警察は国際指名手配としていた。辛は原さんになりすまし、日本韓国を中心として暗躍、そして韓国にて逮捕され死刑判決を受ける、まあこれは当然、スパイ活動はどこでも死刑だ。しかし、韓国政府の恩赦により北朝鮮に見事 帰 国 。先日の地村さん、蓮池さんに続き「横田めぐみ」さん事件にも関与していたこの辛光洙という男。そのとき、日本国会議員の中にも「辛光洙釈放嘆願書」にサインした大馬鹿者がいる。土井たか子 菅直人 田 英夫 本岡昭次 渕上貞雄 江田五月 佐藤観樹 伊藤忠治 田並胤明 山下八洲夫 千葉景子 山本正和 ・・・「私どもは貴国における最近の民主化の発展、とりわけ相当数の政治犯が 自由を享受できるようになりつつあることを多とし、さらに残された政治犯の 釈放のために貴下が一層のイニシアチブを発揮されることを期待しています。 在日関係のすべての「政治犯」とその家族が希望に満ちた報せを受け、 彼らが韓国での社会生活におけるすぐれた人材として、また日韓両国民の友好の きづなとして働くことができる機会を与えて下さるよう、 ここに心からお願いするものであります。 1989年 大韓民国 盧泰愚大統領貴下 」これが恥知らずな、自国の国民が拉致されても釈放してくださいと嘆願したすべて。警察関係者の話で、この当時の政治的状況で「拉致関連」が進展しなかったとあるそう、これは旧社会党系だけの問題ではない、「金丸訪朝」このとき同行した「野中ヒロム」いまだにメディアに出て醜悪ヅラで発言し続ける、この男。鈴木宗男を使い、拉致議連に圧力をかけたり(拉致問題をうやむやにしたい)拉致が明らかになりつつあった当時、北朝鮮に必死にコメを送り続けた妖怪である。このように拉致はもっと早く解決の道筋が立っていた可能性が高かったそう、国家の中に国民の命や財産を普通に守ろうとしない輩がいれば解決なんてするはずがない、いや助長させるものでしかない。確かに小泉訪朝により目処はついたが、実際この首相が何かしたというよりはこの拉致問題については安倍の同行がすべて、この人がいなかったらもっとひどい結果になっていただろう。現在、元工作員辛光洙容疑者(76)の身柄引渡しを日本警察は要求当然ながら、北朝鮮は無視している。 「救う会」HPを覗いてみませんか? ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月05日
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怨霊信仰は各地の祭りを取り上げる際に扱おうと思っていたのだが ぢんさんにベチッと肩を叩かれたので(笑)、 今回から番外編として特集しようと思う。 < 怨霊信仰とは? > 怨念を抱いて死んだ者は怨霊となって祟るとされている。 怨霊をさけるために祈祷が行われ、それでも祟りが収まらない場合は 怨霊を祭り上げて守護霊へと転換する方法がとられた。 これを怨霊信仰という。格を上げて御霊信仰ともいう。 < その裏にあるものは? > 怨みを抱いて死んだ霊は、その子孫に祀られることがなけれは人々に 崇りをなすと信じられていた。 疫病や飢饉、その他の天災があるとその原因の多くはそれらの怨霊や、 祀られることのなかった死霊の崇りとされていた。 そういう風習を朝廷に生み出したのは民間信仰と陰陽師などの祈祷師であろう。 そして、そこに大陸の強い影響があったことは間違いない。 < 怨霊信仰の広まり > 文献の初出は『三代実録』863年5月20日の記事である これは「御霊会」を朝廷が行なった記録であるので、 民衆の間ではそれ以前から行なわれていたと考えられる。 政治的対立者を怨霊として恐れたのはその政敵だった人たちであるが、 一般の御霊信仰は、むしろ一般 には実体のフワフワしたもの、 よくわからない怨霊に感じた畏怖をもとに成立したもので、 その具体的な霊格(祭神名)は多くは巫祝の託言や創唱によるものであった。 有名な紫野今宮以下多くの御霊会は単に御霊という以外に 何ら特定の祭神名を称することがなかった。 御霊信仰は外来の信仰としての陰陽道や仏教の影響もある。 仏教については亡霊追福を第一目的とする念仏信仰と御霊信仰とは 互いに相結びついて中世以降の庶民信仰を後押ししていく。 < 祇園祭 > やはり、文章にして定義付けをダラダラ書かれるよりも 例を挙げたほうが、読みやすいし、面白いだろう、そこで 「 祇園祭(ぎおんまつり) 」 を取り上げよう。 古くは、祇園御霊会(ごりょうえ)と呼ばれ、869年に疫病が流行したとき、 祇園牛頭天王の祟りとして、平安京の広大な庭園であった神泉苑に、 当時の国の数-66ヶ国にちなんで66本の鉾を立て、祇園の神を祭り、 さらに神輿をも送って、災厄除去を祈ったことにはじまる。 この祇園祭は、7月1日の「吉符入り」にはじまり、31日の境内摂社 「疫神社夏越祓」で幕を閉じるまで、 1ヶ月にわたって各種の神事・行事がくり広げられている。 < 祇園祭「疫神社夏越祓」 > 八坂神社御祭神、アマテラスの弟スサノヲノミコトが南海に旅をした時、 一宿の願いをしたスサノヲノミコトを、蘇民将来(そみんしょうらい)は粟で 作った食事でもてなした。 蘇民将来の真心に喜んだスサノヲは、疫病流行の際「蘇民将来之子孫也」と 記した護符を持つ者は、疫病より免れることができると語る。 その故事にちなみ、祇園祭では、「蘇民将来之子孫也」の護符を身につけて 祭りに奉仕するのだ。 また7月31日には、蘇民将来をお祀りする、八坂神社境内「疫神社」において 「夏越祓」が行われ、「茅之輪守」(「蘇民将来之子孫也」護符)と「粟餅」を 社前で授与、これをもって一ヶ月間の祇園祭は終幕する。 < 牛頭天王とは? > 牛頭天王(ごずてんのう)は、もともとはインドの祇園精舎の守護神といわれる。 「備後国風土記」には武答天皇の太子として登場、牛頭天皇と表記される。 牛頭天王は京都祇園の八坂神社の祭神で、疫病を防ぐ神であり、薬師如来を本地仏とし、 神道におけるスサノオ神と同体であるとされている。 それは上記に書いた蘇民将来の話の中で、私はスサノオだと云ったと記している。 その後、明治政府は神仏分離を政策としたため、牛頭天王を祭神としていた 神社は、すべてその祭神をスサノオ神に変えるか、もしくは、 祭神の中から牛頭天王を除外したのだ。 牛頭天王は疫病を撒き散らすと同時に親切に迎え入れた農民に対しては万病に効く 術を授けたとも言われている。 平安時代に都市部で信仰されるようになり、祇園祭において祀られるようになる。 八坂神社によれば、「天照大神の弟のスサノヲノミコト(素戔嗚尊)、その妻、 クシイナダヒメノミコト(櫛稲田姫命)が、一説に都に流行る疫病を静めようと インドから牛頭天皇を呼び寄せ、66の鉾を神泉苑に送ったことに始まる」とある。 なんだって?! インドから呼び寄せた? なんてスケールがでかいんだ! と言いつつ、今となっては、どうやって民間でこの牛頭天王が広まったのか はっきりいって霧の中だ、歴史を掘り起こす事は出来ないと思われる。 今回は、民間に根付く怨霊信仰のひとつを取り上げました。 次回は、政治的対立に眠る怨霊信仰、まずは道真と早良親王を扱います。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 ーーーーーーーーーーーー 追 記 ーーーーーーーーーーーー 昨年は「戦時下、戦前の日本」の良き部分や戦争の足音をご紹介してきました。 今年は、比率的に戦後の日本の踏ん張り(戦後復興と匠の技術)を ご紹介できたらなあと思っています。 政経の記事は、ブログ開設の目的でもあったので、頑張って増やします。 お楽しみに~~。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月04日
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年末のお話なのだが、とある市民野球場近くをテクテク歩いていると 前の方で、ユニフォーム姿の小学生達が、ギャ~ギャ~騒いでいる。 どうやら道端の「鳩の死骸」を見て、盛り上がっているようだ。 まあ、別にどうってことない、いつもながらの風景なのだが そのとき、彼らの会話の中でのある言葉が、こころにひっかかった。 それは 「呪われる」 。 死骸を見て呪われるとは、なんだろう?? 彼らが主に発する言葉は「呪われる」と「気持ち悪い」だ。 私は、この思考回路の結論を2つに絞る。 ひとつは、我が日本は古来より、「穢れ」という思想が存在している。 死や血は「汚れる」として、神聖なものからは遠ざけられる。 死体を処理するのは、ある階級民、またその名残から、部落民は職業として 屠殺業や精肉業に大きく従事させられていく。 このような「穢れ」が日本人の心底に深く眠っていて、そのDNAが未来永劫 続くとするなら、死体や死骸には「気持ち悪い」「遠ざけたい」という気持ちが 常に沸き起こり、私達はこの小学生達のように「呪われる」という ある種の嫌悪感を、抱くのかもしれない。 と下手に論理付ける一方、とても素直に考えた他方の結論も書いておこう。 今の子供に関わらず、死骸や死体なんて私達は滅多に見ない。 私自身も子供の頃、ペットは別にして、野良猫の死骸が大きな死骸であり それも、片手で足りるほどの数だ。 見たときは、気持ち悪い、ただそれだけの感情しか起こらなかった。 少し話はずれるが、これがもう少し幼い頃だと、気持ち悪いなんて考えず 棒でツンツンしたりして、物として触れていた気がする。 逆にもう少し、成長(中学生くらい)すると、今度は生死という対比で考える ようになり、そこにある死体から生前のことを考え、手をあわせて成仏を願ったり するようになる。 結論、小学生チームは単に「気持ち悪い」と思って ギャーギャー騒ぎたかっただけで、深い意味はなかった・・・一件落着~♪ ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月03日
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おめでとう御座います。新年がスタートしました。年始の番組って、以前は年始にしかやらない特別番組が多かったのですがここ最近は、紋付袴、着物も着ない人たちが、通常流している番組のスペシャルという形で放映、あとは再放送で誤魔化すばかり。外出しても、年明けの雰囲気を、あまり感じられず、ちょっと寂しい・・・今日は我が国を違う側面から見ている意見を載せて、おしまいにします。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ククリックド・プラモード (タイ国元首相 )「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。 日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、 産まれた子供はすくすくと育っている。 今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、 いったい誰のおかげであるのか。 それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。 十二月八日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して 重大決意をされた日である。我々はこの日を忘れてはならない。」 ( 十二月八日、現地の新聞「サイアム・ラット紙」において ) バ・モウ (ビルマ元首相 独立宣言より) 約五十年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、 英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。 英国はさらにその伝統的陰謀賄賂及び想像し得るあらゆる詐欺及び 術策の武器をしようせり。 ・・・ビルマ人は徐々に搾取され時の進むに従い総ての国民的実質、 莫大なる物資的資源、機会、文化、言語、さらに遂にはその生活様式までも失い 愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して 突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。 ・・ビルマ人はアジアを結合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが遂に これを大日本帝国に発見せり。・・・ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する 日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり・・・」 (一問に百答 日下公人 PHP研究所) 朴 鉄柱 (韓国)「ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。 北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。 日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。 それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。」「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して 日本から仕掛けたものではなかった。 平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。 それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。 最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。 ”事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし” というのが、開戦時の心境であった。 それは日本の武士道の発露であった。 日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。 それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。 日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の 独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスを はじめとする植民地を持った欧米諸国であった。 彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。 戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのは クラウゼヴィッツの戦争論である。 日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、 ”聖なる戦争”であった。 ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに 回復できたではないか。 二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や 護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」 (平成二年一月逝去・六十八歳 、韓日文化研究所 昭和四十二年十月) オランダ・アムステルダム市長の挨拶「あなた方の日本国は先の大戦で負けて、 私どものオランダは戦勝国なのに大敗をしました。 なぜか?今日の日本国は世界で一、二位を争う経済大国になりました。 しかし私たちオランダは、その間、屈辱の連続。 即ち、勝ったはずなのに、貧乏国になってしまいました。 戦前は「アジア」に大きな植民地(ほぼ現在のインドネシア)があり、 石油等の資源や産物で、本国は栄耀栄華を極めておりました。 しかし今では、日本の九州と同じ広さの本国だけになってしまいました。 あなた方の日本はアジア各地で侵略戦争を起こして申し訳ない。 アジアの諸民族に大変迷惑をかけたと、自らを蔑み、ぺこぺこと謝罪していますが、 これは間違いです。 あなた方こそ、自らの血を流して、アジア民族を解放し、 救い出すという人類最高の良いことをしたのです。 なぜならば、あなた方の国の人々は過去の真実の歴史を目隠しされて、先の大戦の 目先のことのみを取り上げ、或いは【洗脳】されて、悪いことをしたと自分で悪者に なっていますが、ここで歴史を振り返って真相を見つめる必要があるでしょう。 本当は、私共白色人種が悪いのです。 百年も二百年も前から、競って武力でアジア民族を征服し、 自分の領土として勢力下に置いたのです。 植民地・属領にされて、永い間奴隷的に酷使されていたアジア民族を解放し、 共に繁栄しようと、遠大崇高な理想を掲げて、大東亜共栄権樹立という 旗印で立ちあがったのが、貴国日本だったはずでしょう。 本当に悪いのは、侵略して権力を振るっていた西欧人や白人の方です。 日本は戦いに敗れましたが、東亜の解放は実現しました。 即ち、日本軍は負けたのに戦勝国の全てをアジアから追放して終わってのです。 その結果、アジア諸民族は各々独立を達成しました。 日本の功績は偉大すぎるのです、血を流して戦ったあなた方こそ、最高の功労者です。 自分を蔑むことを止めて、堂々と胸を張って、その誇りを取り戻すべきであります。」 ダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥) 日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の 最も立派なものの一つである。 しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。 日本には蚕のほかに取りたてていうべきものは何もないのだ。 日本人は、もし原材料供給が断たれたら(経済封鎖されたら)一千万から一千二百万が 失業するのではないかと恐れていた。 それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、 そのほとんどが、安全保障のためであった。 (1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言) ラダ・ビノード・パール(インド、極東国際軍事裁判判事・法学博士) 要するに彼ら(欧米諸国)は日本が侵略戦争を行ったということを 歴史にとどめることによって、自分らのアジア侵略の正当性を誇示すると同時に、 日本の一七年間(昭和3~20年、東京裁判の審理期間)の一切を罪悪と烙印する事が 目的であったにちがいない。 私は1928年から1945年までの一七年間の歴史を二年七ヶ月かかって調べた。 この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。 それを私は判決文の中に綴った。 その私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の 張本人であるということがわかるはずだ。 それなのに、あなた方は自分らの子弟に、「日本は犯罪を犯したのだ」 「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」を教えている。 満州事変から大東亜戦争にいたる真実の歴史を、 どうか私の判決文を通して十分研究していただきたい。 日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流されていくのを 私は平然として見過ごすわけにはゆかない。 あやまられた彼らの宣伝の欺瞞を払拭せよ。 あやまられた歴史は書き変えなければならない。 (昭和二十七年十一月五日、広島高等裁判所での講演) ガザリー・シャフェー(マレーシア、元外相、アセアン創設によりハマーシェルド賞受賞) 日本の某代議士の「過ぐる大戦において、わが国は貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」 という挨拶に対して、「どうしてそういう挨拶をなさるのですか。 あの大戦で日本はよくやったではないですか。 マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を追い払ったではありませんか。 その結果、マレーシアは独立できたのです。 大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、 その他の東南アジア諸国の独立も考えられないんですよ」~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~皆様、本年もよろしくお願いします。 ↑ ↑ プログランキングに参加中、一日ワンクリックをお願いします。 一 夢 庵 風 流 日 記
2006年01月02日
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