2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全5件 (5件中 1-5件目)
1

6.育児休業の怪 育児休業という問題がある、ここでも数字を挙げておこう。現在、男性の育児休業率は日本が0.44%、フランスが61%、これは明らかにとりやすいとりにくいという社会風潮の違いであり、日本がフランス並みの男性に対し待遇をつくっても休むかどうかは未知数、風土の違いは大きい。では次に、女性の育児休業率について大きな問題を定義しておきたい。 日本における育児休業率は男性は0.44%であることは先に明記した、女性は70%という高い数字を示している。果たして、これは真実か? NOだ。 休業を備えていなかったり会社内の無言の圧力があるため、女性は会社を産休をとらず育児の為に会社を辞めてしまう、その辞めた女性を除いて育児休業がとれる大会社等での休業率、これが70%なのだ、先に出した辞めた人も合わせた分母にすると女性の育児休業率は20%ほどに下がる、育児休業なんて、普及はしていないのだ。7.家庭か社会か 国立社会保障人口問題研究所が出した統計によれば、家庭のために働かざるを得ないが、できるなら自分の手で幼児期を育てたいという女性の割合は9割に及んだ。家庭育児の充実という願望があるということで、モデルケースとして東京を出す。 東京23区の出生率は0.97だが、江戸川区は1.3である、この江戸川区は区長の方針もあり、家庭育児に力をいれ、在宅手当て、乳幼児に対する無料診療などを実施して、出生率をあげている。 これに反発する意見として、女性は家庭にいたいわけではない、幼児施設の充実を求める人たちもいる、保育園や幼稚園のことだ。 また、乳幼児に対する無料診療などが財政を圧迫するため、このような制度は保てないとする意見もあり、地域の手腕にかかっているといえる。8.子供にかかる費用 医療費の問題というものがある、子供に対する医療費というものは確実に家計を圧迫する、5とリンクするのだが、既婚家庭が約2人の子供を持つという状況は実は2人までは育てられるが、それ以上となると経済圧迫が厳しいという家庭が多く、3人目、4人目を断念する家庭も存在しているということだ。 結婚すれば2人は産むんだという観念的なことにとらわれず、もっと欲しいという人たちがいることを忘れてはいけない、実はこういう人たちが産んで育てられる状況を作ることも出生率を上げる重要な要因になりえるからだ。当然のごとく「教育費」というもっとも現実的な問題にも直面する。 そして、子供を産むために「不妊治療」を行っている夫婦にとっては保険適用がとても重大な関心となっている。子供は国の宝だと言っているわりには、国は保険適用に及び腰、このへんは大きく矛盾していると感じる。9.幼保一元化はなぜ駄目か? 我が国では「三位一体改革」により、保育園に対する国の補助を地方補助に切り替えた、この結果、つぶれる保育園が続出してしまった。 幼保一元化という問題には様々な意見が噴出している、親同士の意見交換の場では階層社会を意識している親も存在し、保育園を下流、上流を幼稚園とみなし、一元化に反対を唱えている、表向きにはこういう人もいるだろうが、根幹は何か? 幼稚園=「森喜朗」文教族 保育園=「橋本龍太郎」橋本派 正直、ここに行き着く、幼稚園は文部科学省所轄、保育園は厚生省所轄であり幼保一元化を行政管理庁が2度勧告したが、自民党内の文教族と厚生族が協力して潰してしまったのだ、これは幼稚園600億円と保育園6000億円の予算の引っ張り合いという醜い構造に巻き込まれた、縦割り行政の醜さが露呈したのだ。 実際3~4時間しか受け付けない幼稚園はつぶれ、保育園の充実を求める声が多い。 今の子供を持つ(持とうとする)親の不安として「教育」「医療」「治安」というキーワードがよく出てくる、治安は最近の事件が物語っている、医療は小児科医不足、そして、教育はなんといっても「公立」の充実であろう。 公立より私立へ、ゆとり教育によるゆとりは塾に行くことに向けられ、余計に学費が増額、親への圧迫は増してしまった、公立が国の基本なのだが、私学が勝ってしまうのはいかがなものか?*「ゆとり教育」については、別項でとりあげるつもり。10.猪口大臣は頼れるか、所轄の統合は出来るのか 政府は11年前にエンゼルプランを、6年前に新エンゼルプランを、そして現在、新新エンゼルプラン(笑)を発表、その項目の核をいくつか挙げておこう。A.男性の子育て増加の推進 B.地域における子育て支援の拠点の整備C.延長・休日・夜間保育の推進 D.放課後児童クラブの推進 等々 このプランを見ても、やはり産んでいる人への支援となっている、実はこういう姿勢が11年前から変わっていないことに問題がある、産んでいる人への支援を考え、それも中途半端に行い、失敗、失敗、厚生省は出生率をことごとく間違ってきた。1986年から予想を出すたびに出生率は下降線、政府分析担当者は責任がないのか?また、上記のAは経済産業省、Bは総務省、Dは文部科学省と所轄が違うのだ猪口大臣は、自分の省庁を持たない大臣、この立場の人が本当に統合して政策を実行できるのだろうか? どの省庁も聞く耳を持たないと思うのだ。もはやこのような縦割り行政では問題は片付かない袋小路へと入ってしまった。 子供教育省でもなんでも名前はいいが、統合した省庁をつくり一本化して教育を捉えないと、誰が担当しても政策は前に進まないと思う。 結論としては、多岐にわたる支援は財源が持たない、前回書いたように高齢者への社会保障を落とし子供支援に向けることと、ポイントを絞ること既婚者への支援か結婚するほうへの支援か、中途半端な支援ではなく相当な財源を充てれば、少しは向上することは間違いない。どこにスポットをあてるかだ。 一 夢 庵 風 流 日 記
2008年01月19日
コメント(9)

一昨日、報ステでフランスの少子化脱出の秘密として「婚外子」の社会普遍性への道を紹介していた、慶次は婚外子を普遍的に認めるような社会風潮を認めてまで少子化をとめたいとは思わないので、納得できる報道内容ではなかった。 そこで、今回は、2006年2月12日に掲載した「少子化を真面目に考えてみる」を再掲載しておこうと思う。1.出生率 日本における合計特殊出生率を節目で切って、列挙してみると次のようになる。1950=3.7人 1960=2人 1970=2.1人 1980=1.7人 1990=1.5人 2004=1.29人では、続いて、先進諸国の出生率を列挙しておく。アメリカ=2.04 デンマーク=1.76 イギリス=1.63 ドイツ=1.35 イタリア=1.24 フランス=1.89 スウェーデン=1.71 (単位:人) まず、これを見てわかることは先進国になれば、ほぼ例外なく出生率は落ちるかつてローマ帝国も出生率低下と若者の晩婚化を嘆いたとモンテスキューの「法の精神」には書かれており、伝統と革命、どちらに向かうかはその国次第。2.非婚化 厚生省は少子化の3大背景を公式に述べており、その3つとは「戦後女性の働き方の変化、対応の不十分」「子育て支援サービスの不十分」「若者の非自立、非婚化」と示した、果たしてこの分析は当たっているのか? ここで大きく抜け落ちているのは、日本の経済状況との絡みである、例示すれば30台前半までの非婚率は60%近くに及ぶ(東京)、この背景には終身雇用の崩壊があり、結婚とは終身結婚が普通であった時代、プロポーズの言葉といえば「君を一生守る」といった理想的な形であったが、終身雇用が崩れれば、一生守るって言われても、ホントかよ?って感じるのが普通、その意識的な状況は、すでに現代はつくられているのではないだろうか。 また、女性の社会進出が叫ばれ久しいが、果たして本当なのだろうか?昭和57年の女性の正社員率は65%に及ぶが、平成14年は40%前後に落ちている、そしてこれは、女性だけでなく男性も同様に非正社員率が上がっている。3.フランスとスウェーデン、婚外子 ここでは出生率が下がってから対策を講じ上がった先進国のふたつフランスとスウェーデンを見てみたい。 スウェーデンはドロップアウト後の女性が復帰する際は、前と同じ待遇が義務付けられている、これを聞くと大変うらやましく聞こえるが、税金の額が違う私たちも税金を所得税6割近く払うのなら、出来るかもしれない政策だ。 これについて、経済同友会などは反対しており、自由主義経済の名の下では競争が毎日行われている、その中で一旦ドロップアウトした人を同待遇で雇うことなどするはずがないし、またできないと主張する人もいる。(奥谷禮子氏) つまるところ、経済は生き物で半計画経済である社会民主主義に移行して、政府がある程度、経済界をコントロールしない限り、今のままでは保障待遇には向かわないだろう。 続いてフランスだが、この国は婚外子の増加が出生率を引き上げたといっていいだろう。 次に載せるのは、各国の婚外子の占める割合である。スウェーデン(1.71) 1980 39.7% 2001 55.3% フランス (1.89) 11.4% 42.6% アメリカ (2.04) 18.4% 33.2% 日本 (1.29) 0.8% 1.7% (人口動態統計) フランスは国家支援は確かにあるが、フェミニスト運動のあとに、子供を持つことに対する考え方が変化し、婚外子が増加、そのため出生率が上がった。 婚外子を認めるかという問題は非常に深いテーマだ、米国の統計では婚外子10%増加が17%の青少年暴力を増加させるという結論統計を出している、しかし、フランスの婚外子は籍を入れないだけで同棲する状況が多いため、状況が異なる。 また日本も、「できちゃった結婚」が出来るならいいが、出来ない場合は中絶という手法をとることになる、この中絶をとめれば出生率は増加するのは確かだ。 しかし、そこまでして出生率を上げる意味があるのか?という保守派論調があり、これこそ、先にあげたローマ帝国と重なる問題だ、伝統価値観を投げ捨て出生率に走るか、それとも例え、下がろうとも今は保守の思想を貫くか。 余談だが、米国の青少年暴力の統計だが、鵜呑みにできない背景もある、それは、米国がキリスト右派のよる強い保守思想に縛られている状況であるということ、私は保守思想の人間だが、それでもただ資料を鵜呑みにすることは危険と感じる。 はっきりいえば、米国の統計が果たして公明正大に行われているかは疑問だということだ。4.所得の低さと錆びた制度 現在、大雑把ではあるが日本のフリーターの月給は4割が10万以下、4割が20万以下、残り2割が20万以上という結果が出ている、8割が20万に満たない給与で結婚し子供を産み、育て・・・もちろん給与は上がらないのだから苦しさ倍増、また、都市部の問題として、家賃と家の狭さ、通勤時間などの物理的要因が大きくのしかかってくる、大都市部での非婚率、子供がいないという状況は、ごく当然のように思われるのだ。 またパートという言葉があるが、実際はフルタイムであろう、空き時間に働くというより、もはや、フルで入らないとやっていけない、パートとは何であろう?という疑問もでてくる。 内閣府経済白書にはモデルケースとして大卒女性の場合、生涯獲得賃金は2億8千万円であり、28歳で仕事を辞めて子育てを行い、34歳になって復帰して仕事をしようとした場合、だいたいパートしかなれない、そうなると生涯賃金が8千万円に激減する、共働きで男性が稼ぎが右肩上がりなら問題ないが、このようなモデルケースを見ると、先に出したように復帰への補助制度が必要かと思われる。 それにしても新幹線で旅行をしたくても子供料金が無いというのもなんだかなあ、子だくさんの家庭がレジャーに行くのには、かなり割高な我が国である。5.既婚家庭完結出生児数(結婚した家庭の出生児数)を次に載せる。1972 2.2人 1982 2.23人 1992 2.21人 2002 2.23人ほぼ横ばいである。 「第12回出生動向基本調査」より 終戦直後から1960までの出生率の低下は第一次家族革命といわれ、ひとりの女性が産む子供の数が減ったことに起因する、60~75年の高度成長期は横ばい、76年以降は第二次家族革命と呼び、結婚できなくなって出生率が減少した。 上記の調査からわかるのは、結婚した家庭が子供を2人くらい持つ状況にはあるということだ、これは2人くらいなら経済的にもやっていけるという現在までの、我が国の状況を映し出していると考えられる。 ここで、少し卵子問題について、黒川清氏がごく当たり前なのだが忘れがちなことを発言している、女性の寿命は延びたが、卵子の寿命は延びない。 高齢出産は稀な成功であり、基本的には人間は動物である、卵子も精子も高齢になれば受胎率は低くなることは当然であり、マスコミなどの成功例をもてはやす風潮が保健体育教育の弊害になっている感もする。若いうちに産める社会状況を作り出すことが大切であることは言うまでも無い。次に続く 一 夢 庵 風 流 日 記
2008年01月18日
コメント(0)

生まれながらの「吃音」のため、自分の伝えたいことを言えない主人公が、同じ「吃音」で苦しむ子供の母親からもらった手紙にこたえる形で自分の幼少時代からの物語を短編で描いていくお話。母親は子供を励まして欲しいと嘆願する。「吃音なんかに負けるな・・・」と励まして欲しいと・・・「・・・なんか・・・」そう、人間は様々なコンプレックスで悩み苦しむ、それが他人にはちっぽけなことであっても、当事者には地球規模の大問題なのだ。「~なんか」という表現で励まそうとする「おしゃべりサマーセミナー」の講師に吃音で苦しむ主人公を含む児童たちは机を揺らし抗議の意思を示す。自分の伝えたいことを話せない主人公(少年)は、作文が得意だった。作文では自分の考えをスラスラと書けて、相手に気持ちを伝えられる。しかし、作文を皆の前で発表することを考えると、大好きな「加藤君」も、「佐藤君」に意識的に変えてしまう。苦手な「カ行」は、どもって読めなくなるから・・・引越しが多く、吃音に悩む少年は中学、高校と進み、東京へ。友達との別れ、家族との別れ、図書館で知り合った二つ上の恋人との別れ。この本を読んで、誰にでも思い当たるような、なんでもない日常での出来事がいまとなっては懐かしい、久しぶりに昔の友人に会いたくなった。題名の、「きよしこ」の意味は、本を読んでからのお楽しみ。いまは、重松清の、「永遠を旅する者」を読んでいます。「きよしこ」は、さくらんぼのははさんの紹介文を読み、手に取りました。 一 夢 庵 風 流 日 記
2008年01月14日
コメント(5)

ええぇ~、新年も十日を過ぎまして正月気分は一掃されたようですなところで、みなさんは初夢を見ましたか?今日は慶次の初夢を御紹介します1.初夢川に魚釣りに行っています、川は下流でしょう、少しよどんでいて川幅は十五メートルほど? 釣り糸を垂らしますと、ゆら~っと魚の幻影が川中に見えてきます魚は鯉でしょうか、でも大きい・・・・二、三メートルはあります立て看板があります、そこには、「虎に注意」と書かれています虎に注意?!釣り糸を垂らしている場所の背中側は緩やかな勾配になっていて、くねった獣道が走っていますその中腹あたりに穴があいているのですが・・・虎が出てきました でかい!!二メートル以上の虎がススッとこちらに降りてきます当然ですが、慶次は逃げます草むらを迂回するように距離をとりながら逃げますしかし脚力の違いもあり、簡単にハンティング可能な距離に入られ大きくて強い前足で背中のあたりを、「ドン!」とやられます明らかに狩りを楽しんでします逃げ場はありません、川に飛び込んでも虎は追いかけてくるでしょうそれに川の中を雄大に泳いでいる大きな鯉が怖い・・・「どうしよう」ここで夢は終わりました2.夢か現か夢から目が覚めたとき、あまりにも現実的ではないことからしてこれは夢だと人間は認識するのでしょうが、慶次には春先の草の匂い、虎の獣臭さ、川の臭い、風の音、虎に背を叩かれた衝撃等、すべてがリアルに体験した感触が残っていて、しばらく呆然としましたいままでもこのような夢か現かと一瞬躊躇するような夢を見たことは何度もありますが、初夢でこういう夢を見るとインパクトが強いですな人間の五感の中で、嗅覚の大切さをおもいしりましたそれにしても、虎や鯉は幻だったとして、どこか遠い場所に行っていた気がします、夢の中で魂が小旅行に出かけたのかもしれませんなみなさんは初夢を見ましたか? 一 夢 庵 風 流 日 記
2008年01月11日
コメント(6)
![]()
謹 賀 新 年お餅の食べすぎやゴロ寝ばかりでメタボなお腹になっていませんか?活きるうえでの最重要事項は、「健康」ですからだを動かし、頭を常にスッキリした状態でいられるように規則正しい自分なりの生活リズムを大切にしてくださいチュー無理やりチューを使ってみたでチュー新しい年も三が日を過ぎ、初詣をすませた方も多いのではないでしょうか当ブログでは何度も書いていますが、大きい場所が良いと、わざわざ遠い神社に行く必要はありません自分たちが住んでいる土地を守ってくれている産土神に挨拶に行くことがいますべきことなのです、大きな神社に行きたい人もいるでしょう、それを引き止めることはもちろんしませんが、産土神への御挨拶を優先させていただきたいと思います ということで、今回は「神社へ行こう(参拝法編)2005年8月23日」を再掲いたします「手水」の作法をササッとスマートに出来るとカッコイイかも平成20年が、みなさまにとって素晴らしい年になりますように < 神と人間のコミュニケーション > 古来、日本には「神は祭のときに限って天から御くだりになるという信仰」(柳田国男「神道私見」)があり、神社とは「一時的に神を迎える場所、仮に神の在所と定めた場所」(折口信夫「民間信仰と神社と」)であったとされます。 つまり、神霊は決して神社に常駐しているわけではなく祭りが執り行われたときにのみ、聖別された空間である神社に来臨し、私たちの前に立ち現れるのですな。 もちろん、この祭はフェスティバルではなく、厳たる作法による儀式のことです。 ですから社をキレイにし、私たちも身なりを清めなければ神さんは怒って社に来てくれないこととなってしまうのですな。 < 参拝の基本作法 >1. 心身を清浄にする 2. 祈念を捧げて神霊を降臨させる 3. 神霊を饗応して送り出す神道の場合には特に1が重視されるのでちょっとやってみましょう。 「鳥居の前で一揖(いちゆう)」 鳥居の前で衣服を整えて一揖(会釈みたいな軽い礼)、心身を正してから境内に入ります。 「手水」 鳥居を抜けたら参道を進み手水舎に向かいます、参道の中心は「正中」と言ってカミが通られる道とされていますので中心を外して歩いたほうがいいでしょう。 手水舎では柄杓を使って手と口を清めることとなります。作法としては、まず右手に柄杓を持って水をくみ、左手を洗い流します、次に左手に柄杓を持ち替えて右手を洗い流します。これは日本固有の左右尊卑観に基づいたものです。手を洗ったら、再び右手で柄杓を持ち水を左の手の平に受けて口をすすぎます。(柄杓に直接口をつけてすすいではいけない)口をすすいだら水をもう一度左手に流し、最後に柄杓を立てて残った水で柄の部分を洗うようにしながら伏せて元の位置に戻します。水で洗うという行為は「禊」の象徴的意味であり、昔は神社前の川に入ったりしていました。今でも川を渡ることで禊ができる神社があります。 「二拝二拍手一拝」 拝殿に向かい神前に立ちます、賽銭箱に賽銭を奉納し拝殿に吊るされた鈴を鳴らします。(賽銭は供物でありまして、古くは米を和紙に包んだオヒネリを献じたりしました。鈴は神霊を呼び招く一種の呪具的な役割があります。)拝礼は、まず拝(しっかりしたおじぎです)を二回、次に拍手(これ柏手って言われますが拍手を間違えて書いてそのまま呼ばれたともいわれます)を二回行い、そのあとは胸の前で両手をまっすぐにあわせ、神霊に感謝の祈念を捧げます(このときに思いや願いを行う人もいます)。そして手を下ろし最後にもう一度、拝を行います。これは二拝二拍手一拝と呼ばれるものです、神社によっては故実により異なった作法を守っているところがあり出雲大社などの出雲系の神社では二拝四拍手一拝を伊勢神宮の神職は八度拝を作法としています。長々と作法を書きましたが、一番重要なのは真摯な気持ちと清潔さです。家に一番近い神社と会社や学校に近い神社(有名でなくともいいです)を大切にすべきです、あと自分の名前と住所を言うとさらにいいですよ、土地の神様が守ってくれますから。*決して宗教をすすめるものでもなければ勧誘でもありませんので これを読んでも興味がなければ無視していただいて構いません。 一 夢 庵 風 流 日 記
2008年01月05日
コメント(8)
全5件 (5件中 1-5件目)
1