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終日 降っています。昨日は 正午に突然 停電になって 2時間は修復に掛かるというので トースト使用のランチを考えて いたゆえ 仕方なく外食にした。マサイのラーメン屋へ向かう。 食べ終えた辺りに 暗雲が立ちこめたかと思う間もなく大雨となる。 ああ、ゲート中といわず 駐車スペース中所せましと干しまくって出た 犬の布団の 運命は!帰宅してみれば 23匹分の布団のぼろの山は 無残にもびしょびしょの ぼろの垂れ幕のおばけと化している。 夫婦で 呪いあいながら 片っぱしかtら手洗いと手濯ぎを続けて 大洗濯をした。二度と こういう不用意な 出かけ方はしまいと心に誓った! 終えてみれば もう4時前。 早朝4時20分 仕事をスタートする身となれば 昼寝昼休み抜きは 辛い。 今日も似たようなケースになったのだが 早々と布団の山は取り込んで出かけた。 そんな時に限って 快晴は続いて しっけた布団類を 再度 日向に干しながら 運の無さを呪ったものだ。ついてない・。 幸子は一層 しっかりとしてきて 胸をなでおろす。食欲さえ戻れば 一安心。 ブっちーの右目の白濁もやや改善の兆しあるやも。 終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Wednesday, June 02, 2010 9:09 AM Subject: 2日の日記
2010年06月02日
相も変わらない曇天。 ブっチーのダニの数に慌てて 少々風邪気味めいているのだが 堪らずシャワーを敢行。次いでルーポも洗う。 幸子は今朝はおしっこへ行きたがらない。急性腎不全の予後を 気にする。医学書に寄れば 死亡率56%という。食事はささみのたたき 鰺のたたき、レバーの湯がいたもの 卵 くらいしか 手を出さない。 本調子でない。終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Tuesday, June 01, 2010 9:09 AM Subject: 1日の日記
2010年06月01日
この一週間ほど マダニ駆除に神経を遣わされている。 例年この地では 6月がダニの発生ピークとされている。 しかし 今年は前倒しで 5月の初旬から我が家の犬も 不愉快なことに 汚染されてしまった。一日の仕事のルーテイーン の中で 必ず全員のダニチェック時間を計算し 手抜きをせず 真面目にチェックを続けていてさえ 気がつけばそこここで ダニにやられて かきむしっている。情けない。 この地を去りたい理由の一つが ダニの生息地でない処で 暮らしたいという望みがある。あまりにも 神経がつかれる。 物理的にも 時間を取られる。チェックするだけでも 小一時間 使い そのあと 大抵 4匹から5匹のシャワーをしないでは ならない。主婦の午前中は ほとんどダニ対策で 終わる。 我が家では 全員に夜 寝るときには 布団と呼ぶ バスタオルを重ねて厚くした布の山を用意している。 これがなかなか 手数がかかる。干すにしろ 洗うにしろ 23個の布の山。馬鹿には出来ない。 ダニ汚染されたとなると まずこの布団の山も何らかの手を 打つ必要かある。これまで 主夫が現役の頃は 布団の山を 3グループ位に分けて 毎朝 30強ずつ 3回 乾燥機を使って 乾操させる序に ダニ駆除も心がけていた。 年金生活者となって これは事業仕訳対象事項とばかりに 中止して 天日干しにすることになった。 ふるって落とす旧式駆除スタイルとなれば 取り残すもの もあって 心細い。ダニ発生ピーク時の今ともなれば 日々こちらも 一層神経質となる。 そこで ただ今 家じゅうの布団の山を メード用の4畳ほどの小部屋に 押し込んで アースレットのダニ駆除を一缶焚いて 駆除敢行している。 この部屋の住人たち 小雪 まき ハナ セイジたちは 表の庭にランに出しっぱなしとした。 まったくひとさまが想像も出来ない 雑用ってあるものです、こんな頭数とも なると。 終 From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Wednesday, May 12, 2010 9:13 AM Subject: 12日の日記
2010年05月12日
午前中の快晴は嘘のように 午後遅くに大雨が降った。 少しはこの蒸し暑さも 和らぐと信じたい。 この爺さん婆さん暮らしもひと月近く過ぎ どうにか現実対処 現実直視への姿勢つくりくらいは そろりそろりのペースで 足元覚束 ないものの つかまり立ちレベル程度には 始められるかな と感じ始めて 一息ついている。 それにしても どちらも家の中での生活にいっぱいいっぱいのエネルギーを 消費して 今のところ 出かけることなぞ ほとんど考えない日常時間を 送っている。いきなりの暇人生活突入となれば 一時的にしろ日常生活では 私的時間を まずは大概の人間が 持て余すのが通常ではないかと思う。 主夫の場合では その当日から 山盛りの課題が待ち受けていたので 当に獅子奮闘の働きで 暇を持てる身分ですらなかった。気の毒にも。 我が家のテレビのスイッチが一日のうちではじめて入るのは 夕方ですらない。 辺りは真っ暗の夜になってから。と言っても赤道直下の土地柄 夕方7時には 暗くなる。早くて 夜8時過ぎ。勝手仕事を終えた主婦が わが「NHK] の衛星放送のニュースにアクセスする。 その後2時間ほどテレビは点いてはいるが 主婦と主夫が一緒に真剣に眺めているのは ニュース以外では 野球、テニス、ゴルフ、サッカーなど スポーツ観戦が 主流で 他では音楽番組くらい。 体が睡眠を要求しているゆえ つまらないものに 一分たりとも無駄使いしない 精神で 未練なくベッドに直行する これは主婦に限る。主夫はもともとテレビ狂 の人間なので ぐずぐずテレビの前に陣取っているが 睡魔には勝てずか 大差なく 墜ちているようだ。 暇を持て余す優雅さから 遥かほど遠い毎日を送くり 走り続けている。唯一 昼食後の2時間半の自由時間が 安らぎの 解放感の 一人の間の 世界で 爺婆共生暮らしの平和維持の鍵は ここにあるような・。 終 7時半 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Thursday, May 06, 2010 9:07 AM Subject: 6日の日記
2010年05月06日
蒸し暑い。この辺りとすれば 稀なことかも知れない。日本の夏を 思うと 随分過ごしやすい。夜中であれば 冷房も取り立てて必要 でない。 2階の寝室で齢15歳の老猫のサンキューとまず 一緒に眠る。 彼女は去年の夏に 突然高い処から 落下したらしく 腰に ひどい障害を受け 当初は寝返りもできない重さであった。 年齢もあって この地の粗末な医療技術レベルで 悪化させられる のをひたすら 怖れてどこの獣医にも連れて行けなかった。 「大丈夫 お母さんと楽しく暮らしていこうよ。」といつも おしっこを うんちをさせながら ただただ 元気で生き続けてくれることだけ を願った。 彼女の目線に寄り添うことそれだけが 私のしたこと だった。 それまでは 他の猫のグループの部屋で せめて夜くらいは 空間を共有してあげたいと 彼らのだだっぴろい寝室で寝ていた。 サンキューの事故後 即 夜も彼女と一緒に寝ることにした。食事も 水を飲むのも 助けが当然 必要だった。 その後 不思議なことに 少しづつ彼女の腰や 後ろ脚の動きも 変化しては見えた。 前足で這いずるだけが 移動の手段だった時期 から 或る日 寝室にあったソファーに誇らしげに座っていたサンキューを 見けた時の 驚喜は 今も忘れない。いったいどうやって 彼女は這い上った のか? 想像も出来ない。最近では 寝室の戸後ろまで 移動して 横座りして 我々を待ってるサンキューを見つけた時の驚き 喜びは 主婦と主夫の 語り草となっている。 今もそういう流れで 彼女は 私が寝つくのを楽しみに待っている。 ひとまず夜中の1時過ぎまで サンキューと眠り おもむろに起き上がって 階下に降りる。犬達の吠えるのをコントロールする為。最近富士子と瑞樹 の子犬もいて 近所の犬達の吠え声に 連れ吠えするものが出る。 この階上から階下への移動には 慣れてもきたが 決して愉快とは 言えない。 そうそうサンキューは後ろ脚もなかなか活発に動くようになって 「あいつ歩けるようになるんじゃあないか!」と主夫は 淡い期待を している。そうであったら !! 終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Wednesday, May 05, 2010 9:08 AM Subject: 5日の日記
2010年05月05日
我が家の主夫が 庭木の伐採整理が大変好きなことを最近知った。現役時代は 体を使うことが 大の苦手で 一日中テレビのチャンネルリモートコントローラーの守をして暮らして居る人であった。従って 主婦もその延長線でしか彼の行動志向を想像しなかった。が 畏るべし 一たび伐採を決意した主夫の 鬼気迫る迫力は普段とは別人の体をなす。マスターびいきの数頭の犬たちも 初めは‘今日はおとうさんが庭でお仕事だ、嬉しいな!お父さんと一緒!」と お父さんの周りをうろうろボール何ぞ銜えたりして 飛びはねているが 鬼気迫った親父の方はもう完全に あちらに‘行ってしまっている!’のだ。仕事の邪魔でもしようものなら 怒声張り上げ 叱りつける。マスターびいきもまた部屋に帰って それならと昼寝に専心。るる一匹だけ 最後まで きちっとマスターの 傍で 仕え終える。これには さすがの主婦もいつも感心している。普段は 何かと安直に乱れがちな 主夫の集中力も 不思議なことに一たび伐採を始めたとなると 予想できない持続力を発揮して 途切れることがない。伐採された大枝小枝の山に囲まれたマンゴの木の枝に四肢を踏ん張り 山刀を振り上げ ばさりばさりと切り捨てる鼻息荒いあの男が 長年連れ添ってきたあの爺さんとは とってもとっても 婆さんには 同じには思えない。毎時 見てはならないものを見る様で マスターびいきの犬ではないが そうそうにキッチンにでも控えていようっと思うのである。確かに枝を整理するのは 髪をカットするのと同じで 一種説明の出来ない不思議な爽快感がる。要らないものは取り去って捨てる、いえい!みたいな・。それにしても 主夫の伐採整理への情熱は ふつふつと噴き出す情念にも似て 生半可なレベルではない。凄まじい。この対象になった木々の運命は よくて丸坊主、悪ければ 根っこだけの姿で 生き恥をさらすことになる。主婦は 少なからず自然様に 罪悪感を感じなくもない。今日も「おーこの木が 犬たちの日向ぼっこを邪魔しているんだなあー!」とマンゴの木を見上げて のたまわったのが 午後4時前。普段であれば新しく生き生きと 仕事に走られる時間帯では決してない。が伐採? こればかりは 時を選ばれないらしい。爺さんも大人しく しば刈りばかりしてる訳ではない。身の内に何かが煮えたぎることもある。終 ----- Original Message ----- From: >To: ??????@pd.jaring.my>Sent: Tuesday, May 04, 2010 9:14 AMSubject: 4日の日記
2010年05月04日
日常的には 普段の週末の連続と言ってもいい 取り立てて大差ない。 生計の原資を終世 制限の中で生きるということを理性で受け入れ るのは それほど困惑もしない。うん、来るときがきたんだなと。 さあ、これからはお利口さんでないと駄目よね、年金で暮らすんだから。 この分野での情報は 嫌というほど溢れている。誰もが分別たっぷりに 背筋を伸ばして リーゾナブルと信じる価値基準を計り 世の正道を 立派に生き抜こうと身構える。横着ではいけない 堅実で 質素 それで いて 幸福感たっぷりの人も ほほ笑む日向道を外すことなく。 そうなるとぐんと難しくなる。 と感じるのは この家の主婦のような生来の横着者だけかもしれない。 「今月で俺 仕事終わる。」と突然伝えられた時の 主婦のショックは こういうケースで思わなければならない一番の関心事、「おっと 食べていける、私たち?」であろう。 それは一先ず なんとかクリヤーする。 そうすれば もう何も年齢的に 慌てる難事もない、いやないよね? とおそるおそる気持ちを落ち着かせ 次第に心の波動も穏やかになり 「爺ばばの昔話」トーンで 健気に生きていこうよと 話は落ち着く。 自分の胸のうちのつぶやきが 頭の隅のざわめきが それでもどっか 執拗さを持って 心を悩ませ 鎮めようとしても鎮まらない揺れでふっと 囁きかける。「あなたには 大志を持つこと それは生の終わりの日まで あり得なくなったのよね。」「あなたは 残りの人生で 変革を持てるチャンスも 自分の力では 2度と望むことは出来なくなったのよね。」と。 この素っ頓狂な 横着者の主婦には 自分の周りの可能性の喪失感を 事実として認めざるを得なかったこと それが一番の難事であった いえ であるというべき、まだ未消化のままなので・。 終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Monday, May 03, 2010 9:16 AM Subject: 3日の日記
2010年05月03日
爺さんは山に芝刈りに 婆さんは川に洗濯に。我が家の様子をこれほど 的確に表現している言葉は他に見つからないなと思う。老後の ふたりの時間的な日常の流れとふたりの心模様は当に こんな間合いだと ‘じじばば'暮らし3週間過ぎて つくづく昔話に込められていた真実に気づいた。主夫と知り合って46年 こんなに淡々とした時間を送ったことは当然のこと一度も経験していない。ずっと若い時 子供の存在がない二人だけの時間を持っていたこともある。が とても‘‘爺さんは芝刈りに婆さんは洗濯に’’と 見事に風化めいた心境にはなく もっと生くさい相手の動きが一方の心を乱す ざわざわしたものだった。決してあの時代より 上等になったとか さとリめいたとか 言いたいのでは更々ない。長い人生の変遷を経て あまりにふたりの生活のエリアーの外堀がしっかり埋められてしまって 今更 他の選択が頭をよぎることすらもない。というような おごそかにも 生真面目な 人生の終焉への一本道。勿論本人たちは 考えた末にではなくて 今までの暮らしの続きで そういうものと当たり前な心持で 山に行き 川に行く。かなあ?不謹慎な! 私らは深い考えあって いくんでっせ!とお叱りもありそうです、ね?まあ我が家に関しては 主婦‘ここまで来てしもうたのやから テンコ盛りの動物たちも何かの縁と 観念してほしわ!(’主夫‘うーん。いまさらあれこれって めんどくさいしな。それにこの家って 選択の自由許されてんの?’無言のまま 爺さんは芝を刈り 婆さんは洗濯をする。終 ----- Original Message ----- From: >To: ??????@pd.jaring.my>Sent: Sunday, May 02, 2010 9:15 AMSubject: 2日の日記
2010年05月02日
主夫が終日家にいるようになった当初 まるで 自分がもう一人増えたような錯覚で労働力2倍!なんて 主婦も肩の荷をすっかり下ろし のほほんと午後は2時間ほど昼寝タイムを階下と階上で 過ごしていた。がその後 3時過ぎになって 草取りでも するかと庭に出れば いきなり稲光に続いて 雷が鳴り出し 間を置かず大雨が降りだす。こんな日が何日も続いた末 はたと主婦が気がついたのが 「私たち百姓は 自分でタイムスケジュールを引いても駄目なんだって。自然相手じゃあ 晴耕雨読と相場が決まって いるもの。」主夫もうふふと笑いだし 大きく頷いたのだった。そこで 最近は午前中の快晴時に 必須の仕事は捗らせるよう心がける。昼食後も快晴が続けば もうひと働きと頑張る。それから 休憩時間に入る。 それぞれ好きな場所できように過ごす。主夫は自室に籠って 3匹の猫と共に 昼寝か?読書か? 階下に居る主婦は知らない。主婦の方はまずは 家計簿らしきもの(覚書程度)を記す。生まれ始めての無収入生活 ゆえ 出金には神経質になってるようで・。それからおもむろに 長女が持参してくれた江国 香織の直木賞受賞短編集「号泣する準備はできていた。」を読み始める。この人の作品は 一字一句が繊細に選択されていて とっても面白いと感じる。でも3篇ほど読み終えると ぐったり疲れてしまうのもほんと。寝ようかなと思うのだが 主夫の愛読中のマンガに ひょいっと嵌ってしまったかなしさ?楽しさ?から やっぱり2冊ほど 主婦もマンガを手にする。森川ジョージ「はじめの一歩」とやら。何でもこの度 長女は次女の差し入れを受け入れ 3人の幼児を担いでの訪馬に上記のマンガを90冊ほど持参してきた! 差し入れを決めた次女の好意を感謝すべきか 担いで現われた長女に感謝するきか 相当微妙なところだと思う。主夫は4月の初旬にむさぼるように読み終えて また最近 「なんも覚えてへんから おもいろいよ。」とか少し言い訳めいて また読みだしている。主婦がひょんなことかた 読み始めたらところとっても喜んで 「こうして2,3冊持ち出して 読み始めるんだよ。」指南して呉れる。兎に角 こうして我が家ではマンガも 雨読時の主役になって活躍している。終 ----- Original Message ----- From: >To: ??????@pd.jaring.my>Sent: Saturday, May 01, 2010 9:06 AMSubject: 1日の日記
2010年05月01日
本日は 当に快晴の一日となりそうです。早朝3時50分御母さんが なんだかハッファハッファと息あげて 騒ぐので 仕方なく起床してしまう。 従って 主婦側の朝の仕事の終了は なんと7時半過ぎ!なんとありがたい。 続いて 4匹のシャンプーも続けて 敢行する。8時40分には全部お仕舞で 快調な一日のスタートとなった。 普段犬のシャンプーは 主夫に任せているのだが 連日の午後からの大雨で 庭中の草が猛烈に生えわたって これでは幾らダニチェックで駆除しても 間に合うものでは有りはしない。 そこで 今日から庭の草取りに特別励んで貰らうことにして 犬のシャンプーは 主婦が受け持つ。4月8日から主夫生活に入った割には 庭の草取りが捗々しく 進んでいない。追われれることなく先手先手で 家の雑事をカバーする真間合いを これから会得して貰えれば 鬼に金棒! もう主婦には怖れるものなし! 有り難いばっかりで ただただ感謝のみ この降ってわいた年金生活も。 なぜだか知らねど この3週間ほど 主婦は終日 台所にこもって過ごしていた。 ひたすら料理に明け暮れた感じが強い。朝食は 相手はコーンフレーク党と最近なられて 主婦は何もしない、お紅茶以外。後の2食作りとおやつ作りをしてるだけなのだが 「甘いもんある?」攻めの準備が馬鹿にならない。午前中11時ごろ 夕方4時ごろ そして極めつけの夜の8時頃の3回に及ぶのだから。日本であれば ちょいと 走ればスーパーでも パン屋でも何がしの「甘いもん」は既成で幾らでも見つかる。 コンビニだって 然り。 この地では まるで期待できない。 今日の夕方のお茶タイムは先日の小豆の甘煮に これも日本からの差し入れの白玉粉で 「うーん上手い!}と堪能して頂けた。手持ちの白玉粉ももう心細い。 いったい白玉粉って もち米をどうしたら あのようになるのかと思案中。 年金生活者となって 貧しいのは当然と許せても 侘しいのはいささか寂しい。 そう気負っての 今回の食への過熱ぶりだったらしい、今思い起こしてみると。 その10日ほど後に 自律神経をやられたようで どさっとぶっ倒れて ひどい不調で珍しく長ったらしく寝込んでしまった。慣れない気使いなぞ したせいに違いない。 人間一生一度の経験であれば それもやむ負えないかとも・。 終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Friday, April 30, 2010 9:10 AM Subject: 30日の日記
2010年04月30日
一般に 呼ばれている「加齢による物忘れ」症状について 最近自分でも愕然とする。これまでと明らかに 何かが 一線を引いて 異質な自覚症状を経験し始めようになった。 以前からも やれ ひと名前が思い出せない 訪ねた有名店の名を ど忘れする よく知っている歌の題名が浮かんでこない etc 記憶力の衰えを目の当たりにして 情けなく自嘲する日々は 何年も 経験している。60歳も過ぎたものなら 誰もが こういう記憶海馬の接続不良の 失敗談を持ち 生物体の生きる上の当然の成り行きとでも覚悟して 深刻に思わず 苦笑しつつも 明るく現実を受け入れて 暮らしていく。 「ほんとに歳は取りたくないものねえ・。」と嘆きつつ。 実際 思い出そうとすれば ほんの僅かなヒントで 苦もなくそこに 辿り着けそうな 自分の記憶の襞の能力をたっぷり信じていられるので 少しも 慌てない。ほんの少し前までの 自分の俊敏な 鋭利な感性 感覚 が鈍ったことへの寂しさ または気恥ずかしさを呪うくらいで。 「仕方がないわね 人間を60年もやってるんだから。」と物わかりよく・。 処が 昨年11月中旬70歳を迎えた辺りから どっか風変りしてきた。 物忘れと呼べば その通り。人に自分が伝えたい要点がある。話を詰めて いく。肝心なキーワードに到達して っさ、説明に入ろうとすると するりと「核」と なる単語が いきなり空に舞うように自分の言葉から逃げて 捕まらない。 本人の話の中では しっかり意味も限定され ぴたりと相手に伝えたいもの は鮮明にある。それでも その単語は もう本人の記憶脳に簡単には 捕まえれ そうにないと厳然と知らされるのだ。 前述の物忘れとの違いは この瞬間の 追いかける単語の‘位置’(本人の意識の中の) にしっかり区別される。前述の物忘れ時代では 何かのきっかけで すぐ‘苦もなく’取り戻せると確信していられた。 今では 瞬時にするりと 会話の中で抜けていった単語は もう簡単には 自分の記憶馬に 戻す術を知らないことを何度かの経験で知っている。 単なる衰えと笑っていられるほど 軽い障害ではないなと知るのである。 話している。「そうなんですよ、出来れば敷地はゆったりして 建物は粗末でも 構わない。でも…??? などはしっかり用意された実質的なものを探して ます。」と詰めようとする。・・・??は 実は‘断熱材’と言いたかったケース。 いきなり この単語が口から抜けて 慌てる。この時は 電話の最後時になんとか 断熱材の単語は 戻ってきた。まあ稀なケース。 「そのなのよね ブラジルはキリスト教徒が多いのでしょ?それも ・・・・+++なのよね、((ここで いきなり単語が抜けて 慌てて)) プロテスタントじゃなくて、えー ローマ法王も度々いらっしゃるとか・。」と亭主が「そうカソリックなんだよね。」 ・・・・・を埋め合わせて 事なきを得た。・・・・はカソリックなのでした。 「えー?今の・・・・じゃあないの?」サッカーの試合放映を見ながら オフサイドと いう単語が 怖ろしくも 抜けて思い出せず この時ばかりは 頭真っ白 顔は 蒼白になってたと思う。 肝心要の 自分の絞ろうとする単語が 闇の中に べろべろばー!とでも からかう様に 消えてしまう。本人にはどうきっかけを作って どこを探せば 取り戻せるのか 皆目何も分らないと感じている。この瞬間が何よりも 怖ろしい。自分の脳の中で 何かが失われている。何かの気管がショート してしまっている。 「あのね カメラはキャノンではないけど ・・・・・だから あなたが説明して あげてね 日本製だから 分るでしょ?」・・・・の単語はオリンパスなのでした。 まるっきりその後 思い出せず グーグルを開けて なんとか オリンパスに 辿り着けたという 不気味な変遷ストーリーなのです。 どの話も キーワードになってる‘ゆえに’ こういう単語のかくれんぼが 始まっていて 本人には その単語が ブラックホールの闇の中にでも 浮かんでいったような 疎外感で 手も足も出ない。どうやって その単語に 辿りつけるのか 「うーん漢字っぽかった。」とか「えーと なんだかカタカナの ような・・。」とか「短かった・」とか 以前のよな 道しるべは 全然 浮かばない。まるっきり 闇。 そうなのです ブラックホールからでは もう 本人には 探す手がかりは あり得ない。というような。 それで チャンスがあれば 「認知症の初期症状では?」と人に尋ね始めた。 同年齢の人たちは 異口同音 「歳だもの 物忘れよ。私にだってしょっちゅうあるわよ!」と 笑う。でもブラックホールに辿り着いた人には 未だ出会っていない。 不気味である。終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Thursday, April 29, 2010 9:33 AM Subject: 29日の日記
2010年04月29日
朝の仕事を終え スーパーTESCOへ買い出しにでようと 冷蔵庫の不足品をチェックする。そこに小豆のパックを 見つけて おやつにお汁粉を作ることに決めた。 この小豆のパックも長女の差し入れで 当然日本製品。 ・・水漬けは必要ありません。とある。信じられない! それならお昼ご飯に お赤飯も可能なわけ?というので いそいそお米を洗おうとするが どっこい現地米を切らしたので スーパーに出向こうとしていたんだった。もう一度冷蔵庫をさらうと 立派なもので 日本製のこしひかりも現れる!これも当然 長女の 置きみやげなのでした。我が家の食生活には 御長女の存在は 必須というわけです。 小豆を煮始めて 20分ほどで まずお赤飯用に 固めの豆と 御汁を取り出す。次にスーパーに出向くため 火を止め 蒸し煮として 家を出る。小一時間後帰宅して もう一度煮ようと蓋を開けて 驚く。すっかり煮汁を吸って 小豆はふっくら もう煮あがっていた! うっそお! この辺りの製品であれば まずお赤飯でもお汁粉でも 2,3日前から 決死の覚悟で 献立を決めなければ 到底間に合わない。 袋から 小笊に取り出し 石を取り除く作業から お赤飯作りは始まるのですから。 水漬けに至っては ほとんど24時間ほどかけなければ 元にサイズには 戻ってくれない。煮ても煮ても「うえーっかてえ!」と必ず 亭主が何度も 小豆を吐き出すのが 通例です。 そう、そこで「この小豆と 普段この辺りに出回っている小豆の農業技術は 100年の差が ある。」と赤飯ランチの会で 結論されたのでした。 美味しく 赤飯を頂き 食後にお汁粉を堪能して わが主夫君は 只今 次女の差し入れの連載漫画の数冊と共に 昼寝中。 この連載漫画もこれで 2回目とのことで 「もうほとんど覚えてへんから また楽しく読める。」のだそうです。 が主婦が記憶するのでは 1回目は 確か今月初旬であったような・。 終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Wednesday, April 28, 2010 9:09 AM Subject: 28日の日記
2010年04月28日
我が家の駐車場は今や ‘モーテルの入り口’(亭主曰く)のごとき風情に なっている。ゲートからも 駐車スペースの柱からも針金が四方に張り巡らせて 好きなだけ あれこれを日向ぼしにも 洗濯物干しにも出来る。 従って 我が家の老車プロトンビラ嬢は 犬達の布団類のぼろ切れの 垂れ幕に囲まれるように 守られている。かって日本のどこか 片隅で見た ゴミ業者の作業場の印象に似ている。 美しくない。 最近は なぜか午前中の見事なまでの快晴も 午後を過ぎると怪しく崩れて もう物干し作業は そこで一日の終了となる。 犬23匹 猫11匹との共生暮らしとなれば 物干しは必須の行程作業で とどこうりないか そうでないかで 一日の仕事の流れが大きく分れる。 主婦の機嫌も相当 変わる。となれば 主夫の自衛本能センサーも 敏感に反応する。 「今日は久しぶりの快晴だねえ!」などと ぼろきれ干しに走る 主婦の背に 犬の散歩に出かける主夫も ことさら天気の良さを強調する。 肩に脊負った現実生活の一日のサイクルの潤滑さが 日常の関心事のすべてとなって 久しいものには 美しさというのは もう遥か縁のない 宇宙人の感性事となる。 凄まじい。 今月から 夫が年金生活者となった。そのタイミングで これまで日常生活上 耐えに耐えきた 数々の家の中の不都合事を 次から次と 設置 改善 増設を依頼した。 もともと手仕事は苦手の極みのひとである。その度に 一瞬 不安そうである。 が苦手だか 引き受けているうちに 面白さも十分感じるようになって 不細工ながら 用途は果たせるレベルで 順調に 家の中が改善されていっている。 はな丸! 「今日は快晴だねえ!」=(俺の作った物干し 充分役に立ってる?助かる? 俺も嬉しいよ!) 引退後の生活というのは どう頑張っても 華を欠き 退屈なものであるのは 当然と思う。これまでの 主婦の生活は 退屈なぞとは縁のない 一日中 家中をかけずり回って 一日のルーテーインを捌くのが いっぱいいっぱいの 毎日であった。それが どういう訳か 主夫の出現後 気がついてみると 走るのは もうすっかり止めてしまった。 ゆっくり歩いて 仕事を捌いている。 そして 時に 「結構 この家の生活も 退屈なんだ。」とぼやいている自分に 不謹慎だと驚くのだった。 終 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Tuesday, April 27, 2010 9:10 AM Subject: 27日の日記
2010年04月27日
一か月前 日本人テニスの会からの珍しくも久しぶりの連絡で ひとりメンバーが 急きょ帰国と決まって 送別テニスとお食事会が開かれると言う。 犬の事情で 時間的にとても両方には出席できない。考えた末 テニスの会なのだから 練習に参加と決めた。 ほとんと一年半ぶりにテニスシューズを手にした。 怖れた通り ストロークもボレーもサーブもかってあなたは経験者だったの?と呆れるほどの 下手さ 低調さで 新メンバーの方には あとでこっそり‘資格うんむん’の論議も起こったのでなければ いいがと心配した。それでも 風を切ってボールを追う テニス独特の楽しさは 言葉に表せないほどの強烈さで 私を魅了した。 その時自分に誓った、「またどう時間をやり繰りしても 続けよう。」と。 会員はほとんどが子もちのお母さんなので 春休みを挟んで暫く練習は 御休みとなる。忘れかけた頃の一昨日 お世話役から 開始の連絡を 貰う。よーし 絶対参加する! 我が家はいつもどうり 早朝4時半 仕事開始。 階下に眠る主婦は まず犬の布団類 水替え 蚊取り線香 窓開けなどを済ませ そして 全員の犬達のランを3グループに分けて 終える。 そして階上に眠る主夫は 二階の住人の猫たちのトイレ清掃 水替え 窓開け 食事の世話を済ませたところで 階下に降りて 主婦と交代し 部屋の清掃に 入る。主婦は上にあがって まず下半身不随の齢15歳のサンキューの様子見 を終えると やっぱり階上の掃除機掛けとなる。 一階と二階でぶーうーぶーふと掃除機のモーターが5時前には うるさくなり始める。 今日出かける予定の主婦としては 一層気合いが入いる。6時過ぎには 二階の掃除を終えて 下に降り 犬達の食事の準備となる。食事 ラン 洗濯物干し 庭のウンチ おしっこの後始末 23匹の布団類干し、最後に 全員のダニのチェックを終えれば もう8時前。 そこでいそいそテニスウエヤーに着替え 出発となる。 まるで 絵にならない今の自分の腕前なのだが それでも久しぶりのコート は年齢 体力 腕前すべて 飛びこして 心をわくわくさせる。 皆ほとんど未知な 若い人たちとの交流なのだが とても新鮮で 気分を 浮き立たせて呉れる。楽しいとはこんな心の状態を呼ぶんだったと 当たり前なことに 嬉しくなる。 前回よりはストロークが少し安定して それだけで次の練習に 励みが 出そうだ。 年単位で 自分の楽しみは封じて ひたすら犬達のしもべに 徹して 不満もなく 突っ走ってきたのだが さぜか急にここに来て ブレーキが掛かり 「主人公は私、お前たちは主役じゃない!」と 言いたくなる。不思議だ。 テニスひとつで そこまで意味づけるのも 仰々しいのだが・。 終。 ----- Original Message ----- From: > To: ??????@pd.jaring.my> Sent: Monday, April 26, 2010 9:12 AM Subject: 26日の日記
2010年04月26日
早朝5時 犬の吠え声で目覚める。居間組みの犬が むかえのインド人宅の車の出し入れに 反応したらしい。起きるには ちょっと早すぎるなとも一瞬思うが 『そうだ今朝は 来週から 助っ人なしの毎日が始まるのに合わせて 予行練習をするんだった。』と思い起こし 未練なく 床を離れる。 来週に入ると 助っ人の亭主は再び仕事に出る。長い浪人生活が終了する訳で おめでたいばかり と喜ぶのだが 反面 彼の犬の世話ばかりか 家事一般に及ぶ 甲斐甲斐しい主婦ぶりに 大いに 助けられた女房としては ちょと複雑な心境でもある。まるで待ち受ける 我々の老後生活を 事前に垣間見た思いで 満更でもないわと感心し始めたところで 夢物語は終わりを告げ 現実に 引き戻された感がある。来週からの仕事復帰に浮き立つ 亭主の側で なぜか裏切られたような いや そうまで言わないにしろ 見事 肩透かしを食らったような心持ちの女房なのである。 しかし覚悟を持って 5時スタートした家事は この数ヶ月の自己訓練のお陰か とんでもなく スムースな運びで流れ 2階の掃除を残せば 7時半にはすべて朝のイベントは終了してしまい 自分自身で拍子抜けしたほどである。2階の掃除は 6時過ぎに起きてきた 亭主の担当ということで 一任した。 そう、我が家はもうメードは居ない。去年の10月22日を持って 我が家からインドネシア人は 姿を消した。その去り方の後味の悪さは極まり 今も後遺症を引きずってか 夫婦どちらも 金輪際 我が家の敷居を彼らに跨がせる気はない。 その強い拒否反応から あれほど体を動かすことを厭おう亭主まで 家事の分担を納得したのであった。 其の意味合いでは 亭主の浪人生活は決してマイナス要因一方とはならなかった。物事なにが どう役立つか知れないものだ。最初は憎憎しげと呼ぶほか無い 彼の犬の散歩係の引き受け方であった。 何匹かの犬は 散歩時になっても ソファーから動く気配も見せないほど 亭主を避けた。 『なんだあ、連中は散歩なんか 好きじゃあないんだな。お前のひとりよがりかあ?』と悪態を つき 散歩行事を私の押し付けと非難した。 がいつの間にか きっと亭主の身体が其の労働分の体力を維持し始めて 辛さを感じなくなってか 『この子はあの子と一緒では 落ち着かなくて 小便を済ませない。』など 観察眼も養い 彼なりの犬のシフトを考案して 何組かに組み分けを始めるまでになった。 ある晩 夕食も済ませて一息入れている折に ひょいっと犬のリースの籠を持ち出し テーブルに リースを幾本も取り出しては あれこれ頭をかしげては 呟いている。 『これはちょっとこの辺りを手直しすれば 使い勝手がよくなる。こいつは図体の大きいやつ には 心細くていつも不安なんだが・・。うーん、こっちも首輪を・・・。』 キッチンで あらいものをする私は その亭主の姿にどれほど驚き どれほど感心したか 長年 見慣れた亭主のある知らない一面を見た思いでそれはひどく印象的であった。 『おかあさん、おとうさんは仕事を始めたら 今の生活はきれいさっぱり忘れて また昔のような毎日に戻るのを忘れちゃあ駄目だよ。』と次女は先日 東京で そう私に釘を刺した。同じく長女も『お父さんは ただただお母さんに合わせていただけ なんだからね!』と強調をした。 そうして 其の彼女たちの示唆が 忠告がまったく正しかったのだと 今朝 女房は痛感した。 『あのさあ、2階の掃除くらいは助けられるかもしれん、がまあ仕事次第だな。Johnはどうする? お前行ってくれるか?』 憮然としている女房を見て 不当に思ったか 亭主は自衛を篭めて叫んだ。 『働く無くてもいいんだよ俺は、犬の世話だけして暮らしても!』
2008年03月29日
今日は朝から一度も 快晴の崩れもなく気持ちの良い午後を迎えている。 燦々と照り返す車寄せには 三々五々と我が家の犬達が 日向ぼっこを 順番に愉しんで 寝そべる。 さすがの私も 今日はもう敷布団大大会は控えて 一枚だけ謙虚に 車のボンネットに干してお終いにした。長々と敷かれた布団は お日様の恵みを受けて ふんわり膨らみ 陽のよい匂いがする。 明日は日本へ出発する。早朝3時半起床で 亭主の運転で真っ暗闇の中を 4時前に出て 5時過ぎにシンガポールチャンギ空港に着く予定である。 こちらでの出発時間や到着時間は尋常でないフライトなのだが 日本では リーゾナブルな発着時間で 大変好都合なのである。 今回は留守番役のレナの‘開き直り’事件があって 私としては少し 不安も残る不在と為った。昨日の朝も 黒の右耳のかびの疾病の治療 で 彼女の掃除の仕方では 一向に患部に綿棒が触らず 私がお手本を 見せた。と?『じゃあマームがすること!』と今まで見せた事のない 冷然とした目つきで 綿棒を放り投げ背を向けた。びっくりして暫くは ぽかんと見送り‘そうだ、これからはどうしてもレナがやるしかない んだ!’と思いなおして 呼び止め きつい調子で念を押した。 が 相変わらず ふてぶてしく黙って突っ立っているばかりだった。 と言って今回は孫娘との ‘ふたりぼっち’の旅も初経験できる。不安も 充分感じるのだが 楽しみも充分期待している。 『ほんとに大丈夫かなあ? 俺がチャンギで待ってると お前だけがのこのこ 空港から出てきて 『なっちゃんに振られたの!』とかべそかくんじゃあ ないのかあ?』とからかう。確かに 私もいざ出発となれば 気丈な夏海も 『あーん、お父さんと一緒におうち帰るう!』と泣き出すような予感がする。 まあ どうだろうか 見てみよう・。 到着の翌日には キューバとNYで ゆっくり‘留学休日?’を愉しんだ 次女夫婦にも会える。少しは頼もしくなっているかもしれないと期待しよう! そして 中3日で 夏海を連れてとんぼ返りの旅となる。 慌しくもあって 帰国を味わってる暇は無さそう。 当然 日記に向かう余裕も持てそうにも無い。
2007年06月24日
相変わらず 天気は定まらず快晴と喜べば 忽ち曇天に変わり 私は敷布団とその他諸々の私物を大雨から守る事に 奮闘している。 暇人の毎日である。 今朝はテニス会は休会であった模様だ。本人は出向いたが誰現れず ‘まあこんなものね。’とあっさり誰にも連絡を取らず帰宅した。 その後 自分の車を庭の炎天下に駐車して その上に枕用の‘そばがら’ を再生の為干したり 敷布団を干したり 奮闘した訳である。 敷布団を干している内に よくよく見たら 西川布団の標識の側に なんと‘1970’と印刷された布が縫い付けられているのを発見した。 ‘1970’年というのは 我々が結婚した年である。`ふーん、もう37年 も経ったのね。’とその間のこの敷布団氏の苦労をしみじみ労う心境 になった。母が結婚時に整えて呉れたものである。その母の享年にも 私自身あと7年に迫った今 感慨は深い。 娘たちには所帯を持つというのに 母親らしい気働きも出来ず 何も 整えて上げ無かった事もふいに胸をつき ‘どうしちゃったの、もっちゃんは?’ といぶかしげに首をかしげ 優しい眼差しで私を問いただす 母特有の佇まいも 懐かしく いっそ遣る瀬無い思いが募った。 同じく今回 熱心に干していたものの中に やっぱり母が私の次女が生まれた 折りに 祝って注文し作らせた掛け布団がある。鮮やかなオレンジ系の黄色と緑の 可愛い小花柄の散った 娘の誕生を祝うのにぴったりのものである。この小ぶりの 掛け布団を引き出す度に 必ずあの当時を そして母を懐かしく思い出す。 ‘こうして何かを残して上げないで ほんとに私は出来の悪い 母親だわ!’ とつくづく自分の情緒の無さを不甲斐なく思うのである。 私の欠落した数々の不足は 娘たち自身充分承知であろう。今更嘆いて謝罪しても 戻るものでもない。寛容な心で許して貰うほか無い。ただ 母親と言うのは 不相応な分をなぜか 己の姿に追い求め 幻想を探す。そう 幻想を! ‘もっと慈悲ぶかい’母親であろうと出来なかったの? 近頃の私は喜怒哀楽の感情の波に 容易く呑込まれる。加齢に寄ると言われるのが 一番穏やかな説明で 安心出来る。が本人はもっと過激な要因を ひそかに 心配している。 <終 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月23日
午前中は 清清しくさえ感じるほどの快晴なのだが 午後決って 雷雨に見舞われる。それもいきなり 一点掻き曇ったかと思った瞬間 もう土砂降りの大雨が叩きつけてくる。 今一番の私の関心事は 7月に迫った長女と子供達の訪馬に備えて 布団類、 シーツ類、タオル類の乾燥である。特に敷布団は熱心に乾燥に励んでいる。 これが 急変するお天気では何よりの‘お荷物’となって 私を泣かせる。。 曇ってくれば ‘おや、そろそろか?’と飛んで降りて ひとまず自分の車 の座席へ とり込んだ敷布団を放り込こむ。とさっきの曇天は何だったの? と言わんばかりに 再び快晴が戻る。そらっ、もう一度と座席から 敷布団 を引っ張りあげて ゲードに干し直す。敷布団だから 重さも‘軽いわ!’ とは 世辞にも言えない。中々の存在感だ。 数日前から これの繰り返し。敷布団なぞは 年に一度くらいの頻度の使用 で その間ケヤーを怠っていたつけは 作業中しっかり廻ってくる。 なぜだかレナは この作業からは距離を置いて そ知らぬ振りと決めている。 私もどっか彼女とは わだかまりが残っていて 声を掛ける気がしない。 ‘いいさ、一人で生きる時のトレイニングだと思えば・。’ 一人で生きると気軽に書いたが 現実にはそんな生易しくは無いのは 容易に想像がつく。24匹の犬との生活なのだ、生易しい道理が無い。 それでも最近は いつかはひとりでこの子供達を世話する日が来るだろうと 感じ始めている。 その‘いつか’は 或る意味では外因にも寄ろうが 決定的には自分の ‘神経’の強度次第ではないのかと思うようになった。 現在の環境の条件への自分の神経の対応度をベースにして 自ずと 決めるのではないかと。 きっとその時の方が犬への姿勢は ずっと軽く気合も薄らぎ 心理的な負担 は間違いなく軽減すると信じている。 協同作業者を抱えてる現在は 概ね 建前論を大前提にして 一日の作業手順を 推し進める。特に 我が家のような 出稼ぎ精神丸出しの労働者 が協同作業者の ケースでは 一瞬でも 作業の質を軽減すれば もう‘ははーん、それもありという のであれば・・。’と彼女達の怠情さを刺激して 隙あらば すべての 作業をその手順で繰り回す悪知恵を啓発するだけなのである。残念なのだが。 今回も 犬の食事時の我々の姿勢の質をあげる為 時間的な余裕を持たせたいと考えた。 そこでレナには 朝晩2回 励行されていたいリビングのモップ掛けを省略して よいと伝えた。ところが彼女を刺激したのは 結局の所 上記の怠情さである。 モップ掛けに必要だった時間をちゃっかりマイナスして 朝の仕事の始動時間 を繰り下げ始めたのである。 呆れて 慌ててこの食い違いを説明した。即 私の意図は理解した。が決して もうモップ掛けは戻るまい。そこで朝の始動時間だけは エネルギー掛け死守した。 決してメードの狙った繰り下げ仕事始動時間なぞ尊重しないと行動で示し続けた。 彼女より30分早く起床。一人で 黙って犬の散歩を開始した。3日目くらいで 彼女も合流した。 とまあ 作業への姿勢は重々しく 気合は軽薄に流れる事なく 建前論を 死守して 闘わなければならない。疲れる。 一人で生きるとならば ‘今朝は疲れてしまった、犬の散歩はやめよっと’ と言う事も自由であれば ‘シャワーは明日6匹纏めて洗うわ、これから 出かけるから。’もある。もっと柔軟に 仕事の手順を自分の間合いに 添わせて何の支障も無い。 が不思議に 一人で生きると考える場合は いつも日本のどっか過疎地帯での生活と 設定は決っている。この国では 万に一つもそういう空想をしない。 まず 恐ろしくて たった一人でこの地で この子供達を守り抜く 自信なぞ持てない。以前ならもう少しがむしゃらな自分も期待できたかもしれない。 がもう それは無理だ。 ずっとずっと昔 私の娘達がミラノ日本人小学校に通っていた頃 毎晩2人に一人2冊という約束で 絵本を寝る前に読み聞かせていた。 数ある絵本の中に 翻訳本であったのは確かなのだが 印象としては ヨーロッパのどっか田舎地方で 或るおばあさんが 家に沢山の動物の面倒を見ているというお話があった。 やぎやら あひるやら にわとりやら 猫やら いぬやら・・。 横長の作りであっったのも記憶している。 朝早く出かけて 一山越えた隣の村の友人宅へ出かける決心をして 動物達に『行って来ますよ、でも暗くならない内に帰って来るから。』 と言い聞かせて出発。お友達のおばあさんと愉しくおしゃべりにして 時の経つのを忘れて『あらもうこんな時間だ、帰らないと。』と 慌てて帰路につく。おああさんが自分の村につく頃には とっぷり(これは本の一節にあった!)日が呉れて真っ暗になって しまった。 『あの子達がきっと私の帰るのを心配して待ってるわ.』と おばあさんは気が焦る。 そしてやっと家に辿りつく。『ただいま! 遅くなってご免なさい。』 『お帰りなさい!』『お帰りなさい!』・・ そんなお話だった。あの頃も私にはとっても印象的だった。ひょっとして 自分の未来の何かをインスピレーションして感じていたのか? あのおばあさんの毎日が いつか私の日々と重なり合っていくような そんな予感が潜在化にあったのだろうか? 近頃の私は 時々あの本を読んでいた頃を懐かしく思い出し そして あのおばあさんは 実は私なのかしらと思って ひどく可笑しくなる。 <終> ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月21日
毎月の仕事で私には気の重いヘヤーダイに 思い切って出かける。色々あるので 私のは実に4時間近く掛かる。 いつも本は欠かせない。しかし最初の1時間半ほどは 毎時ひたすら居眠りをしている。中国人美容師 も『あのう、ちょっとこちらに・。』とか何度も 傾く私の体を起こしては 作業を続ける。ぼんやり そんな彼女の要求を聞いてはいるが ふっと目を覚ましては すぐ眠り込む。もともと髪を触って貰うのが 大好きな質で この時間は無上に幸せタイムである。『もう、・・・ふふふ。』と呆れて 美容師が同僚に 捗らない仕事の手順をこぼしてる雰囲気に さすがに目を覚ましては 恐縮する。が居眠りは止まらない。 今の暮らしでは 私の私的な?唯一の外出らしい外出である。 帰路 ストックが切れた犬のドライフッド、ネコの缶詰だけを求めて 一直線に帰宅する。 家の門をくぐり抜けるとほっと息を深くして 安心する。 近頃の私は いつも何かに脅えていて 心が晴れるときが無い。 外出先で 中国人を見かければ ルーシーの飼い主の野卑な言動がオーバーラップして 身震いする。 今にも私の神経を 無神経な無礼さで ずたずたにしそうな不安。 自分にはそれを拒絶する手段も見つけられそうに無い不安。 思ったのは 自分は`うつ病’の入り口に立ってしまっているのではないか?と。 当然 主人の突然の退職に大きく不安の波紋は広がり続ける。 それと時を同じくして 助っ人と信じたレナのまるで前代のサラを見習うが如きの 悪行の数かず。その豹変振り。案外実害以上に 彼女の態度の豹変が今の私を 激しく動揺させたのだろう。確かなものは何も無く すべて不確かな要素に囲まれ ている。怖れを感じて 脅えても異常とは言えない。 が自分の手ごたえでは あまりに自分の心の芯に脆さを感じるのだ。これまでとは何かが違う。 辛いと言っては 誰かに吐き出したいと思う。不安だと感じては 大丈夫よと慰めが欲しい。 人の無関心が ひどく堪える。冷淡だと批判に向かう。寄る辺無く淋しく 自分でも あなた少し鬱陶しいわよ!と自責する。おかしいのだ。 きっと病む兆候なのだ。 どうしたの あなたは?もっと横着もので 逞しくなかった? 沢山の兄弟姉妹に囲まれて揉まれ 人一倍実用的で ちゃっかりした娘と揶揄された のでは無かったの。 それでも この不安はどーんと私を覆って 気持ちを解き放って呉れない。 <終 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月20日
我が家のお手伝い嬢は これで3代目に為った。初代嬢も 次の彼女も どちらも日本人のおばさんなぞ 臆する事も無く 上手に手玉に取って 自由気侭な出稼ぎ生活を満喫して 帰国された。はなから 役者が何枚も上で 日本人おばさんなぞ 太刀打ち出きる人柄で無かった。雇い主とすれば 雇用 条件の恨みが骨髄というのでは無かっただけでも まあよしとするかなぞと 甘い感傷で その都度2人とも見送った。 レナが現れた時には その楚々とした印象で 一度にすっかり気をよくして 夫婦で『メイドらしい人柄の子にやっと恵まれた。』と手放しで喜んだ。 実際 前の2人には考えられない気働きを見せて 『なるほど小うるさい 中国人の家庭に8年間も仕込まれただけの事はある。』とただただ感心した。 感心する度に『仕込み方の甘い日本人家庭で 横着さを覚えて また前の ふたりのように出来の悪いメードに成り下がらなければいいが・。』と 恐れもした。 その怖れがやはり 現実となった。ひとつ女主人の長期の不在、娘のお産の 手伝いに2ヵ月半帰国した。その間にもうしっかり彼氏を作った。それも 堂々と既成事実として公表して 何憚る事も無い。契約では一切その筋の 事実は 違反とされ 強制送還も免れない類の行為なのであっても。 彼女も我々ふたりの手ぬるさを充分承知の上の 確信犯というのか 図太さなのである。 動揺した女主人も 既成事実を押し付けられて 抗議をする無意味さも 経験上知り尽くしていて ただぽかんと口を開けて 呆れるばかりで なす術なし。 その内『まあ 後1年間の助っ人と言う事で・。』と情けない妥協の仕方で まるで 何事も無かったかのような日常に戻ってしまった。不甲斐ない。 この彼氏と言うのが 恐るべき嫉妬心の持ち主で 彼女の携帯を取り上げ 入念にチェックし 自分以外の人間との繋がりは一切受けつけない! と宣言して 彼女の番号も変更させた。つまり 彼女は彼だけのために この携帯を保持する訳なのである。『・・・それって何?』と話を聞いた 私は仰天して 彼女の顔を見つめた。『・・・ふふふ、そんなあって 一応 私も言ったはみたけど・。』と大して堪えていない。 『そうかあ じゃあ糸電話みたいなもんね、2人きりって!』と皮肉を 言ったが 伝わったかどうか。 よく正せば『兄弟にも親にも知らせないわ。』と薄ら笑いしている。 『どうせ 電話は金の要求ばっかりだから。人が働いた金なのに、やって られない!』と最後のセリフには 冷えた迫力があった。 先月も 母親がコールして 『電気を止められて 真っ暗で暮らしている。 金を送って!』と泣きついてきたのだが その折も『何で私が 働いた金を 送らなきゃアいけないんだか!』と相当むくれていた。ぐずぐずしてる内に 今度は弟が電話して『すまん、女房が流産しそうで 入院した。その費用も 無いくらいなんで、頼む!』とあって しぶしぶ送金をしたのだった。 『おかあさんに当座のお金くらい渡してくれば良かったのに。』と呆れて 言えば 『どうして? 私のお金には指一本触れさせないよう 銀行に しっかり置いてる。私が働いたんだから!』とこれまた取り付く間も あらばこそ。 これまでは 携帯も持ってない 家にも電話の無い 仕事場にも電話の ない暮らしの弟が おかあさんの生活を見ていたのだそうだ。 それでも 彼女は一切 母親にこ遣いも置かずに 出て来たと言って 平然としている。まま母娘の間の事は 外からで分らない事も あろう。 それが先日 問題の弟が家の電話にかけてきた。こっちはまた彼女の彼氏 が掛けて来たのだと勘違いして 『彼女の携帯に掛けて下さい!』と つっけんどうに切ってしまった。その経緯を彼女の説明すれば 『それ 弟に違いない。私は新しい番号教えてやらないから 仕方なく 家に掛けてきたんだわ。丁度良かった。出たくなかった。お金を せびられるもの。』と笑ってる。『今度掛けてきても 繋がないで!』 と言う。彼の奥さんはずっと入院したままだから 困窮して 金持ちの?姉貴に縋ってきたのだろうと想像はつくが レナの態度は お金に関しては 人が変わったように冷静沈着で 畏れ入る。 『銀行の通帳を見せて貰ったら すごく預金があるの。』とうっとりした目で 彼氏をのろける。『国には大きな家も買って持ってるし バイクもあるし。』 ‘ふーん、あなたは彼の預金高に恋しちゃったのね!’と内心合点がいった。 なるほど。 それにしても 彼女はこれから友人へのコールはどうするの?と些か 不安の思いも募ってきていたのだが 丁度今月の電話代の請求書が届いた。 支払いを済ませて ふっと見ると私が帰国中にも20数回のコールの 記録がある。よくよく検討した処 それは彼女のコールばかりで ははーん、してやられた!と頭を掻く。 朝4時50分に 夜警の彼にコールをしたり・。 雇い主の電話を了解無しに使用するのは これもメード嬢としてご法度である。 『サラが此処のマームは 請求書をチェックしないから 私用に使うのが いいよって言ったから。』とレナは涼しげな目つきで 問いただす私を見据えて 堂々と答えた。 ‘ここだけは絶対守り切るぞおー!’と気合を入れる。 『そう、でも私は毎月請求書の中味をうじうじチェックをするのだけは 好きじゃあないの。だからこれまで5年間 何もしなかった。これからも したくない。だから 万が一見つかった時は あなたが使った費用の10倍 を請求する事にした。そうすれば もう私の電話には触る気が無くなるでしょう から。自分の携帯を使うこと!』 『分った、払う。』と怯まずレナも応酬。 一歩も引かず『それがなんだ!払えば文句無かろう!』と泰然としている。 そこでこれまでの彼女使用の額を提示して 契約終了時に減額することに決った。 もうこのマームは神経も磨り減って つくづく嫌に為る。 <終 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月18日
今朝の後味の悪い事件後 興奮は中々冷めやらず いらいらしながら 夏海用ストックの料理に入った。何かしてないと一層ブルーに落ち込む のは分ったいた。昨夜のレナの衝撃的な発言もあって 今朝は私は彼女 とはずっと目線も合わせず ひたすら目の前の仕事に没頭した。わずか ゴールデンのあれこれでは 彼女とは手順などで 言葉を交わしたのだが・。 まず手始めにコロッケに取り掛かる。昨晩は安直にメニューも転んで とんかつ にしたので。次いで ロールキャベツに入り 最後にハンバーグで今朝の準備 は終了となった。 今朝早く ゴールデン騒ぎの前に 快晴なのを利用して 客用の寝具るいを 全部干した。幸い敷布団も3枚出てきて 大喜びしたのだが カバーが 長年の保存で傷みが激しい。敷布団のカバー3枚 用意して下さい、光君の 母上様! 午後 料理が一段落して 日記の更新をしていると電話が鳴った。出てみると レナのボーイフレンドであった。苛立たしくもなって『申し訳ないが電話は 取次ぐ義務は無いと思う。』と言ったら 相手は切った。 どこでレナを2階に呼んで どういうことなのか・と問い正した。 前日伝えた私のメッシージも皆目理解してないので 辞書を持ってこさせて 納得できるように 単語を引かせることにした。驚いたことに あのサラ よりも レナは辞書に関しては無知で 1語も調べられなかった。 これには ほんとにびっくりした。 レナの佇まいを持って そういうことは 頭から想像もしなかった。 サラでさえ 気長には説明したが 引き方を覚えたのに。‘ふんふん’ と私の説明を微笑して聞いていたのは あれは なんだったの? ただのぶりっ子!というの。 仕方なく面倒なので 私が話しながら片っ端から 辞書のマレー語訳を見せ こちらの意図を示した。がもう彼女は完全に‘いかれて’しまっていて サントーは神の如くに崇拝されていて 手のつけようも無い。 『1年経って契約が終了したら 2人で帰国して結婚して 数ヵ月後に 再びふたりで戻ってくるの。」とうっとりしている。 さすがにインドネシアでは 外国人は仕事が無いというのだけは 理解しているらしい。上等です。 レナに説明しているところで 急に天候が変わり 大急ぎで 寝具類の取り込みに階段を駆け下り 突っ走る。中々のフットワーク! まだまだいけるかもしれない、メードさんの手を借りなくても。 『メードが居なくても 犬の世話には困らない。でも身動きできない のが大変。』と長女に愚痴った。『帰国したいなぞという のは 犬が好きなら思わないのだから おかあさんはそれほど 犬もすきじゃあないのかも。』と返答されて ぶっちぎれた。 帰国するのは 1にも2にも孫達の顔をみたいのがある。序でに 少しは家事も手伝えるかとうぬぼれる。 がそれだけでは無い。 この国の今朝のようなざらっとした 人間の質を疑う経験から 少しでも離れていられるのだというのが 相当な比重でいつも自分の背を 押している。アンギーやらマイケルのような人たちからも。 そしてその間は なによりもっと悲惨な犬の死を間じかにみないで いられるというのが 上の理由と遜色なく 私の帰国への傾斜の 弾みをつけてくる。 何度も言っているのだが 私が犬が好きだから 犬を集めているのでは 無い。生き物の命を救うべきだと感じるので 我が家には犬が沢山 生活するようになっただけだ、此処の犬の迫害のひどさは 地球上でも 類を見ない国柄だから。 それとも長女の言いたかったのは『お母さんは生き物を救うべきだと言いながら 自分を投入してまで(帰国も辞して) 救いたいのでもない。』と。 それは当っている。 これ以上の悲劇を見続ける勇気も気力も無く 一時の安らぎも もたず この悲惨さから目を逸らせることも許されないで 生き続ける事は私の技量を遥か越えた 不可能事だ。もうすでに 潰されそうで 息するのも辛いのに。 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月18日
一昨日の夜8時半過ぎに 突然隣のインド人宅のMrs.Rajiが電話をしてきて 『モトコ、このあたりに今日の午後から 1匹のゴールデンレットリーバーが 迷ったのかうろうろしているのよ。それが今家の前にきて 内の犬が激しく吼えた ので 去って行ったけど様子を見てくれない?』と言う。もう寝間着姿だったのを Tシャッツに着替えて 近所を見回ったが見当たらず 帰宅した。ところが 今朝 犬の’待て!’訓練の最中に『マーム、あの犬、あの犬が!』とレナが叫ぶ。 とんで出れば ゲート前に美しい容姿のゴールデンが佇んでいる。餌を片手に 近寄り撫ぜてみた。すりすり寄って 甘える。そこで簡単に 門の外に繋いだ。 その足で Rajiを呼び見せれば『わあー綺麗な犬ねえ。私が飼いたいくらいよ。』と 感動している。それもそのはず ゴールデンの耳の内側には A5F62と青い刺青が 入っている。これは純血種の証拠で いくとこへ行けば 正式の記録に残されて いるのだそうだ。 Rajiは未練たっぷりだったが 自分の犬たちの内ゲバを捌くのだけでも 難儀な毎日だそうで 諦めて 施設のオーナーの女医さんのDr.Limgに 連絡して どっか好いオーナーを探して貰う事になった。女医さんが迎えに 来るまでと ゴールデンをRajiの家の前に繋いだ処で 一台に車が急停車して 中からふたりの中国人が飛び出してきた。ひとりは見た事の或る人相の男、 もう1人は 間違いなくその種の方と思しき 人相のひどく悪い黒めがねの男 だったが ふたりはいきなりゴールデンの首を持って 連れ去ろうする。 『何々?一体何をするの!』とRaji、旦那、私は唖然として叫んだ。 『こりゃあ 俺の犬なんだ。文句あるかあ!』と見知った人相の男 が怒鳴りつけた。『昨晩からいなくなったんだ』と言いながら 首を 引き摺る。『ちょっと待って あなたの犬という証拠があるの?』と Rajiが食い下がる。そのとき やっとこの男がLucyの元飼い主だったこと に気がついた。胡散臭い。 『てめいら、邪魔立てすると警察呼ぶぞ!』とどっかの兄いもどきが 我々3人を脅す。Rajiの旦那はもう腰が引けている。その点Rajiは 気丈に『今 友人のドクターが来るから それからの話と言う事で。』 と食い下がる。何度も何度もルーシーのオーナーが ゴールデンの首に 手を掛けるのを 私はその間 必死で阻止した。と怒り狂った男は 本気で 私の頭めがけて 手を上げた。が空振りに終わった。 もう修羅場のような騒ぎである。 此処の法律では 見つけたものが 即所有者の権利を有するというので もう彼らは必死の体だった訳だ。殺気立っていた。 辛うじて 『証明書を見せる事!』というRajiの執成しで このやくざ 人たちは息をふっ返して ルーシーのが家にとりに戻り 怪しげながら 紙切れを突き出した。がその刺青の番号は見つからない。 が名前 住所なぞそれらしきものが書きつけられてあって ゴールデン というのも認めて 我々3人は しぶしぶ引き下がるほか無かった。 可哀想な正統ゴールデンちゃん あなたの運命はもう輝く事は 無いのね!ちっさん檻に終生閉じ込められて 食事もくそも なにもかも一緒くた! 足は網の床の為 しっかり踏み込めも 出来ず 2,3年で生涯を終えるのよ。 私は前代のあなたのオーナーの犬達の末路を見知っているのよ。 この事件の後味の悪さは極まり とても日記には書けないと 一度は尻込みをした。が公にして 初めて私は今朝の悲しいトラウマ を引き摺らないで生きれるのだと思い返して 書き残す事にした。
2007年06月17日
女性のテニス会に参加した。帰路 あちこちのスーパーに寄り 来月やってくる孫たちの生活に必要な品々の下見をした。 久しぶりに‘ジャスコ’にも立ち寄り 子供のカーシートを物色。 一人では決める自信なく 長女の意見を待つ事にした。最終に Tescoに寄って 今夜の夕食の食材を購入して帰宅し シャワーを 浴び終えた処だ。 普段通りの月曜日のスケジュールだ。が実は 今日はこれではいけなかった。 すでに前もって テニスのお世話係りから 練習の後に歓送迎会の昼食会が 催おされる由 メールが入っていたのだった。老人はすっかり物忘れ激しく 練習も終わりに近くなって思い出した。がもう為すすべなく 平謝りに謝って 失礼するほか無かった。 着替えもなく冷房の利いたレストランで 練習後の大汗を抱えて とても長居は出来ないこと。 昨日に続いて 我が家のメード嬢の同行が気に為る事。 長女一家を迎えるに当って 丁寧掃除に始まり 部屋の設えなぞ 老夫婦ふたりから 5人の生活への模様替えもあれこれ気になること。 とまあ 貧乏性の女主人はちょこまか 走り回らないと落ち着けない のである。 今夜の夕食の献立は コロッケと決めているのだが 中々腰は重く 足は階下に向かわない。仕方なく‘それでは日記の更新でも。’と どさりとパソコン前に座ってしまったという次第で・。 コロッケなら 作りおきして冷凍保存すれば 夏海にも用立てられる。 もう我が家は只今 夏海色1色なのである。 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月16日
6月はダニが一番発生する季節だった。最初のメード時代も 次の時代も 6月が近づくと忙しくダニのちぇっくに励んだ。ひどい時には どこかで 卵が孵ったのか家中が汚染されていて 毎朝壁やらカーテンのチェックに 異常なほど神経質に為った。 私のカレンダーでは 6月=ダニ退治とインプットされて久しい。 が今年はその例外で まるでその心配から 解放されている。 去年レナがやってきた頃 家中の庭の芝生を根こそぎにした。そのお陰で その後 月が経るほど 犬たちのダニの数が減少した。10ヶ月経た今では 庭には皆無と見えて 久しくダニの姿を目にしていない。有難過ぎて ちょっと信じられないくらいである。 従って今日の様な午前中から曇天の日は レナは犬のシャワーも中止だし ダニチェックも軽い作業で 暇そうにしている。そこで非情な女主人は 『2階のカーテンを洗いたいのだけど・。』と階上から声を掛けた。 長女ご一行様お迎えの準備は着々と進行させなければならない。 レナは機嫌よく2階のカーテンのほとんどをレールから外し『洗うのは 少しづづでいい?』 と尋ねる。『勿論、お天気にも拠るから。』と答える。幾枚か持って降りて 手洗い始めたと思うと 彼女の携帯が彼女の部屋で鳴っている。 小走りに台所を抜けて 部屋に飛び込むレナの後姿を見ながら 私は今夜の食事の下準備に入った。一時料理に集中していた私には いつレナが現れたのかも気がつかなかった。 目を真っ赤にして 涙ぽろぽろ流しながら『マーム、20Rm 欲しいんだけど・。』とレナが声を掛けてきた。『・・・?』と意味もわからず 無言でいると『私のボーイフレンドに電話を掛けたいの!』と叫ぶように言う。 『あなたのボーイフルンド? 一体何の話?』と話についていけないマームは しどろもどろ・。『彼が 私に別の男が居るって疑って 私との仲を終わるって 言うのよ、私には誰も居ないのに,うわんうわん!』『だから そんなことは無い って電話しないと!』と必死の形相で迫る。 これまで2人の前メード嬢の行状に仰天し つくづくうんざりもしてきたマーム であったが 今回のレナの形相には やっぱり‘青天の霹靂’で肝を潰した。 ‘何なの?一体、どこにボーイフレンドが居たの?そして何のトラブル? 私が何をしてやらなきゃあいけないの?‘’ そこで こちらも‘落ち着け!落ち着け!’と言い聞かせ 順を追ってレナに話させる。 纏めると 最近 捨て犬ボーイの置き餌をする横に 夜だけ雇われて来ているネパール人の 警備員と好い中に為ったと言う。これまた私が日本に帰国中の話らしい。まったく この人たちはどれもこれも 性懲りも無い。 それが 最近ボーイが餌を食べた様子が 見えないので もう餌は置かないと 2日前に決めた。レナが夜になっても 現れないので不安に思ったのか このネパール人が まずは 『ボーイを今朝見た!』と レナにガサネタを流し 我々を翻弄した。その為 ふたりで暇を見ては 日に何度も餌のチェックに 空家まで走った。 そして決定的に 相手が動いた背景は 毎週2人が楽しみにしていたに違いない 私の週末の ゴルフタイムが 亭主の失職のニュースもあって ぴったり 停止した。 今朝も 私がゴルフに行かず、在宅でレナを呼び出せないのを不満に思い 陽動作戦で レナを揺すったらしい。 どのメードのケースも私がゴルフをする事がなにより 享楽のよい条件だった。行けば 朝であれば8時間ほどは 帰宅しない。午後では6時間くらい・。週末になれば 『マーム、今日ゴルフ行く?』とどのメードもそれとなく尋ねてきていた。がレナには 尋ねられたのは 今朝が初めてだった。ちょっと私のセンサーが ‘・・・・?’ あれっ、珍しいなあと応答した。と やっぱり! プラス 私の帰国期間。これで ちょっとうきうき関係が じとじと重い関係に 突っ走る。 『そんなことで終わると威かす様な男は 捨てて置きなさい!』と取り合わないことに した。『2年の契約が終わったら ふたりでインドネシアに行って結婚し 向うに 住む事にしたの。』なぞと女々しく未練たっぷりなレナを見ながら ‘こりゃあ 駄目だ またしても。’とひどく 私は落胆した。 次の亭主の求職活動の条件には 無意識にこのレナの働きを計算にして あれこれ 甘い幻想を夢見始めていた。自分の不在中にも レナが頑張って呉れるだろうから・・。 甘い! 事実 今回帰国して もどってみた処 随分ぞんざいで手抜きな仕事振りで 少し レナにも警戒し始めては居た。 そうか やっぱり(犯罪の) 陰に男あり!だった。 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月15日
午前中は一時雨模様に崩れ 『今日は犬は洗わない。』とレナは嬉しげに決定する。 普段のルーテイーンの作業のひとつでも空くのは確かに ほっとするだろう。 手の空いたところで 彼女は階段の辺りの丁寧掃除に掛かり 私は自分の車の掃除に 精を出すことにした。毎日彩子とクーニンをドライブに連れて出ているのだから 犬の 毛なぞ 相当な汚染と覚悟している。7月初めから 長女とその子供達が訪ねてくる ことに為っている。出来るだけの準備はしておきたい。 座席等の掃除機掛けも 私にしては驚くほどの時間を掛けた。それでもまだまだ アレルギー体質の孫娘には 不安が残る。が残念ながら こうした掃除を熱心に続ける以外 方法も知らない。 ところで待て!の訓練に始まった 犬の食事配りも レナと話し合った結果 ほとんど 1匹づつ部屋に入れて与えることに為った。と言うのは 早食いの犬はそれなりに 一層 早食いして 人の餌の侵略を企むし 食べるのが遅い犬も喉を詰まらせる勢いで なんとか 早食いに励み 人の侵略を免れようとする。あれでは 食事時間もストレスいっぱいで とても愉しむまで行かない。気の毒である。 そこでリビング組みについては 2寝室を食事用と決め 代わりばんこに問題児は1匹づつ そうでもないのは 2匹づつ入れて 待て!の号令を掛ける。 猛烈な早食いの彩子も かなり速度は下がる。以前は側に居たら 序でに私の手も 1飲みされる我武者羅さだったのが かなりまともなスピードに落ちてきた。 同じくハスキーも1匹を享受してか ゆっくり食べると言う。緑もトーんダウンした。 祐ちゃんは1匹でも何匹でも飲み込みような勢いで 一向に変わらない。早い! Gigioも同様。その他1匹組みは クーニン、ペペとルーポ。 おかあさんやブーッチーはふたりきりにしたところ それはそれはのんびり ゆっくり食事を愉しんでいて 改革の成果を誇れるかもしれない。同じく 愛子とキアラのふたりも 呼ばれれば幼稚園児のように弾んで部屋に入り 目を輝かせて 食事をする。ルーシーと飛鳥もゆっくり組。 ベスと幸子も 穏やかな食事風景で 和まされる。 問題は このやり方にした所 皆競って部屋に入ろうとすること。 また 食べ終えても 部屋を出たがらないこと。 毎時 彩子に到っては 部屋の戸を空けた途端 一番乗りで飛び込んで 仕方なく 一番で食事をさせるのだが 終わっても出ようとしない。 無理やり追い出して っさ、次は 祐ちゃん!なぞと呼んでるうちに 彩子がもう部屋に割り込んでいる。 どうしたものか? それなら 反対に全員を2部屋に入れて リビングに呼び出したものに 1匹づつ 或いは2匹づつ 食べさせるのはどうか?とレナと検討した。 がこれも また問題がある。食べ終えた犬をどこに誘導するのか? 庭には一時に4匹までと決めている。他に押し込める処も無い。 じゃあまず全員を一部屋に押し込んで 食べる順番になったら リビングで食事をさせ 終えたら2の部屋に入れる。 8、9畳くらいの部屋に17匹いれるの? ゆっくり食事していい気分なのに またぎゅうぎゅうずめのおしくらまんじゅう に入るわけ? うーん、考えればどんどん 問題は難しくなる。 そう、兎に角 数が多すぎる。 台所組みは7匹で 3部屋を確保できる。内の台所、外の台所、そしてレナの部屋。 こちらは 楽勝なのだが・。 リビングは一時 どっかの避難民の食確保騒ぎを思わせる騒然さとなる。どの犬も いつ自分の番になるのか不安で 我々2人の後を追って右往左往する。が泣くのは 1匹もいない。 待て!訓練を始めてから 食事時に煩くなく事はほぼ無くなった。 それだけでも 成長したのだとまずは 謙虚に喜ぼう。
2007年06月13日
エナンは晴れて フレンチオープンの優勝を果たし ファンの私は気持ちよく 翌日 ミックスダブル大会に臨んだのだが 予想の如くパートナーシップも貧しく 華々しくない結果で終わって果てた。やはり なにくそ!という闘争心が湧いて くるような状況は 必須だなあと思ったことだ。次回は 一度は懲りて金輪際 組む事はしないと固く誓った問題の亭主でもいい 少ししがらみを持って 戦いに望みたい。 しかし私の右腕は 毎時大会中には ゴルフの`イプス病’のような呪いに突然 掛かって 到底使い物にならない。精神的にと言うのか 心理的にがんじがらみ に突っ張り 普段のようなストロークが出来なくなる。情けない。 亭主は生真面目に 朝早くから応援に駆けつけて 皆に冷やかされるが 心 此処ににあらずという風で あまり反応もしない。今思えばその数日前から どことなく様子がおかしかった。低調であったというのか 静か過ぎたというのか。 それが 翌日の爆弾宣言の前哨戦であろうとは 知る由も無かった。 結婚36年目の 女房の勘もまるで たいしたことはない。 翌日の月曜日の夜 帰宅したばかりの亭主にいきなり『俺会社を辞めたから!』 と一気に宣言されて 仰天するのだから。 今月で退社と決ったと言う。社長も『去れ!』と叫び 亭主も『去る!』と応酬して あっさり我が家の運命は決って 一家40何頭は路頭に放り出された。 今後の見通しもまるでなく 以後亭主も女房も 浮かぬ顔をしてぼんやり日を 送っている。多分為るようにしか為らない。それは分っているが 女はこういう 事態では 目先のこだわりに神経質になり じっとしていられない。 亭主とて 内心はおどろおどろして 肝潰して震え上がっているに違いない。 長い結婚生活の末 ひとつ分ったことがある。それは 男はこんな事態になれば 動ぜず 沈着に次の手を瞑想中なのかと 女は健気にも相手の様子に気遣いを 送るのだが それはまったく間抜けた‘買被り’で 後々とんでもない拍子抜け を喰らうのだということを。 長年の経験でそれを思い起こし 毎朝 ぼんやり朝のテレビ小説を眺める亭主に びしばしと 現実的な指令を下すのに精を出している。 !。 問いあわせて貰いたい。 『労働ビザが切れた、観光ビザの外人に メイドを雇い入れる資格はあるのか?』 まず 無いと思うが・。 1. 『まじかに迫ったメードのビザの更新手続きは もう会社の人事課は請け負って呉れないのか?』 1. 『手続き中の我等の運転免許証の処理は 最早人事課の手を離れるのかどうか?』 などなど。 こうしてみると これまでは会社のお陰を何くれと無く受けて暮らしていたのだと 妙に神妙な気分になった。 気持ちの整理にと午前中 始めた我が家の持ち物の整理中に ふと会社の給料明細書 を見つけて 急に『あー、もうこれも来月には届かないのだ。』とセンチメンタル な思いに差し込まれ 胸が詰まった。文句ばかり言い募って 暮らしたこの10年も 我が家の生計を支えてのは 他ならないこの明細書の中味だったのだと。 凡人はいつも 無くして初めて そのものの重みを知るのである。 風前の灯の我が家の運命は 如何に?
2007年06月12日
今朝の‘待て!’訓練で 思い切って居間組みの8匹も 全員フリー で配膳してみた処 我々の方が拍子抜けするほどスムースに進行して まるで問題は無かった。此処まで少し犬達の理解力を低く見すぎたらしい。 申し訳ない。 飛鳥、ぺぺ、クーニン、キアラ、緑、祐ちゃん、ハスキーと彩子の8匹。 繋いで居た場所をそのまま 続けてそれぞれの食事所と決めて 配膳した のだが 混乱することなく 皆落ち着いて従ってくれた。 食べ終える速度もまちまちなのだが 人のものを取りに行こうとする ものも無く 平穏に終わった。今日は念のため レナも補助係として 側に立っていて貰った。明日からは 私一人でも出来そうだ。 満更でない。 今日の午後遅く ゴルフラウンドから戻った亭主の背を押して テニスの 練習に出かけた。まだ陽射しは強く 夫婦とも完全にへたばって座り込む。 幸い 我々のゴルフ仲間の一人が 元プレヤーとの触れ込みで 助っ人に 入って呉れて どうにかラリーは続いた。が暑さに負けた女房は明日 果たして使い物になるかどうか 甚だ怪しい。 汗ビッショリで コンドミュユアムのテラスでビールを飲む。 女房はスプライトで半々に割って‘シャンテー’を。 生きた心地も漸く戻ってきて それでは夕食も済ませようと決った。 待ってる間に 可愛くも孫娘が東京から 電話を呉れた。 最高のタイミングだった。電話口に出た亭主の目尻は下がりっぱなし。 『子供が小さいのに 俺にもしょっちゅう本やら薬やら小包で 送って呉れて ほんとに優しいなあ。父の日も覚えて呉れてるし。 その上 いつも電話もこうして呉れて 嬉しいよなあ。』と ボラギノールをいきなり3本も贈って貰ったばかりの亭主は 頬を高揚させて 長女賛歌に余念が無い。よろしい事です。 さあ、これから エナンの応援です、私は。
2007年06月09日
シロアリ幼虫の駆除騒動に加わって 明日の日曜日に行われるミックスダブルステニス 大会に向けての練習もあり 昨夕はすっかり草臥れ果て 夕食は屋台で済ませて帰宅した。 屋台で飲み足りなかった亭主は 『ちょっと小1時間、飲みに行って来る。』とこそこそ poolbarへ消えて 小1時間どころか2時間過ぎても 帰宅の気配はない。 明日の大会には 単身赴任の50歳過ぎの男性と組んで 出場する羽目となっている。 実は横着なのだが 私自身は建前として 大会には参加はしないと決めている。が今回は パートナーの見つからない参加者への穴埋め役で 急遽借り出されることになった。 普段から何くれとなく良くして呉下さる 大会のお世話役の夫人の気苦労を 少しでも軽減できれば と思ったからである。 こういうことには熱心な亭主が 私の不得意なサービスの練習に付き合ってもいいと 申し出て 昨夕と今夕‘特訓’と言う事に為った。本人は‘痔ろう’を表向きの言い訳に 補佐役に甘んては居るが 私が誘えば喜んで 出場したに違いない。 数年前も一度 夫婦でエントリーして 挙句の果て 恐ろしく後味の悪い思いを した女房が 以後固くご辞退して 今日に到っている。 最近の大会への参加者はほとんどが 夫婦でエントリーしている。A組というのが 参加者は8組だそうだが 私と単身赴任者組み以外は すべて夫婦組である。パートナー シップも麗しく 相互扶助精神も極まって 我々のような俄か仕込み組みとは 結束の固さも雲伝の差であろう。闘う前に勝負は見えていて 私にはそれが中々有難い。 言い訳は用意されている。 今も階下からレナが呼ぶ。降りてみると『見て欲しい。』と庭に干された昨日の 亭主の部屋からのクローゼットを指差す。近寄って ‘ぎょ!とした。 中から うじゃうじゃとまたもや幼虫が 群れをなしてくねっている! クレゾール液をぶっかけて かんかん照りの陽射しの下に晒して 様子見を する。使いものには もうならないかもしれない。汚染が想像以上で・。 日本で暮せば こんな薄気味の悪い経験はまずしないで 生涯を終えよう。 次から次へと 常識を超えた事象は終わることなく 果てしなく続く。 何の因果で 私はこんな土地で足をとられて 暮らしているのだと 毎時 嘆いてみるが 詮無い事で・・。 今晩のフランスオープンの女子優勝戦のエナンの試合っぷり を観戦するのがとっても愉しみ、彼女の大フアンだから。
2007年06月08日
今夕は 超珍しい行事で 亭主とテニスをする予定なので どこまで日記が更新できるのか自信がない。が今朝からの 我が家の事件は 書いておきたいと思う。 朝の仕事の締め括りのクーニンとのドライブへ出かけようと 亭主の部屋へ着替えに入って ハプニングは起った。 いや起ったというのは正しくない。異常事態に気がついたと 言うべきだろう。亭主のクローゼットの棚に畳んで詰まれた 亭主のポロシャツの上に もう数え切れないほどうじゃうじゃと 白ありの幼虫がのたうっている!のを発見した。それはもう正常の人間 であれば 卒倒するのが当たり前の処だ。 私はこの地に住んで 早8年近い。正常な人間は卒業している。 卒倒はもうしない。落ち着いたもので 手当たり次第シャツ類をチェックする。 夥しいシロアリの幼虫の汚染状態は 早や手のつけようが無い。数日前に チェックした時には 何の異常も見当たらなかったのが この有り様だ。汚染される時は ほんの数日で極限状態に陥る。 シャツ類を抱えて 庭へ持ち出そうと階段を転がり降りてる 私の指を1匹の幼虫が頭を突っ込んで 噛みつぃた。思いもかけない、 悲鳴を上げるほどの激痛が走った。この激しさで あの数の幼虫が 働らけば シャツ一枚なぞ何ほどのこともない。あっという間に すのこ状態となろう。 そこで またもこんな野蛮な地への転職を うきうきと亭主に薦めた 自分の愚かしさに一瞬大きな溜息をつく。‘私ってなんて馬鹿だったの!’ が事態は そんあ悠長な話ではない。すぐ気を取り直して クレゾール片手に 2階と庭とを何往復もして 収拾に努めた。 事態がどうにか一段落したのは レナと2人で飲まず食わずに走り廻って 午後4時過ぎである。憎いっくきシロアリめ! クローゼットもすっかり汚染されていた。レナとへっぴり腰で2階から 降ろし 只今クレゾール漬けで様子見している。 実は今回 日本から戻った直後に やはり亭主の寝室のべッドボウドから 幼虫がのたうっているのが発見され 大騒ぎをした処なのだ。 結論から言えば 亭主のベッドは汚染のびどさに燃却の末路を辿って しまってさっぱりした。現在の彼のベッドは我が家の予備ベッドのひとつで パイプ製である。少し前だが 彼の鏡つきボードもお釈迦になっている。 こうして 亭主の木製の家具は次から次へとこの世から姿を消し 今や 学生の下宿部屋の如きシンプルさと換ってしまった。 まあ 清潔が一番ということで。
2007年06月07日
我が家の犬達の‘wait’訓練は 私が思っていたより彼等の方がずっと 理解力が高く あれよあれよいう間にどんどん完成度があがって 感心するばかりである。 当初は 配り始めてから ドライフッドとその後の牛乳の2回の‘wait’ 訓練を終えると ざっと45分ほど経っていた。今朝 計った所 私とレナが 手分けしてだが 約8分で終了していた。居間組の彩子、祐子、緑、キアラ、 クーニン、飛鳥とぺぺの7匹は もう一度に済ませる事も可能だ。が飛鳥以外は 全員繋いでの話で まだまだその意味では 未完成なのはいがめない。 おかあさん組の5匹、愛チャン、Lupo, Gigio,ブッチーは全員フリー。 射るような視線 で 私の一挙手一動に神経を張り付かせているものの 私がうろうろ彼等の背後に 移動しても もうフライイングはしなくなった。幸子、ベス、ルーシー組みも フリーで問題ない。 レナの担当の台所組みも 黒、まき、小雪、花組では 黒が一番出来が悪いらしい。 中々お座りをしない上に 待て!が続かないと言う。一応全員フリーではある。 セイジ、まり、ハル組みは やっぱりフリーなのだが 問題なしらしい。 レオはひとりで訓練中。フリー。レナに言われる前に もう座って待っていて 待ても上出来と報告されている。 こうしてみるとぐずぐず従わないのが 黒とクーニンでどちらも私には予想外だった。 ブッチーは少し脳みそが足らない風。おかあさんはぷっつんめいている。 その点 黒っぽい軍団のペペ、ルーシーは中々の理解力を持っていると見た。 レオも子供ゆえ(一歳半くらい)落ち着きは無いが 鋭くない事は無い。ハルも同様。 色々犬達の気質や能力が顕著になって面白い。 始めは‘wait’とオーダーしていた。がこれまで お散歩へ行く順番等にも 次回の順番の犬に気軽に『あなたは‘wait’ね!』なぞと聞かせていた。 犬の方も混乱するだろうと気がついて 遅まきながらも『待て!』と変更した。 と『ちょっと待て!』の『待て?』とレナがいたずらそうな目つきで 尋ねてきた。『へー! そんな日本語どこで覚えたの?』と聞いながら『どうせ 侵略した戦前の日本軍の後遺症語だ。』と思い 胸が疼いた。 レナは『ふふふ・。』と笑って何も言わなかった。 今も私の横の踊り場には クーニンが私とのドライブを待って座り込んでいる。 今朝は亭主の車が不調で動かず 仕方なく私の車を出社するのに提供した。 何度もクーニンにレナが説明していたようだが さすがのクーニンもそこは 理解外で気の毒にも朝寝も返上してひたすらに待ち続けている。 <終 > ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年06月06日
最近は帰国する度になぜか 自分のこだわっていた心の佇まいが揺れて ふわふわ気持ちが漂って 落ち着きを失う。自信を無くすというのでもない。 心細いと言うのでもない。いつの頃からか 私は独断と偏見の我執の人間と決めつけられて 久しい。確たる自分の‘我執の’美学を掲げて 批判にも嘲笑にも傷つきはするが怯まず 此処まで厚顔に反省の色も無く 走り続けた。或る意味 掲げた美学を捨てれば 生きる拠り所を失い もう二度と立ち上がれないのではと怖れたのかもしれない。 『お孫ちゃんって 人生のご褒美みたいよね。』と或る日 訪れた私の従姉妹のひとりが 満面の笑みで言う。‘なんてあどけない表現だこと。’とその時には‘飴玉のおひねり’ なんぞのようにと 大して含まれた思いも汲み取らず聞き流した。 3歳の孫娘と生後2ヶ月の赤ん坊の面倒を見ている私には 彼等の所作、風貌そのものが えも言われぬほど可愛らしく ご褒美と言う音韻に無抵抗に重なった。 つまり 可愛いから 飴玉のよう ご褒美のようとでも。 しかしある時 従姉妹が言い伝えたかった意味合いが くっきりと胸に広がった。 これまで歩んできた結婚生活とそれに続く子育てでの数々の気遣いや心労に対して 神様からのねぎらいであり ご褒美なんだと。それも両親へのご褒美なんだと。 母親ひとりでなく。多くの障害に危なっかしくもあったが それでもふたりで歩み続けた もの達への心とかす贈り物なのだと。普段は横着な亭主も こと孫の話となれば ばばとまったく同じ目線 同じ温度差で引くことがない。そう立派にその資格を 保証されていると自負している。家庭内のことでは不在勝ちな亭主であったから 娘の思い出話では どっか母親とは対等といかず 控えている。が孫の話は 一歩も引かない。 そこが 心深い神様の贈り物たる所以だと嬉しく思うのだ。 亭主と含むことなく イーブンで向き合えるものを頂いたことに。 子供は鎹と言う。男と女の縁を固く結ぶと言う。そうかもしれない。 が孫というのは 爺と婆には もっと違った思いを運んでくれると思う。 少なくとも この婆の私には これまでの自分の人生の数あるこだわりを 放り投げ 生きてることは満更じゃあなかったわ!と振り返った生を 気持ちよく肯定できる力と言うか 潔さを授けて呉れた。 人を浄化してしまうような。 それでなのかどうか わが守りの砦の我執の独断と偏見をどこに 廻らせて 世間と立ち向かおうかと時に 自問自答したりするようになった。 過っての確たる我執の美学も ‘間違いないの?’と胸に問う。 『私の出来が少々悪くても あの子達を2人もお母さん達に授けた功績で 充分もう親孝行したよね。』とは我が夫婦の過っての鎹のひとり、長女の言だが 言われる度に『おっしゃる通りです。』と神妙に首を縦に振っている。
2007年06月05日
今日は 日本に出発の朝なのだが 4時半起床で犬の散歩をスタートした。 早々に終えると同時に 家を出発した。順番取りのためだ。 気になる頭の痛みをあの整体師に もう一度治療して貰いたいと思ったのだ。 6時と言えば 高速道も真っ暗で 僅かに対向車のライトが頼みの綱という 心細さで 時速100キロ走行はきつい。なんとかそれでも6時25分に医院に 到着した。辺りはまだ真っ暗。門は閉っていて ひとり順番取りで待ってる 若者がバイクの横に立っている。『7時にあく。』と言う。『水曜日はこんな 風に誰も居ないが これが金曜であったりすれば 5時過ぎから人が並び 門近くなぞ滅多の事では近づけない。』のだそうだ。 彼は仕事中 重い重機を運んでいて腰痛になり 10ヶ月間寝たきりでいた と言う。知人の紹介で此処に通うようになって 今では仕事にも出れるまでに 回復したんだ。』とすっかり 整体師ファンで満足そうだ。 『おばさんはどこが痛い?』と聞き 『続けるのが大切だ。』と締め括った。 話してるうちに 三々五々と人が集まり 7時に門が開いて 番号札を取って 急いでとんぼ返りした。貰ってきて番号札は 30番、これなら9時半前に 行けば 丁度良い。 帰宅後急いで 犬の食事を手伝う。‘wait’作戦もたけなわでレナも私も 相当気合を入れて掛かる。どうにか 犬達もこの‘ゲーム?’の様子に慣れ やりぬくさも半減してきた。明日からレナが孤軍奮闘して 続けて呉れる。 有難い。一重に捗々しい上達を祈る。 それを終えたら 太郎を洗い 外猫の世話を済ませ クーニンをドライブに 連れて出て 大急ぎで帰宅する。賢いクーニンのことゆえ 端折ったドライブ 時間に満足せず 車から降りてこない。まったく! 9時20分には もう一度高速道を車を飛ばして 医院に滑り込んだ。進行中の順番は 25番、セーフ! 隣の中国人のおばさんがまたも『どこが痛いのか?』と尋ねてきた。 もぞもぞ説明してる内に 私の番となり 奥の部屋もどきで 治療を受けた。 今朝は 『頭の中が痛いのだ。』と強調した処 普段より丁寧に 首筋や頭の筋やら を引っ張り上げて呉れた。その治療中のなんとも気持ちよいのに ‘こりゃあ、上手く 行くかも知れない。’と内心喜んだのだが 果たして頭の中の痛みは その後ウソのように 消えた。 どうか このままずっと消え続けて呉れますように! しかし帰路の車中で もう恐ろしいほどの眠気が襲ってきて びっくりした。 日本の医院の説明書なぞに よく 治療後眠気がきますとかあるが そんな生易しいものでは無かった。運転にも差障りがあるほどであった。 とまあ こんな風に帰国前の一日は過ぎ 今は夕飯を済ませて シンガポールのチャンギ空港へ向かうばかりなのだが どっこい肝心の荷物係 運転係の亭主が どっかのプールバーで飲んでるらしく 一向に帰宅する気配ない。毎度の事なんだが・・。
2007年05月15日
明日の夜 帰国する。12日間の不在となる。 毎度の事だが 帰国前は不在中のあれこれの用意で ひどく多忙になる。 買出しは勿論だが 自分の不在中のレナの仕事周りの手順のよさを 願って 普段とは違った彼女の仕事の流れを考案する。 その予行演習なども やってみる必要もある。 ここ数日 週末のゴルフや週明けのテニスも加わって慌しく過した。 今日は朝からの豪雨で 我が家付近の高速道路は完全に麻痺状態となった。 帰国前最後に 整体の治療に出かける予定にしていたが諦める他無かった。 いまだにむち打ちの症状で 首は回らず 頭部の真ん中あたりに不気味な 痛みが走る。 一度は ぴたりと治ったのだが 次の週の治療で また復活してしまった。 微妙な感じなものだから いざったのかなあと素人判断してみるのだが・。 日本でも 次女の薦める整体院の予約を2回取り付けてある。 どうなるのか? そそっかしい性質ゆえ こんな身体的な不都合を年中抱えて いる。『歳だから気をつけなさい。』とは 異口同音のご忠告だ。 ご尤もです。 極最近 大学時代の友人の一人のアクシデントを聞かされたばかりである。 彼女は大学教授なのだが 始業時間前の階段教室の最後段を踏み外して 数メートル横倒し状態で転がり 最後に前頭部を大理石の床に打ちつけ 5針縫う事故を経験したばかりと言う。 『ひとつ、学生が入室以前のことで救われた。それでなかったらあまりにぶざまで 離職するところだった。』と笑い 『それにしても400枚の授業資料は 最後までしっかり 胸に抱えたまま転がっていたというのも なんともいじましいというのか・。』というのには 思わず『あっぱれな職業戦士で。』とからかったのであった。 『その後は学生が 優しくして呉れてねー。』 『通りががりにお大事にとポーッキー呉れたり 四葉のクローバーを見つけたから 不運は消して。とか』 相変わらず彼女の話は どっか浮世離れしている。 なんでも そのお陰で『私の顔にも凄みが出た。』のだそうだ。 いやはや 同じような騒ぎを国の内外で 起こしていた勘定である。 一巻の終わり論議から『もう少し落ち着いた死に方をしたい。』と彼女は言い 私は『いやあ ぐじぐじ悩んだ末の悟りめいた死よりも 一巻の終わり風が 好ましい。』と反論する。同じ年齢の同性でも 散り際の美学は各自それぞれと 見える。 今は東京の孫達の顔を見るのが 何よりの楽しみである。 昨日のテニス会でも2週の不参加を伝えた処 ほぼ全員から『えー!また?』と呆れ られたのだが 『皆さんもお孫さんに恵まれたら お分かりなっていただけ るのですが・。』と煙に巻いて帰った。 そう、とっても楽しみ! ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年05月14日
裏隣の屋敷のペナン市出身の家主が 今朝戻ってきてお土産にと大きなマンゴー をふたつ届けて呉れた。何でもペナンの家で生ったものだそうだ。 久しぶりの体面で『元気でしたか?』と挨拶され 向うの庭の上と我が家の庭の下で 見上げて 立ち話をした。 『今度 下の息子が結婚するのでとっても忙しく 今回も3日ほど居て すぐ 戻るつもり。』と言う。彼等の子供は 3人で 長男は今シンガポールで働いて いる。その彼のためこの屋敷は整えられたのであるが 彼の家族が此処から通うのを 嫌い 仕方なく両親が時々様子見に ペナンから遠路遥々やってくる。 結婚する次男と長女はクアラルンプールに暮らしているのだと言う。 『孫はもう5人も居て 賑やかなものよ。』と目尻が下がりっぱなしである。 こういう次第で 普段は空家である。それは大人数の我が家には最高の贈り物である。 煩くなく犬達の制御に 多少のゆとりが持てる。その意味では 隣のMrs.Rajiの家族には 何かと神経を使って 疲れが募る。 それが昨日から 反対隣の空家に度々人が訪ねてきて 熱心に検分して帰る。 どうもどこかに この空家の広告が載ったらしい。今日も1件 検分客が訪れて帰った。 2寝室組みが動静に反応して 煩くないて困った。全員 部屋から出して居間に 集合させた。こんな調子で 隣に人が住み始めたら 一体どういうことになって しまうのか。ひどく不安になる。斜向かいの中国人家族が マレー人に家を売って 出て行き 現在庭の手入れが行われている。 いつこのマレー人が引っ越してくるのか? そう遠い先では無さそうだ。 段々我が家の付近の人種分布図も変化して 住みずらくなっていくようで 心配でしょうがない。 今日も午後は雷雨となり 周りは薄暗い。お天気やの私はまたしてもブルー状態で 気分弾まず。
2007年05月07日
またも曇天の重苦しいお天気の日である。今にも雨が降り出しそうだ。 朝の仕事は済ませ 郵便局とガソリンスタンドをクーニンと廻り 彼女を自宅前のゲートで 待ち受けるレナに渡して そのままTESCOへ買い物に行った。 通常の手順で夕飯の下ごしらえに台所へ立ち 残りもので昼食用のパスタを作り それを手に2階へ上がったところだ。 それにしても びっしょりと大汗をかいて 不快指数は相当だろうと感じる。 いやあ 今日の日記にはもっと愉しい話を書きたいと考えていた。 そう、‘私の夢’について。このテーマは 孫の夏海の特許的おしゃべり なのであった。というか 彼女のお気に入りのお仲間、人形のネルルちゃんの ・・。 1年ほど前であろうか おやすみタイムによく‘あたしのゆめ’発表があって みなの心を 魅了した。可愛いさかりの2歳強の女の子に 仰々しく ‘ねえねえ聞いて あたしのゆめ!’などど迫られたら どんな大人も目尻下げとろけてしまった ものだ。 今日の話の‘私の夢’は 老女のそれなので とろけ無くて済む。 一昨日の朝 Johnへ餌を届けてゴルフ場に向う車の中で この私の夢は始まった。 風の匂い、陽射しの加減 、或いは廻りの草原の印象からなのか分らない。 突然 イタリアにもう一度住みたいと強烈な懐かしさで イタリアへの思いが蘇った。 もう明日にでも イタリアのちっさな街のpiazzaに降り立つ自分の姿が見える勢い である。そうスーツケースひとつぶら下げて 今にも走り出しそうな具合に。 『ロベルタとアルド夫婦は リバトリゴーソに家を買っちゃたのよ。引退後の毎日を あの海辺で過そうと決めて。』『へー、もう借りてるんじゃあないのかあ。』と亭主も 彼等の決断に興味深げだ。『もうキアラもアレッサンドラも大きくなっちゃったんだ ろうなあ・。亮子と同じぐらいだっただろ?あの頃。』 『キアラは可愛いかったなあ。アレッサンドラはおばあちゃんにそっくりで・。』 『老後の話をするには ぴったりの夫婦なのよね、ロベルタもアルドも・。』 『あの2人はイタリア人としては インテリだった。』 久しぶりに夫婦の会話は弾む。 『3年間とか、5年間と決めてふたりでちっさな街に住んで見たいなあ。』 『そりゃあ 犬が居なけりゃあ 何の問題も無いが・。』 『犬が居ても 私は行きたい!イタリアの街とJBを行き来するの。』 もう夢物語に歯止めが利かない。 『トリノもべネトあたりも飯は上手いと思わなかったな。』 『中部イタリアは 亮子は美味しくなかったっていうけど・。』 『ボローニャア、フィレンツエが飯は上手い。』 もう落ち着き先の候補地選びにまで 話は飛んでしまった。 我々のような 人生感や価値観に大きな落差を持った夫婦が 唯一 イタリア滞在の話題では 不思議に違和感無く話が進む。 『しかしユーロがあれほど強くては 我々には相当厳しいだろうなあ。』 亭主もすっかり夢物語の酔心者に成り果てている。 実現は犬が居なければ 亭主の仕事終了と同時に移動すればいい。 簡単だ。2人の意見がスムースに合うなぞ珍しい。‘ほんとに何でもなく 実現したのに!’ 昨日の日記にあるように 私には責務がある。犬が居なければ可能なのに と‘たら’‘れば’の話をするのも 大人気ない。だから 私の夢と 初めから 人形のネルルちゃんに綾かっているのだ。思い掛けなかった のは とうの昔に忘れ去ったイタリアの生活への郷愁が 再び これほど 生々しく蘇って 私の細胞を揺さぶったことだ。 が厄介にも 私自身知っている。 イタリアと言えども この子たちへの私の情愛を越すことは無い。
2007年05月06日
かんかん照りの中、テニスの練習に励む。総勢10名。もう3名増える予定と言う。 この会も中々盛況な時期が到来して 世話役の方も嬉しそうで何よりと思う。 しかし 今が一番の暑さと言われるだけあり かなりの消耗である。 帰宅して シャワー後 亭主のべっドで一眠りした。足元に誰か1匹 猫が 居る。寝ぼけ眼を上げれば 床に寝そべるソルの頭がちらちら滲む。起き出して 見れば クローゼットの洗濯物の山の中 太郎がいた。 足元に居たのは サンキューだった。 やはり 全員人恋しく こうして集まって来る。 犬でも同じ。台所へ夕飯の用意に入れば 台所組みの6匹がうろうろ始めて 動きが悪いったら無い。セイジだけは レナの部屋でミラちゃんと一緒だ。 今日なぞは レナの部屋の戸は開いていた。が 何事も無く ミラちゃんも セイジもぐっすり眠りこけている。黒もマリも小雪たちも まるで気にしてる 様子も無い。この子達は 猫と犬のある常識を見事に克服して 麗しいばかりである。 クーニンは毎朝 ドライブへと誘いの為 2階の踊り場の上で私を待っている。 今朝もテニスへ出か掛ける直前に 10分程度の小ドライブをした。 飛鳥は相変わらずマイペースで 長いすの上で‘Prime Minister人生’まっしぐらである。 彩子も浮浪児のような荒んだ生活態度から 徐々にまっとうさを会得しつつある。 この5年の間 試行錯誤を繰り返し 蛇行しながら 我が家のイヌネコホームは此処まで やってきた。恵子のことに始まり 数々の至らないゆえの悲劇を何度も何度も経験して 悲しい思いは 眠れぬほどである。 いつも触れているのだが これからの15年をどう過すか、どう覚悟するか? これは 私の永遠のテーマのようである。昨日のゴルフのラウンド中でも 気がつけば 男性陣のTショットをぼんやり見上げて そんな事を思案している。 ‘沖縄あたりの島のひとつくらいへ連れていけば 老人夫婦でのんびり犬と暮らせる場所を 見つけられるのじゃあないかなあ?’なんて。 吾ながら呆れる。 一度は‘この土地で果てるぞお!’と鼻息高く 決意を固めた。好きじゃあない土地での 15年の歳月には 心理的な負担が重いものだが 人の気持ちは流動的なものだ。明日には あっさりふっ切れるのかもしれない。猫虐殺事件が私の気丈さを大きく揺さぶったのは 間違いない。 いずれにしても 我が家の犬達は レナの思い入れもあり どんどん待遇は昇格して もう自分達の人生を現在の日々として信じている。イヌネコホーム長としてなんと しても 彼等の生涯を質を保って 送らせることは譲れない責務と思う。 むち打ち症状に タンコブ事例症がプラスして その上この責務がずっしり 肩に沈み 私の首の動きをがんじがらめにしている。 辛い。
2007年05月05日
私の朝の日課 5時起床。太郎、サンキュー、ソルの内猫?の世話をざっと済ませて 犬の散歩に 加わる。レナは起床と同時に散歩を始める。従って2順目から 私は参加する。 最後の黒グループを済ませると大抵 6時15分を回っている。 2階の掃除、掃除機を掛け、モップで拭き掃除をする。 7時終了を目指す。 お茶の用意をして 15分からのNHKの朝の連続小説『どんど晴れ』に間に合わせる。 実際は真剣に観るのは 亭主で 私は画面をちらちら見ながら パソコンを開いて メール等のチェックをしている。 {どんと晴れ』が終わると同時に階下へ駆け下りる。7時半から犬の食事。今‘wait’ 訓練もたけなわとなり 相当気合の入った 45分間となった。 まずドライフッドで一回目の‘wait’の練習を全員にして回り 次にミルクで二回目 の‘wait’をさせる。100を数えるくらい待たせるのから 200まで頑張らせるのまで。 5匹をまったくフリーのまま訓練する 愛子、おかあさん、ブッチー、Lupo とGigio 組は 緊張感がある。或る意味 このクラスが一番上級組なのかもしれない。 1匹ないし 2匹を一緒に訓練するのはずっと気が軽い。祐ちゃんとみどり、まきとハナ、 黒と小雪、セイジとマリ、幸子とベス、クーニンとキアラなど。 問題児めいて見えた レオ、ハル、ぺぺなぞ 意外とマンツーマンであれば 難しくなかった。 その点 餌を置いた瞬間にえさ皿を飛ばす勢いで 喰らいついた彩子 は 今1匹だけで私自身が訓練中だ。 こちらもじっと目を凝視して一秒たりとも 目を逸らせない。気を抜いた瞬間 皿に彩子の頭が 飛びこむのだから。 1日目はもうどう訓練するのかと呆れるシーンを前に ほとんど絶望的に思った。 がもう2日目には 彼女が何かを察して こちらに合せようと言う気構えに変わった。 彼女は決して 馬鹿ではない。今は緊張した糸に牽かれる様に 150くらい数えるまで 頑張っている。彼女の座った床の前には 食べたいのを我慢する彩子の唾液が だらりだらりと滴り落ちる。 Lucyは このゲーム?をマスターして ほとんど伏せスタイルで じっと100でも 200でも待っている。猫の虐殺事件後 ばったり私がを寄せ付けないのが 他の4匹はそれほどでもないようだが 彼女にはひどくこたえている。食事時間も専ら 私の担当もあり 最近はひどく元気が無い。恵子の事もあり 私自身もなんとか するべきかとも思うが 許せないものは許せない。 仕方なく レナには 特別にLucyには気を掛けて欲しいと陰でお願いしてある。 残る 飛鳥もハスキーも‘wait’は 一体何が始まったのよという顔つきではあるが 問題ない。それにしてもなんと数の多い事であろう。 食事が終了したら ランは一番組みの愛子たち5匹を庭に送り出して 2階へ上がる。 後はレナの担当。 猫の太郎の皮膚病対策の為 毎朝‘温泉’に入れる。この為には 太郎が屋根に逃げ出さないように 早朝から 窓の開閉 或いは太郎の監禁と神経を使う。耳の掃除に続いて 温泉入浴。 と言っても 洗面所のシンクにお湯を張り ゆっくり症状の出た部分を念入りに 洗い流すだけ。彼もニャアニャ-大声を上げる割には お湯に浸かっているのは好きで 手で押えていなくても 気持ち良さ気にのんびりシンクに身体を預けている。 2,3枚のタオルでしっかりみずっけを拭き取り 部屋に閉じ込める。サンキューガ ‘来なさい!’とばかり近寄って 熱心に舐めてあげている。 此処で 我が家の大所帯の外猫(いつかは施設へ送り込もう)グループの7匹の世話へ。 前には 7匹と一緒に私は眠っていたのだが 余に落ち着かず眠った気がしない。 そこで 夜9時くらいから 主寝室のバスルームに閉じ込めることにした。今は清清して 一人寝を愉しませて貰っている。寝室の窓を締め切ったのを確かめてから 7匹を バスルームから出す。昔は全員が‘やれやれ・・。’と飛び出してきたものだが 最近は‘えー!起きるの?’とデビーなんか寝ぼけ眼で居たりする。 猫の出払ったバスルームの掃除。猫達の布団類?の陽干し。 空気の入れ替えの為 窓を開放する。閉ったドアの確認。時々仔猫のピンクやベージュが 行方不明になって 我々を慌てさせる。毎時 とんでもない 想像を絶する個所の隠れて いたりする。その為 窓の開閉 ドアの開閉には 相当神経質になった。 この辺りで 階段の踊り場にクーニンが私をドライブに呼びに来る。‘ねー行くでしょ?’ と。熱心さに負けて バックを持てば ‘あ、行くのね!’と目を輝かす。 ガソリンを入れに出たり 電気代等と料金の払いに郵便局へ出向いたり 携帯のTOPUPへ 行ったり あれこれ単発の用事を作って 出かけることになる。何も思い付かない時には 今朝のように ドクターフーの医院まで車を出して 『Lupoの犬歯を短くすることは 可能かどうか?』と問い合わせたりもする。馬鹿だ。 犬歯は抜く事は可能だが 切ることは有り得ないとの話だった。 これで犬の仕事は一段落となる。そこで 最近は料理に真面目に励んでいるので 台所へ入る。もう12時近くなっていて いつも少し驚く。 常時台所に立つようになると 材料類も整い始めて 料理が億劫でなくなるから 嬉しい。その上 TESCOの生鮮部門 特にやさい類が 案外使えるものがあって 大いに助かっている。朝8時からのオープンというのも 斬新なアイデアーである。 潰れないで 欲しい。 此処では 出来たと思っている内に 姿を消すスーパーはもう日常茶飯のこと。 まるで 炊飯に目覚めた私の為に オープンして呉れたようなタイミングだった。 縁が続く事を祈って止まない。 そうそう夕飯の仕度を始める前に TESCOへもよくひとりで車を出している。 夕飯の用意が一段落すれば 昼食も簡単に用意して 2階へ上がる。昼食だけはいつも 2階の自分のテーブルで済ませる。料理の匂いに惹かれて スイングドアーを境に 座り込んでる犬達が 昼食を運ぶ私の手元を残念そうに見上げている。 これで私の午前中はお終い。
2007年05月03日
2007年5月2日現在の推定年齢 Haru 1歳3ヶ月 Leo 1歳7ヶ月 Seiji 1歳11ヶ月 Pepe' 2歳 Beth 2歳3ヶ月 Lucy 2歳4ヶ月 Mari 2歳8ヶ月 Gigio 3歳2ヶ月 Lupo 3歳3ヶ月 Koyuki 3歳7ヶ月 Maki 3歳7ヶ月 Chiara 3歳7ヶ月 Ayako 3歳7ヶ月 Hana 3歳7ヶ月 Husky 3歳7ヶ月 Midori 3歳7ヶ月 Kuro 4歳 John 4歳5ヶ月 Yu-ko 4歳6ヶ月 Kuning 5歳5ヶ月 ‘Keiko 5歳5ヶ月’ Sachiko 5歳7ヶ月 Aiko 5歳7ヶ月 Buchy 6歳 Okasan 6歳3ヶ月 Aska 6歳ー7歳 このデータ-は 前途遼遠な将来を匂わせて呉れる。 粗忽な女主人に3度目の事故が見舞って この世を去ることがあれば 女主人との縁を幾らかでも感じて 怠け者なりにあの亭主が引き継いで 彼らの寿命まで面倒を見て呉れると信じたい。 いや あっさりいっぱ一からげにどこかの施設へ地獄送り するのが落ちかも知れない。 その時は 女主人があの世から天国へと全匹救いに馳せ参じよう、序でに 頼まれ甲斐の無かった亭主は 地獄門へとお見送りして!
2007年05月02日
4月の最終日夕方から 亭主は麻雀へ出かけると電話が入る。夕飯は一人分 だけということで 気が軽くなる。3日ほど 早朝は雷雨で散歩に連れて いけなかった埋め合わせに 一人でぼつぼつと犬を連れて散歩に出た。 がその手間はつくづく半端なものでないと息を上げ 大汗をかいた。 そこで予定外だが夕方早くシャワーを浴びた。このバスルームは水捌けが よくない。ぬかったような水面を無防備に 勢いをつけて小走りに出ようと した瞬間 ‘するりっ!’と大きく足が滑った。もう見事と言うほか無い勢いで バスルームのタイルの上に身体は横倒しになった。そして最後に‘ガツン!’ と頭をタイルの角でぶつけた。目から火花が散った。 ‘あー、またやっちゃった!’と瞬時に後悔したがあとの祭り。 実はシャワーの終了と同時に 太郎がホールを窓へ向って移動するのが 見えた。‘いけない、今日は内の猫を屋根に出したくない!’と思い ホール の窓を閉めるか 太郎を止めようと気が急いだ。屋根下に餌を食べに来る きーちゃんが 朝の豪雨で足止めされてか 朝の次点では食べてなかった。 夕方やってきて 太郎など我が家の猫が屋根上を占領していれば また 餌を食べ損なうことになる。それが気の毒だった。 いつかの日本の整体医師の指摘ではないが 私はいつもこうして あれこれ 先へ先へと思い煩って それに上手く乗り切れず騒ぎを起こす。今回は その典型の失態だった。が亭主なぞは『風呂場での事故って お前酒でも飲み過ぎて ふらついたのか?』なぞと推測した。‘お宅じゃああるまいし・。’と呆れて 反論もする気も無い。相手の性格にこれほどに無頓着というのは 時に遣り切れない。 頭をそっと撫でてみると耳の上あたりに 恐ろしいほどの盛り上がりかたでタンコブが 立ち上がっている。ほとんど高さは5センチくらいもあった。幸い切れていない。 血も流れ出していない。暫く痛みで物も言えず 横滑りした状態で息を潜める。 救援を呼ぶにも声は 庭のレナには到底 届かない。 お湯の泥濘の中に横たわったまま ‘これで今年になって2度目の事故。3度目に はあの世逝きかもね。’と思う。誰にも気が付かれないで あっさりあの世逝きという のは 充分ありそうだと近頃の幾多の自分の事例で 覚悟し始めている。 幸い 結果は何事も無く‘タンコブ事例’で事は終了した。 今朝(5月3日)また中国人の整体医院へ出向いた。治療はあくまでも‘むち打ち’症状の 改善の為なのだが どうもこの風呂場事件で 頭を打ち付ける瞬間 よほど身構えたらしく それ以来 右首が廻らなくなっていたのだが 医院で集中的に背骨やら 頭の筋やら 悲鳴を上げるほどごしごしマッサージされたお陰か すっかり元通りに柔らくなった。 ランニング一枚で走り廻り 半日で数百人の治療に当ると聞く あのおじさん整体師には 心よりお礼を告げて 治療費12RMをお支払いして帰っている。
2007年05月01日
長かった4月の最終日がやっと到来した。何時になったら この月の日々は終わるのか と何度も溜息つきつき 嘆いたものだ。来る日も来る日も 空気が薄くて色も無く ほとんど 窒息しそうだった。現実には 仔猫を5匹の私の犬が 虐殺するという余に残酷な事件を 私のミスで引き起こした。その現場に居合わせる恐怖を味わい 今もその悲劇の後遺症で 心暗く日を送っている。 それともどっか擦違った感覚で 私には4月はおもっ苦しく停滞した心弾まぬ月であった。 何故なのか 今もって分らない。天候の所為なのか 自分の心描的な理由なのか 家族的な 問題のゆえなのか 或いは環境的なストレスからなのか。 続く5月をどう感じて暮らしていくかで その要因も自ずと明らかになってくるのでは ないかと思う。 ‘wait’作戦を続けてみて 判明した事。虐殺者の5匹のうち Lupo、Lucy、Huskyの 3匹は 今の時点で私が要求しているレベルでは もう完全と言えるほど充分 マスター 出来ていた。我が家の犬の中でも優秀と言えるグループに数えられる。BethとBucchyは 些か怪しいがそれでも かなり出来る。 先日の虐殺の急先鋒は Lupo,Lucy,Huskyであり BethとBucchyは引き摺られる組だった。 急先鋒に加わっていてもおかしくないと想像できる他の犬達では 祐ちゃんはその最たる ものだが 彼女もマスターグループの一員である。 今朝の手ごたえで思うのは 遺伝子にこの`狼気質’を生来強く受け継いでいるものは 人とのコミュニケーションにも長け 身体的な能力にも恵まれているらしい。 絶望的に思うほか無いのだが 如何に私が必死に 改造しようと努力しようと 手の届く範疇の気質ではないのだと。 感情的になっても 無駄だと。 残るのは 物理的にコントロールする力を私たちサイドにつけるほかない。 或いは 彼らの自由度を下げるほか無い。
2007年04月30日
日本は昨日から大型連休に突入した。何方もあれこれの非日常的な予定を立て 羽を伸ばして 愉しむことだろう。羨ましい。 それに比して 我々は相変わらず どこへも動かず 目新しい何のイヴェントも 待つことなく 平々凡々と退屈な日常を過して生きている。 今日は日曜日なので 亭主はNHKの大河ドラマ『風林火山』を楽しみに観る。 一方 女房の方は 精々昼間に亭主の供で ゴルフのラウンドをするぐらいである。 がその時間を 生み出すためには 前日から相当な気忙しさで 立ち働らかねばならない。 ラウンドの後も 亭主がいびきをかいてうたた寝しているのを尻目に またまた くるくる走りまわる。まあ それだけでも多少は活気も保てるようなもので。 『風林火山』の終了と共に夕飯を食すれば もう後は寝るだけ。メードのレナの 生活時間と大差は無い。時々9時過ぎに自室に寝に入ることもある。さすがに 充実してるなあとは言い難い。どこでどう間違って 私はこんな辺鄙な 野卑な土地で 老後を送ることになってしまったのかと臍を噛む。がそれも 自分が引き寄せた運命と思わねばなるまい。。 9時に眠るのは 翌朝の5時起床の為、5時起床は総勢24頭の犬の為。 この数を救ったのはこの私だが 何か大きな力が 私の背をいつも押して 動かしてきたのだと感じている。これを私の運命とするようにと。 いつかこの運命から解放される日が一体来るのだろうか?
2007年04月29日
今朝の話。『ねえ、私の葬式用の写真は これにしてね。』『葬式用に飾ってある写真は 顔を引き伸ばしたものだろ? 全身のものは あまり見ないよ。』『この顔の部分を 引き伸ばすとすると・・?』『いいの、全身のままで、大写しに堪えられるような美人 じゃあないし 引き伸ばすなんてとんでもない。 何となく こんな人間が居たなっていうしるしが あれは充分なものよ、立ってる姿だろうと問題ないの。』『うーん? それは・・どうかなあ? でも 確かによく撮れてるよこの写真 あなたらしく。』『うん、気に入ってるの。分ったあ?』 その写真と言うのは 去年の夏海の七五三のお祝いの折に娘が 写して呉れたものだ。長女一家の家の横の公園で風に吹かれて 立っている着物姿の私である。薄紫の色留袖は 母が70年以上昔に 嫁入りする際 祖父が見立てたものだそうだが 母の家族史の記録と 重なって 今も大層気に入ってる。 そのまま 相手は朝のテレビ小説に観いり 私はパソコンを開く。この人は 私の終焉の儀式なぞ 当然のことながら まるで関心が無い。私の死ですら 自分の生活への影響部分からのみ価値ずけるに違い無い。あいつが居た時は煩かったが まあ目覚ましは要らんかったし目が覚めれば紅茶はすぐ飲めたなあ。あれが居なくなったお陰で 気楽にどこでもタバコが吸える。チーン、プラスマイナス ゼロ!みたいな感じだろうと容易に想像がつく。随分昔だが冗談で 私が死んだらどう感じるだろうか?と尋ねるとしばらーく 眉を寄せて考えて『こりゃあ めんどくさい事になっちゃったと思う。』と答えたものだ。正直過ぎて こちらも後の言葉を失った。きっと 女房の亡骸の処理全般からの あれこれの雑事を想像してうんざりしたんだと直感した。確かにそういう人間だった。ものは考えようで そういう人柄との縁も悪いばかりとは言えない。私の将来の責任事項類に 亭主への心配は 含む必要は無いらしいと肩の荷を軽くできる。『あなたの葬儀用には どれにしようか?』なぞと如何にも無邪気さを装って尋ねてみれば『どれでも構わん、そんなもん、どうせ俺は死んでるんだから。』とはぐらかすのは 目に見えてる。実は『縁起でも無いこと口にするな。』と内心の動揺の針は 本人のポーズに逆らって 大きく波打っていたりするのではと女房は ひとり意地悪く想像するのである。 ----大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月28日
昨日 先日の中国人の整体院で診て貰った処 今回はどっか 患部のつぼを探り当てて呉れたのか 格段感触が良くなった。 有難い。毎週 木曜日と決めて ゴルフ仲間の友人のご好意を持って 厚かましく 診察順位の番号札取りを彼の工場の従業員にお願いして いる。 昨日も 私が院に到着したのが8時50分過ぎ 私が上記の友人から 渡された番号札は20番、その次点で診察されていたのが16番であった。 わずか4人だけ 待てばよかった。 置かれた番号札をチェックして見ると もう55番にもなっていて 9時から その番号まで待てば 有に2時間はたっぷり掛かるだろう。 友人の従業員もきっと早朝に出向いて 20番を確保したに違いない。 感謝するばかりである。 今日も午後から雷が鳴り 犬もざわざわと落ち着かず うろつきまわる。 おかあさんは近頃は その都度2階のファミリーホールに駆け込んで来る。 居座ると言う下心もないらしく 雷が引くと とことこレナの呼び声で 下に降りる。 一昨日からの‘wait’作戦は続行中である。が中々の手間仕事で 骨も折れる。特にnew comerたち、ハル、レオ、セイジ、マリ 、黒 ペペ、ルーシー、そしてベス。この辺りは‘一体何だって言うの!’ と怪訝そうな顔つきで 一瞬お座りをして 立ち上がってしまう。 そこを首ねっこ押えるようにして 100まで座らせるのだけでも 難事業なのだが 今朝気がついたのだが 向うのレナは恐ろしげな棒切れを 片手にドスを利かせて やらせていた! とんでもないと叱責する。 と面目が潰れたと思ったらしく 妙に声高に口実を探す。 『ほら、マレー人が近所に住めば 煩いのは文句の対象になるから黙らせないと いけない。』とか 鼻息も荒い。『駄目駄目-!』と叱る。 こういう時 ぶりっ子タイプのレナとか ウイリアムなどは扱い難い。自分の することが 人を抜きん出ていると妙なプライドを持っている。それを否定 されるのは 我慢がならないのだ。何とか言い逃れを 格好をつけようと拘る。 私はこの辺が 大変好きでない。いや はっきり言えば 大嫌いだ。 そこで素手のまま 彼女が手を焼いた レオとハルの訓練を見せる。 牛乳をご褒美に。見事 ハルもレオも 100位までお座りを保てる所まで きて 女主人の面目も 保てたというものだ。ふー。 今日の午後4時の2度目の食事時にも もう一度トレイニングは待っている。 犬の訓練も大変だが メードさんのトレイニングもけっして楽では無い。 <終 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月27日
長い人生で 昨日初めて或る真実に気がついた、いや私がそう思っただけだ。 が自分の感性では ぴったりその方程式は 心に沿ったものと少しその発見に 気をよくもした。 昨夕 無性に人恋しくて 誰かと話をしたかった。じっと考えて見る。一体 どういう人との時間が欲しいのだろうと。幾人か最近は 話し相手も増えて いまや日本へのコールも気軽に出来る環境もある。うーんと・・。 今の自分の気持ちにぴったりの話し相手とすると・・?中々思いつかない。 ‘誰も居ないもの。仕方がない、本の続きでも読むとしよう。’とおしゃべりは 諦める。数ページ進んで 何かぽっかり胸に穴がいたような空疎間? に また電話機を見つめる。‘誰か・・。’‘誰も居ない。’ 亭主は 日本人会の臨時会合の為とかで 帰宅は遅いとコールが入っている。 ‘大体普通は亭主が こんな黄昏気分の女房を 何となく馬鹿話でもして 慰めるのものなのに。’と鉾先は あぶない方角へ滑り始める。 とひょっと唐突も無く 私の頭の中を 実家の居間に立つ母の面影が過った。 ‘そう、小夜子さんだった、あの人なら今日は ぴったり!’ 今日の私の胸の内を聞いて貰うのには 母親が一番だと思った。聞いて貰えたら・。 母が逝ってもう20年の歳月が経っている。それ以降‘こんな時には母は なんて助言して呉れるだろうか?’と折りに触れ 思い出したものだ。 いつか義弟が『あの人には 携帯を持たせたかったね。』と冗談交じりで 述懐したが 当に多くの家族が 幾たびか母の言葉を求めて 空を睨んだ ことだろうと思う。 昨夕はどうにも心落ち着かず 珍しくひとりで赤ワインの栓を抜いた。 何かしないでは居られないほど 平常心を保つのが難しく思えたのだ。 私は最近 お酒にはひどく弱くなって ビールも一缶飲み終えない。 まして 誰も居ない 食事にも間の或る 夕方にいきなり ワインのボトルを 開けるなぞ 亭主が聞いたら 腰を抜かす珍事だ。 グラスいっぱいのワインは 喉越しもまろやかで 私の気持ちを一気に 沈めて落ち着かせて呉れた。美味しい・。しみじみ美味しいと思った。 気分上昇して テレビを点ければNHKの『クローズアップ現代』が放映中だった。 遺産相続にまつわる家族間の争いがテーマであった。 数年 驚くほど急増しているのだと言う。以前は5000万円以上の遺産が 争いの原因だったが 最近 それ以下ほんの僅かの遺産にも 兄弟 妻子 あれこれで 争そわれると言う。 折角のワインが拙くなると心配してる内に 番組は変わった。2杯目のワイン には 先日長女が日本から差し入れて呉れた 真空パックの牛肉とごぼう煮を 亭主には申し訳ないのだが えーい!とおつまみに豪勢に奢って飲み続けた。 美味しい・。 ワインもおつまみも。 だんだん充たされた気分に収まり それまでの母への慕情も薄らぎ 極当たり前の 古女房の心境に戻ってきて 甲斐甲斐しくも夕飯の仕上げにと立ち上がる事が出来た。 冒頭におこがましくも 或る真実と謳ったのは 昨夕のこの自分の経験からの推測 に元ずいている。 女が人と切実におしゃべりをしたいと思う=男がふらりと飲み屋に寄って行きたいと思う この方程式は 心理の底辺で 案外正しいバランスなのではないかと思ったのだが・。 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月25日
今日は 只今までは快晴で清清しい気分でいる。もうKuningとのドライブタイムも 済ませた。TESCOまでは車で数分の距離で 中々便利で 快適ドライブコースと喜んでいた。 がこれにも また問題があった。TESCOのガードマン達が 車中のKunigに神経を尖らせ 行く度に 危険物搭載と抗議に来るのである。『人を襲うだろう!』『噛み付くだろう!』 と運転席の私に ジェスチャーで出て行け!消えろ!と指図する。鬱陶しいったらない。 あほなマレー人め! が噛み付くのは確かだった、弱者の猫に。あれから悶悶として日を過し‘空しい’の一言 と自己憐憫の中で 虐殺者たちを避けるように日を過した。が昨日 この5匹を思って 他ならない自分にこそ落ち度があり 問題だったと気がついたのである。 ‘あれほど可愛がって育てているというのに!’野獣と何一つ変わらぬ蛮行と! 怒った私が愚かだったのだと。 いまだ彼らは 野獣が本性でしかない 犬の姿をした獣なんだと 知ったのである。私の教育は生ぬるく些かも彼らの野獣さを失わせるのに 成功してないのだと。 ‘空しい’なぞと戯れたことを嘆いている場合では 無いのだ。‘恐ろしい’ と嘆くべきだったのだ。 『今朝からご飯の前とミルクの前に 必ず20数える間 waitをさせる!』と 散歩も最後のグループになって 自宅へ戻りながらレナにそう宣言した。 『・・?』と無言で私を見つめたレナは 説明を待っている。 『もっともっと内の犬たちはコントロールし易いようにならないといけないから。』 『あ、そうね、分った。』とレナは私の意図を理解したらしい。 『Leo!Wait!』『NO! Wait!』とあちらで大声上げて レナが叫んでいる。 『駄目駄目ー! 彩子! Waitって言ってるでしょ! まだ 駄目ー! いち、にい、さん、しい、ごう、・・』私。 今朝のご飯時間は 人間の大声の大合唱で 隣家ではきっとMrs.Rajiが優雅な サリー姿で 夫と居間に寛ぎ『Motokoの家は一体何事なの?』とその騒ぎに 首を傾げてたに違いない。 彼らの野獣本性の記憶も生々しく 打ちのめされた私には 今朝の行事も ‘何なのこのおちゃらけた遊びは!’と心に白けた思いが無くもない。 が何か始めなければ 変わることは永遠に無いんだからと必死にもなる。 せめてあのFightの亡骸に 何かを捧げなければ 私は恥ずかしいと思う。 何かを。 <終 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月24日
今日は午前中早くに 雨降りに為った。もともと私の機嫌は お天気にひどく 左右される。朝の自分の日課が一応終了してる時は それでも被害はそれほど の事は無い。が今朝のように 日本食品の買出しにジャスコまで出向く予定で いたりすれば 仕事途中のお天気の崩れに あからさまに気分は重くなる。 じゃあ 日本でもそうなのか?と言えば 性質なのだからまるっきり無いと は言えないが 決して此処ほどの心境の変化は経験しない。 何よりも まず高速道の渋滞、或いは事故、時に交通税納税の警察の抜き打ち 検査などとこの悪天候とが重なって 一旦家を出たらもう戻るのが 至難の業 という足止めを何度も喰らって トラウマはどんどん症状を重くする。 その上年初からの断水、これも心理的な傷を残した。大雨=断水。この構図 はほとんど 家族全員の常識にまで為った。雨降り、給水状態のチェック、 ストック用にバケツへの溜め水、この一連の行動はいまや 階上で階下で静かに 無了解でも進行する。 『あ、マームも?こちらは台所の鍋にも溜めてある。』といった具合で。 この国では 何かひとつでも条件が揃わなければ 何が起るか知れたもの ではないのだ。我が家の地域の水道タンクを例に取れば 大雨では断水し、 激暑では タンク内はスイミング場化する、早朝からタオルを担いだおっさん連 がバイクでシャワーを 水道タンク内に浸かって! 楽しみのである。 最近 この水道タンクの周囲には 鉄条網が張られた。この状態が保たれれば スイミング場化は辛うじて 免れよう。が張られたその日にもう ばっさり 通り抜けの穴が大きく破られていたとは 隣の中国人のメードのイーダの 証言である。 そう 今日の話は悪天候が主題であった。亭主には愛想の悪いので 有名な 悪妻の私も 天候の悪い日なぞに クアラルンプール行きと亭主が言えば 正直 本気であれこれ神経質に心配する。雨降りの高速道路の運転と言えば 快晴の日に比して 神経を使うのは常識だ。がそれにこの国特有のローカル 常識が 重々しく加算される。Kuraあたりの山道越えは 雷雨の猛烈さ は 日本人の想像を絶する凄さだ。真っ暗闇での豪雨で 白い車線も おぼろに滲み 識別不能。停車しようにも 後走車の衝突の怖れがあって 止まるに止まれず 進むに進めず 叩きつける豪雨に 夫婦で目を凝らして じりじりと進んだ経験は何度もある。その不安はもう気が遠くなりそうな ものだ。 そこへもうひとつのローカル非常識が待ってるのである。交通標識が 見事に欠落していたりする。12,30キロで走行している。2車線とも何の規制も ない。といきなりバくっと大口を開いた未整備な個所が 或る車線に待ち構える。 道路整備能力レベルというのか 道路整備姿勢レベルというか その辺りが おそろしく甘い。 大雨で道路にぱっくり大穴が開くというのは この国では日常茶飯事 の常識で 驚く事では無いのだ。悪天候で事故死するというのも きっと自然の猛威のひとつ、あー気の毒だったが仕方が無かった。 という常識だろうと学ぶほか無い。 そこで 悪妻も無意識に 亭主がクアラルンプールに到着する時間を計る。 或る時間が過ぎて何のコールも入らなければ 安心する。‘まあ無事に 着いたらしいわね。’と。帰路も同様で 捗々しく帰宅時間が遅れると 普段になく 不安になり亭主にコールを入れる。 普段 帰宅時間が遅れた亭主にコールを入れれば 決って飲み屋の喧騒を バックに 不機嫌そうに応答する。がこういう日は 亭主本人も心細気で 『今マラッカを過ぎたとこなんだが もう豪雨で一寸先も見えん!家に つけるのは 何時かなあー! 無事家に辿り着ければの話だが・。』と いたく神妙である。 そんなこんなで我が家では お天気の良し悪しに関わらず 『充分気をつけて行ってね。内の犬達全員の生活が あなたの肩には 乗ってるんだから!』とKL行きの朝には 必ず女房は 亭主の背に 叫ぶのである。
2007年04月23日
この数日 午前中だけ快晴で暑さは相当しのぎ難い。午後は決ってスコールがある。 昨日のゴルフラウンドでも 今朝のテニスの練習会でもすっかり消耗して この 大食漢で名を馳せる私が 一膳のご飯をほとんど残し 食欲はまるで無い。何故 わざわざ一膳のご飯うんぬんと記すかと言えば 今回のお産の手伝い時に 産婦の長女から 『今日見てたら おかあさんったら 炊いたお釜の ご飯全部を食べる勢いの食欲だったね。』と呆れられた前科者なので、私は。 今日のテニスの練習会は 暫くお休みが続いた後なので ほとんどのメンバーが 集合した。2面のコートで総勢10名。炎天下のコートで久しぶりに2時間みっちり 走り回った。愉しいの一言。私はゴルフよりも やっぱりテニスの方が相性が いい。気分は爽快、ミスショットはつきものなのだが ゴルフ時でのミスショット に比せば ずっと引き摺らない。ゴルフでは 何だか己の人格まで 劣ったかの 深刻なイメージが付き纏い ラウンド終了間際にはもう自己嫌悪で胸が悪く 吐き気さえする。 帰宅してシャワーを済ませ 猫達の世話をする。2階での用はまずは一段落。亭主の ベッドに陸に上がったマグロよろしく倒れこみ 昼寝する。普段は20分も眠れば ‘あーよく寝た!’と元気は回復する。がこの週末からの暑さの中での あたらない 飛ばないショット続きのラウンドで 心身共に疲労はピークになっていた。プラス 今日の愉しいが暑さ厳しい走行、もうどこまで寝ても 寝足りる事は無い。 どうにか起き出し やっとの思いで夕飯の用意を済ませた。長い間怠情に 外食に走った暮らしを送ってきた。が最近真面目に 食事つくりに励むように なって気がついたのだが 私は夜の外出が好きでなくなった。あれほど 夕方になると人恋しいと言っては ちっとも美味しくない、いやはっきり言って まずい範疇の食へいそいそ出向いていたのが うそのようにぴったと 家を動かなくなった。 さすがに昨晩はラウンドの後で 外食をした。が美味しくなかった。具合が悪くて 美味しくなったかのか ほんとに美味しくないのか 只今は不明。 その店だけは ましだと言う評判なのだが。 そうそう その店で可愛い女の子が お箸をそれはそれは上手に使って 両親と一緒に 食事をしていた。すぐ私は夏海を思い出した。同じ様な年頃だった。 私の視線に気がついて にこっと笑い『恥ずかしい!』と顔を避け 最後には 自分のおしゃれな帽子で 半分顔を隠して くすくす笑いだす。 帰り際に こういうことではこまめな亭主が 声を掛け 2歳10ヶ月だと 知った。いやあ 夏海のお箸使いに感心していたのだが 世の中には こんな子供が今では たくさんいるのだと一層感嘆した。 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月22日
何故だか分らないが 4月は日の過ぎるのがとんでもなく遅く感じる。 あれこれ 理由をつようと考えるのだが さっぱり思いつかない。 兎に角 時が止まってしまったように動かない。『まだ4月何日・。』と カレンダーを眺めては 溜息をつく。どうしてなんだろう。 2,3月はお産の手伝いで 慌しくはあったのだが また愉しさも格別だった。 その余韻が覚めやらず 体が 退屈な此処の生活を拒否して 弾まないのか? まだ5月までには 10日も残っているとは! 永遠に時がどこかに吊り下げられて 刻むのを止めてしまったようだ。 ほんの2年前頃には 亭主の給料の安さを嘆いても 不満の給料袋の 中味を使い終えない内に 次の給料日がやってきて 何とも不思議な 狐に つままれたような思いで 袋に残った額を数えて苦笑したものだったのに。 昨日とうとうゴルフ仲間のおじさんのお供で 中国2千年の不思議たる中国人 整体師の診察を受けに行けた。数十分待ってえいえいと荒々しい治療を受け 帰った。痛みは相当軽減した。が完治からは 遠い。これは毎週出向かないと 駄目かも知れない。 明日は午前中にゴルフラウンドの予定が入り 翌翌日の月曜日は恒例のテニス会 の練習に出向く。毎時スポーツの後は無理があるのか 症状が悪化する。 中国2千年の秘医術の強い味方を心頼りにして 出かけるのだが・。 あの5匹の虐殺実行犯たちは 私の狂気の沙汰の怒りを目の当りにして すっかり脅えている、勿論私に対してのみ。一室に組で纏められている。 顔を覗かせれば 脅えた表情で じっと動かず 私を凝視する。 まるで 昔見た何かの映画のワンシーン、少年院の一室の非行少年たち の暗く閉ざした表情そのままに。 私はといえば 自分の気持ちの流れも掴めず 用を済ませれば誰にも何も せず無表情で立ち去る。 今の私は 犬が好きではない。 <終> ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月21日
自分の神経の立ち方が尋常でないのを感じ続けて 重く日を過した。こんな 夜は 必ず計ったように眠れ無い。夕食を済ませると同時に眠れるようにと 錠剤を飲んだ。 事の顛末を聞いた末に「早く忘れる事だあ・。」としか慰める言葉を知らない 能転気な亭主との時間は 時に安らぐ事もあるのだが 時にストレスが籠り 発散し足りずうつうつと過す。 昨日は当に後者の神経状態であった。 夜は怖れたようにまるっきり眠れず 早朝4時に起きてしまった。枕もとで はっきり鮮明に「にゃ-お。」と猫がなくのを聞いてじっと横になり続けた。 が私の寝室には 一匹の猫も入れて無い。 が現実には おかしな 説明不能なことが多多或る。 昨日の猫が‘悔しいぞ!’とメッセージを私に届けにきたのだろう。 ほんとにほんとに悪かった。私はもう我が家にローカル人の幽霊が常駐 していると信じて疑わなくなったし 昨日の猫が怒って怒鳴り込みに 枕もとを襲うのも充分在り得ると素直に受け入れている。 早朝4時に起きても 今の私はする事が無い。猫の世話も 犬の世話もトラウマ が強くて 体が動かない。じっとじっと動かないで 昨日の虐殺のシーンが 走馬灯の様に私の記憶の中で何度も何度も繰り返す続ける。‘嫌だ!’‘嫌だ!’と 頭を振り振り そこから逃げ出そうと空しい努力をする。 猫の体が 犬の襲撃の度に ボールのように跳ね飛ばされるのを 苦しさで猫が身体をよじるのを見続ける。 あー、あー、あー・。 5時からの犬の散歩も 体が竦んで動かない。こんなトラウマは避ければ 一層長引くのだと自分なりに断を下し 彩子とみどりの2匹から ‘えーい!’ と始めた。がいつものルートへはさすがに足が向かない。下のRajiの家の方角に 道を下がる。Rajiのブルーノたちが煩く吼える。駆け出して抜ける。 こうして3回 2匹づつ散歩し終えたが 歩きながら永遠に闇が明けないのではない かと震え続けた。 虐殺者たちは散歩に連れて出ない。と昨日レナに私は宣告してあった。がレナは 構わず全員 連れて出たと言う。不愉快そうな私の視線に レナはひるむことなく 「そう言ってもおしっこもさせないと・。」と微笑でかわした。‘相当したたかなのね。’ 私にあの5匹を赦し また愛する日が来るとは とても信じれない。 朝のお茶タイムに開いた長女の日記に 固まった私の神経が‘ゆるり’と揺れ 昨夜はもう死んでしまいたいと哀しがり 寒々しく泣いた私に 暖かな赤ちゃんの おくるみが ‘ふらり’とかけられたような優しい瞬間が訪れて呉れたのだった。 優しく 幸せな・。 ありがたくて 泣きそうになった。 私はホールのテーブルに 2枚の写真たてを飾っている。 生まれたばかりの光を抱いて どこか誇らしげな長女とその足元に 屈託なげに寄り添い笑っている夏海の一枚。 最近なぜか 心惹かれるもう一枚は 次女の結婚式の集合写真撮影時に 義弟が写した 花婿花嫁を囲んでる私の親戚たちの一枚。 花婿の手は何気に夏海の手を取り 花嫁の次女は幸せいっぱいで花婿 に寄り添い微笑んでいる。夏海を抱く父親の婿も 準主役の夏海の介添え役 に心いっぱい 幸せそうだ。1段下にひとり位置した長女も 祝いの日らしく 訪問着姿も楚々と品よく 本来の生真面目さが素敵だ。 花嫁の上斜めに立った 独身の姪は ひとり艶やかな振袖姿で 祝いの席を盛り上げて呉れている。その母親で 花嫁の叔母(私の妹)も夫が写し手ゆえ すっかり心預けて寛ぎ はんなり笑っている。 男性陣は固い礼服姿 女性はすべて黒留姿の改まった集団なのだが 全員ほっと寛いで 自然な表情で素敵に写っている。 私一人やくざな風体で 品に乏しく情けないが あの頃の私は確かに こんな心情の人間だったのだから 文句はつけられない。写真とは そういう心の写しをするものだ。 撫ぜこの一枚にこれほど惹かれるのか 自分でもよく説明出来ない。 が日常の事務処理時間も お茶の時間も パソコンに向かう折も ほっと眺めては 安らいでいる。 母親の手を掴んで 片足を擦りながら ‘何なの?’とでもいいたそうな 表情で写っている 礼服姿の甥の慧君だけが もうこの世に居ない。 不条理とはこういうことを言うのだろう。哀しいこと。 <終> ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月20日
Fightの埋葬を済ませ 5匹を寝室に閉じ込め Fightの血まみれのタオル類を 各自の鼻先に突き出して 匂いを嗅がせて叱った。5匹とも脅えきって ルーシーがまず横すわりして おなか見せ 固まる。続いてベス、ブッチー ルーポと続く。怒り狂った主人に脅えているだけなのかもしれないが あの血まみれのFightの匂いには どの犬も瞬間 記憶を辿る表情を 見せた。お腹を見せなかったのは 1匹 ハスキーだった。この犬は いつの場合の襲撃にも名を連ねる、 名うての弱いものいじめの首謀者だ。 明日から この5匹を 散歩に連れて出るのをやめると宣言した。 Fightを埋葬しようと持ち上げたら レナの餌やりの効果も 我が家の 餌の質も良かったせいか 毛並みも野良とは言えない艶もあり ふっくらした体つきで また一層不憫さも残酷さも胸に迫って 辛く 心底から許しを乞うたのであった。許してください。 私があと何秒かひきづられて 我慢したら あなたは逃げおおせたかも しれなかったのに。 残酷な目にあわせてしまって。 ごめんなさい。 <終 ---- 大原 素子 ??????@pd.jaring.my
2007年04月19日
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