こんな毎日(2005年9月~)

こんな毎日(2005年9月~)

2005年12月17日
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カテゴリ: つれづれ
今日、やったこと・・。


満月を過ぎたので、お掃除を始めましょってことで・・。
お墓参り・・ていうか、納骨堂なので、別にお掃除が必要なわけでもありません。
今日は、寒いので、人出はないだろうと踏んで、狭い道を車で入らせていただきました。

かわいい場面に出会いました。

女子大生らしき二人組みが、私の参る納骨堂のふたつ隣に、、
座り込んで、お手紙を読んでいました。
自分が書いてきた手紙を読み返しているのか、それとも、

見れば、納骨堂の周りに、クリスマスリース・・。
ふたりの姿に、悲壮感はありません。
送るべき人の死を、きちんと送り、時間をかけて、
受けとめ、生きていっている人の姿でありました。

納骨堂の棚にリース・・?思えば妙な話ではありますが・・
それでも、よいではありませんか、、、誰にも迷惑をかけず、
自らの思うやり方で、人を送る・・若い人のそういう姿を見ました。

そういう場面では、日本も、まだまだ捨てたものではないのではないか、と
感じることがあります。
若い人が、境内で、子供達に柏手の打ち方を教えていたりするのを見ると、
自然や神様と生きてきた、ちっぽけな人間の姿に帰って行こうとする、

自分達が、神様の拝み方を習っていなくても、
神社の境内に書かれた「参拝の方法」を親子で読めば、よいわけです。

この国は、間違った政治(?)の結果、一時的にでも、
誤った方向へ走っていきました。
その罪は、とてもとても大きい。

たくさん作り出してしまったことも、
その大きな罪のひとつです。
何を信じたらよいのか、人々を惑わせた。

本当にあるべき神様の姿は、その結果、恨まれるような、
そういう浅はかなものではなかったはずです。

ともかくも、
神道の良い、悪い、はおいても、、
昔から、長い時間をかけて、人々が大事にしてきた何かに、
若い人々が帰っていこうとしている姿が、見えるような、そういう気がするのです。
帰っていこうという気持ちがあれば、最初は、多少、向きが違っても、
いずれは正しい方向へ、全体としては進んで行くのではないかと・・。
そうであれば、うれしいなぁと、思うのです。


今日、本堂で手を合わせて、聴いた言葉は「正しく学べ」でありました。
何が「正しい」のか、私にはわかりません。
ただ、自分の直感は信じて、
少なくとも間違っていない方向へ行くことを、
誓うことはできるように思います。

正しく、、願うこと、、
正しく、、学ぶこと、、
これが、私の当座の目標のような気が致します。

皆様、どうぞご指導よろしくお願いいたします。


デオグラシアス!デオグラシアス!デオグラシアス!


今日、午後のお仕事は長引いて、お昼を食べ損ないました。
あまりに寒くて、帰りにうどんを手繰って(うどんもたぐりますかね?)
帰って来ました。

だけど、午後は、午後で、語るべきことを、
語りつくした、午後でした。


あ!!しまった!!
本屋へ寄ってくるのを忘れた!!

あ゛~~~~~~~~~~~~~~!!

売り切れたら、ど=するよ====!!(><;)(@@+)










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最終更新日  2005年12月17日 20時55分13秒


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