いろを的陶器とちょっと気功な話

いろを的陶器とちょっと気功な話

2007.08.27
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 その涙に対して政治評論家達からは、批判の声も上がっていたようです。私もああいった場面で感情的になってしまう人には広い意味で信頼を置くことに不安を感じます。ただ、冷静に周りを見て、いつも考えを巡らせる事が出来る人にも信頼を置くことは難しいですね。個人的にはとても解り易いので、新知事にはあのまま頑張って欲しいと感じます。

 ワイドショーなどのコメンテーターによく「女優」さんが起用されていますね。

 ある人は不幸なニュースの話題になるととても大粒の涙を流していましたが、直ぐ次の楽しい話題に切り替わると大口を開けて笑っていました。特に「演技」に関る人によく感じる「感受性」の豊かさという才能でしょうか。決して演技でないのは解りますが、私などはしばらく前の感情を引き摺ってしまい、あの感情の変化にはちょっとついていけそうにありませんね。

 反れますが、私は場の雰囲気(他人の感情的)の急激な変化が苦手で、例えば、悪気は無く、少し調子に乗ってしまってうっかり相手を怒らせてしまった時など、親しい人であればあるほど謝ることが出来ないのです。謝る事が悔しいとかいう感覚は全く無いのです。どう表現したら良いでしょうか・・・謝ってしまうと元の雰囲気・人間関係に戻れないような・・・。

 相手にはその気は無くても、私がいつまでもその崩れた雰囲気を引き摺ってしまいそうなんですよね。なんとなくその場を茶化すようにごまかして明解に謝った雰囲気を創らないようにします。この感覚解りますかね?そしてそういった雰囲気をほとんど引き摺らずに、次の瞬間にはケロッとしてしまえる人には戸惑いと不安を感じることもありますね。(08.6.18著)

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 衣服を整理していると、私の持っているシャツの半分以上が女性ものでした。

 時折、自分の中に「女性的」な気質を強く感じられる時があります。中性的(子供の頃の様な)といった方が良いですかね。考えると、その辺を意識し出してから、この能力も強まってきている様に感じます。「女性的気質」と「自己主張的能力」にも、深い因果関係を感じます。そして以前よりワガママを表に出せるようになったようにも感じますかね。

 私の中で感じる「男性・女性気質」の大別の1つは、女性は直接的欲求が強いように感じます。比較的物質的欲求も強くストレートに自分の為に動けるといいますか・・・。それに対して男性は間接的欲求が強いように感じますね。精神(名誉等)的欲求が強く表面上は他人の為にとか言う「体裁」がないと動きづらいと言いますか・・・。

 ただ、物質的欲求もある意味「体裁」に結びつきますし、結局いずれも「自分の為」ですかね。

 最近は気質的に男女の差が昔よりなくなっているように感じますかね。オネエ系と呼ばれる人達がもてはやされているようですが、個人的にはそもそも男女は単に体の特徴の違いによって区別するものと感じますかね。精神的な男性・女性は先天的なモノではなく、生まれてから(妊娠中も含む)の環境(憧れ・躾等)によって後付的に構築されるモノのように感じます。

 故に男の体を有していても女性の精神性を持つ、あるいはその逆(女の男性)なヒトがいても少なくとも私は不思議に感じませんがね。ただ私は自分の中に女性的気質を感じながらも、世間一般にいう「男らしく」という型にハマらなくてはいけないようなモノ(世間体)に従ってきましたので、そこから外れたそれらの人達には嫉妬のようなモノも感じていますがね。

 両性の体の特徴を有するヒトもいたり・・・科学の世界観でも、人は「女性」の体を元に「男性」の体が形成されるようなことを聞きます。そういった意味においては体の特徴的違いにおいても男女を分けることに疑問も残りますが・・・個人的にはその体の特徴などにもヒトの「想い」(憧れ等)の精神的要因が関ってくることが少なくないようにも感じていますがね。

 時に「男らしさ」に女性の本質を感じたり、その逆で「女らしさ」に男性の本質を感じます。気質的な特徴においても、人によりその偏りの差は感じますが、いずれの気質も誰の中にも感じますね。また「男性気質」・「女性気質」いずれも、例えば「論理的に」・「感覚的に」といった、「能力」(世界観)を築く『方法の違い』に過ぎないとも感じますかね。

 あまりにも極端な大別の仕方で、自分で分けておいてなんですが、個人的にはどうかと感じますかね・・・書かなければ良かったですかね(笑)。そして男性の私からすれば、女性的気質は、他世界観という見方も出来ますかね?「女性的」と言うよりも、他世界観を「理屈無く」受け入れられる柔軟性と言った方が良いでしょうかね。(07.8.15著)

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 パートナーに自分とは逆な気質の人を選ぶことも多いようですね。

 「感性的(純粋・ワガママ・無邪気等)」を感じる知人の場合、「理性的(悪く言うとズルい)」な人を選んでいますが、お互いにないモノに憧れる(補う)ところも多分にありますかね。またパートナーの創作的才能にも惹かれたようですが、自分も自己主張気質な知人には一時的にはそのサポートにまわれても、「裏方」に納まっていられる限界があるようですね。

 そこから我慢や才能に対する嫉妬などが生じ、耐えられなくなってくるとパートナー関係の解消に進んだりするんでしょうかね。また純粋が故に外からの「負な想い」にも比較的鈍感なようで、「理性的(悪く言うとズルい)」な人の建前(嘘)的感覚にも戸惑いを感じますね。時に強く被害妄想的で、周りからのバッシングにも強い戸惑いのようなモノも感じとれます。

 知人はそんなことをきっかけに「対人恐怖症」的なところにも進んでしまっているようです。ただ生活上の対人関係がとても苦手なのですが、そんな状態であっても人一倍「お祭り」事が好きだったりするんですよね。舞台の上(人前)で踊ったり唄ったりすることは大好きなのです。そして色々な形で人の気を惹いてきたりするんですよね。

 感受性も豊かなようで、コロコロと感情の移行も激しく、「自分が解らない」という言葉も聞きます。この気質の人は普段から無意識に人格を使いこなす(言葉は悪いですが)役者的気質を感じますかね。言い方をかえると、色々な人格的なモノをその時々で迷わずに選択し、スムーズに人格的なモノの移行ができているようにも感じます。

 故に一本化されていて、演技(嘘)的なモノを自分や他人にあまり感じさせないように感じますね。個人的な定義にもなりますが、「感受性の豊かさ」ってその時々で色々な立場に無意識にも自分を置き換えられる(広い意味での役者的)才能のようにも感じますね。相手がその時どう想っているかを感じ取れる「敏感」とはちょっと異なる才能のように感じますね。

 また「理性的(悪く言うとズルい)」な人は色々な人格的なモノが同時に現れ、常に自分を客観視していたり葛藤(迷う)しているように感じますかね。この気質の人にも役者的才能を多く感じますが、そこにも複数の人格的なモノを同時に感じ、演技という自覚を感じますし、「感性的(純粋・ワガママ・無邪気等)」な人のそれとはまた違った質を感じますね。

 そしてまた「理性的(悪く言うとズルい)」な人のからも「人付き合いの辛さ」的なモノを感じますが、元々他人に必要以上に強い期待や信頼を置くことをしないので「対人恐怖症」(戸惑い的)とはまた別のモノですかね。確かにいつも他人の目(想い)を伺っているようですが、自分のプライド(世界観)を守ることにその意味を感じることも少なくないですかね。

 自分の中に独自の強い世界観を築き、その中だけで楽しめるので基本的に人間関係自体にあまり興味がなかったり、感性の違いから人付き合いに面倒臭さを感じている人も少なくないように感じますかね。ただ時にその反動から無性に人付き合いが恋しくなったりもしているように感じますね。純粋な精神的関りを望んでいるかはわかりませんがね。(笑)

 また二者からは感じ方の優先でも「情」と「正義観」の違いも感じますかね。今回は自分とは逆気質への中傷(嫉妬)にもなってしまいましたかね。これも私の逆気質への憧れの形ですかね。そして大別において他に適当な言葉が見つからなかったので便宜的に「カンセイ(感性)」・「リセイ(理性)」で表現してみましたが、なんとなく伝わりましたかね?(08.11.29著)

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 「お姉ちゃんを見習いなさい!」

 兄弟(姉妹)って、どちらか「自由奔放」な気質になるともう一方は「保守」的になったり、正反対の気質を持つことも多いようですね。バランスとかお互いにないモノを補い合っているとか言いますが、個人的には個性とか相手との差別化のように感じますかね。特に子供においては、相手と違うところを創って共通する好きな人の気を惹く手段の1つにも感じますね。

 歳を重ね、そういった気質が固まってくるとお互いに「ああは成りたくない」的嫌悪もあり、背負う立場にはかなり偏りを感じますね。特に「保守」的な人には他方に対する「嫉妬」(憧れ)も感じ、「自分も逆の立場に・・・」も感じますが、「自由奔放」にはどこかハラハラさせられることも少なくなく、二人同時に「自由奔放」は不安も感じたりするようです。

 だからと言って「自由奔放」気質に「保守」は期待できないと感じたり・・・。ただそんなことを感じながらも、一度周りの目を気にする「保守」が身についてしまうと、結局「自由奔放」も出来ないように感じますかね。そして「保守」にも、常に「自由奔放」に対して我慢しているようなその感覚に優越を感じて満足を得るようなこともあるようです。

 頑張りがなかなか表立って見えてこない「保守的」な子供を感じたら、時には言葉で労って上げてくださいね。表面は見透かされた感覚が恥ずかしくて反発もあると感じますが、どこかで嬉しく感じていると思いますよ。私の子供の頃は、親が自分に鈍感だったりすると不満を感じ、逆に敏感であっても鬱陶しさを感じていましたから。親はどうしたら良いのですかね?

 また私は3人兄弟の真ん中ですが、親からの「弟なんだから・・・」や「お兄さんなんだから・・・」などの遣い分けに理不尽さを感じたり、今でも2者の間に挟まれると、どちらに付くことなく、なんとかバランスを保とうとしてしまいますかね。私の「どっち付かず」気質など、そういった生まれの順番にも気質構成の要因を感じたりもしますかね。(09.6.17著)



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Last updated  2012.10.20 19:06:53
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