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2020年01月23日
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テーマ: 精神の世界(126)
カテゴリ: 宗教
【永遠の命】

永遠の命と云えばキリスト教を思いうかべる人も多いのではなかろうか。古来クリスチャン達もまた永遠の命を求めて精進したことだろう。しかしそれを見出すことは容易ではない。

十九世紀後半に活動したニーチェは、その著書『ツァラトゥストラはこう言った』の中で「神は死んでいる」という表現を使い、世間の敬虔な信者たちに動揺を与えたと思われるが、ニーチェの発言もまた批判の対象にはなった。

ニーチェの発言の意味は、分からないでもない。ニーチェの哲学者は心の真実を深く追求して、「上に求めても無、下に求めても無」という虚無の確認の上に立って、なお現世に生きる意義を求めた人間哲学が、著書『ツァラトゥストラはこう言った』だと思うので、惹かれる人も多いのではあるまいか。

しかし宗教を巻き込むような発言は、自身の著作を自ら汚した形になってしまったからだ。確かに「上に求めても無、下に求めても無」という探求結果は正当な見解とも思われる。しかしもう一歩の熟考が足りなかったのだ。

イエスは言う、「神の国は此の世には無い」と。つまり此の世から眺めても、神の国は見えないようになっているのである。だから神の国は哲学しても見付かる所には無いということに、早く気付くべきだったのだ。

またニーチェは云う、「私はインドでは仏陀だった」と。しかしこの発言は頂けない。ニーチェはまた「仏教もまた虚無思想だ」と。これは大間違いだからである。ニーチェは自らを「私は二千年に一度現れる大天才だ」とも。この自惚れが、自らの人生の墓穴を掘ったとも云えよう。

聖なる「永遠の命」は、誰がどのように邪推して否定しようとも、清らかな心の持ち主には、常に幸ある人生を護ってくれる命の光として存在しているのである。勿論「永遠の命」の福楽は、仏道に依っても成就される。





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最終更新日  2020年01月24日 07時04分09秒
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