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March 6, 2005
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テーマ: 生き方上手(717)
□ 村上春樹 『風の歌を聞け』 □

村上春樹さんが群像新人賞を受賞したデビュー作。
とても無口な、というか、ほとんど失語症の少年「僕」が言語を獲得してゆく状況を描いた秀作。

なぜか時々、村上春樹ワールドに触れてみたくなることがあります。
どうしてなのか分かりませんが、ある種の静謐さとでも呼ぶべき、その文体に癒されるのでしょうか?
もしくは、作品によって切り取られた断面や切り口が、同時代人の感性に訴えるんでしょうか?

いずれにせよ、ある意味で癒し効果のある文体と世界を持っているようです。


今にしては、自分自身信じがたいことですが、私も小学校低学年の頃は比較的無口な少年でした。
家族や近所の人たちとは普通に話せるのですが、学校ではなぜか話せな口が重かったのです。


幼稚園に行っていなかったこともあったんでしょうか。
大集団の中の自分を持てあましていたようです。

そして、小学校3年に上がった春あたりに、これもなぜか突然、爆発的に喋るようになりました。
そして同時に、それまでの「観察モード」から一転して、「表現モード」へとパラダイム・シフトしたのです。
インプット専用モードから、インプット・アウトプット両用モードへの変更と言ってもよい転換点でした。


『風の歌を聞け』の少年は極端に無口で、両親も心配して知り合いの精神科医に診せるほどです。

【 精神科医の家で治療を受けるようになった「僕」は、毎週日曜日の午後、医者の家に治療を受けに行く。
  電車とバスを乗り継いで、海の見える高台にあるその家で、ディスカッションは続く。
  1年ほどの治療で14歳になった僕は、堰を切ったようにしゃべり出す。14年のブランクをうめるように、
  猛烈な勢いで3ヶ月間しゃべり続けた「僕」は、しゃべり終えると高熱を出して3日間学校を休み、
  そして、熱が引くと無口でもおしゃべりでもない、普通の少年になっていた。                】


たとえば、こんな感じのディスカッションやトレーニングが繰り返されるのです。


「 もし何かを表現できないなら、それは存在しないのも同じだ。いいかい、ゼロだ。 」
「 …… 」
「 もし君のお腹がすいていたとするね。君は<お腹が空いています>と一言しゃべればいい。
  僕は君にクッキーをあげる。食べていいよ。

「 …… 」
「 ゼロだ。分かるね。君はしゃべりたくない。しかし、お腹は空いた。
  君は言葉を使わずにそれを表現したい。ジェスチュア・ゲームだ。やってごらん。 」
「 …… 」(僕は、お腹を押さえ、苦しそうな顔をした。)
医者は笑って、
「 それじゃ、消化不良だ。 」
< 消化不良・・・・ >


文明は伝達である。
精神科医は、「僕」にそう言います。

「 伝達すべきことがなくなった時、文明は終わる。パチン………OFF 」





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Last updated  March 13, 2005 11:58:59 AM
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