2008.03.01
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「イソップ寓話集」っていうかイソップの本を手にするのは小学生の3年生いらいの事だった。田舎にいたジョンリーは親が買ってくれたこの風刺に満ちた、例えばツルとキツネの話とかを・・なるほどなぁ、と思って読みふけった。実に42年ぶりの出会いであった。

1pをめくるとのっけから「善と悪」というタイトルで書かれていた。

「善は力がよわかったものですから、悪に追っかけられて天にのぼっていきました。そしてゼウスにどうしたら人間たちと一緒にいる事ができるのでしょうかと尋ねました。すると、神様は、人間たちのところにはみんなが一緒に連れ立っていかずに、一人ずついくようにと話しました。こういうわけで、悪は人間の近くにいるので絶えず人間のもとにやってきますが、善は天から降りてくるのでなかなかこないのです。善は誰にも急には出会えないが、但し悪はみなが毎日襲われるということなのです」

これはまるで黒い犬になってメフェストがファウスト博士を誘惑したあの場面とおんなじではないか・・悪魔と契約して最後には魂を奪われ体を四散されたというファウスト博士の話と・・

悪魔メフィストと「世界の生成について」の議論を行う場面がある。

議論の中ではファウストの理想の国家像が言及され、ファウストは名声を挙げて支配権、所有権を得たい、偉大な事業を成し遂げたいと述べる。どこか麻原と被る。

「国の経済がいよいよ破綻し、正統の皇帝に対して僣帝が擁立され反乱が発生している、皇帝の軍は劣勢であり、彼らが今いる山々へ最後の決戦の為に転進してきているから、ここで再び皇帝に仕え巻き返しを図れば・・・ファウストはその計画に乗り、戦争の凶暴性を象徴する「喧嘩男」、戦争の略奪を象徴する「早取男」、物欲、吝嗇(りんしょく)を象徴する「握り男」というメフィストの三人の手下の悪魔を従えて戦争へ赴く。メフィストの幻術も手伝って、皇帝の軍は見事勝利へと導かれる」

麻原がファウストを読んだかどうだかわからないけど、イソップが語った話とゲーテが書いた「ファウスト」の話は通じる点が多々ある。

仕掛けるのは常に人間の近くにいる悪魔なのだ。


クロスロードで悪魔と契約したロバート・ジョンソンの話だって
目的のために例え鉄砲で撃ち殺されたって自己目的が達成されれば本人は幸せだったのでは・・・

林郁夫は麻原にロバート・ジョンソンになることを望んでいた。
しかし麻原は見事に裏切った。
それだけの話だ。

悪魔はとっても魅力的なのだ。
そして浮気性。

「海辺のカフカ」に登場する兵隊が語る。この兵隊は第二次世界大戦で生き残りの兵隊達だ。
「善悪を判断するのはとても難しい」がっしりした兵隊がいう。

田村カフカが入った入り口とは悪魔の口であった。
・・・

村上春樹の「約束された場所」という本がある。
この本にはオウム真理教の「アンダーグラウンド」以降の話が信者だった人たちのインタビュー形式で書かれている。春樹は信者とのインタビューに中でこう語る。

「・・・僕が言いたいのは、科学というのは歴史的に見て、ずいぶん都合よく政治や宗教に利用されてきたということです。たとえばナチスがそうですね。あとになってから、あれは間違いでした、というような似非科学がけっこうあるんです。そういうのは社会にとっても大きな傷を残します。あなたは厳密な実証を重ねていく人かも知れないけど世の中の多くは、これが科学です。これが結論です、と偉い人に言われたら、ああ、そうかといってそのままそっちの方に行っちゃうんですね。僕はそういうのがとっても怖いと感じるんです。

北朝鮮の一部の人達を見ていてもそれが良くわかる。
人間は、人間に支配される。


狩野氏という信者が麻原についてこう語るシーンがある。
「あの人が優しいときには、私が人生の中で出会った中で最高に優しい人になります。あの人の怖いときには私が出会った人生の中で最高に怖い人になります。そういう幅が恐ろしい位にありました。だから話しているだけでもそういう神憑り的なものをひしひしと感じてしまうんです」

これはまさに悪魔の常套手段だ。

スコセッシの「タクシードライバー」という映画の中で自分の女を娼婦として働かす男がいたが、その男のやった方法も優しい時はこの世に女はお前しかいない。とろけそうなくらいの甘い言葉を吐きながら、やらせていることは悪魔の所業であった。

悪魔の吐くせりふは魅力的なのだ。
イソップが言うように誘惑は常に悪魔から発せられる。

麻原という男を覗き込むと宗教からはみ出した部分で、その悪魔の匂いを感じるのだ。麻原は予言をはずしまくるという、ちょんぼをしながらも幹部信者達が抗う事が出来ない怖さを持っていた。そうでなければ無差別にサリンなぞ撒けるものではない。

今日も新聞を読めば、個々レベルでの犯罪は毎日のように繰り返されている。

しかし組織的な犯罪となると、いまだこれ以上の強烈な事件はおめにかかったことがない。
オウム事件は悪と善とは何か?
人間の弱さと、もろさとが露見した端的な事件であった。
ジョンリーはいまだこの事件の憶測に眠るネガティブな魅力に取り憑かれている。

「おおよそ芸術家は不幸である。されど希望と願望のさいなむ芸術家は幸せなるかな」
ボードレールはネガティブな人生に取り憑かれてたくさんの詩を書いた。
しかし思うにネガティブな面こそがもっとも心を魅了する。
ネガティブな面のない芸術なんてくそ面白くない。

悪はネガティブな面を誘発する。
それも後付だから始末が悪い。

オウム事件とはなんだったのか?

ジョンリーはいまだこの質問に答えが見つからない。
ネガティブな意見だが「オウム的な事件は今後も発生するであろう」
原罪については最初にも述べたがよくわからない。
わかるのは人間は善だけでは生きていないということだ。
手のひらのように悪と善が表裏一体化している。
オセロゲームのように善だと思われたものが一瞬のうちに悪に変わる。
それが組織的になるとほんとに始末に悪いし恐ろしい。
そして本当に怖いのは自分自身がその環境に放り込まれたとき抗えるかどうかという点で
自信が持てないという点だ。

悪は本当にネガティブなのか?
・・・ものすごいパワーを感じる。
ポジティブなパワーとはまた違った魅力を持っている。
イソップの寓話のように善のパワーはやってくるのが悪のパワーに比べて少し遅いのだ。
だからどうしても後付になる。
事前連絡して・・上司の了解をとってからと言うようなしごくまっとうな形式の前に
圧倒的な魅力で、事前連絡なんぞすっ飛ばしてジェットコースターのように
悪のパワーが雨あられと降りかかってくるのだ。
仕事においても、金がらみの問題においても、男女の交じり合いにおいても人間が人間と
交じり合う接点においてモージョーのように降りかかってくるのだ。

「善悪を判断するのはとても難しい」
兵隊の言葉が繰り返される。
繰り返される。












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最終更新日  2008.03.01 09:43:18
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