授業研究のあしあと

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2005.11.25
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カテゴリ: その他
ある学校の研究発表会に司会者として参加した。授業をみた感想であるが、ねらいに迫るため、シンプルに授業が計画され、「よい授業」だったということである。この学校の研究テーマは、「指導と評価の一体化」である。これまでもこのテーマで研究している学校の取り組みをいろいろと見ることがあったのだが、何とも腑に落ちないことが多かった。「これだけ評価の方法を工夫し、こんなにたくさん評価しました」という研究(?)が多く、「それでは、授業がどのように変わったのか」が分からないものがほとんどだったからである。つまり、「評価(評定)のための評価」になっていたのである。

しかし、今回参観した学校の取り組みは違った。私が参加した分科会の助言者の先生が言われたとおり、「すべてが一貫している」のである。「評価」に取り組むことにより、目標を分析し、それに沿って授業を組み立てる。評価の観点から、授業のねらいや組み立てを見直していく。「評価」の研究というと、私自身、いまひとつ抵抗があったのだが、このように考えていくと、立派な「授業研究」である。

しかしながら、気になる点もある。基準に照らし合わせ、行動やワークシートなどの記述、テストなど評価する。もちろんここまでは何も異論はないのだが、基準に達しなかった子どもにたいする「手だで」に疑問を感じるのである。多くの手だてが、「もう一度、教師がそばについてていねいにやらせる」というものなのである。これでは、「わからない」をくり返すだけではないかと考える。

特に、理科では、多くの場合、観察・実験の中ですべての子どもが「同じもの」を見ているのであり、その現象を「どう見るのか」が違っているのである。「どう見るのか」がよくわからない子ども、つまり、観察する視点をもっていない子どもに対し、もう一度やらせてみても、「何を見てよいのか」がわからないのである。

やはり、「教師が見てほしいものを、どうして子どもたちは見ていないのか」というところから、指導と評価の在り方を見直していかなければならないであろう。





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最終更新日  2005.12.04 16:52:51
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