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2014.03.18
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カテゴリ: その他
先日、小さな研究会の中で、授業で発言する子どもの声が小さく、授業者が周りの子どもたちに「聞こえた?」と尋ねたことが話題になった。

おそらく授業者は「もっと大きな声で」と直接注意するのではなく、「周りの友達に聞こえていない」ことを知らせることで、発言する子どもの声を大きくしようと考えたのだろう。もちろん、発表会などで原稿のある一方通行の発表ならこのような指導でもよいのだろうが、子ども同士での「話し合い」、さらには、「学び合い」ではどうだろうか。

問題なのは、声が小さいことを「話す側の問題」にしていることである。まだよく整理されず思考途中の発言ならたどたどしいのは当然であるし、自信がないのなら声も小さくなるだろう。そんな子どもたちに、教師は「もっと声を大きく」と声をかけるのか。それとも、たどたどしく小さな声での発言を大切にするのか。子ども同士の「学び合い」を大切にするのならば、もちろん後者であり、声の小ささを「聞く側の問題」にする必要がある。

これまでの経験から多くの教師が感じていることだが、子どもたちがよく聴き合っているときには、声が小さくてもよく聞こえることがある。これは、その場にいる者全員がしっかりと耳を傾けているからであり、その安心感から、話す方も多少声が大きくなるのであろう。

それでは、発言する子どもの声が小さいときどうするのか。そのことを「聞く側の問題」にするとき、どのように指導するのか。

いろいろな方法があるのだろうが、重要なのは、教師自身がその発言に関心をもつということ。「おもしろいことを話しているようだ」「何か意味があるのではないか」と教師の聴き方が、子どもたちの聴き方のモデルになるのである。

評価しやすい声の大きさではなく、意図や背景、そして、可能性までを含む発言全体を受け止め、おもしろがることが大切なのだろう。





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最終更新日  2014.03.18 14:45:03
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