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ぼちぼち7203さんComments
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かねてより、和田秀樹先生が指摘していたことですが、日本では「教授」というアガリのポストに就いてしまうとそのまま身分保障がなされてしまい、そのような制度が大学教育を低下させているという事実があります。
私が学生だった頃、東大出版会ではたくさんの講義録が売られていました。
某講座の講義を聴いていると、斜め前の学生が隣の学生に「次は○○である」とささやくと、教授も同じように「○○である」と話すのです。
驚いたことに「ここで冗談が入るぞ」とささやくと、教授は本当に冗談を話したのです。
彼の手元を見たら、出版会で販売していたその講座の講義録がありました。
それ以来、その教授は「自分の講義の講義録を買って棒読みしているのではないか」という実に真実み溢れる噂が流れたものです。
アメリカの有名大学では、日本の学者と違って学生に対する教育成果が教員の評価の半分くらいを占め、著名なテキストを出版すると大きな業績になるそうです。
経済学のサミュエルソン教授、スティングリッツ教授、マンキュー教授らは、いずれも世界的に広く使われているテキストを執筆しています。
学術論文ばかりで評価する日本とは大違いです。
また、アメリカでは評価が下がると教授といえどもリストラされてしまいます。
今をときめくサンデル教授などは、教育成果という面でダントツの存在なのでしょうね。
それに比べ、最近かなり改善されたとはいえ、日本の大学の授業の質(理解させようとする努力も含めれば)は、お粗末極まりないのではないでしょうか?
自分たちの講義がお粗末であるがために、学生たちが余計な金銭負担をしてまで資格試験予備校に通うと、詭弁ばかりを弄して予備校を悪者にする始末です。
学生やその親たちだって大学の教育がしっかりしていれば、わざわざ予備校に通ったりはしません。
もっと素直に現実を把握して、予備校の講座に負けないような講義をするのが筋ではないでしょうか?
そのためには、やはり「アガリ廃止」と「教育力評価」を導入すべでしょう。
可処分所得が減少している昨今、大学に通うこと、通わせることは決して楽なことではないのです。
心ある教員のみなさまの奮起を期待したいと思っています。