3月11日に聴いた上岡敏之さんと新日フィルによるマーラー6番の演奏会のことは、以前 アンコールについて記事に書きました。 随分時間が立ってしまいましたが、あらためて6番の演奏自体についての感想を書きます。上岡さんのマーラーを聴くのは、ヴッターパール響との5番、読響との4番、新日フィルとの1番についで、今回が4回目です。
指揮:上岡敏之
管弦楽:新日フィル (コンマス:崔 文洙(チェ・ムンス)
マーラー 交響曲第6番
3月11日
すみだトリフォニーホール
弦は通常配置で、下手から第一Vn,第二Vn,Vc,Va,Cbです。ハープ2台とチェレスタは、舞台下手に固まって置かれるという普通の配置です。ハンマーは舞台最後部の丁度センター、指揮者と正面で相対する位置でした。
非常にユニークだったのは、舞台裏のカウベルとベルです。これが舞台裏でなく、舞台上でもなく、舞台のすぐ後ろの、舞台より高くなっているオルガン用の通路上、オルガンの左手に、カウベルとチューブラーベルが固まってセットされていました。しかも、カウベルは置いてあるのではなく、吊り下げられていました!大小取り混ぜた数個のカウベルが、並んで吊り下げられています。6番でカウベルを吊り下げる方式はかなり珍しいと思います。舞台裏に置かれたカウベルは見えないのでもちろんわかりませんが、舞台上のカウベルに関しては、僕の記憶の限りでは、2009年2月のハイティンク&シカゴ響と、同じく2009年6月のレック&東響だけが、この吊り下げ方式で演奏していました。特にハイティンクの吊り下げカウベルは、非常にデリケートな、極上の響きを実現していました。(これらハイティンクとレッグのカウベルについては レック&東響のマーラー6番
の記事に詳しく書きましたのでご覧いただければ幸いです。)なお今回の演奏での舞台上のカウベルは、吊り下げ方式でなく、普通に手で振って鳴らす方式でした。
第一楽章
いよいよ演奏が始まりました。第一楽章の開始、普通は最初から力の入った指揮が始まりますよね。ところが上岡さんは意表をつくように、とても力を抜いた軽い指揮ぶりで開始しました。オケは引き締まった音を発しているので、そのギャップがちょっと不思議な、肩透かしをくらったような感じがしました。その後上岡さんの指揮は次第に熱を帯び、力がはいっていきました。
基本的には速めのテンポです。そして緩急の変化が頻繁に、かつ大胆に行われます。聴く人によっては頻繁なテンポ変化を煩わしく思うかもしれません。僕も、この楽章で一番好きな演奏スタイルは、一貫してゆっくりと進んで行くやり方です。しかし、上岡さんのこの演奏は、テンポのいじり方というか動かし方が、とってもツボを押さえていて、かつ大事なところはゆっくりと演奏してくれるので、速めの割にはせせこましくなく、かなり良い感じです。
アルマの主題も、この傾向がはっきりしています。主題の始まりは速いのですが、主題の登場する直前とか、主題呈示の終わりあたりの聴かせどころをテンポを落としてじっくり歌わせてくれるので、なかなか良い味があります。
やがて中間部の舞台裏のカウベルが鳴らされるあたりになると、舞台の後ろのオルガン左の高い位置にセットされたカウベルにスポットライトが照らし出され、そばの椅子に座って待機していた奏者が立ちあがって、おもむろにカウベルを鳴らし始めました。高い位置なので遠くからでも鳴らし方がよく見えます。吊り下げられたカウベルの中から下がっている紐を持って、紐をゆすって、紐につけられた固い部分をカウベルの内側からあてて静かに鳴らしていると思われます。普通に手でカウベルを持って振って出すよりもずっとデリケートな音が出ていて、なかなか良かったです。しかし、高く良く見えるところで鳴らされるため、小さい音量とはいえ、楽器からの直接音がとても鮮明にストレートに聞こえて来てしまうのは、やはりすごく違和感があります。このカウベルは3番のポストホルンと同様に、何処から聞こえてくるのか良くわからないけれどどこか遠くから聞こえてくる音、として鳴らしてほしい音だ、という思いを改めて強く持ちました。
ちなみに先ほども少し書いた、ハイティンク・シカゴ響のときの舞台上のカウベルは、同じ吊り下げ方式でも、発音方法が違っていました。今回のように紐を揺らして中から叩くのではなく、外側からバチを使って静かにコーンと叩いていました。この音がもう繊細の限りで、カウベルの音とは思えないほどの極美の響きでした。後にも先にも、これ以上美しいカウベル音を、僕は聴いたことがありません。
上岡さんの演奏に戻ります。上岡さんの指揮はその後次第に熱を帯び、力がはいり、激しくなっていきます。フレーズによるテンポの緩急変化が大きいだけではなく、もっとミクロ的なテンポ変化、たとえばメロディの途中のちょっとした粘りや、一瞬の加速と減速がそこかしこに生じ、生き物のように有機的に、伸縮自在に続いていきます。演奏する方は大変だと思いますが、オケの方々はかなりの程度、指揮者にくらいついて、合わせていました。
第二楽章アンダンテ
楽章順が気になる6番ですが、第一楽章が終わり、長い間合いをとった後に始まったのは、アンダンテ楽章でした。これも基本テンポは速めです。僕は個人的には、アンダンテ楽章も一貫して遅い方が断然好きです。しかしこの演奏は速いけれども、第一楽章と同様に、要所要所はテンポを落としてやってくれるので、満足度高いです。
ところで、上岡さんのマーラーで、もっともユニークな特徴と言えば、弦楽器のポルタメントというかグリッサンドの扱いです。僕のこれまで聴いた4番、1番ともに、良し悪しはともかくとして、その個性が強烈に光っていました。今回も、上岡さん独特のグリッサンドが、個性全開でした。すでに第一楽章から何カ所かで聞こえていましたか、特に威力を発揮したのが、この第二楽章アンダンテでした。
僕は恥ずかしながらそもそもグリッサンドとポルタメントの違いが良く分かってなかったので、あらためて調べてみました。
http://楽典.com/gakuten/soshokuon.html#mokuji5
を引用させていただくと、
“ある音から次の音へと、2つの音をつなげて、滑らせて演奏することを「グリッサンド」といいます。”
“グリッサンドと似たものに、「ポルタメント」があります。両者の違いは厳密ではなく、また人によっても違いますが、おおむね「ポルタメント」は、前の音から次の音へ移る直前まで待って、短くグリッサンドすることをいいます。”
ということです。なるほど、なんとなくわかりました。
また、それらの記譜法についても同じサイトを見てみると、グリッサンドやポルタメントは、該当の音符と音符の間に、斜線あるいは波線を引いて現すこと、場合によってはその線に沿ってgliss.とかport.とか書くこともある、ということです。
さてマーラー6番のスコアを見てみると、例えばハープのパートには、該当の音符間に斜線が引かれているだけのこともあれば、斜線に加えてさらにgliss.と書かれていることもあります。どのみちハープではポルタメントっていうのは多分ないと思いますので、glissと書いてなくてもグリッサンドだなとわかります。ではこれが弦楽器ではどうなっているかを見てみると、弦楽器のパートに関しては、パラパラっと見ただけですが、該当の音符間に斜線が引かれているだけで、gliss.ともport.とも書かれていません。
さあそうすると、楽譜を額面通りに読めば、これをポルタメント的に弾いても、グリッサンド的に弾いても、どちらでも良いことになると思います。僕は門外漢なので全くわかりませんが、もしかしたら暗黙のお約束で、弦楽器の場合は何も書いてなくてもポルタメントとして弾くというのが、少なくてもこの時代までの音楽においては、当たり前の不文律なのかもしれません。実際、通常のマーラー演奏においては、弦楽器は、斜線で結ばれた音符をポルタメント的に、すなわち最初の音の高さをある程度長く保ってからその後に比較的速く音高が変化するように演奏されるのがほとんど当たり前ですよね。これが伝統的というか正統的な演奏法なのだろうと思います。
しかし上岡さんは、これをかなり徹底してグリッサンド的に演奏します。それだけ音高の変化がゆっくりと行われていくことになります。上岡方式のこのグリッサンドは、とりわけゆっくりしたテンポの箇所において、音高変化が極めてゆっくりと行われるため、非常に目立って、異次元から聞こえてくる音のような独特な効果を上げます。
今回の演奏も、第一、第三、第四楽章ともに、この弦楽器のグリッサンドはところどころで聞こえてきましたが、何と言っても際立った効果を発揮していたのが、このアンダンテ楽章でした。まずは第二楽章が始まって間もなく、第16小節の、第一Vnと、2拍遅れての第二Vn。それから練習番号56からのMisteriosoのところで、第121小節のチェロ、その少し後の練習番号58の第137小節の第一Vn。この4箇所が、いずれもゆっくりと上昇していくグリッサンドにより、独特な味わいが出ていました。特にMisteriosoの部分は、この楽章の中でも僕の非常に好きな部分の一つで、このあと盛り上がっていく前の、静謐で神秘的な美しい箇所です。ここのチェロの長大なグリッサンドは、異次元から聞こえてくる音のように、文字通り神秘的に響き、斬新でありながら音楽内容とよく合っていて、とても印象に残りました。
なお念のため、この箇所に限らず他の楽章でも、弦楽器のグリッサンド奏法が目立ったところが今回いくつかありましたので、後でスコアで見てみると、すべての箇所で、音符間の斜線が確かに書いてありました。上岡さんは、楽譜に書いていない箇所で勝手にグリッサンドをつけているのではない、ということを確認しました。その意味で、楽譜に書いていないことはやっていないんですね、一見エキセントリックに見えますが、楽譜に忠実なんですね。
この後の第二楽章最後の盛り上がりも、前の楽章と同じように、速めではありますが大事なところは少しテンポを落とし、少しも急がずに歌ってくれました。素晴らしかったです。
今回はひとまずここまでとし、続きは別記事に書きます。
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